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第二章 アイリス三歳『魔力診』後
その41 急がば回れ 三歳の日々
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41
……夢を見た。
白い森の中。
ゆっくりと歩いてる、美しいひと。
もしやグラウケーさまかなって思ったんだけど。
輝く金髪をヴェールのようにたなびかせて、年頃は二十代半ばくらいかしら。
群青の中に金茶色が混じった不思議な色の瞳、形の良い眉。
きっと誰もが引きつけられるに違いない華やかな美貌の女性だった。
おとぎ話の、お姫さま、みたいな。
ふと、そのひとは立ち止まり、振り向いて。
柔らかに、微笑んだ。
『まあ、そのような、いたずらをなさいましたの? いかにも《影の呪術師(ブルッホ・デ・ソンブラ)》さまらしいこと。みなさん、たいそう驚かれましたでしょうに』
『面白がってやったわけではありませんよ、わたしの《月晶石の姫》。あの幼子には、心臓のそばに魔力の固まったものが形成されて《魔石》になりかかっていたのです。荒療治ではありましたが、これで《結晶》は溶け、あとは通常の、魔力の流れを滞らせないための治療でよくなりました』
答えたのは、美しい青年だった。青みを帯びた銀色の髪は腰まで届くほど長く。抜けるように色の白い肌に、淡いアクアマリン色の瞳が、鋭い光をたたえている。
……って、グラウケーさまじゃないですか!
『それはようございました。カルナックさまのご負担が軽くなりますでしょう』
どこか古風な、言い回し。
たおやかで、儚げな、きれいなひと。
このカップル? なんか、甘くてラブラブな雰囲気が。
うらやましいな。
なんて考えていたら。
ふっと、
あたしの意識は、白い森から離れていく。
※
目覚めたのは、子供部屋でした。
エステリオ・アウル叔父さまが、ソファで、抱っこしてくれていたの。
「アリス。もう君を死なせないから」
あ、やっぱり?
「アイリスの前世である「月宮アリス」が車にひかれて死んだことは、エステリオ・アウルにとって大きなトラウマだったようだ。こうなったら、アイリスがとことん健康で長生きして幸福になってもらわないといけないなあ」
そばで見守ってくださってた、カルナックさまが、笑う。
「というわけだ。まあ結果的にアイリスの治療は急がなくともよくなった。サファイアとルビー、君たちには新たな使命を与える。アイリス・リデル・ティス・ラゼルの間近で護衛の任務につきなさい。一応は、メイドとして」
「はい!」
「喜んで!」
即答しましたね!
「え? おふたりはカルナックさまの護衛なのでは」
「だってメイドよ! メイド服、あこがれちゃうわぁ」
乙女のように頬を染めるサファイア=リドラさん。
「はぁ? あたしはそれ嬉しくねえぞ! お師匠の命令だからしょうがねえけどな」
腕組みをして、困ったなあと呟くルビー=ティーレさん。
「実際のところ、この私に護衛などいるものか。まあ、私の暴走を止める役ならコマラパがいるし」
もう! もう!
なんて楽しそうなの、カルナックさま。
「お師匠様。見張りが減ってちょうどいいなんて思ってはいませんか?」
疑わしそうに言ったのはエステリオ・アウル叔父さま。
「無駄だよアウル。我々はカルナック様の采配に従うしかないのだから」
これまた楽しそうに笑う、魔法医師で大貴族のエルナト・アル・フィリクス・アンティグアさま。
「ひとまずこれで、だいじょうぶなの!」
「よかったわぁ!」
守護妖精のシルルとイルミナ。
事情を聞いて、小間使いのローサも、乳母やのサリーも、駆けつけてきたエウニーケさんをはじめ、メイドさんや執事のバルドルさんも、料理人さんたちや、下働きの人たちも。
みんな喜んでくれてるから、いいかな。
あたしは、ほっと、一安心。
帰宅なさったお父さま、お母さまは、カルナックさまとエルナトさまから「もう安心」と保証していただいて、涙を浮かべて、喜んでくれたの。
そして、あたし、アイリスは、少しずつ一人で家の中をお散歩したりできるようになった。
けれども、屋敷の中だけだし、いつも、乳母や、ローサ、メイドさんたちの誰かしらが注意を配ってくれていることには変わりない。
その中には新しいメイドさんとして、サファイアさんとルビーさんもいるわけなのです。楽しそう……。
いつでも、カルナックさまに貸していただいてる従魔「クロ」と「シロ」は、いっしょにいる。
こんどお父さまにおねだりして、
どこか室内にドッグランを作ってもらおうかしら。
なんとなく、小さい子の「はじめての一人遊び」とか「はじめてのおつかい」を見守られてる感じです。
みんな、過保護では?
あ、でも「アイリスお嬢さま」は、ほんとはまだ三歳なんだもんね。中身には、ときどき十五歳のアリスや二十五歳のイリス・マクギリスもいて、見守っていたり、外に出たりもするけれど。危険なときだけね。
急に大がかりな治療をしなくても良くなったので、
屋敷への転移魔法陣の設置も、急がず、じっくり取りかかることになりました。
職人さんの手配もあるし、
本来、申請とか手続きとかいろいろあるみたいなの。
こうして、あたしの三歳の一年は、穏やかに過ぎていくのです。
ともかく、成長したいな。
……夢を見た。
白い森の中。
ゆっくりと歩いてる、美しいひと。
もしやグラウケーさまかなって思ったんだけど。
輝く金髪をヴェールのようにたなびかせて、年頃は二十代半ばくらいかしら。
群青の中に金茶色が混じった不思議な色の瞳、形の良い眉。
きっと誰もが引きつけられるに違いない華やかな美貌の女性だった。
おとぎ話の、お姫さま、みたいな。
ふと、そのひとは立ち止まり、振り向いて。
柔らかに、微笑んだ。
『まあ、そのような、いたずらをなさいましたの? いかにも《影の呪術師(ブルッホ・デ・ソンブラ)》さまらしいこと。みなさん、たいそう驚かれましたでしょうに』
『面白がってやったわけではありませんよ、わたしの《月晶石の姫》。あの幼子には、心臓のそばに魔力の固まったものが形成されて《魔石》になりかかっていたのです。荒療治ではありましたが、これで《結晶》は溶け、あとは通常の、魔力の流れを滞らせないための治療でよくなりました』
答えたのは、美しい青年だった。青みを帯びた銀色の髪は腰まで届くほど長く。抜けるように色の白い肌に、淡いアクアマリン色の瞳が、鋭い光をたたえている。
……って、グラウケーさまじゃないですか!
『それはようございました。カルナックさまのご負担が軽くなりますでしょう』
どこか古風な、言い回し。
たおやかで、儚げな、きれいなひと。
このカップル? なんか、甘くてラブラブな雰囲気が。
うらやましいな。
なんて考えていたら。
ふっと、
あたしの意識は、白い森から離れていく。
※
目覚めたのは、子供部屋でした。
エステリオ・アウル叔父さまが、ソファで、抱っこしてくれていたの。
「アリス。もう君を死なせないから」
あ、やっぱり?
「アイリスの前世である「月宮アリス」が車にひかれて死んだことは、エステリオ・アウルにとって大きなトラウマだったようだ。こうなったら、アイリスがとことん健康で長生きして幸福になってもらわないといけないなあ」
そばで見守ってくださってた、カルナックさまが、笑う。
「というわけだ。まあ結果的にアイリスの治療は急がなくともよくなった。サファイアとルビー、君たちには新たな使命を与える。アイリス・リデル・ティス・ラゼルの間近で護衛の任務につきなさい。一応は、メイドとして」
「はい!」
「喜んで!」
即答しましたね!
「え? おふたりはカルナックさまの護衛なのでは」
「だってメイドよ! メイド服、あこがれちゃうわぁ」
乙女のように頬を染めるサファイア=リドラさん。
「はぁ? あたしはそれ嬉しくねえぞ! お師匠の命令だからしょうがねえけどな」
腕組みをして、困ったなあと呟くルビー=ティーレさん。
「実際のところ、この私に護衛などいるものか。まあ、私の暴走を止める役ならコマラパがいるし」
もう! もう!
なんて楽しそうなの、カルナックさま。
「お師匠様。見張りが減ってちょうどいいなんて思ってはいませんか?」
疑わしそうに言ったのはエステリオ・アウル叔父さま。
「無駄だよアウル。我々はカルナック様の采配に従うしかないのだから」
これまた楽しそうに笑う、魔法医師で大貴族のエルナト・アル・フィリクス・アンティグアさま。
「ひとまずこれで、だいじょうぶなの!」
「よかったわぁ!」
守護妖精のシルルとイルミナ。
事情を聞いて、小間使いのローサも、乳母やのサリーも、駆けつけてきたエウニーケさんをはじめ、メイドさんや執事のバルドルさんも、料理人さんたちや、下働きの人たちも。
みんな喜んでくれてるから、いいかな。
あたしは、ほっと、一安心。
帰宅なさったお父さま、お母さまは、カルナックさまとエルナトさまから「もう安心」と保証していただいて、涙を浮かべて、喜んでくれたの。
そして、あたし、アイリスは、少しずつ一人で家の中をお散歩したりできるようになった。
けれども、屋敷の中だけだし、いつも、乳母や、ローサ、メイドさんたちの誰かしらが注意を配ってくれていることには変わりない。
その中には新しいメイドさんとして、サファイアさんとルビーさんもいるわけなのです。楽しそう……。
いつでも、カルナックさまに貸していただいてる従魔「クロ」と「シロ」は、いっしょにいる。
こんどお父さまにおねだりして、
どこか室内にドッグランを作ってもらおうかしら。
なんとなく、小さい子の「はじめての一人遊び」とか「はじめてのおつかい」を見守られてる感じです。
みんな、過保護では?
あ、でも「アイリスお嬢さま」は、ほんとはまだ三歳なんだもんね。中身には、ときどき十五歳のアリスや二十五歳のイリス・マクギリスもいて、見守っていたり、外に出たりもするけれど。危険なときだけね。
急に大がかりな治療をしなくても良くなったので、
屋敷への転移魔法陣の設置も、急がず、じっくり取りかかることになりました。
職人さんの手配もあるし、
本来、申請とか手続きとかいろいろあるみたいなの。
こうして、あたしの三歳の一年は、穏やかに過ぎていくのです。
ともかく、成長したいな。
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