165 / 360
第五章 パウルとパオラ
その31 老師
しおりを挟む
31
「そうだ、この近くに一つ、《世界》のコレクションがあるんだ。ちょっとばかり要素が違うのだけれど、観測しに行ってみないかい?」
並河香織さんは、ひとをからかうように軽やかに笑っているようでいて、けれどもその真摯な目は、少しも笑っていなかった。
あたし、システム・イリスは、それにはきちんと向き合わなければと思う。
「ぜひご一緒させていただきたいですわ。ですが、世界の寵愛を一身に集めていらしゃるお方、確か、先ほどはこうおっしゃいました。我々は『外界』に出ることはできないと」
「ああ、きみは教え子として理想的だ。もしも、おれが教師なら、きみを一流の詐欺師にでも王侯貴族の子女にもふさわしく導いてあげると約束するのだが」
本気なのか冗談なのか、判別しがたい、妖しい微笑み。
「きみはまだ、学ぶべきことがある。きみの体験したという10000年は、きみにヒトを観察する時間を与えたが、ヒトとしての体験はほとんどしていない。だから、きみは」
同情するように、言った。
「まだ、子どもなんだよ」
あたしは弾かれたように……けれど、納得して、膝を折る。
「その、とおりです。年ばかり重ねてきましたが、ついに『ヒト』の心というものを理解できないまま、うつろいゆくヒトの世界を外から眺めていただけでした。どうかご教示くださいますよう」
うなだれた、あたし。
頭上から、力強い声が、降ってきた。
「よかろう。では、おれを『老師』と呼ぶがいい。教師を差す言葉だ」
「老師さま?」
あたしはほんの少しだけ首をかしげる。
夢の中で、老師と呼ばれていたのは、別の人ではなかったろうか。
あれは。
日焼けした、白髪と白い髭の……壮年男性の姿が、ふと思い浮かぶ。
どこまでが夢だったのか。
どこからが、幼女に転生したアイリス・リデル・ティス・ラゼルの、本当の体験だのだろうか。
その判別が、はっきりつかめないことが、もしかしたら、いまのあたし、システム・イリスの抱える問題ななおかもしれないと、思った。
「……これもただの、戯れ言さ。なにしろ、おれは、暇だし。退屈はきらいなんだ」
香織老師は、くすりと笑って。
あたしの手を握り、耳元に囁きかけた。
「今から、おれが直伝で『影』と『目』と『耳』の使い方を教えよう。将来、アイリス・リデル・ティス・ラゼルが君を必要としたときに役立つ。身につけなさい」
「はい、香織老師さま」
「さま、は、いらないよ」
香織さんは言って、あたしをぎゅっと抱きしめた。
うん、ハグです。
そしてあたしは気づく。
香織さんは、肉体を持っていない。または、ここにいるのは『本体』ではない。
※
「そうだ、この近くに一つ、《世界》のコレクションがあるんだ。ちょっとばかり要素が違うのだけれど、観測しに行ってみないかい?」
並河香織さんは、ひとをからかうように軽やかに笑っているようでいて、けれどもその真摯な目は、少しも笑っていなかった。
あたし、システム・イリスは、それにはきちんと向き合わなければと思う。
「ぜひご一緒させていただきたいですわ。ですが、世界の寵愛を一身に集めていらしゃるお方、確か、先ほどはこうおっしゃいました。我々は『外界』に出ることはできないと」
「ああ、きみは教え子として理想的だ。もしも、おれが教師なら、きみを一流の詐欺師にでも王侯貴族の子女にもふさわしく導いてあげると約束するのだが」
本気なのか冗談なのか、判別しがたい、妖しい微笑み。
「きみはまだ、学ぶべきことがある。きみの体験したという10000年は、きみにヒトを観察する時間を与えたが、ヒトとしての体験はほとんどしていない。だから、きみは」
同情するように、言った。
「まだ、子どもなんだよ」
あたしは弾かれたように……けれど、納得して、膝を折る。
「その、とおりです。年ばかり重ねてきましたが、ついに『ヒト』の心というものを理解できないまま、うつろいゆくヒトの世界を外から眺めていただけでした。どうかご教示くださいますよう」
うなだれた、あたし。
頭上から、力強い声が、降ってきた。
「よかろう。では、おれを『老師』と呼ぶがいい。教師を差す言葉だ」
「老師さま?」
あたしはほんの少しだけ首をかしげる。
夢の中で、老師と呼ばれていたのは、別の人ではなかったろうか。
あれは。
日焼けした、白髪と白い髭の……壮年男性の姿が、ふと思い浮かぶ。
どこまでが夢だったのか。
どこからが、幼女に転生したアイリス・リデル・ティス・ラゼルの、本当の体験だのだろうか。
その判別が、はっきりつかめないことが、もしかしたら、いまのあたし、システム・イリスの抱える問題ななおかもしれないと、思った。
「……これもただの、戯れ言さ。なにしろ、おれは、暇だし。退屈はきらいなんだ」
香織老師は、くすりと笑って。
あたしの手を握り、耳元に囁きかけた。
「今から、おれが直伝で『影』と『目』と『耳』の使い方を教えよう。将来、アイリス・リデル・ティス・ラゼルが君を必要としたときに役立つ。身につけなさい」
「はい、香織老師さま」
「さま、は、いらないよ」
香織さんは言って、あたしをぎゅっと抱きしめた。
うん、ハグです。
そしてあたしは気づく。
香織さんは、肉体を持っていない。または、ここにいるのは『本体』ではない。
※
10
お気に入りに追加
276
あなたにおすすめの小説

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜
ワキヤク
ファンタジー
その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。
そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。
創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。
普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。
魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる