125 / 360
第四章 シアとアイリス
その28 年越しの宵。大きな焚き火の周りで踊ろう
しおりを挟む
28
年末行事の準備が行われているラゼル邸の庭。
芝生に巨大な魔法陣を描いているトミーとニコラ、テノールたちは公立学院でコマラパ老師の講座に学ぶ学生。
同じくコマラパ老師から、その監督役を言いつかったのがエステリオ・アウルである。
後輩たちの仕事ぶりを呑気に見物していたサファイア=リドラとルビー=ティーレ。
メイド服を着た二人はラゼル家の一人娘アイリスの護衛メイドで、本来なら作業を見物しているどころではないのだが、ティーレは護衛対象であるアイリス嬢を連れ出して、一緒に見物しているのであった。
「……! ……!!」
突然、なにやら大声をあげながら走ってきた者がいた。
エステリオ・アウルである。
「なんてことを! 先輩!」
近づいてきて、ようやく、エステリオ・アウルが何を言っているのかが聞き取れる。
「肩車だなんて!」
はしたない、と。
顔を真っ赤にしている。
ルビー=ティーレが、アイリスにも庭の様子がよく見えるようにと肩車していたのを見とがめたようだ。
「やだ変態だわよティーレ」
ヘタレのくせに、と、サファイア=リドラは、長い黒髪をかき上げて、面白がっているように笑う、美女。
「ゆゆしき問題だな! はっはっは!」
遠慮もせずに豪快に笑う、見た目だけは華奢で儚げなプラチナブロンドの美少女ルビー=ティーレ。
「あんなに大きな魔法陣を描くの、とってもたいへんなのでしょう? でもエステリオ叔父さまなら、ぜったいできるわよね?」
黄金の髪とエスメラルダ色の瞳。愛くるしい四歳と九ヶ月の幼女、アイリス。
「アイリス、叔父さまを信じてるもの」
無垢なその微笑みは、見る者を虜にせずにはおかない。
「わ、わかった。がんばるからね! 見ていておくれ」
エステリオ・アウルは拳を握り、もとの作業場所へと戻っていった。
「あらあら。かわいいじゃない! エステリオってば、おとなぶっちゃって!」
「まあ、そうだろ。叔父さま、なんて呼ばれてはいるが、まだ十七歳の学生だかんな! トミーとニコラなんて十三だっけか。どいつもこいつも、ひよっこさ!」
「テノール君を忘れてない? 彼は特待生だから、ちょっと年上なのよ」
「はっはぁ! たかが二十歳やそこらじゃん……お師匠様なんて五百歳だぞ」
「ティーレ。お師匠様の前で言うほど命知らずじゃないわよね?」
「…………」
幼いアイリスの肩に乗って光の粉を振りまき、周囲に幸福感を与える小さな守護妖精たちの存在も、関与しているとはいえ。やはりアイリスは特別な幼子だった。
魔力の高い者ならば、幼女の周囲に、青白く輝く光球が、ときおりふよふよと漂っているのを見ることもでき、彼女の影の中に、従魔が控えていることを感じ取れるだろう。
……アイリスは、それほどまでにして守られるべき存在である、という証拠であった。
※
年に一度。
その門は開かれる。
高い石壁に囲まれ、正門は閉ざされている、広大なラゼルの邸宅。
年越しの祭りの夜だけは、正門が開き、近隣の人々に開放される。
正門から庭の中央の芝生への道。
芝生に築かれたレンガの土台の上に、巨大な焚き火。
周囲に配置された篝火。
並べられたテーブル、盛りだくさんのご馳走が、誰にでも自由に振る舞われる。
とはいえ制限は設けられていた。
客が入れるのは焚き火のある広場まで。
館の前にはミスリル金属とルーナリシア鉱石(ダイヤモンド)を複合して作られた柵が巡らされて、どんな物理攻撃にも耐えるようにできている。目に見える部分だけではない。魔道士協会の全面的な協力により、魔法による攻撃も無効、侵入も許さないのだ。
寛容さと厳しさを併せ持つのが、大陸随一の豪商、ラゼル家のラゼル家たるゆえんであった。
※
「いいにおいがするね、パオラ姉ちゃん」
「パウル。きっとこの中は別の世界なのよ」
子供がふたり、手を握り合って、開かれた正門から、中を覗き込んでいる。
「おなかがすいた」
「さむいね」
普段の日なら、この子達のようなみすぼらしい格好をした者は、この高級住宅街まで入って来られない。首都警察や、民間警備隊や、このあたりに館を構えるほどの家ならば必ず雇っている私兵たちに排除されるからである。
だが、今夜は特別。
二人きりで、大人達から逃れたはいいものの、食べ物を得るすべを知らない。
飢えに追われ、寒さに追われて、たどりついた、この姉と弟にも。
門は、広く開かれていた。
それでも子供達は、おびえていた。足がすくんでいた。
「おや、なにを臆しておるのじゃ、幼子たちよ」
後ろから声をかけられ、びくっとして振り向く。
そこにいたのは、二人の子供と大差ない、ぼろをまとった、小柄な老人だった。
「入るがよい。今宵は、飢えるもののための、馳走の宵じゃ。こわいなら、わしと、おいで。寄る辺なき子らよ」
パウルとパオラ、双子たちは、しわがれた老人の手を取り、連れだって、大きな焚き火に惹かれるように、お金持ちにちがいない、館の庭に、足を踏み入れた。
「おじいさんは、どこからきたの? あたしたちとおなじような、ぼろぼろね」
「うんと遠くからじゃよ。長い間、歩いてきたんじゃよ」
「ぼくたち、のどがかわいているの。おなかがへっているの。ねむくて、さむいの」
「ならば、わしの手を離すでないぞ。ともに食べて、飲んで、焚き火であたたまろう……あの黒い魔法使いが、この家の『ツリー』に、降りるまで」
年末行事の準備が行われているラゼル邸の庭。
芝生に巨大な魔法陣を描いているトミーとニコラ、テノールたちは公立学院でコマラパ老師の講座に学ぶ学生。
同じくコマラパ老師から、その監督役を言いつかったのがエステリオ・アウルである。
後輩たちの仕事ぶりを呑気に見物していたサファイア=リドラとルビー=ティーレ。
メイド服を着た二人はラゼル家の一人娘アイリスの護衛メイドで、本来なら作業を見物しているどころではないのだが、ティーレは護衛対象であるアイリス嬢を連れ出して、一緒に見物しているのであった。
「……! ……!!」
突然、なにやら大声をあげながら走ってきた者がいた。
エステリオ・アウルである。
「なんてことを! 先輩!」
近づいてきて、ようやく、エステリオ・アウルが何を言っているのかが聞き取れる。
「肩車だなんて!」
はしたない、と。
顔を真っ赤にしている。
ルビー=ティーレが、アイリスにも庭の様子がよく見えるようにと肩車していたのを見とがめたようだ。
「やだ変態だわよティーレ」
ヘタレのくせに、と、サファイア=リドラは、長い黒髪をかき上げて、面白がっているように笑う、美女。
「ゆゆしき問題だな! はっはっは!」
遠慮もせずに豪快に笑う、見た目だけは華奢で儚げなプラチナブロンドの美少女ルビー=ティーレ。
「あんなに大きな魔法陣を描くの、とってもたいへんなのでしょう? でもエステリオ叔父さまなら、ぜったいできるわよね?」
黄金の髪とエスメラルダ色の瞳。愛くるしい四歳と九ヶ月の幼女、アイリス。
「アイリス、叔父さまを信じてるもの」
無垢なその微笑みは、見る者を虜にせずにはおかない。
「わ、わかった。がんばるからね! 見ていておくれ」
エステリオ・アウルは拳を握り、もとの作業場所へと戻っていった。
「あらあら。かわいいじゃない! エステリオってば、おとなぶっちゃって!」
「まあ、そうだろ。叔父さま、なんて呼ばれてはいるが、まだ十七歳の学生だかんな! トミーとニコラなんて十三だっけか。どいつもこいつも、ひよっこさ!」
「テノール君を忘れてない? 彼は特待生だから、ちょっと年上なのよ」
「はっはぁ! たかが二十歳やそこらじゃん……お師匠様なんて五百歳だぞ」
「ティーレ。お師匠様の前で言うほど命知らずじゃないわよね?」
「…………」
