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第四章 シアとアイリス
その25 色の名前を冠した竜たち
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25
『あ~あ。ボクも勢いで「やった!すごいぞ」なんてアイリスに言っちゃったけどさ』
ソファに腰掛けて、大きくのびをする、黒髪の少女。
『いくらシステム・イリスが特別な存在でも《世界の大いなる意思》の束縛を自力で解けるわけないよね。《世界》の気まぐれで見逃してもらっただけじゃないか』
ぼやいているのは、黒髪、黒い目、黒いリネンワンピース。フリルつきの白いエプロンドレスを身につけた、可愛い少女。年の頃は十四、五歳。
『おや、黒竜(アーテル・ドラコー)くんは、その場に駆けつけるでもなし、アイリスにあげた《鱗》を通じて、会話することしかできなかったくせに』
からかうように言ったのは、傍らに佇む、銀髪に明るい水色の瞳、抜けるように白い肌、完璧な美貌を持つ、二十歳後半ほどの女性だ。
『だ、だってしょうがないだろ! 鱗一枚だし。でも、警告はできたから。役に立ったはずさ!』
※
ここは黒竜(アーテル・ドラコー)の巣。
黒竜は、イル・リリヤが《魔の月》の暴走を憂い、密かに、人間たちを守護する役目を与えた『色の名前を冠した竜たち』の一柱である。竜たちは、それぞれ、自らの巣を構えている。
大陸を南北に貫くルミナレス山脈最高峰『白き女神(レウコテア)』を居とする『銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)』。
『青竜(カエルレウム・ドラコー)』は大陸西部、大森林に点在する『聖なる泉(セノーテ)』の底に棲む。
『白竜(アルブス・ドラコー)』は精霊の白き森の地続きである、活火山の麓に住まう。
そしてここ、セレナン深層部に『ちょっと間借りして』亜空間の部屋を創り、引きこもってのんびりと過ごしていたのが、他ならぬ黒竜だった。巣ごもりしていたわけである。
そこに目を付けたのが第一世代の精霊であるグラウケー。退屈だからと、たびたびやってきては長居しているのだった。
※
アイリスとカルナックは、設定が終わっていない転移魔法陣の『事故』で、設置を担当した弟子のトーマスとニコラウス、アイリスの護衛メイドとしてその場に居合わせたサファイアとルビー共々、魔法陣に吸い込まれたことを、鏡を通じて見ていた。
前世での死に際の光景を見てしまったルビーとサファイア。
また、前世の記憶を持たないトーマスとニコラウスは、彼らの記憶していた世界に紛れ込んだ『魔の月の欠片』と対峙することになっていた。
そしてカルナックは、過去の記憶と向き合い。
アイリスは、この世界(セレナン)の深層に至り、《世界の大いなる意思》の興味を引いた。
※
『見つけたわカルナック! やっぱりここにとどまっていたのね』
漆黒の魔法使いカルナックは、サファイアとルビー、トミーとニコラを伴って、銀色の闇に包まれた、空虚な空間に佇んでいた。
トミーとニコラは、やがて合流したルビーとサファイアに叱責され……主に怒っていたのはルビー=ティーレだった……自分たちが設置している途中で転移魔法陣を誤って起動させてしまったと深く反省し、今では、すっかりしょげかえっていた。
リィンと、
銀の鈴が、鳴った。
空間を水面のように揺らせて、銀髪に水色の目をした精霊がやってきた。
腕には、アイリスを抱いていた。
……四歳幼女の。
そして精霊の少女の姿は、半分、透けていた。
「うわぁ!」
「せ、せせ精霊? の幽霊?」
トーマスとニコラウスは、腰を抜かすほど驚いた。ちょっとちびっていたかもしれない。
「落ち着け! 精霊の幽霊などあり得ない」
「一番動揺してるのはルビーじゃないの」
『みなさんを驚かせてしまったかしら。ごめんなさいね。カルナック、この子を連れて帰ってあげて』
「……姉様」
平静を保とうとしながら、カルナックの表情が、わずかにゆがんだ。
泣いているとも怒っているとも判別しがたい。
「グラウケーから聞いてはいましたが」
精霊の少女は、このうえなく優しい微笑みを、カルナックに向けた。
『あら、カルナックは、あんまり驚いてないのね?』
「驚いてますよ!」
カルナックは抗議した。
「グラウケーの無軌道振りにも困ったものです。この時空ではなく別の可能性の未来から、あなたの宿る『精霊石』を持ってくるなんて。無茶にもほどがある」
『あたしはグラウケー姉さまに感謝しているわよ。また、あなたに会えたんですもの』
くすくすと、忍び笑い。
『この時空間ではまだ存在が確定していないから透けちゃってるみたいだけど気にしないで。あたしの、あたしたちの、可愛い弟。また会えるわ……アイリスを、頼んだわよ』
みどりごのように眠るアイリスをカルナックに渡すと、精霊の少女は、消えた。
空気に溶けるように、かき消えた。
トミーとニコラが、驚き慌てるあまりに声にならない悲鳴をあげる。
サファイアとルビーは、後輩たちを落ち着かせるのにかかりきりになった。
