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第五章 パウルとパオラ
その14 グリスの決意(皇帝ガルデルの絶望と儚い希望3)
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14
「生き延びさせるためだ。あんたに殺させるためじゃない」
その言葉を聞いた瞬間、視点がまた大きく動いた。
頭上から見下ろしていたのが、地上に降りたのだ。
あたし、アイリスは今、グリスという女性の側にいる。
ただ、あたしの姿は誰にも見えてないみたい。干渉もできない。あたしは幽霊? それとも、立体映画を観てるの?
グリスと、黒い髪の幼い子どもはうずくまっている。
二メートルくらい離れたところに立つ、金髪の男を、グリスは睨み付けている。
「あんたは幼子を連れて路頭に迷っている女を保護すると言いくるめて後宮に引き取ってから、命が惜しければ子を差し出せと強要した。断った女達は皆、母子ともどもで殺された。そうしてあんたは、死んだ子どもを使って怪しげな儀式をしているというじゃないか」
黒髪の子どもを抱きしめる。
「断っても殺されるなら、生き延びるほうがましさ。今は虐げられても、いつかは自由になれると希望が持てる……そう思っていた、けれど。あたしが浅はかだったよ。この城のありさまは、いったいなんだい。これだけの命を血を捧げて! どんな悪魔と、何を取引したのさ!」
「おまえが知る必要はない。すぐに死ぬのだからな」
金髪の残念なイケメン大男は、右手をゆっくりと挙げた。鈍く光る大剣を、ひっさげて。
「ちくしょう! 悪魔!」
「やめて! ガルデル、おかあさんをころさないで!」
黒髪の子どもが、せっぱつまった叫びをあげた。
「おねがい。なんでも、するから」
「ほう」
ガルデルは、たのしんでいる。
「なんでもか。では、こちらへ来い、レニ。人など醜い生き物だが、おまえは別だ。血の繋がりのないおまえを公式に我が末子と認めさせたのは、跡継ぎとするためぞ。我とともに不老不死となるべき者」
「不老不死! それが目的だったのか」
グリスの顔は青ざめていた。
「この子を自分のそばに、永遠に縛り付けておくつもりかい」
「物わかりのいい女だ」
ガルデルは笑った。微笑なのに、すごみがありすぎて怖い。
「いかにも。さあ、おいで、レニ。我が子、レニウス・バルケス・ロルカ・レギオン。この名を持つおまえは、レギオン王権を手にする資格を有するのだ。いまの愚かな王家を潰して支配するも一興」
「おかあさんを、たすけてくれるなら。おれはどうなっても、いい」
黒髪の子どもが、腕の中で身じろぎをする。
「レニ!」
グリスは、ぎゅっとさらに強くだきしめて。
しばらく、じっと固まっていて、ゆっくりと、腕をゆるめた。
「バカな子だ。お人好し。すぐに騙されて」
「おかあさん」
「……こんなバカは、あたしの息子なんかじゃない」
絞り出すように、言った。
「あたしのことは忘れな。どうせ、ガルデルに媚びて、いいもの食って贅沢するために、ひどい目にあうと知っていておまえを差し出すような悪女さ」
「……おかあさん? なにをいってるの?」
「ばかだね間抜け! あたしは、おまえを棄てるって言ってるんだ! 母でもなければ子でもない! とっとと、どこへでも行きな!」
そう叫んで、突き飛ばす。
ガルデルがいるのとは反対の方向へ。
黒髪の子ども、レニウス・レギオンの軽い小さな身体は、ごろごろと床を転がった。
「グリス!」
「あんたに呼ばれたかないねえ」
ゆるりと、立ち上がった。
「愚かな女だ、だがレニウス・レギオンを渡せば許してやろう」
「愚かなのは、あんたさ。ガルデル」
次に笑ったのは、グリスだった。
「前に師匠の白い魔女フランカに聞いたことがある。不老不死など、この世界の大いなる意思が赦すわけがない、ことわりに反する褒美を目の前にぶら下げるヤツの存在を。そいつは、魔の月。大勢の血を捧げろと、耳元で囁かれでもしたのかい」
「ほう? 師匠は偉大な魔女だったと、たわごとをほざいていたな、まじないしか取り柄のない女が」
気迫。
押し寄せる圧力に、グリスは一歩も引かず立っていた。
背後に、黒髪の子ども、レニを庇って。
「あんたはあたしを甘くみた。天候を当て運勢を占うだけの、ろくな才能もない女」
真正面からガルデルに向き合う。
「一つ間違えてるよ。あたしはまじない女じゃない。大魔法使いフランカの弟子さ!」
グリスの手元に、眩い光が集まっていく。
「生き延びさせるためだ。あんたに殺させるためじゃない」
その言葉を聞いた瞬間、視点がまた大きく動いた。
頭上から見下ろしていたのが、地上に降りたのだ。
あたし、アイリスは今、グリスという女性の側にいる。
ただ、あたしの姿は誰にも見えてないみたい。干渉もできない。あたしは幽霊? それとも、立体映画を観てるの?
グリスと、黒い髪の幼い子どもはうずくまっている。
二メートルくらい離れたところに立つ、金髪の男を、グリスは睨み付けている。
「あんたは幼子を連れて路頭に迷っている女を保護すると言いくるめて後宮に引き取ってから、命が惜しければ子を差し出せと強要した。断った女達は皆、母子ともどもで殺された。そうしてあんたは、死んだ子どもを使って怪しげな儀式をしているというじゃないか」
黒髪の子どもを抱きしめる。
「断っても殺されるなら、生き延びるほうがましさ。今は虐げられても、いつかは自由になれると希望が持てる……そう思っていた、けれど。あたしが浅はかだったよ。この城のありさまは、いったいなんだい。これだけの命を血を捧げて! どんな悪魔と、何を取引したのさ!」
「おまえが知る必要はない。すぐに死ぬのだからな」
金髪の残念なイケメン大男は、右手をゆっくりと挙げた。鈍く光る大剣を、ひっさげて。
「ちくしょう! 悪魔!」
「やめて! ガルデル、おかあさんをころさないで!」
黒髪の子どもが、せっぱつまった叫びをあげた。
「おねがい。なんでも、するから」
「ほう」
ガルデルは、たのしんでいる。
「なんでもか。では、こちらへ来い、レニ。人など醜い生き物だが、おまえは別だ。血の繋がりのないおまえを公式に我が末子と認めさせたのは、跡継ぎとするためぞ。我とともに不老不死となるべき者」
「不老不死! それが目的だったのか」
グリスの顔は青ざめていた。
「この子を自分のそばに、永遠に縛り付けておくつもりかい」
「物わかりのいい女だ」
ガルデルは笑った。微笑なのに、すごみがありすぎて怖い。
「いかにも。さあ、おいで、レニ。我が子、レニウス・バルケス・ロルカ・レギオン。この名を持つおまえは、レギオン王権を手にする資格を有するのだ。いまの愚かな王家を潰して支配するも一興」
「おかあさんを、たすけてくれるなら。おれはどうなっても、いい」
黒髪の子どもが、腕の中で身じろぎをする。
「レニ!」
グリスは、ぎゅっとさらに強くだきしめて。
しばらく、じっと固まっていて、ゆっくりと、腕をゆるめた。
「バカな子だ。お人好し。すぐに騙されて」
「おかあさん」
「……こんなバカは、あたしの息子なんかじゃない」
絞り出すように、言った。
「あたしのことは忘れな。どうせ、ガルデルに媚びて、いいもの食って贅沢するために、ひどい目にあうと知っていておまえを差し出すような悪女さ」
「……おかあさん? なにをいってるの?」
「ばかだね間抜け! あたしは、おまえを棄てるって言ってるんだ! 母でもなければ子でもない! とっとと、どこへでも行きな!」
そう叫んで、突き飛ばす。
ガルデルがいるのとは反対の方向へ。
黒髪の子ども、レニウス・レギオンの軽い小さな身体は、ごろごろと床を転がった。
「グリス!」
「あんたに呼ばれたかないねえ」
ゆるりと、立ち上がった。
「愚かな女だ、だがレニウス・レギオンを渡せば許してやろう」
「愚かなのは、あんたさ。ガルデル」
次に笑ったのは、グリスだった。
「前に師匠の白い魔女フランカに聞いたことがある。不老不死など、この世界の大いなる意思が赦すわけがない、ことわりに反する褒美を目の前にぶら下げるヤツの存在を。そいつは、魔の月。大勢の血を捧げろと、耳元で囁かれでもしたのかい」
「ほう? 師匠は偉大な魔女だったと、たわごとをほざいていたな、まじないしか取り柄のない女が」
気迫。
押し寄せる圧力に、グリスは一歩も引かず立っていた。
背後に、黒髪の子ども、レニを庇って。
「あんたはあたしを甘くみた。天候を当て運勢を占うだけの、ろくな才能もない女」
真正面からガルデルに向き合う。
「一つ間違えてるよ。あたしはまじない女じゃない。大魔法使いフランカの弟子さ!」
グリスの手元に、眩い光が集まっていく。
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