幼いアイリスの肩に乗って光の粉を振りまき、周囲に幸福感を与える小さな守護妖精たちの存在も、関与しているとはいえ。やはりアイリスは特別な幼子だった。
魔力の高い者ならば、幼女の周囲に、青白く輝く光球が、ときおりふよふよと漂っているのを見ることもでき、彼女の影の中に、従魔が控えていることを感じ取れるだろう。
……アイリスは、それほどまでにして守られるべき存在である、という証拠であった。
※
年に一度。
その門は開かれる。
高い石壁に囲まれ、正門は閉ざされている、広大なラゼルの邸宅。
年越しの祭りの夜だけは、正門が開き、近隣の人々に開放される。
正門から庭の中央の芝生への道。
芝生に築かれたレンガの土台の上に、巨大な焚き火。
周囲に配置された篝火。
並べられたテーブル、盛りだくさんのご馳走が、誰にでも自由に振る舞われる。
とはいえ制限は設けられていた。
客が入れるのは焚き火のある広場まで。
館の前にはミスリル金属とルーナリシア鉱石(ダイヤモンド)を複合して作られた柵が巡らされて、どんな物理攻撃にも耐えるようにできている。目に見える部分だけではない。魔道士協会の全面的な協力により、魔法による攻撃も無効、侵入も許さないのだ。
寛容さと厳しさを併せ持つのが、大陸随一の豪商、ラゼル家のラゼル家たるゆえんであった。
※
「いいにおいがするね、パオラ姉ちゃん」
「パウル。きっとこの中は別の世界なのよ」
子供がふたり、手を握り合って、開かれた正門から、中を覗き込んでいる。
「おなかがすいた」
「さむいね」
普段の日なら、この子達のようなみすぼらしい格好をした者は、この高級住宅街まで入って来られない。首都警察や、民間警備隊や、このあたりに館を構えるほどの家ならば必ず雇っている私兵たちに排除されるからである。
だが、今夜は特別。
二人きりで、大人達から逃れたはいいものの、食べ物を得るすべを知らない。
飢えに追われ、寒さに追われて、たどりついた、この姉と弟にも。
門は、広く開かれていた。
それでも子供達は、おびえていた。足がすくんでいた。
「おや、なにを臆しておるのじゃ、幼子たちよ」
後ろから声をかけられ、びくっとして振り向く。
そこにいたのは、二人の子供と大差ない、ぼろをまとった、小柄な老人だった。
「入るがよい。今宵は、飢えるもののための、馳走の宵じゃ。こわいなら、わしと、おいで。寄る辺なき子らよ」
パウルとパオラ、双子たちは、しわがれた老人の手を取り、連れだって、大きな焚き火に惹かれるように、お金持ちにちがいない、館の庭に、足を踏み入れた。
「おじいさんは、どこからきたの? あたしたちとおなじような、ぼろぼろね」
「うんと遠くからじゃよ。長い間、歩いてきたんじゃよ」
「ぼくたち、のどがかわいているの。おなかがへっているの。ねむくて、さむいの」
「ならば、わしの手を離すでないぞ。ともに食べて、飲んで、焚き火であたたまろう……あの黒い魔法使いが、この家の『ツリー』に、降りるまで」
11
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
『自重』を忘れた者は色々な異世界で無双するそうです。
もみクロ
ファンタジー
主人公はチートです!イケメンです!
そんなイケメンの主人公が竜神王になって7帝竜と呼ばれる竜達や、
精霊に妖精と楽しくしたり、テンプレ入れたりと色々です!
更新は不定期(笑)です!戦闘シーンは苦手ですが頑張ります!
主人公の種族が変わったもしります。
他の方の作品をパクったり真似したり等はしていないので
そういう事に関する批判は感想に書かないで下さい。
面白さや文章の良さに等について気になる方は
第3幕『世界軍事教育高等学校』から読んでください。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる