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第五章 パウルとパオラ
その10 よみがえる記憶
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10
「どうにもなるものか。私が行く前に『影の呪術師』が、大公や貴族達を徹底して威圧していてくれたおかげでね。あとはとどめに私とコマラパがちょっぴり『奇跡の技』を披露してみせるだけでことは足りた」
不機嫌そうなカルナックである。
「ああ……なるほど。いやはや、最高位の『第一世代の精霊』が、よくもまあ大公家に集った有象無象な人間たちを消し炭にしないでくれたものだなあ」
得心したように、銀竜は答えたのだった。
「私が、くだらない貴族達に舐められないようにと脅しをかけてくれたのだ。大公も公嗣も青ざめていてね、それに比べて大公妃は平然としていて、おかしかったよ。この国は彼女が支えているといって過言ではない」
お師匠さま、くすっと、思い出し笑いをした。
よかったわ。
カルナックお師匠さまに笑顔が戻って。
そして、あたしは、また、ふっと、何かを思い出す。
銀竜さまに会ったのはいつだったのかはまだ、わからないけれど。
思い出したのは。
霞むような銀色のもやがかかった、きれいな青空。
木々も、下草も、まわりじゅう全てが白い森の中。
楽しそうな、たくさんの人たちに囲まれて、穏やかに笑っていた、銀竜さま。
「銀竜さま? ……アトクさんは一緒にいないの?」
ふと口をついて出たのは、知らないはずの名前。
そうしたら、急に浮かんできた情景があった。
平たい石を積んだ家、白くてもこもこの毛をした家畜がいっぱいいた村。
楽しそうだった、幸せそうだった、明るくて親切な人たち。
ごちそうが並んでた、大きなテーブル。
手を取り合って踊っていた、かわいいカップルは、だれ?
民族衣装みたい。毛織物でつくられた長袖の上着と、ひだの多い黒いスカート。
結婚式だったんだもの、晴れ着だよね。三つ編みにした長い黒髪の女の子は、つやつやの黒い目で、金髪の男の子をずっと見つめて。幸せそうだった、二人。
永遠の、ロンド。
「あのとき、銀竜さまの横にいたのはアトクさん。それから、ルナちゃん。クイブロさん、カントゥータお姉さまとローサお母さまと、たくさん、村のひとたちがいて、宴会をしていたの!」
あたしは興奮して、いつの間にか席を立っていたみたいだ。
けれど四歳と九ヶ月のあたし、アイリスは、まだ小さいから。子供用の高いいすから飛び降りて、銀竜さまのそばに行った。
だけど、急にいろいろ思い出したり、いっぱいしゃべったから。
めまいがした。
倒れかかったのを、支えてくれたのは、銀竜さまだった。
「こんなに早く思い出すとは」
カルナックさまの声が、遠く聞こえた。
「その意図で、銀竜を呼び寄せたのではないかの、精霊の愛し子よ。不自然に、記憶に蓋をしておくのも良くないからのぅ」
歳神さまの声がした。
「あいわかった。エルレーン公国首都シ・イル・リリヤに住まう『始まりの千家族』ラゼル家の一人娘アイリス・リデル・ティス・ラゼルよ。儂はルミナレス山脈最高峰、白き女神レウコテアの座に住まう、銀竜である。いずれ成人の儀に臨むのであればそのときに、そなたに加護を与えるつもりであったが、早めるのもやぶさかではない。この幼児には、まさに今、加護が必要なのではないか?」
あたしを支えてくれていた手が離れ、別の誰かに渡される。
「この子は、ぼくが守ります」
エステリオ・アウル叔父さまの声だ。
「たとえ彼女が覚えていなくても、ぼくは守ると誓ったから」
エステリオ叔父さま、いつもは「わたし」って言うのに。動転したりすると「ぼく」になっちゃうの。
本当はまだ十七歳で、学生だもの。
かわいいところも、あるんです。
だから銀竜さま。
あまり『威圧』しないであげてください。
「よいよい、承知しておるとも」
銀竜さまの、高らかな笑い声がした。
「ならば、加護はいずれ、折を見て、授けるとしようぞ。自分で言うのもあれだが、お得だぞ? 儂は引きこもりじゃからな。いつもは山に登ってくる者にしか加護を与えないのじゃぞ」
「いいわけは見苦しいぞ」
カルナックさまは容赦ないです。
「ここにいる全員がおまえの威圧で倒れてしまったじゃないか。無事に立っていられるのは魔力が多いエステリオ・アウルだけだ」
「それで……のりものに酔ったみたいなかんじ……が、するんです、ね」
「アイリス、いいから。しゃべらなくても」
抱っこしてくれてる叔父さまの手が、あたたかい。
「エステリオお坊ちゃま。お嬢様は小さくてもレディ、貴婦人ですよ。そうそう抱っこなどなさっては、よろしくございませんよ」
……エウニーケさんだわ。
やっぱり、予想はしてたけど。エウニーケさんも、普通じゃないんですね……
「あれは特別だ」
ささやいたのは、コマラパ老師さま?
「精霊との約束だからな……」
それきり、あたしは、意識を手放してしまった。
だけど残念なのは、お正月のごちそう、半分以上、まだ食べてなかったってことだわ!
