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第三章 アイリス四歳
その13 おしかけ守護妖精は、地の属性
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13
『ジオ……地の属性を持つ妖精』
スゥエ女神さまは、ジオを、その内奥にあるものを見透かすような水精石色の瞳で見つめた。
『世界の根源に還ることを拒み、苦しみを抱えたまま現世を彷徨う幼き魂』
ジオに語りかけているときのスゥエ女神さまは、このうえなく荘厳で神々しい美貌とあいまって、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
外見は、十歳か、多く見ても十五歳には満たないくらいで、あたし、アイリスに対するときには、優しくて温かい対応をしてくださって、親しみやすい感じがしていたのだけれど。
『地の妖精ジオ。そなたも確かにアイリスに縁ある存在。なれどそなた、最も縁深き者は、他にいよう』
最も縁深き者が他に?
つまりジオには、大好きな人がいる。
それは、あたしじゃなくて誰か他の人で。
だったら、どうして、あたしの守護精霊になりたいと願うの?
『そなた、なにゆえアイリスの守護者とならんと欲するか』
『やだなあ女神さま』
ジオはくすくす笑う。
『何もかもすべてお見通しのくせに。あ、でも形式上、こんな問答も必要なの?』
蠱惑的な表情を浮かべて。
まだ、あどけない幼少年なのに!
それなのに反則なくらい、とってもセクシーで魅惑的。
……なんだけど、この場にいる女神さまも、あたしも、守護精霊のシルルとイルミナ、ディーネ、それにきっと、サファイアさんとルビーさんも、誰も喜ばない。
なんか残念な……!
ああ、そうだ。
思い出した。
ずっと昔、本で読んだことがある。
人を惑わす、いたずら者の小妖精、パック。
ジオは、あの子に似てる。
『承知しているならば応えよ。そなたは生命尽きる末期に何を願って、《世界(セレナン)》に還元するを拒み、いまだ魂のまま彷徨っていたのか』
『あーあ、女神さまってば。もうすこし優しくしてくれてもいいと思うなあ』
パック、じゃないジオは、小さくため息をつく。
『確かに自分のためにアイリスみたいな強い子の縁者になりたいよ。でもそれは、ぼくのワガママだから。その分、彼女の力になってお返しをするつもりだよ。ギブアンドテイク、win win、ってことでさ?』
ジオはきっぱり言い切った。
『なんですってぇ』
と、シルル。
『ありえないわ。自分のためにアイリスの守護精霊になることを望むっていうの。あんたが割り込んできたから、ほかにもアイリスの守護精霊になりたがってた妖精たちが出てこれなくなっちゃったわ』
と、イルミナ。
『なんてワガママなのですぅ!』
ディーネ。
あたしの守護精霊たちは揃って憤懣やるかたないようす。
でもね。ジオってば譲らないの。
『千載一遇のチャンスなんだ。今を逃せば現世にとどまれなくなって、ぼくは、消えてしまうんだ。……を、助けることもできなくて』
末尾は消え入りそうにつぶやいた。
その顔が、せつなくて、かわいそうで。
「スゥエ女神さま!」
思わず、あたしは声をあげる。
「お願いです。ジオをあたしの守護精霊にしてください!」
だけど、言ったとたんに、あたしの守護精霊たちが大騒ぎを始めちゃったの。
『アイリスアイリス!』
『だめよそんなの』
『こんな自分勝手な妖精と』
「ごめんね、みんな! でも、なんか……かわいそう」
小さい男の子なのよ。
誰かを助けたがってるのよ。
でも、あたしの魔力がないと、もうじき消えてしまいそうなんだって。
『甘いわアイリス!』
『だめよだめだめ』
『男なんか信じちゃだめなのっ』
なんか雲行きが怪しいわ。
そしてジオときたら、言わなくてもいい憎まれ口を叩いてしまうの。
