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第五章 パウルとパオラ

その4 パウルとパオラ、起きる

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「わかったわサファイアさん。あたし、二人を起こしてみます」

 大晦日に我が家に来て下さった、大切なお客さま、パウルさんとパオラさん。遠い「極東」という、海の向こうの国から、どういう経緯でやってきたのか、わからないけれど。

 着ていた服がボロボロになっていたことも、長い間、お風呂に入っていなかっただろうという様子からして、とても苦労して、大変な目にあったのに違いないわ。

 眠る二人のお布団がわりになっていたシロとクロが、ぴくっと耳を動かして、あたしを見た。
 純白と漆黒の、ふわふわお布団。寝心地はきっと最高にすてきだわ。

「きゅ~ん」
「くう~ん」
 鼻をすりよせてくる。

「よしよし、いい子ね。二人を守っていてくれて、ありがとう」

 喉を撫でてやると、シロとクロは嬉しそうに鼻をピスピス鳴らして、温かい息を吹き付けてきた。
 甘えたいのね。ドッグランにしてた庭を、年越しの焚き火のために改装していたから運動不足もある。あとで庭を元通りにしてもらって、思い切り走らせてあげたいな。

「シロ、クロ。パウルさんとパオラさんを起こしたいの。手伝ってね」
 こうお願いしたら、二匹は「わふん!」「わわわん!」といつものように嬉しそうに鳴いて、パウルさんとパオラさんの両側から、ゆっくりと、揺さぶりをかけた。

「きゅん!」
「きゅ!」
 短い声をあげて、パウルさんとパオラさんが目を開けて、またたいた。
 なんてきれいな、暖かみのあるつやつやの黒い目かしら!

「おはようございます、パウルさん、パオラさん!」
 笑いかけたら、二人は、戸惑ったように顔を見合わせて。それから、おずおずと、微笑んだ。

『おはようです』『朝なのですか?』『きのうの、アイリス?』『ここはどこ?』『おふろ、きもちよかった』

 あら、一度に沢山の言葉が飛び込んできた。

「あたしはアイリスよ。ここは、アイリスのおうちなの。ふたりはお客さまなの」

『おきゃくさま?』『ここ、きもちいいばしょ。まだ、いていいの?』

「もちろん! いつまででも、いてほしい。アイリスのお友だちになって!」

『ともだち』『うれしい』

「アイリスも嬉しい!」

 話が弾んでいるときだった。

「アイリスお嬢様! すごいです、お客さまがたの言葉がわかるんですね!」

 振り返ったら、小間使いのローサが、いつの間にか入ってきていて……たぶん話に夢中になっていたからわからなかったんだろう……目をキラキラさせて、小走りに駆けてきた。

 いつもあたしの側にいて護衛してくれてるサファイアさんとルビーさんが、お着替えとか身の回りのこまごましたこともかなり世話をしてくれるので、ローサの仕事は、アイリス専属というより、普通のメイドさんたちの仕事のお手伝いが多くなっているのだけれど。
 やっぱり、朝、起こしに来てくれるのはローサなのです。

 ところで、いま、ローサはなんて?

「ローサは、二人の言葉がわからないの?」

「だってパウルさんとパオラさんは、外国語をお話しになっていらっしゃいますもの」

「はい?」


「あはははははは!」
 このとき突然、大声で笑い出したのは、ルビー=ティーレさんだった。

「ティーレ! はしたないわよ! メイドとしても失格!」
「あ、いやごごめん」

 たしなめるサファイア=リドラさん。

 そして、ローサと。
 パウルさんとパオラさんは、きょとん、として。大きな目を見開いていたのでした。

「説明が足りなかったわね」
 ルビーさんが落ち着いた頃、サファイアさんは「言うのを忘れてたわ、ごめんなさい」と告げたのです。

「パウルとパオラは、『念話』というものでアイリスと話しているのよ。これは、お互いに魔力を保っていないと通じないの。例えば、わたしとティーレとかエステリオ・アウルなら、聞けるけど、ローサや、ほかのメイドさんやバルドルさんだと、通じないの」

「すると、もちろんカルナックさまやコマラパ老師には、わかっているのね」

「あ、ちなみにエウニーケには通じてるよ」

「ティーレ! 仮にもメイド長を呼び捨てはだめよ。ここだけでなら、良くはないけどアイリスお嬢様は黙っててくれるかもしれないけれど、うっかり外でも言いそうなんだもの、あなたは」

「エウニーケさんには魔力が多いってこと?」

「この際、それはさておき。カルナックお師匠様の言いつけで、わたしはパウルとパオラの教育係になったの。まずは、エルレーン公国での常識もだけど、まず、エルレーンの言葉を学ばないといけないわねぇ」

 サファイアさんは、笑顔になった。
 パウルさんとパオラさんの頭を、優しく撫でる。

「うふふふ。まかせて。わたしも、子供の頃に外国から移住してきたのよ。それにわたしは、言葉のエキスパートだから!」

「リドラは暗号解読が得意だからな!」
「んもう、黙ってて!」

 ぽかっ!
 サファイアさんがルビーさんの頭を軽く叩いた。


「それより、ご飯を食べに行きましょうね♡ お正月のご馳走よ」


  
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