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第三章 アイリス四歳

その15 午後の来客

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            15

 食堂に着くと、乳母やのサリー、メイド長のエウニーケさんたちが待っていてくれた。
 サファイアさんとルビーさんは手を離して、ごく自然に距離をとり、護衛のポジションへと戻る。
 他の人がいる前では、親しげに話しかけることは、あまり、しないの。
 ちょっとさびしいけど、そのぶん、あたりに気を配って、護衛に専念しているんだって。

 乳母やが、あたしを抱き上げる。
「昼食のご用意ができております」

「おかあさまは?」
 もしお母さまがいらしたら、あたしの守護精霊のことを一番にお話しするのにな。

「奥さまは商工会議所婦人会開催の園遊会においでです。旦那さまは商会でお仕事ですし、お戻りは夕刻でしょう。こちらで昼食を召し上がるのは、お嬢さまだけですわ」
 メイド長のエウニーケさんが言う。
 あたしは四歳児だけれど、メイド長さんは最初から、幼児言葉を使ったりはしなかった。大人へ対するように話してくれる。

 朝のお着替えファッションショーは別として。
 あれはメイド長さんたちの趣味だよね?

 いつもの広いテーブルを前に、あたしは子供用の椅子に腰掛ける。
 乳母やのサリーが座らせてくれる。
 昼食のテーブルには、あたし一人。
 メニューの種類と量は少なめだ。

 白パンのバタートースト。紅茶と暖かいミルク、小さく刻んだジャガイモやニンジン、トマトみたいな野菜が入ったスープが並べられた。

 四歳児のあたしに食べ切れる量はごく僅かなので、どれも少しずつ、陶器の器に盛り付けられている。陶器の器も、贅沢品だ。この都でも、木のお皿を使っている家が多いみたい。

「いただきます」
 家族全員が揃う朝夕の食卓では、お父さまがお祈りをするけど、お昼ごはんは、あたしひとり。
 お祈りはメイド長のエウニーケさんがしてくれました。

 真月の女神イル・リリヤさまに。

 ちなみに昼食をとることは、王侯貴族や富裕層に限られた習慣なの。
 一般家庭では食事は朝と夜だけで、午後にビスケットのような軽いものを食べる。
 外で労働している人たちは、午後の半ばにシードルと言うリンゴ酒やアルコール分の弱いエールを飲み、黒パンと腸詰め肉や白身魚のフライとかを食べるそうだ。

 これはエステリオ叔父さまの情報。
 公立学院の授業で、街に出ていろんな職業に会ってお話しを伺ったりするんだって。

 ラゼル家では、使用人たちは午後のお茶の時間に、サンドイッチやホットビスケットにジャムを添えて主人用とは違う安い紅茶と食べる。
 ホットビスケットは柔らかくて、パンに似た感じ。

 前世の記憶と照らし合わせてみる。
 以前にいた世界と、野菜の種類や料理の仕方、食生活は似ているようだ。

 食事から推測すると、かなりおぼろげな記憶だけど、このエルレーン公国の生活は、18、19世紀頃のイギリスに似ているかしら。
 少なくともエルレーン公国では、生活水準はかなりよさそうだ。
 使用人さんたちの表情も明るい。

 あたしはゆっくりと食事する。
 お母さまと叔父さま。どちらが先に帰ってくるかしら。
 きっとエステリオ叔父さまだな……。

          ※ 

 あたしの期待は裏切られなかった。

「お帰りなさいませ坊ちゃま」

「ただいまエウニーケさん。しかしですね……坊ちゃんと呼ぶのは、そろそろやめてください」

 玄関から近づいて来るのは、エステリオ叔父さまとメイド長さんの、いつものやりとり。
 ムダな抵抗よ叔父さま。
 エウニーケさんはエステリオ叔父さまが中年になっても、きっとそう呼ぶに違いない。

 ゆっくりの昼食を終えて一休みしていた、あたし。

 叔父さまに、守護精霊さんを見せるんだ。

 期待でいっぱいになって、落ち着かないからローサに頼んで、面白そうな絵本を探してもらっていたところ。
 もちろん今夜、エステリオ叔父さまに読んでもらうんだから。

「おかえりなさい、おじさま!」
 走り出す、あたし。

「ただいま、イーリス!」
 なんて幸せそうに笑うの。

「あのね、おじさま! あたしの妖精さんたちが、しゅごせいれいになったの。それで大きくなったのよ!」


「ええっ! イーリスの守護妖精たちが! 守護精霊になっただって!?」

 思った通り、エステリオ叔父さまはものすごく驚いてくれた。

「そうなの!」
 ちょっぴり自慢。
 胸を張ってエステリオ叔父さまに答えると、メイド長のエウニーケさんも、驚きの声をあげた。

「お嬢さま、本当でございますか!」

「そのようでございます、メイド長。お昼寝の後、お嬢さまのまわりを飛び回る光が、一段と強く輝いて。光の粉が、たくさん降りかかるようになりました」

 ローサも誇らしげに言ってくれる。
 あたしはますます嬉しくなる。

「それに、しゅごのせいれいさんも、ふえたの。みずのせいれいさんと、つちのせいれいさんと」

「なんだって! すごいじゃないか!」

 そのとき、別の男性の声がした。

「堅物のエステリオ・アウルも、お姫様の前では、てんでかたなしだね」
 
 叔父さまの後ろから現れたのは、背の高い美青年。

 長い金髪はサラサラで腰くらいまであるの。
 切れ長の涼やかな目元。緑柱石のような澄んだ緑の目。
 エステリオ叔父さまに読んでもらった絵本に出てきた、森の精霊さんみたい。

「エルナトさま! ようこそいらっしゃいませ」
 礼儀正しくしなくちゃ。
 三歳の『魔力診』のあと、魔道士教会の紹介で、あたしの主治医をしてくださっている、エルナト・アル・フィリクス・アンティグアさま。
 ものすごく有名な魔法医師なんだって。
 エステリオ叔父さまの親友なの。

「元気そうでなにより、アイリス嬢。ところで聞いたよ、守護妖精が精霊に進化したのか。しかも水と土の精霊が増えたって? 非常に興味深いな。ぜひ、わたしにも見せてもらいたいものだ」

「また出たよ、このマッドサイエンティスト」
「見下げた研究心だこと」
 あ。
 サファイアさんとルビーさんだ。
 エルナトさまとは仲が良いっていうか昔なじみで、遠慮がない間柄。
 近づいてきた気配も感じられなかったけれど、いつの間に、あたしの左右を固めているのかしら。

「やあ、ティーレ、リドラ。君たちを護衛に配置するとは適材適所の極み。まったく我らが師匠カルナック様の目に間違いはないね。で、守護精霊を見せてもらえないかな」

「単刀直入すぎるわ! そこがマッドサイエンティストだっつーの!」
「家柄と見た目はいいのにねえ。だから彼女もできないのよぅ~」

「はははははは。政略結婚の申し出には困っていないので、焦っていませんよ」

「三人ともやめろ! アイリスの前だぞ!」
 ついにエステリオ・アウル叔父さまが、キレました。

「わかったよ、手順を踏もう。……アイリス嬢のまわりには、すでに、守護精霊たちが来ているね」

 その通りです、エルナトさま。


 シルルとイルミナが、あたしの両脇に回り、肩に手を置く。
 柔らかなエネルギーが伝わる。
 あたしの右足にディーネ。
 左膝に、ジオが。
 みんな、あたしを護るつもりなの。

「おや、すっかり警戒されてしまった」

 穏やかに笑う、エルさん。
 その身体のまわりに、透明な、陽炎が燃え立つ。


 
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