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第五章 パウルとパオラ
その25 取り戻す(皇帝ガルデルの絶望と儚い希望14)
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25
グラウケーさまが、青い宝石から呼び出した白ウサギのアイちゃんはグリスさんの傷を癒やした後は、レニくんに思いっきり抱っこされて、もふもふされ放題。
レニくんとアイちゃんを見やり、グリスさんは、はっと何かに思い至ったように、つぶやいた。
「……師匠?」
ん?
グリスさんが師匠って呼ぶのは……
レニくんの本当のお母さん、『白い魔女』フランカだよね?
「た、確かにアイちゃんの土台にしたのは、師匠が作ってた、あの子のお守りだけど……まさか」
首をかしげてるグリスさん。
白ウサギのアイちゃんは、グリスさんに顔を向ける。
そしてチェシャ猫みたいに笑った……なんてことはなく。
無表情でした。
だよねホントにウサギだもん!
レニくんに、すりすりもふもふ! 真っ白な毛が、すっごく柔らかそう~!
「彼女も、君たちを見守りたいのだろう」
グラウケーさまは、謎めいた微笑を浮かべているのでした。
「飲んで。あなたたちにぜったい必要なものよ」
ラト・ナ・ルアは、水晶でできたコップを差し出した。
「精霊の白き森にある、根源の泉水。めったなことでヒトには、あげたりしないのよ。特別なんだからねっ」
ちょっぴり頬が赤い。
ところで、びっくりすることがあったの!
水を飲んで生命力が全回復したら……
グリスさんとレニくんは、絶世の美女と、健康そうな可愛い男の子になった!
二人の前に全身が映る鏡が現れる。
「これは、いったい?」
鏡と、傍らに立つレニくんを交互に見やり、これは自分たちの姿なのだと認識する、グリスさん。
「おかあさんは、まえからきれいだったけど……すごくきれい」
「まあ、レニも、こんなに健康そうになって!」
「それが本来あるべき姿なの。栄養状態もよくないし、やつれて! ほんとに劣悪な環境だったのね! もうやっつけたけど、セラニスもガルデルも、何度殺しても罪を償わせるには全然たりないわ!」
ラト・ナ・ルアは、あらためて怒り心頭です。
「さて、これからの話をしよう」
グラウケーさまは、ぱん、と手を打った。
「国王の伯父ガルデルの末子レニウス・レギオンとその生母グリス。調査隊に保護されレギオン王家に加わることとなる。ガルデルに殺されるところを命からが ら生き残った君たちを連座させることはあるまいし、我々、精霊も口添えしよう。少なくとも何不自由ない暮らしを約束できるが……それは君の望む未来かな?」
「いいえ」
グリスさんは即答した。
「これからはレニを自由に暮らさせてやりたい。抜け穴から外に逃げて、この子を守っていきます。精霊様に助けていただいたおかげで、すっかり健康になれたことですし、なんでもして働けます」
「おれも、おかあさんをまもるよ!」
「きゅー!」
抱き合う二人。それに白ウサギ。
「おお、そうか、それは良い! この国に未練がないなら、わたしから提案がある」
提案って、どういうのだと思う?