『あれ~っ。お姉さんたち男性不信だったの? でも、みんな立派にアイリスの守護精霊になれたんだし、もういいじゃない?』
『あんただけには言われたくないわっジオ』
『そうよそうよ。アイリスは女の子だけで守るのよっ』
『地の妖精の中でも、なんでよりによって、あんたが来ちゃったのかしら! もっと可愛い女の子だって、いっぱいいるはずなのに』
いつ果てるとも知れない大げんか。
あんまりいつまでも続くから、あたしはだんだん、イヤになってきちゃった。
あたしは、まだ四歳児なの。
ついさっき、十五歳で死んだ月宮アリスの記憶と、二十五歳で死んだ前世……マンハッタン在住だったイリス・マクギリス……の記憶が、一部分だけど蘇ったことも、守護精霊さんたちには、まだ打ち明けてないのだから。
あたしに大人の余裕なんて期待しないで欲しいの。
「やめて! けんかしないで。けんかばっかりするなら、あたし、誰とも契約しない!」
そう叫んだら、急に、みんなは静かになった。
『『『ごっ……ごめんなさいアイリス。悪かったわ。きらいにならないで』』』
全員が、声を合わせた。
『ごめん。楽しくて、からかいすぎたよ』
ジオまでも、謝った。
※
『では、地の妖精ジオ。精霊となりアイリスを守護することを、そなた自身の言葉で誓いなさい』
スゥエ女神さまが御手をかざす。
光が満ちる。
その降り注ぐ光の下で、小さな男の子だったジオが、みるみる成長していく。
美しさはそのままに。
『誓います。女神さま。アイリスを生涯守護します。過酷な運命からも、なにものからも』
他の精霊と同じように、ジオも、二十歳くらいの人間の姿形になった。
のびやかな、華奢な肢体。
身体にぴったりしたウエットスーツみたいな黒い衣装の上にゆったりした赤いローブに身を包んで。黒く見えるほどに濃いガーネット色の瞳。栗色の、くるくる巻き毛が額にかかる。
『その誓いを必ずや守り通しなさい。そのことが、そなたの大事なものをも、護ることになる』
『おおせのままに』
ジオは胸の前で腕を組んだ。
優雅な仕草で頭を垂れる。
『我がすべてはアイリスのために』
とってもすごい誓いをしているようなの。
ところでこのとき、あたしはというと、奇妙に、ふしぎな心持ちがしていた。
地の精霊、ジオ?
妙な感覚。デジャ・ヴ?
あたしジオにどこかで会った気がする!
でも、どこで会ったのか。
このときには、どうしても思い出せなかった。
※
『ジオ……地の属性を持つ妖精』
スゥエ女神さまは、ジオを、その内奥にあるものを見透かすような水精石色の瞳で見つめた。
『世界の根源に還ることを拒み、苦しみを抱えたまま現世を彷徨う幼き魂』
ジオに語りかけているときのスゥエ女神さまは、このうえなく荘厳で神々しい美貌とあいまって、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
外見は、十歳か、多く見ても十五歳には満たないくらいで、あたし、アイリスに対するときには、優しくて温かい対応をしてくださって、親しみやすい感じがしていたのだけれど。
『地の妖精ジオ。そなたも確かにアイリスに縁ある存在。なれどそなた、最も縁深き者は、他にいよう』
最も縁深き者が他に?
つまりジオには、大好きな人がいる。
それは、あたしじゃなくて誰か他の人で。
だったら、どうして、あたしの守護精霊になりたいと願うの?
『そなた、なにゆえアイリスの守護者とならんと欲するか』
『やだなあ女神さま』
ジオはくすくす笑う。
『何もかもすべてお見通しのくせに。あ、でも形式上、こんな問答も必要なの?』
蠱惑的な表情を浮かべて。
まだ、あどけない幼少年なのに!
それなのに反則なくらい、とってもセクシーで魅惑的。
……なんだけど、この場にいる女神さまも、あたしも、守護精霊のシルルとイルミナ、ディーネ、それにきっと、サファイアさんとルビーさんも、誰も喜ばない。
なんか残念な……!
