転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

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第五章 パウルとパオラ

その0 パペットマスター

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 俺たち「人形」には命令に従わないという選択枝はない。
 マスターの命令が全て。

 今回は、指示された通りに海を越えて「極東」と呼ばれている島に侵入し、命じられた通りに「繭果」を収穫してサウダージ共和国で待つマスターのもとに持ち帰る。

 現地の人間は必要以上に殺さないつもりでいた。倫理観ではない、時間が惜しいからだ。目的のモノさえ取ればいい。ムダな殺しの時間はない。ただ、部下の人形達は融通がきかねえから、邪魔だというんで結構殺してた。が。とがめ立てる間も惜しい。急いで「極東」を出る。

 船がまた小せえ。
 精霊との約束とかで、海に乗り出さないっていう約定があったのだ。
 しかし、船が大きかろうが小さかろうが、やっぱり海に出たら契約違反じゃん!?

 大丈夫かと危ぶんでいたら案の定だ。

 潮の流れが強く、荒れ狂う海峡の真ん中で。
 怪物が出た。

 まず、ドラゴン。
 ざっと見たところで四体が、上空から急襲してくる。
 銀色、白、青、黒、それぞれの色の鱗が光を照り返してきらめく。
 本物のドラゴンが、こんなにいたのか。

 炎を吐いたり雷を落としたり吹雪に襲われたり。極めつけは黒いドラゴンが放った、ブラックホールとかいう必殺技だ。全てを飲み込み破壊していく、光さえ這い出ることもできない深淵を覗き込んだ。

 何がどうなったのか思い出せないくらいひどいものだった。
 あっという間に船をボロボロにして、ドラゴンたちは立ち去った。

 その後に出てきたのは、
 規格外にでかいタコとイカ。
 クラーケンとダイオウイカだ。
 そいつらは船を転覆させ、仲間の人形たちを次々に口にくわえ引きちぎり。

 海中に沈んでいく俺は、押し寄せる絶望感のなかで、つぶやいた……

「ああ、また死ぬのか」

 これで何度目だろう。何百? 何千? 何万?
 数えてなんかいないけどな。きりがない。

 こんな最期の時に思い浮かぶのが、なんで、あの冷たいマスターの顔なんだろうか……

 あいつは言った。
 深紅の長い髪を指先でもてあそびながら、無邪気な微笑みを浮かべて。

「ねえランギ。簡単なおつかいがあるんだ。東の海峡の向こう側、極東っていう島にある『獣神の繭果』が欲しいんだ。ちゃちゃっと行ってきてよ」
 顔だけは可愛らしい。
 ガーネットのような暗赤色の瞳、抜けるように白い肌。華奢な、こども。
 これで、サウダージ共和国大統領のお気に入りの側近なのだ。
 ちなみに大統領は、金髪で金色の瞳をした十代の少女……の、外見をしている。
 実年齢については、不明だ。
 百歳だと言われても俺は驚かない。

「いつものことながら、とんでもないことを言い出す」

「うふふん。そこが、可愛いでしょ?」

「海峡の向こう側には、行けないだろう! 精霊との誓約に反するぞ」

「そこは、それ。わかんなければ、いいじゃない?」

「精霊にわからないわけないだろうが……」
 あきれ果てる、俺。

 しかしマスターは構っちゃいねえ。
「極東は今まで世界情勢に関わってこなかった。海の向こうだからね、鎖国? してるみたいなもんさ。だからさ、こっちに取り込めたら、世界の勢力分布が塗り替えられるよ。ね、面白いでしょ」

「リスクが高すぎる」
 俺は難色を示す。
「精霊(セレナン)の怒りをかうかもしれないんだぞ」

「ちょっとくらい冒険しなくちゃ!」
 楽しそうに笑う。
 抵抗はしたが、俺にはわかっていた。結局は、こいつの思い通りに操られるしかないのだ。

 この……人形遣い(パペットマスター)に。

「じゃあ、決まりだね! 『獣神の繭果』を取ってきて。言い忘れてたかな? 『繭の樹』っていうのが極東の中心の山に生えてて、次世代の『獣神』の実がなるんだ。枝とつながっている間は、そこから知識や栄養が得られるから育つわけさ。刈り取ったら、成長は止まる。楽しみだなあ獣神の繭! サウダージで育てて洗脳して操るよ!」

 ……そのミッション、無理すぎだろ……いくらなんでも。

「あ、無理な命令だって思ってる? いいじゃん、やってみてよ。失敗したら、人形部隊ごと棄てるだけのことだしさ。別にいいでしょ、正直、おまえに飽きちゃったんだよねー。ぼくの命令に抗うようになってきたし。人形が自我を持ってどうするのさ?」

 ああ、もしかしたら今度こそ、俺は「本当に」死ねるかもしれない……死ねたら、いいのに……

 だが、身体(ボディ)は沈んでいくのに、溺れることもできない。
 俺は、人形、だから。

          ※

《ヨケ・ランギ》
 不意に、声が響いた。
 そんなわけはない。海中だ。

 しかも、俺の名前を知ってる!?

《サウダージ共和国のマスターに見捨てられたパペット、左利き(ヨケ)のランギ。そのままでは死んで無に帰るしかない。おまえはどうしたい? そのまま死ぬか。それとも、生を選ぶか?》

 声は、海底から響いてくる。
 思わず下を見た。

 海底にいたのは。
 
 夢にも思ったこともないような、長い銀髪と青い目の、絶世の美女。
 銀色の鱗に覆われた巨大な蛇の上に乗っている。
(乗り物か?)

 ……だが。
 暗い海底なのに、なんで姿が見える?

 さっきから聞こえている声は、このべっぴんさんが?

《こんなときに、余裕だな。人間とは、つくづく面白い生き物だ。あまたの神を畏れながらも、しょせん現世の誘惑には弱い。ヨケ・ランギ。我はこの《世界》の魂、セレナンである。光栄に浴すがよい。我はめったにヒトの前に姿を現すことはないのだぞ》

 セレナン!?
 この世界そのもの……って、え!?

《あの赤い魔女に打ち捨てられた人形。だが容易く死ぬのは赦さない。おまえに新たな生を与えよう。私の手駒になり、おまえたちが「極東」から奪った『獣神の繭果』への責任をとるのだ》

「まっ……俺は、もう誰かのコマには」

《拒むことはできない。『獣神の繭果』と共に海岸に送り届けてやる。しかるべき相手に渡すのだ。さすれば、竜達の仲間に入れてやろう》

 まったく嬉しくはない。
 だが、ほかに道はないのだろう……。

 コマになるなら、どちらの陣営になろうと、そう変わりはないのかもしれないな……。

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