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第五章 パウルとパオラ

その13 過去と現在(皇帝ガルデルの絶望と儚い希望2)

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         13

 握りしめた拳を、渾身の力をこめて、金髪イケメン変態の腹に叩きつけた!

 その瞬間。
 金髪イケメンは……ものすごい勢いで吹っ飛んだ。
 百メートルくらい?

『えええええええ!?』

 ウソでしょ?
 確かに、思いっきり殴りましたけれども!
 全身全霊をこめて、殴りましたけれども!
 そんな威力が!?

 いやいやいや!

 ちょい待って!
 おかしいじゃない!
 甲冑をつけた大男を全力で殴って相手が吹っ飛んだっていうのに。

 あたしの拳には、ぜんぜん、衝撃がなかったのだ。
(ツッコミどころはそこなんだろうか、と思わないでもないけれど)

 痛くないなんて!?
 あたしが殴ったのは空気か!?
 ビーチボールを叩いたって少しは反動があるのに。
 裂傷とか、拳の骨が砕けるとか骨折、ひびが入るくらいは、ありそうなのに。

 もちろん、さっきは、そこまで考えてなかった。
 ただ、激しい怒りに突き動かされて。
 硬いものを殴れば自分も怪我する、なんて思い至らなかったのだけれど。

 金髪イケメンは、倒れ込んだまま、動かない。
 
 よし!
 何がよしなんだか、ともかく。

「ルナちゃん!」
 放心してるルナちゃんに、抱きついた。

「おねえさん、だれ?」
 困惑してる?

 あっそうだった!
 あたしは今イリス・マクギリスの意識が前面に出てる、大人の女性の姿をしてたんだったわ。

「ルナちゃん。あたし、アイリスだよ。うまく説明できないけど、この姿も、あたしなの。気がついたらここに来ていて、ルナちゃんが危ないから、思わず手が出ちゃった!」

「……アイちゃん? ほんとに、アイちゃんなの?」
 震える肩、なんて薄い。今にも壊れてしまいそう。
 こんな子を傷つけるなんて許せない。

 ルナちゃんを、ぎゅっと抱きしめて。
 そしてルナちゃんも、あたしに抱きついて。
 泣いた。
 声を、ころして。

 ……そのとき、ふいに、脳裏に浮かんだ、情景がある。
 それは豪華な建物の中。
 大広間?
 銀の燭台が並んで、蝋燭が燃えている。テーブル?
 蝋燭がともっているなら、夜なのかな。
 どこなんだろう?

「……おかあさん、おかあさん……」
 泣いている、こどもの声。か細くて、苦しそうで。
「おかあさんをころさないで」

 その時。

 視点が急に上昇した。
 まるでドローンで天井近くにまで上がったみたいに、視界が広がった。
 そこはどこかの、王様か貴族さまかというくらい豪勢な晩餐会の食卓。
 大勢の、身なりの良い人々がテーブルの周囲にいて。

 テーブルにも床にも、おびただしい鮮血が飛び散っていた。

 え。

 何これ!?
 スプラッタ!

 王侯貴族みたいな人たちは、全員、血まみれで倒れていた。
 テーブルに突っ伏していたり、床に倒れていたり、さまざまな場所で、首や肩や頭、手首、身体のいたるところから鮮やかな血をとめどなく噴出させていた。
 多分、みんな死んでる。

 死体が転がっている中で、動いているものが、目についた。

 大人の女性だ。
 部屋の隅に、うずくまってる。

 飾り気のないシンプルな白いドレス。
 真っ直ぐな長い髪はつやのあるグレイッシュシルバー。瞳は、明るい灰色。

 きれいな人。
 でも、やつれていた。
 細い腕で固く抱きしめているのは、七歳か……あるいはもうちょっと幼いくらいの、黒い髪に黒い目をした、色の白い子どもだった。
「おかあさん、おかあさん」
 泣き声だ。

「だいじょうぶだよ」
 そう言ってる女の人は、けれど、声はかすれていた。息も乱れてる。
 背中から、血を流している。

 そして、その場にはもう一人の人物がいる。

 母と子の前に立っている、金髪の美丈夫だ。
 白い、トーガっていうの? ギリシャ神話の神様みたいな服を着て、黄金の飾りをじゃらじゃらつけてる。

「それを、渡せ」
 尊大な口調で言う。
「グリス! レニは我のものぞ」
 にらみつける。

「渡すもんか」
 グリスと呼ばれた女性は、荒い息とともに、吐き捨てた。

「いまさら母親づらか」
 あざ笑う男。

「たしかにあたしは、我が身かわいさにこの子をあんたに差し出した。けれど」
 自嘲するように、グリスは吐き出した。

「それは生き延びさせるため。あんたに殺させるためじゃない」

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