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第四章 シアとアイリス

その8 お友だちがほしい公女さま

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         8

 柔らかな光に満ちた、静謐な空間に佇む、背の高い青年。
 長い銀色の髪、淡い青の瞳をして。
「わたしはいつも、どんなものからも君を守る。ルーナリシア。もしも困ったときには、呼びなさい。わたしの名前は………レ……・トール・オム……」

「トール、にいさま?」
 シアは首をかしげた。

 きっと、これは夢。

「兄さま……? 久しぶりに……そう呼ばれたな……」

 青年の優しい微笑みに、ほんの少しだけ、寂しげな影が落ちた。

         ※ 

 大きな鏡の前に、シアは立っていた。
 銀を磨いた鏡に映っているのは、長い金髪に緑の目をした、愛くるしい幼女の姿。

 瀟洒なレースがふんだんに使われている、くるぶしまである白いリネンのドレス、絹の靴下、白い絹地を重ねた上に小さな真珠をちりばめた刺繍を施した、柔らかな室内履きといういでたち。

 鏡に映る幼女は、にっこりと笑みをほころばせた。
「こんにちは」
 膝を軽く曲げて、会釈をする。

「こんにちは」
 シア姫は答える。

「シアのだいじなお友だち、きのうは、どうしていたの?」

 鏡に映る幼女が、うなずく。

「シアはね、きのうの夜、カルナックさまに絵本をよんでもらったの。とてもすてきなのよ」

「その子が、シアのお友だちかい?」

 ふいに、声がした。
 鏡の中に、見えたのは、背が高く美しい青年の姿。
 背中で緩く三つ編みにした長い黒髪に、青い瞳。
 人間離れした美貌の持ち主だ。

「カルナックさま!」
 シア姫は振り返り、近づいてきた人物に駆け寄って、飛びついた。

「一人で、よくお留守番をできたね」
 カルナックはシア姫の頭を撫でた。

「シアは、ひとりじゃないの。いつもキュモトエーとガーレネーがいてくれるもの。それに、精霊石のトール兄さまもよ」
「…………名乗ったのか」
 カルナックは、苦笑した。

「珍しいこともあるものだ」
 肩をすくめて言えば、

「もちろんシア姫が心のきれいな、いい子だからよ」
「彼も癒やされるべきでしょう」
 キュモトエーとガーレネーが、笑顔で答える。

「それは私と《世界の大いなる意思》の願いでもある」
 カルナックの顔から笑みが消えていた。

「シア、お友達を私にも紹介してくれないか」

「あのね、おともだちには、名前はまだ、ないの。でも、カルナックさまのこと、きっと、ぜったい、すごく大好きになるの」

「……それは、光栄だな」
 カルナックの顔に、笑みが戻った。

「いつも、こうやって遊んでいるのかい」

「うん!」

「さびしくないのか?」

「さびしくないわ」
 こう答えたシア姫だったが、その表情が、かげる。

「ふふふ。シアは嘘が下手だな」
 カルナックはシア姫を抱き上げた。

「もう少し待っていなさい。フィリクスのこの離宮にも、護衛騎士やメイド、料理人や、ちゃんとした人を雇って、シアにも側仕えをもっとつける。幸せになっておくれ」

「シアは幸せよ、カルナックさま」
 満面の笑顔だ。
「ここにきてからは、おにいさまといられるわ。こわいひとも、いじめるひともいない。それにカルナックさまも、遊んだり、ご本を読んでくださるもの」

「いい子だね。だけど、お友達はほしいだろう?」

「はい。ご本にでてくるみたいなおともだち! いっしょに遊んで、いっしょに冒険するの! そんな、おともだちがいたら、いいなあ」

「そのうち、かなえてあげよう」
 カルナックは厳かに誓う。

「いずれ紹介してあげる。シアとお揃いの、精霊石の腕輪を持っている子がいる。同じ日に生まれて、同じように、金髪に緑の目で、かわいい子だよ。……もっとも」
 続く言葉は、声を落として。
「だから、心配なんだ……大公の言質はとってあるんだが」

         ※
 
 シア姫ことルーナリシア公女の一日。

 側仕えのキュモトエーとガーレネーに起こされる。
(夜、寝る前に絵本を読んでくれるカルナックが、朝までいてくれたためしはない)

 兄フィリクス公嗣との朝食。
 この離宮に料理人はまだいない。前任者が自主退職してから後任がなかなか決まらないのだ。
 で、いまだに料理は、公立学院の食堂から、カルナックが教えている講座の生徒たちによって、転移魔法陣を使って運ばれてくるのだ。
 兄と妹は、仲良く、おいしいねと笑顔で食べる。
 フィリクスは可能な限り、書類仕事を離宮の執務室で行うが、どうしても外出しないわけにはいかない。

 公務に出かけるフィリクスを見送った後は、兄の離宮を探検したり、キュモトエーとガーレネーに文字を教わりつつ絵本をながめたり、部屋の中で遊んだり。
 ひとりで着替えたり、おもちゃを片付けるのも遊びの一環だ。

 もともとシア姫は非常にインドアな幼女だった。
 知らない人に会うのも、好きではなかった。

 三歳の『魔力診』で大勢の親族たちや、兄、姉たちに会ったのも、喜んではいなかったのだ。
 その時点のことは、キュモトエーとガーレネーは居合わせていないが、カルナックから聞いていた。

 フィリクス以外の兄、姉たちは、母親が違う。大公妃ではなく、数人いる側妃の子である。彼らはことあるごとにシアをいじめたり無視したりしてきたのだ。親たちの権力争いを反映しているのだった。

          ※

「その子はシアと同じ日に生まれた。金髪で緑の目をした女の子。シアとその子は、お揃いの腕輪をしているんだよ。私が作った。対の精霊石のね」

「お揃いのうでわ!」
 シア姫は、目を丸くした。

「いい頃合いを見計らって、会わせてあげるよ。絶対に、いい友だちになる」

「ほんとう!? カルナックさま、うれしい!」

「その子の名前はね。アイリスというんだ」
 カルナックの瞳の青が、いっそう明るく、光を放った。

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