上 下
74 / 360
第二章 アイリス三歳『魔力診』後

その41 急がば回れ 三歳の日々

しおりを挟む
         41

 ……夢を見た。

 白い森の中。
 ゆっくりと歩いてる、美しいひと。

 もしやグラウケーさまかなって思ったんだけど。
 輝く金髪をヴェールのようにたなびかせて、年頃は二十代半ばくらいかしら。
 群青の中に金茶色が混じった不思議な色の瞳、形の良い眉。
 きっと誰もが引きつけられるに違いない華やかな美貌の女性だった。
 おとぎ話の、お姫さま、みたいな。

 ふと、そのひとは立ち止まり、振り向いて。
 柔らかに、微笑んだ。

『まあ、そのような、いたずらをなさいましたの? いかにも《影の呪術師(ブルッホ・デ・ソンブラ)》さまらしいこと。みなさん、たいそう驚かれましたでしょうに』

『面白がってやったわけではありませんよ、わたしの《月晶石の姫》。あの幼子には、心臓のそばに魔力の固まったものが形成されて《魔石》になりかかっていたのです。荒療治ではありましたが、これで《結晶》は溶け、あとは通常の、魔力の流れを滞らせないための治療でよくなりました』

 答えたのは、美しい青年だった。青みを帯びた銀色の髪は腰まで届くほど長く。抜けるように色の白い肌に、淡いアクアマリン色の瞳が、鋭い光をたたえている。

 ……って、グラウケーさまじゃないですか!

『それはようございました。カルナックさまのご負担が軽くなりますでしょう』
 どこか古風な、言い回し。
 たおやかで、儚げな、きれいなひと。
 このカップル? なんか、甘くてラブラブな雰囲気が。

 うらやましいな。
 なんて考えていたら。
 ふっと、
 あたしの意識は、白い森から離れていく。

         ※

 目覚めたのは、子供部屋でした。
 エステリオ・アウル叔父さまが、ソファで、抱っこしてくれていたの。

「アリス。もう君を死なせないから」

 あ、やっぱり?

「アイリスの前世である「月宮アリス」が車にひかれて死んだことは、エステリオ・アウルにとって大きなトラウマだったようだ。こうなったら、アイリスがとことん健康で長生きして幸福になってもらわないといけないなあ」

 そばで見守ってくださってた、カルナックさまが、笑う。

「というわけだ。まあ結果的にアイリスの治療は急がなくともよくなった。サファイアとルビー、君たちには新たな使命を与える。アイリス・リデル・ティス・ラゼルの間近で護衛の任務につきなさい。一応は、メイドとして」

「はい!」
「喜んで!」
 即答しましたね!

「え? おふたりはカルナックさまの護衛なのでは」

「だってメイドよ! メイド服、あこがれちゃうわぁ」
 乙女のように頬を染めるサファイア=リドラさん。

「はぁ? あたしはそれ嬉しくねえぞ! お師匠の命令だからしょうがねえけどな」
 腕組みをして、困ったなあと呟くルビー=ティーレさん。

「実際のところ、この私に護衛などいるものか。まあ、私の暴走を止める役ならコマラパがいるし」

 もう! もう!
 なんて楽しそうなの、カルナックさま。

「お師匠様。見張りが減ってちょうどいいなんて思ってはいませんか?」
 疑わしそうに言ったのはエステリオ・アウル叔父さま。

「無駄だよアウル。我々はカルナック様の采配に従うしかないのだから」
 これまた楽しそうに笑う、魔法医師で大貴族のエルナト・アル・フィリクス・アンティグアさま。

「ひとまずこれで、だいじょうぶなの!」
「よかったわぁ!」
 守護妖精のシルルとイルミナ。

 事情を聞いて、小間使いのローサも、乳母やのサリーも、駆けつけてきたエウニーケさんをはじめ、メイドさんや執事のバルドルさんも、料理人さんたちや、下働きの人たちも。
 みんな喜んでくれてるから、いいかな。

 あたしは、ほっと、一安心。

  帰宅なさったお父さま、お母さまは、カルナックさまとエルナトさまから「もう安心」と保証していただいて、涙を浮かべて、喜んでくれたの。


 そして、あたし、アイリスは、少しずつ一人で家の中をお散歩したりできるようになった。
 けれども、屋敷の中だけだし、いつも、乳母や、ローサ、メイドさんたちの誰かしらが注意を配ってくれていることには変わりない。
 その中には新しいメイドさんとして、サファイアさんとルビーさんもいるわけなのです。楽しそう……。

 いつでも、カルナックさまに貸していただいてる従魔「クロ」と「シロ」は、いっしょにいる。
 こんどお父さまにおねだりして、
 どこか室内にドッグランを作ってもらおうかしら。

 なんとなく、小さい子の「はじめての一人遊び」とか「はじめてのおつかい」を見守られてる感じです。
 みんな、過保護では?

 あ、でも「アイリスお嬢さま」は、ほんとはまだ三歳なんだもんね。中身には、ときどき十五歳のアリスや二十五歳のイリス・マクギリスもいて、見守っていたり、外に出たりもするけれど。危険なときだけね。

 急に大がかりな治療をしなくても良くなったので、
 屋敷への転移魔法陣の設置も、急がず、じっくり取りかかることになりました。
 職人さんの手配もあるし、
 本来、申請とか手続きとかいろいろあるみたいなの。


 こうして、あたしの三歳の一年は、穏やかに過ぎていくのです。
 ともかく、成長したいな。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...