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第三章 アイリス四歳

その20 本物の精霊石(書き直しました)

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         20

「カルナックさま! お師匠さま!」
 隠し部屋の奥に佇んでいた人物に、アイリスは喜んで駆け寄っていった。

 そのときである。ふいに身体の力がごっそり抜けたような感覚に襲われた。

 覚えのある体験だった。
 アイリスの影に控えていた二匹の従魔、シロとクロが、勝手に抜け出て、カルナックに飛びついていく。

 身辺警護のためにアイリスに貸し出されているとはいえ本来の主人はカルナックであるため、主人に再会できたのが嬉しくてたまらないのだ。

「わふーん!」
「わわわん!」

「ダメでしょ! カルナック師匠の命令を忘れたの? おとなしくなさい!」
 主のカルナックに会えた嬉しさで大暴れしそうだったシロとクロの前に立ちはだかったのは、サファイア=リドラ。二匹を一喝。
「アイリスの護衛はカルナック様から言いつかったんでしょ。おろそかにしたら捨てられるわよ!」

「わ、わふぅ!」
「くうぅ~ん!」

「あ~あ。そろいもそろって、ひっくり返って腹を見せて、服従のポーズかよ。凶暴な魔獣らしさの欠片も感じられねえな!」
 ルビー=ティーレは笑う。
「野生の本能で、誰が怖いのか、わかるんだろうな~」

「おーっほほほほほほ!」
 サファイアに革靴で腹を踏みつけられても二匹はうっとりしている。

 その情けない有様に、エステリオ・アウルもエルナト・アル・フィリクス・アンティグアも、戦々恐々としていた。いつ、その矛先が自分たちに向けられるか、わからないのだ。

         ※

「しばらくだね、アイリス。近頃は忙しくて、なかなかこちらに来られなくてね」
 艶然と、微笑んだのは。
 この世の物とも思えないくらい美しい人。

「さびしかったです、お師匠さま」

 カルナックさまは、とても背が高いから、四歳幼女のアイリスは、懸命に手をのばして、夜の闇を切り取ったみたいに真っ黒な長衣の裾をつかんだ。
 絹地のような、リネンのような。さらりとして冷たい感触。

 けれど触ってみればわかる。この黒衣は、物質ではない。少なくとも、普通のものではない。ものすごい高密度のエネルギーそのもの、のような……。
 精霊(セレナン)から贈られたものだと、以前に、アイリスはお師匠さまから聞いたことがある。手にしておられる黒い杖は、真月の女神イル・リリヤさまにお仕えしている黒竜から貰ったという。

 カルナックは世界の恩寵を一身に受けている存在なのだ。

「サファイアとルビーから報告があった。……きみは『先祖還り』としての記憶を取り戻したのか」

「少しだけです。……イリスって呼ばれていたことがある気がして……でも、他にも、月宮アリスっていう女の子だったことがあるような。ほかにももっと、三歳までのアイリスが知っていたこととか、もっとくわしく思い出せたらって、もどかしいんです」

「そうだろう。私のかけた封印はまだ無効になっていない。だから記憶の断片しか出てこないのだ。そうなると……エステリオ・アウル。課題は、できているのだろうね」

「はい。こちらです」
 エステリオ・アウル叔父さまは、恭しく、両手のひらにおさまるほどの大きさで、黒いベルベットを表面に張った細長い木箱を取り出して、カルナックさまに捧げた。

「ふむ……箱にも、こだわったね」

 カルナックさまは箱を開けた。
 とたんに、青白い光がほとばしった。
 光はまるで滝のように流れ落ちていく。

 エルナトさま、サファイアさんとルビーさんが、息をつめたあとに、「ほうっ」と、大きく吐き出した。

 ベルベットの箱から、カルナックさまは中身を取り出して、持ち上げた。

 それはとても美しい首飾りだった。

 銀色の金属で作られた繊細な鎖に、ペンダントと、黒い貝殻のような飾りがついている。
 ペンダントヘッドも同じ金属で、ロケットのような形状をしている。
 青い宝石を包んでいるのだけれど、光が溢れてきたのは、透かしがあって、ちょっとだけ、中が見えるから。

「考えたなエステリオ・アウル。精霊石を完全に包み込んでしまわずに、透かしから、青白い精霊の光がわずかに漏れ出すようにこしらえたか。……どれだけロマンチストなのかね君は」

「おそれいります」

「この私が細工とデザインの発想を褒めているのだよ。もっと誇りなさい。さすがは、月宮アリスのためなら何でもすると泣きついてきただけはある」

「そっ! それは!」
 エステリオ・アウル叔父さまの顔が、ぼわっと赤くなった。

「え?」
 意味がわからなくて、きょとんとするばかりの、わたし、アイリス。

「ふふふふふ。いずれ彼女にも伝わるといいねえ」

「あら微笑ましい」
「リア充め!」
 サファイアとルビーは、容赦ない。

「エステリオ・アウル。後で、わたしにも見せてくれるだろうね?」
「君は仮にも大貴族なのだから落ち着きなさい、エルナト。がっついてはアイリスにもエステリオ・アウルにも幻滅されるぞ」
「……承知しました。待つことにします」 

 
「さわってごらん、アイリス。月宮アリス。これは、《世界の大いなる意思》が選んで、第一世代の精霊の長、グラウケーに託したものだ。君の専用に、調整してある」

 カルナックさまは首飾りを箱に戻して、差し出してくださった。

 どんなのかしら。
 ドキドキする!

 箱を受け取るとき、手が震えた。
 だって、もう……。

 箱も何も関係ない。
 アイリスが手に乗せたのは。

 太陽のようにまばゆく青白い強烈な光そのものだった。

 思わず目を細め、閉じようとするアイリス。

「以前に教えたはずだ、アイリス。魔力を知覚する『目』を、閉じるのだ。瞼を閉じて、それからゆっくりと、開きなさい」

 アイリスは目を閉じて……


 どこかで、リィンと、
 鈴が鳴った。



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