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第五章 パウルとパオラ
その30 地球最期の日
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30
並河香織さんは、初対面ではないと言って、微笑んだ。
「よく考えてごらん」
そして、あたしは。
懸命に情報を検索した。
※
今にも滅亡しようとしている地球の末期、管理官だったシステム・イリスは。
冷たくも温かくもない人造大理石の床に倒れて。
自分が人間だった(……ような気がする)ときのことを夢に見ていた。
※
「わかりました! たった今、記録を発見しました。終末期の地球、ワシントンで管理にあたっていた頃。遠い昔に見た夢に、あなたは、いました」
「どんな夢だったの? もっとよく思い出して」
そしてふいに、鮮やかによみがえってきた『夢』は、あたしを、揺さぶる。
創られた当時には実装されなかったが故に、持ち合わせてなどいないはずの、感情に近い、機能が。
……揺れる。
「地球最後のとき。人造大理石の床に倒れていた、あたしは、遠い昔、人間がまだたくさんいたころの都市に住んでいたことがあった、なんて、都合のいい、甘い夢を見ていたの。
そのとき、あたしは、ともだちがいて。
両親がいて。
魂を触れ合えるひとが、そばに、いるの」
一息に言い終えて、むなしくなった。
「夢の中ぐらい、ヒトだったみたいな甘い記憶が、ほしかったんだと思う……の、です」
「うん、わかるよ。夢ってやつはね。甘い、罠だよ。だけど、わかっていても、抜け出せるものじゃないよね」
あたしは並河香織さんを見上げた。
慈愛に満ちた……優しい、微笑みを浮かべている、香織さん。
「君は、おれの同類だ。《世界の大いなる意思》に見初められたのも、うなずける」
差し伸べられた手は、想像していたよりも力強く、がっしりとしていたけれど、その手を握り返したとき、あたしのまわりにあった銀の檻は、ほどけた。
空気に溶け込むように消えてしまった。
「檻が……消えた?」
「消えたわけではないかな。不可視になっただけで、形を変えて身体の表面を覆っている。檻とはいえ、たいがいの危険からは保護してくれるし、そんなに悪いものでもないよ。おれと一緒においで、イリス。もう、監視モニターを気にすることもないだろう? 管理しなければならない『地球人』は、滅びてしまったんだから。君は、自由の身になったんだよ。ある程度の制限付きだけれどね」
香織さんが、ウィンクをした。
セクシーだ。
けれどどう考えても女性のそれではなくて。まるでイケメンな……
あたしの『記録』に参照すれば、そう結論が出る。
あたし自身にとっては、セクシーでもそうでなくても、かまわないのだけれど。
しかも、どうやら香織さんは無意識に行っているようだ。
「制限というのは」
「外界には出られないこと。それと、気まぐれにやってくる《世界の大いなる意思》の話し相手をしてやる義務がある。それ以外は、いくらでも好きにできる。暇をもてあまして哲学的な思索にふけるも、外界を眺めて分析するも、し放題。それとも、したいことが特に思いつかないなら、いつか外に出たら何をしようかと、計画していればいい、楽しくね」
「では、あなたは、そうしていらっしゃるのですね」
あたし、イリスよりも前から、ここにいると言っていた香織さんは、どれほどの体感時間を過ごしてきたのだろうかと、ふと、思う。それは、そのまま、あたしのこれからの姿でもあるのだろう。
「そうだな……詳細についてはまた後で教えるよ」
あたしたちは、並んで歩き出した。
いつの間にかあれほどに並んでいたモニターは、すっかり無くなっていた。
あたりを包むのは、ただ、ただ銀色の霧だ。
やがて周囲には、ふわり、と。
人間の頭ほどもある青白い光球が漂い始めた。
精霊の火。《精霊火》だ。
