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第五章 パウルとパオラ
その29 先客
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29
「虹の申し子。システム・イリス! 君はここ、我が《世界の大いなる意思》であるこの世界、セレナンの、生命の奥底に、永遠に囚われるのだ」
セレナンの根源なる女神《世界の大いなる意思》の声が響き渡った。
その瞬間。頭上に出現した銀の鎖が、檻となって獲物を捉えた。
黄金の髪に緑の目の、成人女性の姿をした、存在を。
檻は閉じる。音もなく。
逃れる隙があるだろうかなどと、試すべくもない。これは《世界の大いなる意思》が仕掛けた罠だったのだ。
囚われた檻の中で自問する。
「あたしはミスをしたのだろうか?」
夥しい数のモニターが設置された、人造大理石に囲まれた、だだっぴろい空間。
ふと思い出すのは、前世。
システム・イリスの、それである。
眠る地球人類の管理者『執政官(コンスル)』だったときと、とてもよく似ている光景だ。
永遠?
それはいかほどのこと?
当分の間か、または、ほんのしばらくのことか。
いずれにせよ、その期間を決めるのは、あたしではない。
思考を巡らせているとき、
いつの間にか意識も記憶も『巻き戻って』いることに、このときの『あたし』は気づいていなかった。
あたしは、ここで。檻の中で、
うつろう世間のさまを眺めているとしよう。
前世の、終末世界とは、違う要素もある。
独りではない、ということだ。
世界神の女神は、話し相手を望んでいたようだったし。
※
「おや、君はそんなに諦めのいい子だったかな?」
声が聞こえた。
落ち着いた、耳に心地よいアルトの声。
女神の声ではない。ヒトの、それだ。
見れば、檻の外には、たいそう美しい人物が立っていた。
すらりとした長身で、姿勢がいい。
長く艶やかな黒髪は腰まであり、その人物が動けばサラサラと流れ落ちる滝のよう。
目の色は、夜のような漆黒。
肌色は透き通るように白いが、白人種ではないようだ。
東洋と西洋の血統が融合したらしき痕跡がうかがえる。
全体に、華奢な身体のつくりをしているのに、有無を言わさぬ力強さ、迫力に満ちていた。
「驚かないのか? おれが、ここにいることに」
美形が、笑った。
究極の美形の笑顔というものは、とてつもない破壊力を持っているのだと、あたしは思う。
うっかりすると間違って銀の檻も壊してしまいそうなほど。
「はじめまして」
初対面の挨拶をする。
「はぁ!? おいおい、そこからか!?」
黒髪の美青年が、呆れる。
そこから、って、何だろう?
「初めましてで、間違っていたのでしょうか。わたしはシステム・イリスです」
「……ははぁ。それで初めまして、か。納得したよ。その容貌といい、君はまさに、100パーセント、システム・イリスなんだな」
「あなたのおっしゃることが、情報不足のため、いまだによく理解できませんが、わたしは原生地球人類のコールドスリープ施設と電子化による『魂(ゴースト)』アーカイブの保護管理官である『執政官(コンスル)システム・イリス』であるという認識に間違いありません」
「……はあ。これほどとは」
ため息をつく、黒髪美形。
「おれに、まったく見覚えはないのかい」
重ねて問う。なんだか、かなしげに見える、美形。
「少々、お待ち下さい。記録を検索しますので」
「分離の影響かな? かなりシステム的になってきたね」
なんのことか、よくわからないわ。
あたしはシステム・イリスに違いないのだから。
「じゃあヒントをあげよう」
黒髪の人物は、くるりと身を翻したかと思うと、着ているものを変化させた。
魔法みたい!?
純白のシルクサテンのロングドレス。
天女の羽衣のようにふわりとした、黄金色の軽やかなストールを纏っている、美女だ。
「このストールは『天蚕』で作られたものだよ。おれの会社の高級ブランドで……おや? 違ったかな。君にはまだ手伝ってもらってなかったか?」
小首をかしげる。蠱惑的な魅力に、ひきこまれそう。
「思い出せそうな気がするのに! あと少しで……」
もどかしくて、つらい。
「あの。あなたの、名前を、教えてくださいませんか?」
「しょうがないなぁ。ピースは、ほぼ揃ってただろ?」
お茶目に笑う。
なんてことでしょう。
どこからどう見ても神々しいくらいの美女なのに、ときどき少年みたいな美青年にしか思えなくなるわ!