ああ、そうだ。
思い出した。
ずっと昔、本で読んだことがある。
人を惑わす、いたずら者の小妖精、パック。
ジオは、あの子に似てる。
『承知しているならば応えよ。そなたは生命尽きる末期に何を願って、《世界(セレナン)》に還元するを拒み、いまだ魂のまま彷徨っていたのか』
『あーあ、女神さまってば。もうすこし優しくしてくれてもいいと思うなあ』
パック、じゃないジオは、小さくため息をつく。
『確かに自分のためにアイリスみたいな強い子の縁者になりたいよ。でもそれは、ぼくのワガママだから。その分、彼女の力になってお返しをするつもりだよ。ギブアンドテイク、win win、ってことでさ?』
ジオはきっぱり言い切った。
『なんですってぇ』
と、シルル。
『ありえないわ。自分のためにアイリスの守護精霊になることを望むっていうの。あんたが割り込んできたから、ほかにもアイリスの守護精霊になりたがってた妖精たちが出てこれなくなっちゃったわ』
と、イルミナ。
『なんてワガママなのですぅ!』
ディーネ。
あたしの守護精霊たちは揃って憤懣やるかたないようす。
でもね。ジオってば譲らないの。
『千載一遇のチャンスなんだ。今を逃せば現世にとどまれなくなって、ぼくは、消えてしまうんだ。……を、助けることもできなくて』
末尾は消え入りそうにつぶやいた。
その顔が、せつなくて、かわいそうで。
「スゥエ女神さま!」
思わず、あたしは声をあげる。
「お願いです。ジオをあたしの守護精霊にしてください!」
だけど、言ったとたんに、あたしの守護精霊たちが大騒ぎを始めちゃったの。
『アイリスアイリス!』
『だめよそんなの』
『こんな自分勝手な妖精と』
「ごめんね、みんな! でも、なんか……かわいそう」
小さい男の子なのよ。
誰かを助けたがってるのよ。
でも、あたしの魔力がないと、もうじき消えてしまいそうなんだって。
『甘いわアイリス!』
『だめよだめだめ』
『男なんか信じちゃだめなのっ』
なんか雲行きが怪しいわ。
そしてジオときたら、言わなくてもいい憎まれ口を叩いてしまうの。
『あれ~っ。お姉さんたち男性不信だったの? でも、みんな立派にアイリスの守護精霊になれたんだし、もういいじゃない?』
『あんただけには言われたくないわっジオ』
『そうよそうよ。アイリスは女の子だけで守るのよっ』
『地の妖精の中でも、なんでよりによって、あんたが来ちゃったのかしら! もっと可愛い女の子だって、いっぱいいるはずなのに』
いつ果てるとも知れない大げんか。
あんまりいつまでも続くから、あたしはだんだん、イヤになってきちゃった。
あたしは、まだ四歳児なの。
ついさっき、十五歳で死んだ月宮アリスの記憶と、二十五歳で死んだ前世……マンハッタン在住だったイリス・マクギリス……の記憶が、一部分だけど蘇ったことも、守護精霊さんたちには、まだ打ち明けてないのだから。
あたしに大人の余裕なんて期待しないで欲しいの。
「やめて! けんかしないで。けんかばっかりするなら、あたし、誰とも契約しない!」
そう叫んだら、急に、みんなは静かになった。
『『『ごっ……ごめんなさいアイリス。悪かったわ。きらいにならないで』』』
全員が、声を合わせた。
『ごめん。楽しくて、からかいすぎたよ』
ジオまでも、謝った。
※
『では、地の妖精ジオ。精霊となりアイリスを守護することを、そなた自身の言葉で誓いなさい』
スゥエ女神さまが御手をかざす。
光が満ちる。
その降り注ぐ光の下で、小さな男の子だったジオが、みるみる成長していく。
美しさはそのままに。
『誓います。女神さま。アイリスを生涯守護します。過酷な運命からも、なにものからも』
他の精霊と同じように、ジオも、二十歳くらいの人間の姿形になった。
のびやかな、華奢な肢体。
身体にぴったりしたウエットスーツみたいな黒い衣装の上にゆったりした赤いローブに身を包んで。黒く見えるほどに濃いガーネット色の瞳。栗色の、くるくる巻き毛が額にかかる。
『その誓いを必ずや守り通しなさい。そのことが、そなたの大事なものをも、護ることになる』
『おおせのままに』
ジオは胸の前で腕を組んだ。
優雅な仕草で頭を垂れる。
『我がすべてはアイリスのために』
とってもすごい誓いをしているようなの。
ところでこのとき、あたしはというと、奇妙に、ふしぎな心持ちがしていた。
地の精霊、ジオ?
妙な感覚。デジャ・ヴ?
あたしジオにどこかで会った気がする!
でも、どこで会ったのか。
このときには、どうしても思い出せなかった。
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