転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

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第五章 パウルとパオラ

その18 精霊の愛し子(皇帝ガルデルの絶望と儚い希望7)

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         18

 セラニスの手にある、空中で再生されつつある黒鎧の男に見覚えがあると気づいて、あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、戦慄した。

 あたしがここ、レニウス・レギオンとグリスのいる宮殿にくる前に、いた場所。
 精霊の白い森にただ一カ所、ヒトが住まうことを許された『欠けた月の村』。
 
 あたしは以前、『欠けた月の村』に迷い込んでしまったことがある。
 そのとき村の人たちに温かく迎えられた。

 ちょうど村長さんの息子さんクイブロくんと、可愛いお嫁さん、ルナちゃんの披露宴だった。
 二人ともまだ十五歳で、ちょっと若すぎるのではと気になったけど、とてもいい子たちで、優しくて、迷子になったあたしを、行くところがないなら養女にこないかって申し出てくれた。

 明るく楽しい、幸せな村。

 その村を襲い、大勢の人たちを殺した敵が、あいつ!
 顔だけは良かったけれど冷酷で残忍そのもの。
 血塗られた黒い鎧を着けた男。

 あいつは言った。
 たった一人、生き残ったルナちゃんに向かって、村人たちを助けたかったら自分のものになれって。

 ロリコンの変態野郎。

 あのとき、あたしはヤツを、渾身の力をこめて殴ってぶっ飛ばしてやったんだから。
 ふしぎなくらい、殴ったあたしの手にはダメージがなかったけど。
 確かに倒した!

 なのに、なんで?
 なんで、『ここ』にも、あいつがいるの?

 でもこれで、あいつの名前がわかった。
 ガルデル。
 あたしの敵だ。
 たった今、そう決めた。

 そうしたら、急に、右手首が熱くなってきたことに気づく。

 精霊石のブレスレットをしていたのを思い出した。

 第一世代の精霊、グラウケーさまからいただいた精霊石を、カルナックさまとエステリオ・アウル叔父さまが精霊白銀という希少な金属と組み合わせて、ブレスレットにしてくれた。
 ブレスレットは装着したとたんに手首にぴったり合って、はずれなくなっちゃったの。おまけに、あたしの成長にともなって大きくなるという特別製。

 この精霊石に宿っているのは、十四、五歳の少女の姿をした精霊(セレナン)だった。
 確か、名前は……。教えてもらったはずなのに、夢の中で聞いたみたいに、よく覚えてないの……。


 《……ラト・ナ・ルアよ。そう教えてくれたわ……》


 あたしの意識の一番底から、答えが返ってきた。
 システム・イリスが、覚えていたのね。

 ラト・ナ・ルア。

 スゥエ女神さまに似た、青みがかった銀髪に、この世界ではアクアラと呼ばれている、アクアマリンのような瞳、色白で華奢で。妖精みたいな……って、精霊だものね!
 ものすごい美少女だった。
 カルナックさまのことをよく知ってるって言ってた……



「あはははははははは!」
 突然、高らかな笑い声がした。

 肩にかかる、純白の髪。ピジョンブラッドのルビー色をした瞳。
 整った顔立ちをした美少年。

「なぁんだ、違和感があると思った。《隠蔽》してたんだ? この分岐でのレニウス・レギオンとグリスを助けるつもり? 遠いところから来たようだけどさ、銀の精霊。隠れてないで出てきたら?」

 あたしの腕輪から放たれる蒼い光が、いっそう強くなった。

 そして、光は集まって、少女の姿をとった。
 青みを帯びた銀色の長い髪。水精石(アクアラ)色の瞳は、燃えるように、セラニスを睨み付けている。

「ひさしぶり、ってことで合ってる? メインストーリーからかなり外れた分岐の世界まで、はるばる、よく来たもんだね。しかも、どこかのルートに確保してたらしい戦闘担当まで引っ張ってきたわけ? まだ覚醒してないはずだろ、そいつ。強引に、呼び起こしたの? チートすぎない?」

「うるさいわね。おしゃべりな男はもてないわよ。こんな外れまでは《世界》の監視が届かないと思ったのかしら。まったく妙なルートを作ったわね、ガルデル強すぎでしょ!」

「ガルデルは、この場所この時間に、強い思い入れがあるんだ。何度も何度も頭の中でシミュレーションしててさ。レニウス・レギオンを連れて逃げて不老不死になりたかったのに、逆らわれてカッとなって、うっかり殺しちゃったもんだから」

「あたしの知ったことじゃないわ。あたしはレニとグリスに、幸福になってほしいだけよ」

「どうしてかな。そんなにも『精霊の愛し子』が大切? だけど、パラドックスだよ。ここでレニウス・レギオンとグリスがガルデルに殺されなかったら、レニは精霊のものにはならない。そしたら、きみも《世界》から生じないんだろう。きみも、兄上もさ。最初から、生まれなかったことになっちゃうんじゃない?」

 パラドックス?
 あたしは頭がパンクしそうだわ!
 さっきから、セラニスとラト・ナ・ルアの会話が、よくわからないのよね。

「かまわない! せめて、グリスと生き延びて幸福になる世界もあったらいいって、願っていたの。だけど、あたしは何もできない。未来を知らない、この子なら、あたしたちの可愛い弟、『愛し子』を助けられるの! だから連れてきたのよ。……ごめんなさい、アイリス。事後承諾になっちゃうけど、お願い!」

(いいわよ。あたし、ルナちゃんも、レニウス・レギオンっていう子も、助かって欲しいから)
 あたしは心の中で言った。たぶん、ラト・ナ・ルアには通じるはずだ。

「それに、あたしは。こことは違う未来で、もう死んで精霊石になってるんだし」

「やれやれ。慈悲深い精霊様だ。うらやましいよ、そんなにのめりこめて。まあいいや。退屈よりいいかな。そのかわり、彼女に紹介してよ。可視化してあげるから」

 セラニスは肩をすくめたけれど、言葉通りにした。

 というのは、レニウス・レギオンとグリスさんが、あたしとラト・ナ・ルアがふいに姿をあらわしたことに驚いて声を上げたのでわかったのだ。

         ※

「わぁぁ!? ひ、ひとが! 急に!」
 グリスを背中にかばおうとする、レニウス・レギオン。

「だいじょうぶだよ、敵じゃない。見たところ、あのセラニスというやつと敵対してるらしい」
 グリスは、冷静に状況を見極める。

「でもっ」

「黄金の髪とエメラルドの目。とてもきれいな人だ。それに、もう一人は、青銀色の髪と水精石色の目をなさっておられる。あれは、精霊様だよ。この世界の、本当の主人だ」

「精霊さま?」

「ごらん。ガルデルやセラニス、あいつらとは、ぜんぜん、受ける印象がちがうだろ? それは、目でみるだけじゃないよ。教えただろう」

 しばらく見つめたあとで、レニウス・レギオンは、うなずいた。

「……うん。ふたりとも、とってもきれいだ。身体の中から、光ってる……」


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