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第四章 シアとアイリス

その28 年越しの宵。大きな焚き火の周りで踊ろう

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         28

 年末行事の準備が行われているラゼル邸の庭。

 芝生に巨大な魔法陣を描いているトミーとニコラ、テノールたちは公立学院でコマラパ老師の講座に学ぶ学生。
 同じくコマラパ老師から、その監督役を言いつかったのがエステリオ・アウルである。

 後輩たちの仕事ぶりを呑気に見物していたサファイア=リドラとルビー=ティーレ。
 メイド服を着た二人はラゼル家の一人娘アイリスの護衛メイドで、本来なら作業を見物しているどころではないのだが、ティーレは護衛対象であるアイリス嬢を連れ出して、一緒に見物しているのであった。

「……! ……!!」
 突然、なにやら大声をあげながら走ってきた者がいた。
 エステリオ・アウルである。

「なんてことを! 先輩!」
 近づいてきて、ようやく、エステリオ・アウルが何を言っているのかが聞き取れる。

「肩車だなんて!」

 はしたない、と。
 顔を真っ赤にしている。
 ルビー=ティーレが、アイリスにも庭の様子がよく見えるようにと肩車していたのを見とがめたようだ。

「やだ変態だわよティーレ」
 ヘタレのくせに、と、サファイア=リドラは、長い黒髪をかき上げて、面白がっているように笑う、美女。

「ゆゆしき問題だな! はっはっは!」
 遠慮もせずに豪快に笑う、見た目だけは華奢で儚げなプラチナブロンドの美少女ルビー=ティーレ。

「あんなに大きな魔法陣を描くの、とってもたいへんなのでしょう? でもエステリオ叔父さまなら、ぜったいできるわよね?」
 黄金の髪とエスメラルダ色の瞳。愛くるしい四歳と九ヶ月の幼女、アイリス。

「アイリス、叔父さまを信じてるもの」
 無垢なその微笑みは、見る者を虜にせずにはおかない。

「わ、わかった。がんばるからね! 見ていておくれ」
 エステリオ・アウルは拳を握り、もとの作業場所へと戻っていった。

「あらあら。かわいいじゃない! エステリオってば、おとなぶっちゃって!」

「まあ、そうだろ。叔父さま、なんて呼ばれてはいるが、まだ十七歳の学生だかんな! トミーとニコラなんて十三だっけか。どいつもこいつも、ひよっこさ!」

「テノール君を忘れてない? 彼は特待生だから、ちょっと年上なのよ」

「はっはぁ! たかが二十歳やそこらじゃん……お師匠様なんて五百歳だぞ」

「ティーレ。お師匠様の前で言うほど命知らずじゃないわよね?」

「…………」

 幼いアイリスの肩に乗って光の粉を振りまき、周囲に幸福感を与える小さな守護妖精たちの存在も、関与しているとはいえ。やはりアイリスは特別な幼子だった。
 魔力の高い者ならば、幼女の周囲に、青白く輝く光球が、ときおりふよふよと漂っているのを見ることもでき、彼女の影の中に、従魔が控えていることを感じ取れるだろう。

 ……アイリスは、それほどまでにして守られるべき存在である、という証拠であった。
 

         ※

 年に一度。
 その門は開かれる。

 高い石壁に囲まれ、正門は閉ざされている、広大なラゼルの邸宅。
 年越しの祭りの夜だけは、正門が開き、近隣の人々に開放される。

 正門から庭の中央の芝生への道。
 芝生に築かれたレンガの土台の上に、巨大な焚き火。
 周囲に配置された篝火。
 並べられたテーブル、盛りだくさんのご馳走が、誰にでも自由に振る舞われる。

 とはいえ制限は設けられていた。
 客が入れるのは焚き火のある広場まで。

 館の前にはミスリル金属とルーナリシア鉱石(ダイヤモンド)を複合して作られた柵が巡らされて、どんな物理攻撃にも耐えるようにできている。目に見える部分だけではない。魔道士協会の全面的な協力により、魔法による攻撃も無効、侵入も許さないのだ。

 寛容さと厳しさを併せ持つのが、大陸随一の豪商、ラゼル家のラゼル家たるゆえんであった。
 
         ※ 

「いいにおいがするね、パオラ姉ちゃん」
「パウル。きっとこの中は別の世界なのよ」
 子供がふたり、手を握り合って、開かれた正門から、中を覗き込んでいる。

「おなかがすいた」
「さむいね」
 普段の日なら、この子達のようなみすぼらしい格好をした者は、この高級住宅街まで入って来られない。首都警察や、民間警備隊や、このあたりに館を構えるほどの家ならば必ず雇っている私兵たちに排除されるからである。

 だが、今夜は特別。
 二人きりで、大人達から逃れたはいいものの、食べ物を得るすべを知らない。
 飢えに追われ、寒さに追われて、たどりついた、この姉と弟にも。
 門は、広く開かれていた。
 それでも子供達は、おびえていた。足がすくんでいた。

「おや、なにを臆しておるのじゃ、幼子たちよ」
 後ろから声をかけられ、びくっとして振り向く。
 そこにいたのは、二人の子供と大差ない、ぼろをまとった、小柄な老人だった。

「入るがよい。今宵は、飢えるもののための、馳走の宵じゃ。こわいなら、わしと、おいで。寄る辺なき子らよ」
 
 パウルとパオラ、双子たちは、しわがれた老人の手を取り、連れだって、大きな焚き火に惹かれるように、お金持ちにちがいない、館の庭に、足を踏み入れた。

「おじいさんは、どこからきたの? あたしたちとおなじような、ぼろぼろね」

「うんと遠くからじゃよ。長い間、歩いてきたんじゃよ」

「ぼくたち、のどがかわいているの。おなかがへっているの。ねむくて、さむいの」

「ならば、わしの手を離すでないぞ。ともに食べて、飲んで、焚き火であたたまろう……あの黒い魔法使いが、この家の『ツリー』に、降りるまで」

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