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第五章 パウルとパオラ

その40 新年の抱負

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         40

「さて、説明も必要じゃろうと思うてのぅ」

 朝食の席で、あたしを待っていた歳神さま。
 (つきみやありす、の記憶によれば)にほん、の、和風な装束をまとった童子の姿で、満面の笑み。

「せつめい?」
 よくわからない。
 あたしは首をかしげる。

「そうじゃよ、アイリス。せっかく迎えた新年の三日間を眠っておったのでは、あじけなかろう。それゆえ、儂がひとつ、問わず語りをしようと思う。儂は、もうじきまた旅に出る。戻ってくるのは、来年の大晦日じゃからな。助言をしてやれるのは、今のうちじゃ」

 ぼうぜんとして立っていた、あたし。
 お父さまとお母さまが、手をひいて、テーブルに連れてってくれて。
 子ども用の椅子を引いてくれたのはエステリオ・アウル叔父さま。

 あたしたち家族は、テーブルを挟んで歳神さまと向かい合って座ったの。
 光の粉が降ってくる。
 守護妖精。風のシルル、光のイルミナ。水のディーネ、地の妖精、ジオ。あたしを守ると誓ってくれている妖精たちが飛んできて、肩に降り立った。
 重さはぜんぜん感じない。

 シロとクロもやってきて、足もとに伏せる。
 パウルくんとパオラさんは、お母さまの横に、席を用意してもらって座った。

「くうーん」
 急に、シロとクロが顔を上げて、小さく、鳴いた。

 それを先触れのようにして、突然……なんとなく、予感はしていたのだけれど……静かに、歳神さまの両側に現れた人物があった。
 転移魔法陣が起動している様子はないから、映像と声を送ってきているのね。
 魔法使いさんたちは、これを『影』を飛ばすとか『目』『耳』『声』を送るって表現してる。

 左側には、長い黒髪の下半分を緩い三つ編みにした、青い目で、背の高い美青年……カルナックお師匠さま。
 右側には、白髪と真っ白な顎髭をたくわえ、ハシバミ色の目、日焼けした屈強な初老、もといナイスミドルな壮年男性、コマラパ老師さま。

「お師匠さま! コマラパ老師さま!」
 思わず声を上げてしまった。
 大好きなお師匠さまたちに会えて嬉しかったから。

「無事に目覚めたそうで、なにより」
 穏やかな笑みを浮かべたカルナックお師匠さま。

「エルナトの見立てを信用はしておったが、この歳になると、やはり、その、なんだ、やはり心配になっての……」
 コマラパ老師さまは、様子がおかしい。照れてる。
 まるで、孫をかわいがってるおじいさま、みたい!

「このカルナックや、精霊たち、妖精たち、最も幼き虹の女神も、おぬしの味方であるのは確かじゃ。常に守護してはいるが、それでもなお《世界の大いなる意思》の代行としての立場に制約を受けている。よって、全てを告げることはできん。じゃが、この世のことわりの外にある、儂ならば、教えてやれることもある」

 歳神さまは、真剣な顔をして、おっしゃった。

「おぬしは本来、もっと大きい存在なのじゃ」

「大きい?」
 思わず、自分のてのひらを見てみる。
 四歳と九ヶ月の、こどもの小さな手だ。

「魂のことじゃ」
 歳神さまが、ふっと笑った。
「その容れ物には溢れるほどにな」

 それは、どういう……?

 そのとき全ての物音が消えて、周囲が白くなったような気がした。
 ふと見れば、お父さまとお母さまが『止まっていた』。
 時間が止まったみたいに。

「ちょっとだけ。魔法だよ」
 お師匠さまが、ふっと真顔で。
「ここからは、我々ときみだけの話だ。ご両親と、家のひとたちは知らない方がいい」

 危険な香りが、ぷんぷんします!

「全て覚醒していれば、基盤であるアイリスの成長が阻害されかねんのじゃ。そこで、このさい、おぬしの魂の階層を整理整頓したわけよの」

 ?????
 歳神さまは、何を言ってるの?

 そのとき急に、すごく怖くなった。
 あたしは今まで、前世の記憶を持ったまま異世界に転生したと思っていた。
 もしかして、ちがう!?

 あたし、あたしは。
 月宮アリスは、本当に、死んだ、だけで。
 この世界の幼女アイリス・リデル・ティス・ラゼルに、のりうつっているのでは……!?
 だってアイリスは、とても虚弱な幼児だったから。
 ほんとうのアイリスは、もう、とっくに死んでいて。それで……

「あたしはアイリスの、じゃまなの?」
 声に出てしまった。
 すると、あわてたようすで、コマラパ老師さまが身を乗り出して、手を振って。

「それは違うぞ、アイリス!」
 きっぱりと、否定した。

「きみはアイリス本人だ。疑問の余地などない」
 カルナックお師匠さまも、真面目な顔。

「この世界の『先祖還り』とはそういうものだ。いわば全員が先祖還りなのだ。違いは、過去を思い出すか思い出さなかったかだけ。そうだな……例えば、記憶喪失だ」

「記憶喪失の間も、意識はある。生活もする。感情も、ある。それは本来の人格とは別物か?」

 む、むずかしいことを!

「答えは? アイリス」

「お、おなじだと思います!」
 自信も根拠もないけれど、あたしは答えた。

「さて……ここからは、儂の独り言じゃがな」
 歳神さまが続ける。
「地球人類の輪廻転生は終わった。なにしろ、地球そのものが滅亡したのだからの。地球の神である、この儂も。消えるものと思っておったのじゃが……終わらなんだのじゃ」

 ふっと、笑う。

「人類の遺伝子は、魂のデータベースもろとも、深い眠りについたまま、イル・リリヤに抱かれ、虚空の海を遠く遙かに超える旅路についた。そして、この世界にたどりついた」

 なんて、気の遠くなるような。
 四歳と九ヶ月の幼女、アイリスには、想像することもできないわ!
 十五歳で死んだ『月宮アリス』には、理解できているかしら?

「この世界は、あてどない旅の末にたどりついた。奇跡の星さ」
 カルナックお師匠さまは、歌うように口にした。

「だから、アリス。アイリス。大人たちや妖精たち、それとサファイアとルビー、シロとクロも、きみを全力で守るから。安心しなさい」

「未来を信じて。ゆっくりと、おとなになるんだよ」
 コマラパ老師さまも、とても優しかった。

 あたしは、胸がつまって。
 うなずくしかできなかった。
 けれど……。

「幸せになるんだよ。みんなが願っている」

 そうおっしゃったときの、カルナックお師匠さまの笑顔が。
 なぜだか、わからないけど……

 この世の者ではないくらい美しくて、透明感があって近寄りがたくて。まるで、消えてしまいそうで……。
 違う意味で、怖くなった。

 この思いは、あたしだけの秘密。口に出してはいけない。

 ことだま、って、いうのだったかしら。
 きっと、そんなこともある。

 みんなで、幸せになるの!

 それが、今年の新年の、あたしの抱負です。
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