転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

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第二章 アイリス三歳『魔力診』後

その39 カルナックさまは、精霊の愛し子

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         39

 黒竜(アーテル・ドラコー)が、友だちのしるしにくれた、つやつやの黒いウロコを見つめていたら、急に、あたりが真っ暗になって。それから、銀色の光に包まれて。

 やがて視界はクリアになり、白い森の中に、あたしはひとり、たたずんでいた。

 ここは、いったい、なんなのだろう?
 うっそうとしているのに周囲の全てが明るくて、木々も、下草も、ぜんぶ、真っ白だ。
 同じく真っ白な地面からは、ゆらゆらと、陽炎が燃え立つように、白い炎があがっている。

 また、どこかに来てしまったの?
 魂の状態で、かな?
 エステリオ・アウル叔父さま、心配しているかしら……?

「おや、存外、驚かないのだね、きみは。月宮アリスくん」

 全身を震わせるような、畏怖を抱かないではいられなくなる、荘厳な「声」が、心臓の近くで、響いた。

「驚いてますよ。ものすごく驚いてます。さっき経験したことがなかったら、怖くて、うずくまって泣きわめいてます。……お師匠さまのお師匠さま、グラウケーさま」

 目の前には、精霊、グラウケーさま。

 伝承のとおり、その長い髪は青みを帯びた、光そのものような銀色。
 切れ長の涼しげな目もと、その瞳は水精石(アクアラ)を思わせる、ほとんど水のような淡い青。
 長身で、抜けるように白い肌。
 なんてきれいな。
 乳母やのサリーが読み聞かせてくれた、お伽話のなかの。夢のように、きれい……。

「ふふふ。アイリス……いや、月宮アリスの魂。肝が据わったな。ヒトの幼子は、すぐ成長するものよ。実は、まだ少し、話し足りない気がしたものだから、ここに、精霊の森に、魂を呼び寄せたのだ。光栄に浴するがよい、精霊の許しがなくば何人(なんびと)たりとも足を踏み入れることはかなわぬ聖地である」

 気のせいでなければ、グラウケーさまは、胸を張って。どや顔をなさいました。

 うわあ。
「あ、ありがたき幸せ……」
 できれば平伏したいくらいだけれど、体が、思うように動かないわ。

「五百年前。ここで、カルナックは育てられた。我ら精霊と《世界の大いなる意思セレナン》の愛情を一身に受けて。すべての精霊は今でも、あの子の帰還を待ちわびている。儚き人の世で、果たすべきことを終えたなら、いつでも癒やしてやりたいと願っている」
 グラウケーさまの、直視しがたいほどの美を体現した面差しに、いっそ似合わないほどに、慈愛に満ちた優しげな微笑みが浮かんだ。

「まあ、楽にしなさい。カルナックの弟子よ」

「ふぁい!」
 緊張が一気にとけて、あたしはへたりこむ。やっぱり体は重くて、動けない。

「これをあげよう」
 差し出されたのは、水晶の、杯。底から細かい泡が立ち上っている。
 これはもしや。
 いつかカルナックさまとコマラパ老師が飲んでいらした、根源の泉の水では?

「飲みなさい。セラニス・アレム・ダルの残した、微かな瑕疵の痕跡も、それできれいに消える」

 うながされて、口に含んだ。
 とたんに。
 目の前が、ぱあっと明るくなった。

 それまで視界に陰りがあったことに、そのとき初めて気づいた。
 あれ、あれ?
 体も軽い!?

「いくつかの疑念に答えておこう。おまえが目覚めたとき、エステリオ・アウルが取り乱していた理由は、わかっているか?」

「たぶん……、前世で、あたし、月宮アリスが車にひかれて死んだことを連想したのだと思います。叔父さま、いま16歳だから。あたしが死んだときと、同じ年齢だし……」

「あたりだ。それに、エステリオ・アウルとしての人生で経験した、いまだ癒えていない傷もある。いつか、共に向き合ってあげなさい」

「はい」
 なんのことか、よくわからないけど、うなずいた。

 エステリオ・アウル叔父さまには、ほんとうによくしてもらっているし。
 それに、前世の彼……最上霧湖さんのこと、あたし……
 もし、もっと生きていられたら。
 きっと、好きになっていた。

「アーテル・ドラコーも、君を気に入っている。あれは友だちが非常に少ない。いいやつなんだが、人見知りで、引きこもりでね」
「あたしも、アーくんのこと好きです。かわいいもの」

「ふむ。かわいい、かね? あれは男でも女でもないのだが。カルナック同様」

「え?」

「いや、なんでもないよ。そうだ、カルナックをよろしく頼む。いつも無理をしがちな子でね。気をつけてやれる者がそばにいないのだ。君が助けてくれるとありがたいのだが。まあ、大きくなってからでかまわない」

「? はい」

 なんだか挙動不審な、超絶美形な精霊さま。

「今日の記念に、これをあげる。アーテル・ドラコーのウロコみたいなものさ」

 てのひらに、のせられたのは。

 きれいなオーバルの形をした、透明な石で。表面には、くっきりと、青い光が浮き上がって見えた。

 ブルームーンストーンだった!
 直径2センチくらいありませんか!?

「ヒトの世界では『精霊石』と呼ばれるものだ。これには、いつでも願えばここ、精霊の森へ転移できる魔法を付与しておいた。もしいつか危険に陥ったなら、逃げておいで。君が望む人間を同行させるのも自由だ」

「そんなすごいものを!」

「辞退は許さないよ。そうだな、いつかカルナックをちょっぴり里帰りさせてくれても、かまわないのだぞ?」
 ウィンクした!
 おちゃめだけど。
 やっぱり、おそれおおいです!

「それは、君のエステリオ・アウルにでも渡して、いつも身につけていられるアクセサリーにしてもらいなさい。彼は細工ものが得意なんだよ?」

「そうなんですか。知らなかったわ」

「では、そろそろ、お帰り。次は、魂だけではなく、気軽に、おいで」

 気軽に、とか、無理です!

 グラウケーさまの、楽しげな笑い声が、響いた。

 次に、目を開けたときには、元通りの、叔父さまの書斎兼自室の奥にある「隠し部屋」にいました。

 まるで白昼夢でも見たような気分。
 けれど、夢ではない証拠は、『精霊石』を握っていること、だった。

 叔父さまは、ネックレスにしてくれるかしら?

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