ヒトと会話したりはできないはずのそれらは、不思議なことに並河香織さんになついているようだった。香織さんもまた、まんざらでもない様子で、精霊火を撫でたりしている。
ペット枠なのだろうか。
「案ずることはない」
あたしの困惑を察してだろう、香織さんは優しく語りかけてくれる。
「分離してまもないから、今のきみは極端に100パーセントなシステム・イリスだが。いずれはここに居ながらにして自在に外界を観察することができるようになるよ。《世界の大いなる意思》や、世界のインターフェイスである女神たちのようにね」
「……申し訳ありません、思いつかないのです。あたしは、どうしたらいいんでしょう」
「回りくどいのは苦手だから、さっくり言うよ、君が容易く表層に出られる今の状態は、アイリス・リデル・ティス・ラゼルという個人が成長するためには、よくないのだ」
「よくないと、いうと」
あたしは深く考えられず、おうむ返しに答えてしまった。
「つまり君を、多重意識の一番下の階層(レイヤー)に据えるだけでは足りない。付け加えればイリス・マクギリスや月宮アリスの記憶もだ。それらはアイリスという幼女の、一個人としての成長を阻害する要素だ」
「でしたら、あたしは……あたしたちは、この世界にあっては、邪魔者なのでしょうか」
「いや、そうではない。君は真にアイリスの身に危険が及ぶときの切り札だ。アイリスの目を通じて外界を見ておきたまえ。そして、いずれアイリス・リデル・ティス・ラゼルが無事に成人した暁には、融合を果たせばよい」
「アイリスの視覚を通じて? いずれ融合する? あたしにとっては難関のようにしか推測できませんが、あなたはまるで、ほんの簡単なことのようにおっしゃるのですね」
「もちろん、君なら、その程度のことは容易くできると思っているからさ」
香織さんの笑みが、深くなる。
まるで大輪のバラが開いたように。
「そうだ、この近くに一つ、《世界》のコレクションがあるんだ。ちょっとばかり要素が違うのだけれど、観測しに行ってみないかい?」
それはとても魅力的な、微笑でした。
並河香織さんは、初対面ではないと言って、微笑んだ。
「よく考えてごらん」
そして、あたしは。
懸命に情報を検索した。
※
今にも滅亡しようとしている地球の末期、管理官だったシステム・イリスは。
冷たくも温かくもない人造大理石の床に倒れて。
自分が人間だった(……ような気がする)ときのことを夢に見ていた。
※
「わかりました! たった今、記録を発見しました。終末期の地球、ワシントンで管理にあたっていた頃。遠い昔に見た夢に、あなたは、いました」
「どんな夢だったの? もっとよく思い出して」
そしてふいに、鮮やかによみがえってきた『夢』は、あたしを、揺さぶる。
創られた当時には実装されなかったが故に、持ち合わせてなどいないはずの、感情に近い、機能が。
……揺れる。
「地球最後のとき。人造大理石の床に倒れていた、あたしは、遠い昔、人間がまだたくさんいたころの都市に住んでいたことがあった、なんて、都合のいい、甘い夢を見ていたの。
そのとき、あたしは、ともだちがいて。
両親がいて。
魂を触れ合えるひとが、そばに、いるの」
一息に言い終えて、むなしくなった。
「夢の中ぐらい、ヒトだったみたいな甘い記憶が、ほしかったんだと思う……の、です」
「うん、わかるよ。夢ってやつはね。甘い、罠だよ。だけど、わかっていても、抜け出せるものじゃないよね」
あたしは並河香織さんを見上げた。
慈愛に満ちた……優しい、微笑みを浮かべている、香織さん。
「君は、おれの同類だ。《世界の大いなる意思》に見初められたのも、うなずける」
差し伸べられた手は、想像していたよりも力強く、がっしりとしていたけれど、その手を握り返したとき、あたしのまわりにあった銀の檻は、ほどけた。
空気に溶け込むように消えてしまった。
「檻が……消えた?」
「消えたわけではないかな。不可視になっただけで、形を変えて身体の表面を覆っている。檻とはいえ、たいがいの危険からは保護してくれるし、そんなに悪いものでもないよ。おれと一緒においで、イリス。もう、監視モニターを気にすることもないだろう? 管理しなければならない『地球人』は、滅びてしまったんだから。君は、自由の身になったんだよ。ある程度の制限付きだけれどね」
香織さんが、ウィンクをした。
セクシーだ。
けれどどう考えても女性のそれではなくて。まるでイケメンな……
あたしの『記録』に参照すれば、そう結論が出る。
あたし自身にとっては、セクシーでもそうでなくても、かまわないのだけれど。
しかも、どうやら香織さんは無意識に行っているようだ。
「制限というのは」
「外界には出られないこと。それと、気まぐれにやってくる《世界の大いなる意思》の話し相手をしてやる義務がある。それ以外は、いくらでも好きにできる。暇をもてあまして哲学的な思索にふけるも、外界を眺めて分析するも、し放題。それとも、したいことが特に思いつかないなら、いつか外に出たら何をしようかと、計画していればいい、楽しくね」
「では、あなたは、そうしていらっしゃるのですね」
あたし、イリスよりも前から、ここにいると言っていた香織さんは、どれほどの体感時間を過ごしてきたのだろうかと、ふと、思う。それは、そのまま、あたしのこれからの姿でもあるのだろう。
「そうだな……詳細についてはまた後で教えるよ」
あたしたちは、並んで歩き出した。
いつの間にかあれほどに並んでいたモニターは、すっかり無くなっていた。
あたりを包むのは、ただ、ただ銀色の霧だ。
やがて周囲には、ふわり、と。
人間の頭ほどもある青白い光球が漂い始めた。
精霊の火。《精霊火》だ。
ヒトと会話したりはできないはずのそれらは、不思議なことに並河香織さんになついているようだった。香織さんもまた、まんざらでもない様子で、精霊火を撫でたりしている。
ペット枠なのだろうか。
「案ずることはない」
あたしの困惑を察してだろう、香織さんは優しく語りかけてくれる。
「分離してまもないから、今のきみは極端に100パーセントなシステム・イリスだが。いずれはここに居ながらにして自在に外界を観察することができるようになるよ。《世界の大いなる意思》や、世界のインターフェイスである女神たちのようにね」
「……申し訳ありません、思いつかないのです。あたしは、どうしたらいいんでしょう」
「回りくどいのは苦手だから、さっくり言うよ、君が容易く表層に出られる今の状態は、アイリス・リデル・ティス・ラゼルという個人が成長するためには、よくないのだ」
「よくないと、いうと」
あたしは深く考えられず、おうむ返しに答えてしまった。
「つまり君を、多重意識の一番下の階層(レイヤー)に据えるだけでは足りない。付け加えればイリス・マクギリスや月宮アリスの記憶もだ。それらはアイリスという幼女の、一個人としての成長を阻害する要素だ」
「でしたら、あたしは……あたしたちは、この世界にあっては、邪魔者なのでしょうか」
「いや、そうではない。君は真にアイリスの身に危険が及ぶときの切り札だ。アイリスの目を通じて外界を見ておきたまえ。そして、いずれアイリス・リデル・ティス・ラゼルが無事に成人した暁には、融合を果たせばよい」
「アイリスの視覚を通じて? いずれ融合する? あたしにとっては難関のようにしか推測できませんが、あなたはまるで、ほんの簡単なことのようにおっしゃるのですね」
「もちろん、君なら、その程度のことは容易くできると思っているからさ」
香織さんの笑みが、深くなる。
まるで大輪のバラが開いたように。
「そうだ、この近くに一つ、《世界》のコレクションがあるんだ。ちょっとばかり要素が違うのだけれど、観測しに行ってみないかい?」
それはとても魅力的な、微笑でした。
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