転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

文字の大きさ
上 下
112 / 360
第四章 シアとアイリス

その15 転移魔法陣は家電です

しおりを挟む
         15

「どんなときも慌てないこと。慌てれば、いつもはできていることでも失敗しかねない。第一に魔法陣は、きちんと絶縁シールしろと教えたはずだ」

 トーマスとニコラウスは、ただ、うなだれる。
「すみません、まだ起動するつもりじゃなくて、絶縁してなかったっす……」

「まあいい。時間がないから手短に言っておこう」
 カルナックさまは肩をすくめた。

 時間がない?

「転移魔法陣は、他の魔法陣とは全く性質が違う。電気製品だな。もしも適切に絶縁されないまま起動したとする。近くに『圧』の高い魔力の発生源、たとえばこの私やアイリスのような……があれば、無線送電のように、そこから魔力を吸収して稼働し『亜空間通路』を形成し維持しようとするのだ」

「はい? お師匠様、それなんて宇宙語で?」
 つぶやいたのはティーレ。

「何を今更。課長。どっちかっていうとそれSF用語」
 続けたのは、リドラ。

「人前で課長言うな!」

「だいじょうぶよぉ。気にするゆとりなんてみんな、ないから」

 リドラさんとティーレさんの会話、どこかおかしくない?
 だけどあたしにも、余裕はなかった。

 亜空間通路。無線送電。……世界システム……
 それを聞いて、アイリスの魂の底で、誰かが、ひどく動揺している。


「仕方ない。短気で乱暴なティーレに、トーマスとニコラの監督を言いつけた私のミスだ。リドラ、君は相棒を抑えきれなかった上に、更に追い打ちをかけた。後で山ほど課題を出すから覚悟しておきなさい」

「短気で乱暴って!」
「ごめんなさいお師匠様!」
 ティーレさんとリドラさんの声が、遠ざかっていく。

 視界が暗くなった。
 身体が冷たい。
 たぶん、あたし、アイリスの中から魔力がごっそり抜けていってるんだわ。

『待ってアイリス!』
『気を確かに持って!』
 あ、あたしの守護妖精さんたちが来てくれた。
 光のイルミナ。風のシルル。

『通路が、開くわ!』
『おれたち妖精は、そこへ入って行けない。従魔を呼べ! 転移魔法陣に吸い込まれてしまったら、二匹を招喚することもできなくなるぞ!』
 水のディーネが。
 そして地の妖精ジオが、忠告をくれた。

「たすけてシロ、クロ」

 カルナックさまが貸してくれた、あたしの護衛の、二匹の従魔を呼ぶ。
 間に合うかしら。

 ふわっ。

 手のひらに、柔らかな毛皮の感触があった。あたたかくて、すべすべ。

 よかった、来てくれた。

 左右からシロとクロが、ぎゅっと身体を押しつけて、あたしを支えてくれる。
 そのおかげで、やがて、あたりが再び、見えてくる。

「ここ、どこ……?」
 シロとクロに両手を回して抱き寄せて。身を震わせる。

 何もない、空虚な場所。
 ほのかに銀色に染まった空間が広がっていた。

「カルナックさま! ティーレさん、リドラさん! トミーさん、ニコラさん……!」

 応える人は、いなかった。
 けれど、かろうじて、声が、かすかに聞こえたような……

「まさか誰もマーカーの一つも持っていなかったのか。だが、私には、紐付けされた場所がある。亜空間に来てしまったなら、必然的に、そこへ戻るしかないだろう……故郷へ」

 カルナックさま?
 けれど、声は、遠ざかって、消えていってしまった。

         ※

「あいつら、行き先の登録、まだ終えてなかったんだよな。こういうときは、どこに行くんだ?」
「虚数空間じゃないといいけどね~」
「なんだそれ」
「言葉のあやよ。もしそうだったら、とっくにわたしたちは対消滅しているはずだもの」
「消えてたまるか! あ~もう、こういうときはさ、タバコ持ってないの? メビウスの6ミリ、ボックスで。あ、ライターも」
「だめですよ課長ってば。肺ガンのリスク高いですから。っていう前に、この世界にはタバコないです!」
「まじか。あー、タバコ、たまにすっごく吸いたくなるわ~」

 ティーレとリドラは、マイペースだった。

         ※

「ああああああ! やばいやばいやばいやばい! 設定してない! ああ、でももし、グレアムが現場に来てくれたら、たどってくれるかも」
「だったらいいけど。その可能性は低いんじゃないかな……たぶん穴は、もうふさがってるよ。お師匠様も、お嬢様も、先輩たちも、通路に吸い込まれてる。どこにいるかは、わからないけどさ」
「どこにつながってるんだよ!」
「うん、推測するに、たぶん……おれらの中で一番強く、何かに『縁』を持ってる人がいたら、みんな、そこに引きずられるんじゃないかな……仮説だけどさ」

 トミーとニコラは、動転して、焦っていた。カルナックに、落ち着けと言われたばかりではあったが。
 こんな事態に陥るとは想像もしていなかったのだ。

         ※

「どうしたんだ、ちっこいの」

 アイリスが、呆然としていた、そのとき、声をかけてくれた、だれかがいた。
 顔をあげてみる。
 そこにいたのは、十五歳くらいの、男の子だった。

「わふふん!」
「わわわん!」

「うわぁ! って、ありゃ? おまえらどうした! なんだ、こんなに小さくなって。ご主人さまのそばを離れるなんて、だめだろう。……あ、そうか、この子が迷子になってるのを見つけたのか?」

 赤みのある金髪に、焦げ茶色の目をした少年だ。
 日焼けして精悍な感じ。

 シロとクロが、なぜかものすごく懐いてる。
 それに、二匹の本当の主人のことを知ってるみたいな口ぶりだわ?

「見ない顔だな。ちっこいお嬢ちゃん。いい服着てるから、どこか、いいとこのお嬢さんだろ。おれは、クイブロ。村長の息子だよ。三男で、末っ子だけどな!」
 にかっと、白い歯を見せて、快活に笑った。

「クイブロ?」

「うん。おれの村の言葉で『小さい鷹』っていう意味なんだ」

 小さい鷹?

「迷子なら、来いよ。森の奥におれの村がある。この『精霊の白い森』の中で人間が住んでいいのは、そこだけなんだ。精霊様にお許しをいただいてるのは」

 風景が、変わった。
 何もない銀色の空間ではない。

 いちめん、真っ白な草むらや、白い木々に囲まれた、森の中だった。
 見上げたら、青い空に、銀色のもやが霞んでる。
 深い森の中には、白い小石を敷き詰めた道が、あった。

「こっちだよ。『欠けた月』の村っていうんだ」

 ついていくべきなのか。
 シロとクロも懐いてる、この少年に。
 村長の息子だっていうし。

 でも、ひっかかっている、ことば。

 小さい鷹、っていう意味の名前。

 いつだったか。
 そんなに前のことじゃないわ。
 どこかで、聞いたような気がする。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...