※
しばらくすると、転移魔法陣が再起動を開始した。出口で、カルナックの弟子であるグレアムが魔法陣の欠陥を明らかにし、修理していたのである。
カルナックと弟子達が、もとのラゼル邸に戻るときが、やってきた。
『あ~あ。ボクも勢いで「やった!すごいぞ」なんてアイリスに言っちゃったけどさ』
ソファに腰掛けて、大きくのびをする、黒髪の少女。
『いくらシステム・イリスが特別な存在でも《世界の大いなる意思》の束縛を自力で解けるわけないよね。《世界》の気まぐれで見逃してもらっただけじゃないか』
ぼやいているのは、黒髪、黒い目、黒いリネンワンピース。フリルつきの白いエプロンドレスを身につけた、可愛い少女。年の頃は十四、五歳。
『おや、黒竜(アーテル・ドラコー)くんは、その場に駆けつけるでもなし、アイリスにあげた《鱗》を通じて、会話することしかできなかったくせに』
からかうように言ったのは、傍らに佇む、銀髪に明るい水色の瞳、抜けるように白い肌、完璧な美貌を持つ、二十歳後半ほどの女性だ。
『だ、だってしょうがないだろ! 鱗一枚だし。でも、警告はできたから。役に立ったはずさ!』
※
ここは黒竜(アーテル・ドラコー)の巣。
黒竜は、イル・リリヤが《魔の月》の暴走を憂い、密かに、人間たちを守護する役目を与えた『色の名前を冠した竜たち』の一柱である。竜たちは、それぞれ、自らの巣を構えている。
大陸を南北に貫くルミナレス山脈最高峰『白き女神(レウコテア)』を居とする『銀竜(アルゲントゥム・ドラコー)』。
『青竜(カエルレウム・ドラコー)』は大陸西部、大森林に点在する『聖なる泉(セノーテ)』の底に棲む。
『白竜(アルブス・ドラコー)』は精霊の白き森の地続きである、活火山の麓に住まう。
そしてここ、セレナン深層部に『ちょっと間借りして』亜空間の部屋を創り、引きこもってのんびりと過ごしていたのが、他ならぬ黒竜だった。巣ごもりしていたわけである。
そこに目を付けたのが第一世代の精霊であるグラウケー。退屈だからと、たびたびやってきては長居しているのだった。
※
アイリスとカルナックは、設定が終わっていない転移魔法陣の『事故』で、設置を担当した弟子のトーマスとニコラウス、アイリスの護衛メイドとしてその場に居合わせたサファイアとルビー共々、魔法陣に吸い込まれたことを、鏡を通じて見ていた。
前世での死に際の光景を見てしまったルビーとサファイア。
また、前世の記憶を持たないトーマスとニコラウスは、彼らの記憶していた世界に紛れ込んだ『魔の月の欠片』と対峙することになっていた。
そしてカルナックは、過去の記憶と向き合い。
アイリスは、この世界(セレナン)の深層に至り、《世界の大いなる意思》の興味を引いた。
※
『見つけたわカルナック! やっぱりここにとどまっていたのね』
漆黒の魔法使いカルナックは、サファイアとルビー、トミーとニコラを伴って、銀色の闇に包まれた、空虚な空間に佇んでいた。
トミーとニコラは、やがて合流したルビーとサファイアに叱責され……主に怒っていたのはルビー=ティーレだった……自分たちが設置している途中で転移魔法陣を誤って起動させてしまったと深く反省し、今では、すっかりしょげかえっていた。
リィンと、
銀の鈴が、鳴った。
空間を水面のように揺らせて、銀髪に水色の目をした精霊がやってきた。
腕には、アイリスを抱いていた。
……四歳幼女の。
そして精霊の少女の姿は、半分、透けていた。
「うわぁ!」
「せ、せせ精霊? の幽霊?」
トーマスとニコラウスは、腰を抜かすほど驚いた。ちょっとちびっていたかもしれない。
「落ち着け! 精霊の幽霊などあり得ない」
「一番動揺してるのはルビーじゃないの」
『みなさんを驚かせてしまったかしら。ごめんなさいね。カルナック、この子を連れて帰ってあげて』
「……姉様」
平静を保とうとしながら、カルナックの表情が、わずかにゆがんだ。
泣いているとも怒っているとも判別しがたい。
「グラウケーから聞いてはいましたが」
精霊の少女は、このうえなく優しい微笑みを、カルナックに向けた。
『あら、カルナックは、あんまり驚いてないのね?』
「驚いてますよ!」
カルナックは抗議した。
「グラウケーの無軌道振りにも困ったものです。この時空ではなく別の可能性の未来から、あなたの宿る『精霊石』を持ってくるなんて。無茶にもほどがある」
『あたしはグラウケー姉さまに感謝しているわよ。また、あなたに会えたんですもの』
くすくすと、忍び笑い。
『この時空間ではまだ存在が確定していないから透けちゃってるみたいだけど気にしないで。あたしの、あたしたちの、可愛い弟。また会えるわ……アイリスを、頼んだわよ』
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トミーとニコラが、驚き慌てるあまりに声にならない悲鳴をあげる。
サファイアとルビーは、後輩たちを落ち着かせるのにかかりきりになった。
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