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第五章 パウルとパオラ

その38 アイリス、本当の目覚め

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「お嬢様。アイリスお嬢様。ときどき呼びかけてみるようにって、お師匠様が」
「お嬢、もう三日も眠ってるしなあ。そろそろ、エステリオが心配しすぎて胃に穴開いちまうんじゃね?」

 話し合っている声が聞こえる。
 女の人が、二人?

「ちょっとティーレ。わたし達はお嬢様付きのメイドなんだから、言葉遣いには気をつけなさいよ。普段から注意しておかないと、人前でもポロッと言っちゃうでしょあなた」

「まったくそういうところ、前世からコチコチに固いよなあリドラ。メイドはメイドでも護衛メイドだし。腕っ節が強けりゃ誰にも文句は言わせねえよ」

「そこが心配なんですぅ! 脳筋ティーレ! 見た目は華奢な美少女なのに口悪いって台無しよ!」

「まあまあ。興奮すると血圧上がるよ? ほら、お嬢の護衛って任務の最中だし、小言はそれくらいにしてさぁ」

「ったく、もう!」

 そうだった。
 サファイアさんことリドラさんと、ルビーさんことティーレさんだ。
 ちなみにサファイアとルビーっていうのは役職名で、カルナックお師匠さま専任の護衛のこと。今はお師匠さまが派遣してくださって、あたしを護衛してくれているの。

 けんかしているように聞こえるかもしれないけれど、二人はとっても仲が良くて信頼し合っているのよね。

 あたしの名前は、アイリス。
 アイリス・リデル・ティス・ラゼル。

 昨晩、どうしていたの? 
 いつ眠ったのか思い出せない……。

 覚えていることを振り返ってみる。

 大晦日の火祭りは、大盛況だった。
 叔父さまたちが準備していた魔法陣もみごとに起動して、
 焚き火の上に現れたのは、《歌う樹(シンギングツリー)》。
 銀色の実を鈴なりにつけて、シャラシャラと綺麗な音を立てていた。
 だから、歌う樹。
 精霊さまや大地の女神さまに届きそうな、とても澄み切った鈴の音だった。

 あんなに大きな《歌う樹(シンギングツリー)》は初めて見たって、ローサが言ってた。
 我が家の大晦日の行事。
 ローサは何度も見ていたのね、いいな。

 あたしは去年まではまだ幼くて病弱だったから、毎日、早く寝かしつけられていたので、大晦日の火祭りを見られなかった。
(街中を流れる精霊火の光の河を見たくて明け方に起きていたりしたんだけど、それは秘密なの)
 それはさておき。 
 大晦日のできごとと言えば、歳神さまをお連れして我が家にやってきたパオラさんとパウルくん。

 歳神さまはそのまま滞在されて。
 幸運を招く福童子として、パオラさんとパウルくんも、ずっと我が家にいてくれることになって。
 サファイアさんが大喜びで撫でてたなあ。
 動物が大好きだったことが判明。
 どうりでシロとクロも懐いていたわけだわ、と納得。

 そして新年。

 お祝いの食卓にやってきたお客さまは……歳神さまとパオラさんとパウルくんはずっといるので家族枠。
 カルナックお師匠さまと、コマラパ老師と。
 ……もうひとり、銀色の長い髪をした、頼もしそうな、スポーツマンタイプの美形。
 アルくんって呼んでくれって言ってた。

 なにもかもちゃんと覚えているわ。
 むしろ、初めて……
 ちゃんと、目覚めたような気がする。

 あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは。
 いま、四歳と九ヶ月。
 やりたいことはいっぱい、あるんだから。

 早く大きくなりたい! 

 だけど、どうしてかな。
 胸の奥が、きゅんとして。
 せつなくて、さびしいような……。 

 あたしはアイリス。
 でもね、もう一つの名前があるんだよ。

 あたし前世の記憶があるの。
 ここ、エルレーン公国首都シ・イル・リリヤとは、ぜんぜん別の世界。
 異世界っていうのかな?
 何しろ月は一つだけしかなかったし、お日さまも、もっと白かったわ。

 街も、人も、服装とかも、いろいろ違ってて。
 車に、電車。果ては飛行機なんて、あったんだよね。
  
 そこでは、あたしは。
 今の金髪に緑の目でもなくて、
 黒髪に黒い目をした十五歳の女の子。

 つきみやありす

 っていう名前だった。

 前世の話は、あまり人には話せない。
 お父さまお母さま、あたし専属小間使いのローサにも、メイド長のエウニーケさん、執事のバルドルさんにも。
 秘密なの。

 でもね、秘密を共有できる人もいるのよ。
 なんとエステリオ・アウル叔父さま。
 前世の記憶持ちだってわかって、いろいろと助けてもらって。
 叔父さまの通っている学院の学長で魔道士協会の長カルナックさまに、副長のコマラパ老師さまもね。

 ……でも。
 それだけだったかな……

 もっと、なにかを思い出しそうで、でも考えてみても思い浮かばない。

 あたしは一人。
 前世は、つきみやありす、だった、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。

 なんて、感傷にひたっている場合じゃないよね。
 こんなに心配してもらってるし。

 そろそろ、目を開けて。
 起きているって、知らせなくては。

 身じろぎをして、ゆっくりまたたいて。目を開ける。

「おっ、お嬢! 目が覚めたか」
「よかった心配したのよ!」
 サファイアさんとルビーさんが声を上げる。
 すると、

「やっと目が覚めたんだね!」
「アイリス!」
「アイリス!」
「お嬢様!」

 子ども部屋の外で、何人分かの声がして。

 もしかして、
 ドアの外で待っていたのかしら!?

 勢いよくドアが開けられたかと思うと。

 ローサ、エウニーケさん、
 お父さまお母さま、エステリオ・アウル叔父さまも!
 団子みたいになってドアからこぼれ出てきたのでした。

 ああ~
 エステリオ・アウル叔父さまったら、ぼろぼろ泣いてる。
 いつもはしっかりした好青年なのに。
 まるで、捨てられた子犬みたいなんだから。

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