「おれは『並河香織』。21世紀の地球、東京に暮らしていた、前世の記憶を持っている『先祖還り』だよ」
最後のピースが揃った。
「おれも、多重意識っていうのかな? 別の人格があってね。それはこっちの世界に転生してから生まれた意識で、『香織』ではない。今は、そちらに『表サイド』を受け持ってもらって、おれはお気楽に《世界》の魂の奥津城に引きこもっているんでね。まあ長年、代わり映えもしないから、ちょっと退屈してた。君も《世界の大いなる意思》の茶飲み友だち仲間に加わってくれたらいいなって、お誘いしてるんだよ?」
いたずらっぽく、ウィンク。
「引きこもり仲間の『黒竜(アーテル・ドラコー)』とはときどき遊ぶけどね!」
「虹の申し子。システム・イリス! 君はここ、我が《世界の大いなる意思》であるこの世界、セレナンの、生命の奥底に、永遠に囚われるのだ」
セレナンの根源なる女神《世界の大いなる意思》の声が響き渡った。
その瞬間。頭上に出現した銀の鎖が、檻となって獲物を捉えた。
黄金の髪に緑の目の、成人女性の姿をした、存在を。
檻は閉じる。音もなく。
逃れる隙があるだろうかなどと、試すべくもない。これは《世界の大いなる意思》が仕掛けた罠だったのだ。
囚われた檻の中で自問する。
「あたしはミスをしたのだろうか?」
夥しい数のモニターが設置された、人造大理石に囲まれた、だだっぴろい空間。
ふと思い出すのは、前世。
システム・イリスの、それである。
眠る地球人類の管理者『執政官(コンスル)』だったときと、とてもよく似ている光景だ。
永遠?
それはいかほどのこと?
当分の間か、または、ほんのしばらくのことか。
いずれにせよ、その期間を決めるのは、あたしではない。
思考を巡らせているとき、
いつの間にか意識も記憶も『巻き戻って』いることに、このときの『あたし』は気づいていなかった。
あたしは、ここで。檻の中で、
うつろう世間のさまを眺めているとしよう。
前世の、終末世界とは、違う要素もある。
独りではない、ということだ。
世界神の女神は、話し相手を望んでいたようだったし。
※
「おや、君はそんなに諦めのいい子だったかな?」
声が聞こえた。
落ち着いた、耳に心地よいアルトの声。
女神の声ではない。ヒトの、それだ。
見れば、檻の外には、たいそう美しい人物が立っていた。
すらりとした長身で、姿勢がいい。
長く艶やかな黒髪は腰まであり、その人物が動けばサラサラと流れ落ちる滝のよう。
目の色は、夜のような漆黒。
肌色は透き通るように白いが、白人種ではないようだ。
東洋と西洋の血統が融合したらしき痕跡がうかがえる。
全体に、華奢な身体のつくりをしているのに、有無を言わさぬ力強さ、迫力に満ちていた。
「驚かないのか? おれが、ここにいることに」
美形が、笑った。
究極の美形の笑顔というものは、とてつもない破壊力を持っているのだと、あたしは思う。
うっかりすると間違って銀の檻も壊してしまいそうなほど。
「はじめまして」
初対面の挨拶をする。
「はぁ!? おいおい、そこからか!?」
黒髪の美青年が、呆れる。
そこから、って、何だろう?
「初めましてで、間違っていたのでしょうか。わたしはシステム・イリスです」
「……ははぁ。それで初めまして、か。納得したよ。その容貌といい、君はまさに、100パーセント、システム・イリスなんだな」
「あなたのおっしゃることが、情報不足のため、いまだによく理解できませんが、わたしは原生地球人類のコールドスリープ施設と電子化による『魂(ゴースト)』アーカイブの保護管理官である『執政官(コンスル)システム・イリス』であるという認識に間違いありません」
「……はあ。これほどとは」
ため息をつく、黒髪美形。
「おれに、まったく見覚えはないのかい」
重ねて問う。なんだか、かなしげに見える、美形。
「少々、お待ち下さい。記録を検索しますので」
「分離の影響かな? かなりシステム的になってきたね」
なんのことか、よくわからないわ。
あたしはシステム・イリスに違いないのだから。
「じゃあヒントをあげよう」
黒髪の人物は、くるりと身を翻したかと思うと、着ているものを変化させた。
魔法みたい!?
純白のシルクサテンのロングドレス。
天女の羽衣のようにふわりとした、黄金色の軽やかなストールを纏っている、美女だ。
「このストールは『天蚕』で作られたものだよ。おれの会社の高級ブランドで……おや? 違ったかな。君にはまだ手伝ってもらってなかったか?」
小首をかしげる。蠱惑的な魅力に、ひきこまれそう。
「思い出せそうな気がするのに! あと少しで……」
もどかしくて、つらい。
「あの。あなたの、名前を、教えてくださいませんか?」
「しょうがないなぁ。ピースは、ほぼ揃ってただろ?」
お茶目に笑う。
なんてことでしょう。
どこからどう見ても神々しいくらいの美女なのに、ときどき少年みたいな美青年にしか思えなくなるわ!
「おれは『並河香織』。21世紀の地球、東京に暮らしていた、前世の記憶を持っている『先祖還り』だよ」
最後のピースが揃った。
「おれも、多重意識っていうのかな? 別の人格があってね。それはこっちの世界に転生してから生まれた意識で、『香織』ではない。今は、そちらに『表サイド』を受け持ってもらって、おれはお気楽に《世界》の魂の奥津城に引きこもっているんでね。まあ長年、代わり映えもしないから、ちょっと退屈してた。君も《世界の大いなる意思》の茶飲み友だち仲間に加わってくれたらいいなって、お誘いしてるんだよ?」
いたずらっぽく、ウィンク。
「引きこもり仲間の『黒竜(アーテル・ドラコー)』とはときどき遊ぶけどね!」
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