転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

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第五章 パウルとパオラ

その36 幸福の指輪(レギオン亡国編6・結)

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         36

「先日? 指輪? なんのことだい?」
 黒髪の美青年である呪術師ブルッホルナは、心当たりが全くなさそうに、問い返した。

「……はい?」
 きょとんとしたエステリオ・アウル。

「その指輪がどうかしたのか? ふぅん、ちょっと見せてもらえるかな?」
 アイリスの手をうやうやしく持ち上げ、薬指にはまっているリングを、じっと見つめた。
「なんと、この指輪は、外れないのか……」
 その瞳が、青い光をたたえる。

「確かに、ありえないほどに強い力を感じる。アイリス嬢を包み込んで守護している、聖なる力だ。こんな代物には初めてお目にかかるよ。まるで精霊からの賜り物かと思うほどだ。どこで手に入れたんだ?」

「先日、あなたによく似た人から、譲っていただいたものです。アイリスの身を守るために必要だと思って」
 エステリオ・アウルは指輪を入手した状況をかいつまんで話した。
「本当に、あのときの方ではないのですか?」

「そんなにそっくりなのか。だが、おれがこの都に着いたのは、一週間前でね。内密の訪問で、調査のため、すぐにエルレーン大公と繋ぎをとり、いろいろと忙しく動いていた。他人のそら似ってやつだろう」

「そうですか」
 説明されれば納得せざるを得ない。
 しかし、エステリオ・アウルは違和感を覚えた。
 考えを巡らせ、
 違和感の原因に思い当たる。

 この人は先ほど「死を覚悟していたのだろう」と問わなかったか。

 なぜ知っているのだろう。

 指輪を譲ってくれた人物になら、ふと漏らしてしまった覚えはある。
 そこでしか口にしていないのだ。
 親友であるエルナト・アル・フィリクス・アンティグアにも告げていないことだというのに。

 ただ、長い黒髪に黒衣の呪術師ブルッホルナに問いただしたところで、答えが得られるとは思えなかった。うまく、はぐらかされてしまうだけだろう。

「案ずるな。潰れるのはあのヒューゴー・ネビュラ・ラゼル老の私的な事業、ネビュラ商会だけだ。千年の歴史を誇るラゼル家の瑕疵にはしない。せっかく使える人材も多いのに、無くしては大いなる損失だ」
 冗談めかして言う。
 目は本気である。

「レギオン国王ならびに、この地方の領主であるエルレーン大公とも話を通してある。きみが次の当主だ。エルナト・アル・フィリクス・アンティグアも補佐につけよう。商会の実際の運営は、信頼できる人材にあたりをつけているから、まあ、なんとかなるさ。野心を持っている一匹狼で、ダンテスという男なんだが、このおれに懸想していてね。こちらは利用しているわけだ。首輪をつけて飼い慣らせば役立てる。そこらへんは、おいおい話し合って計画を固めていこう」
 黒髪の呪術師ルナは、神秘的な微笑を浮かべる。

「何よりも、おれが後ろ盾になるということを信じてくれ。今後レギオン王国と国交を深める大森林の『四州国タワンティンスウユ』王家と、王家の守護竜である青竜様の弟子たちが、きみたちに肩入れするのだ。いずれエルレーンも独立する。ああ、これはまだ……言えないことだったな。大丈夫、ちゃんと、きみたちの結婚式も取りはからうから」

「えっ!」
 アイリスは真っ赤になった。

「そ、そんな意味では」
 言い訳をしかけたエステリオ・アウルを、呪術師ブルッホルナは制止し、いたずらっぽく笑った。

「その先は、言わぬが花さ。乙女心というものを理解していないな。聖職者だったんだからしかたないか」

 エステリオ・アウルは、動揺のあまりに口をぱくぱくするが言葉は出てこなかった。

「ここで気の利いたプロポーズでもできればね♡」

「お、おじさまは、簡単にそんなことは、口にしないです! 真面目でりっぱな方ですもの!」
 頬を上気させた、アイリスが、けんめいに言う。

「だから、あたしは、エステリオ・アウル叔父さまが大好きなんですっ! ずっとずっと、前から……!」 


        ※

『いいね、これはいい。すてきな眺めだと思わないかい? 我が弟子よ』

『お師匠さま、香織老師。差し出口のようですが、『魔法店』を構えたり、この分岐のヒトたちには解析できない特殊アイテムを与えたりなさって、外の世界に干渉しないというルールに抵触していませんか』

『きみは固いな。システムだからしかたないけど。厳密にいえばそうかもしれないが、いいさ、これくらいのことは《世界の大いなる意思》も見逃してくれるだろう。結局のところ、世界の女神は、儚きヒトたちの、刹那に輝きを放つ幸福な絵が見たいのだからね。次は、結婚式の絵も撮っておこうかなあ。きみだって、見たいだろう?』

『……認めます』

『ははははは! みんな幸福になってしまいたまえ』

 人々は知らない。知覚することはできない。
 
 彼らが暮らす世界の外から、観察しているものがいる、などということを。
 観察者たちは、ただ、幸福な人々を見たいのだ。

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