「どうにもなるものか。私が行く前に『影の呪術師』が、大公や貴族達を徹底して威圧していてくれたおかげでね。あとはとどめに私とコマラパがちょっぴり『奇跡の技』を披露してみせるだけでことは足りた」
不機嫌そうなカルナックである。
「ああ……なるほど。いやはや、最高位の『第一世代の精霊』が、よくもまあ大公家に集った有象無象な人間たちを消し炭にしないでくれたものだなあ」
得心したように、銀竜は答えたのだった。
「私が、くだらない貴族達に舐められないようにと脅しをかけてくれたのだ。大公も公嗣も青ざめていてね、それに比べて大公妃は平然としていて、おかしかったよ。この国は彼女が支えているといって過言ではない」
お師匠さま、くすっと、思い出し笑いをした。
よかったわ。
カルナックお師匠さまに笑顔が戻って。
そして、あたしは、また、ふっと、何かを思い出す。
銀竜さまに会ったのはいつだったのかはまだ、わからないけれど。
思い出したのは。
霞むような銀色のもやがかかった、きれいな青空。
木々も、下草も、まわりじゅう全てが白い森の中。
楽しそうな、たくさんの人たちに囲まれて、穏やかに笑っていた、銀竜さま。
「銀竜さま? ……アトクさんは一緒にいないの?」
ふと口をついて出たのは、知らないはずの名前。
そうしたら、急に浮かんできた情景があった。
平たい石を積んだ家、白くてもこもこの毛をした家畜がいっぱいいた村。
楽しそうだった、幸せそうだった、明るくて親切な人たち。
ごちそうが並んでた、大きなテーブル。
手を取り合って踊っていた、かわいいカップルは、だれ?
民族衣装みたい。毛織物でつくられた長袖の上着と、ひだの多い黒いスカート。
結婚式だったんだもの、晴れ着だよね。三つ編みにした長い黒髪の女の子は、つやつやの黒い目で、金髪の男の子をずっと見つめて。幸せそうだった、二人。
永遠の、ロンド。
「あのとき、銀竜さまの横にいたのはアトクさん。それから、ルナちゃん。クイブロさん、カントゥータお姉さまとローサお母さまと、たくさん、村のひとたちがいて、宴会をしていたの!」
あたしは興奮して、いつの間にか席を立っていたみたいだ。
けれど四歳と九ヶ月のあたし、アイリスは、まだ小さいから。子供用の高いいすから飛び降りて、銀竜さまのそばに行った。
だけど、急にいろいろ思い出したり、いっぱいしゃべったから。
めまいがした。
倒れかかったのを、支えてくれたのは、銀竜さまだった。
「こんなに早く思い出すとは」
カルナックさまの声が、遠く聞こえた。
「その意図で、銀竜を呼び寄せたのではないかの、精霊の愛し子よ。不自然に、記憶に蓋をしておくのも良くないからのぅ」
歳神さまの声がした。
「あいわかった。エルレーン公国首都シ・イル・リリヤに住まう『始まりの千家族』ラゼル家の一人娘アイリス・リデル・ティス・ラゼルよ。儂はルミナレス山脈最高峰、白き女神レウコテアの座に住まう、銀竜である。いずれ成人の儀に臨むのであればそのときに、そなたに加護を与えるつもりであったが、早めるのもやぶさかではない。この幼児には、まさに今、加護が必要なのではないか?」
あたしを支えてくれていた手が離れ、別の誰かに渡される。
「この子は、ぼくが守ります」
エステリオ・アウル叔父さまの声だ。
「たとえ彼女が覚えていなくても、ぼくは守ると誓ったから」
エステリオ叔父さま、いつもは「わたし」って言うのに。動転したりすると「ぼく」になっちゃうの。
本当はまだ十七歳で、学生だもの。
かわいいところも、あるんです。
だから銀竜さま。
あまり『威圧』しないであげてください。
「よいよい、承知しておるとも」
銀竜さまの、高らかな笑い声がした。
「ならば、加護はいずれ、折を見て、授けるとしようぞ。自分で言うのもあれだが、お得だぞ? 儂は引きこもりじゃからな。いつもは山に登ってくる者にしか加護を与えないのじゃぞ」
「いいわけは見苦しいぞ」
カルナックさまは容赦ないです。
「ここにいる全員がおまえの威圧で倒れてしまったじゃないか。無事に立っていられるのは魔力が多いエステリオ・アウルだけだ」
「それで……のりものに酔ったみたいなかんじ……が、するんです、ね」
「アイリス、いいから。しゃべらなくても」
抱っこしてくれてる叔父さまの手が、あたたかい。
「エステリオお坊ちゃま。お嬢様は小さくてもレディ、貴婦人ですよ。そうそう抱っこなどなさっては、よろしくございませんよ」
……エウニーケさんだわ。
やっぱり、予想はしてたけど。エウニーケさんも、普通じゃないんですね……
「あれは特別だ」
ささやいたのは、コマラパ老師さま?
「精霊との約束だからな……」
それきり、あたしは、意識を手放してしまった。
だけど残念なのは、お正月のごちそう、半分以上、まだ食べてなかったってことだわ!
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