すっごく楽しそうなグラウケーさまは、にやりと笑った。
「きみたちを精霊の白き森に迎え入れる」
「グラウケー姉様!」
ラト・ナ・ルアは勢いよくグラウケーさまに抱きついた。
「うれしいっ!」
精霊なのに、彼女は喜怒哀楽も豊かで、すごく人間っぽいわ。
「ああ、ラト・ナ・ルア。きみを喜ばせるためだけじゃないんだなぁ。断言するが、これからレギオン王国は荒れるよ。当分は、この国にいないほうがいいからね」
「グラウケーさま、どうしてなのですか」
あたしは尋ねる。
なにしろ転生して『覚醒』したとはいえ、まだ四歳と九ヶ月の幼女であるあたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、世間知らずだもの。前世の記憶は助けになるけれど、この世界のことは、知らないことばかりだわ。
「ガルデルはね、レギオン国王の伯父で『聖堂教会』最高権力者である『教王』だった。人間的には欠陥だらけだったのだが、彼は王国の『闇』をたばねていたのだ。その『頭』、トップが忽然といなくなる。『闇』組織は崩れ、その人的エネルギーはどこへ向かうか、わからない。最悪、国は潰れるね」
「国が潰れる!?」
「レギオンは光り輝く王国。そのためには国王の裏に、悪を引き受けるものが必要だったのだ。……と、ヒトたちは考えていた。われわれ精霊に言わせれば浅慮の極み。だが、この国は、決して、良いほうになど変わるまいよ、未来永劫にわたってね。愚かでひ弱で儚いヒトの中でも最も罪深きヒトの興した国なのだから」
予言者のように、言い切る。グラウケーさま。
「だから、逃げ時だ。レニウス・レギオン、灰色の魔女グリス。……いや、その名前はここで棄てていくべきだな。古い名と身分を捨て、ヒトの世界を離れて、今こそ生まれ変わるのだ」
グラウケーさまが、ゆっくりと、浮き上がる。
しなやかな手をさしのべる。
「選びなさい、ヒトの子ら。永遠にとは言わぬ、少しばかりの間だよ。愛しき咎人よ、嬰児(みどりご)よ。ヒトの世界の穢れを祓う手段を、われら精霊は生まれながらに持っているのだ」
「穢れを、祓う?」
グリスさんが、一歩、踏み出す。
「よごれを落とせる? きれいになるの?」
レニくんも、続く。
「新しい名前がいる。レニウス・レギオンもグリスも、ガルデルによって強引に下賜された名だろう。我らは何でも知っているのだよ」
中空に、大きな穴が、ぽっかりと口を開けた。
白い森につながっている、そこから吹き寄せる、風。
すべてを吹き払う風にさらされて、グリスは胸をはり、幼子レニを抱き上げる。
「では、あたしは師匠に拾われたときに名付けていただいたものを、名乗りましょう。そして、この子も。生まれたときに師匠がつけた名前を、取り戻させましょう」
そして、彼女は、口にした。
二人の、ほんとうの名前を。
その言葉は、中庭に満ちていた『夜』の最後の残滓を、ぬぐい去るほどに目映く、輝いた。
グラウケーさまが、青い宝石から呼び出した白ウサギのアイちゃんはグリスさんの傷を癒やした後は、レニくんに思いっきり抱っこされて、もふもふされ放題。
レニくんとアイちゃんを見やり、グリスさんは、はっと何かに思い至ったように、つぶやいた。
「……師匠?」
ん?
グリスさんが師匠って呼ぶのは……
レニくんの本当のお母さん、『白い魔女』フランカだよね?
「た、確かにアイちゃんの土台にしたのは、師匠が作ってた、あの子のお守りだけど……まさか」
首をかしげてるグリスさん。
白ウサギのアイちゃんは、グリスさんに顔を向ける。
そしてチェシャ猫みたいに笑った……なんてことはなく。
無表情でした。
だよねホントにウサギだもん!
レニくんに、すりすりもふもふ! 真っ白な毛が、すっごく柔らかそう~!
「彼女も、君たちを見守りたいのだろう」
グラウケーさまは、謎めいた微笑を浮かべているのでした。
「飲んで。あなたたちにぜったい必要なものよ」
ラト・ナ・ルアは、水晶でできたコップを差し出した。
「精霊の白き森にある、根源の泉水。めったなことでヒトには、あげたりしないのよ。特別なんだからねっ」
ちょっぴり頬が赤い。
ところで、びっくりすることがあったの!
水を飲んで生命力が全回復したら……
グリスさんとレニくんは、絶世の美女と、健康そうな可愛い男の子になった!
二人の前に全身が映る鏡が現れる。
「これは、いったい?」
鏡と、傍らに立つレニくんを交互に見やり、これは自分たちの姿なのだと認識する、グリスさん。
「おかあさんは、まえからきれいだったけど……すごくきれい」
「まあ、レニも、こんなに健康そうになって!」
「それが本来あるべき姿なの。栄養状態もよくないし、やつれて! ほんとに劣悪な環境だったのね! もうやっつけたけど、セラニスもガルデルも、何度殺しても罪を償わせるには全然たりないわ!」
ラト・ナ・ルアは、あらためて怒り心頭です。
「さて、これからの話をしよう」
グラウケーさまは、ぱん、と手を打った。
「国王の伯父ガルデルの末子レニウス・レギオンとその生母グリス。調査隊に保護されレギオン王家に加わることとなる。ガルデルに殺されるところを命からが ら生き残った君たちを連座させることはあるまいし、我々、精霊も口添えしよう。少なくとも何不自由ない暮らしを約束できるが……それは君の望む未来かな?」
「いいえ」
グリスさんは即答した。
「これからはレニを自由に暮らさせてやりたい。抜け穴から外に逃げて、この子を守っていきます。精霊様に助けていただいたおかげで、すっかり健康になれたことですし、なんでもして働けます」
「おれも、おかあさんをまもるよ!」
「きゅー!」
抱き合う二人。それに白ウサギ。
「おお、そうか、それは良い! この国に未練がないなら、わたしから提案がある」
提案って、どういうのだと思う?
すっごく楽しそうなグラウケーさまは、にやりと笑った。
「きみたちを精霊の白き森に迎え入れる」
「グラウケー姉様!」
ラト・ナ・ルアは勢いよくグラウケーさまに抱きついた。
「うれしいっ!」
精霊なのに、彼女は喜怒哀楽も豊かで、すごく人間っぽいわ。
「ああ、ラト・ナ・ルア。きみを喜ばせるためだけじゃないんだなぁ。断言するが、これからレギオン王国は荒れるよ。当分は、この国にいないほうがいいからね」
「グラウケーさま、どうしてなのですか」
あたしは尋ねる。
なにしろ転生して『覚醒』したとはいえ、まだ四歳と九ヶ月の幼女であるあたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、世間知らずだもの。前世の記憶は助けになるけれど、この世界のことは、知らないことばかりだわ。
「ガルデルはね、レギオン国王の伯父で『聖堂教会』最高権力者である『教王』だった。人間的には欠陥だらけだったのだが、彼は王国の『闇』をたばねていたのだ。その『頭』、トップが忽然といなくなる。『闇』組織は崩れ、その人的エネルギーはどこへ向かうか、わからない。最悪、国は潰れるね」
「国が潰れる!?」
「レギオンは光り輝く王国。そのためには国王の裏に、悪を引き受けるものが必要だったのだ。……と、ヒトたちは考えていた。われわれ精霊に言わせれば浅慮の極み。だが、この国は、決して、良いほうになど変わるまいよ、未来永劫にわたってね。愚かでひ弱で儚いヒトの中でも最も罪深きヒトの興した国なのだから」
予言者のように、言い切る。グラウケーさま。
「だから、逃げ時だ。レニウス・レギオン、灰色の魔女グリス。……いや、その名前はここで棄てていくべきだな。古い名と身分を捨て、ヒトの世界を離れて、今こそ生まれ変わるのだ」
グラウケーさまが、ゆっくりと、浮き上がる。
しなやかな手をさしのべる。
「選びなさい、ヒトの子ら。永遠にとは言わぬ、少しばかりの間だよ。愛しき咎人よ、嬰児(みどりご)よ。ヒトの世界の穢れを祓う手段を、われら精霊は生まれながらに持っているのだ」
「穢れを、祓う?」
グリスさんが、一歩、踏み出す。
「よごれを落とせる? きれいになるの?」
レニくんも、続く。
「新しい名前がいる。レニウス・レギオンもグリスも、ガルデルによって強引に下賜された名だろう。我らは何でも知っているのだよ」
中空に、大きな穴が、ぽっかりと口を開けた。
白い森につながっている、そこから吹き寄せる、風。
すべてを吹き払う風にさらされて、グリスは胸をはり、幼子レニを抱き上げる。
「では、あたしは師匠に拾われたときに名付けていただいたものを、名乗りましょう。そして、この子も。生まれたときに師匠がつけた名前を、取り戻させましょう」
そして、彼女は、口にした。
二人の、ほんとうの名前を。
その言葉は、中庭に満ちていた『夜』の最後の残滓を、ぬぐい去るほどに目映く、輝いた。
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