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第二章 アイリス三歳『魔力診』後

その22 魔法使いで、お医者さま

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         22

 あたしはアイリス・リデル・ティス・ラゼル。
 三歳と一ヶ月。
 いつも目覚めるたびに不思議な気持ちになる。

 今朝のあたしは。
 アイリス?
 それとも、アリス?

 三歳の誕生日に『魔力診』を受けてから。
 アイリスの意識の底に、何層かになって眠ってる魂の階層を、意識するようになった。
 こう考えている、今の、あたしは。
 たぶん、本来の三歳幼女アイリスではない。

 毎日、目覚めるたびに。
 少しずつ、少しずつ。
 アイリスと月宮アリスは混ざり合っていく。

 そして、どっちがどっちなのか、わからなくなっていく。

 それでいいんだ。
 きっと。
 前世も覚えているし。特に、月宮アリスの記憶は鮮明だし。
 でも、アイリス・リデル・ティス・ラゼルの記憶もはっきりしてる。
 今生のお父さま、お母さま、エステリオ叔父さまのことも、とても大切だもの。

 さあ、新しい朝だ!

 ベッドに起き上がって、深呼吸する。

『おはようアイリス!』

 柔らかな暖かい光があたしの両肩にふわふわ近づいてきて、話しかけてくる。
 目をやれば、光は背中に薄羽根を持った、可愛い少女の姿へと変わる。
 羽根を含めても、手のひらくらいの大きさ。

「おはよう! シルル、イルミナ」

『きょうはどうするの?』
 わくわくしてる、ふたりの小妖精。
 飛び回るたびに光の粉が散って、とてもきれい。

「きょうはね、おじさまが学校から帰るときに、おいしゃさまが、ごいっしょしてくれるんだって。まほうつかいの、おいしゃさまなの。エルナトさまっていうの。おじさまの、しんゆうなんだって!」

 あせってお話しすると、かなり三歳幼女成分が多くなるのよねー。

『聞いてたわよ』
『知ってるわよ』
 妖精たちが、キラキラ光る。笑う。

『だってあたしたちは、いつもアイリスと一緒にいるんだから! これからも、ずっと守ってあげる。あたしたちのお気に入りのアイリス!』
 光のイルミナが、薄羽根をぱたぱた。

『カルナックさまには負けないわよ! ……いえ、ほんとのこと言うと負けるけど。がんばるからね! 守護妖精のあたしたちのこと、忘れないでね』
 風のシルルが、小さな胸を張って強がってみせる。

「もちろんよ。あたしが生まれてすぐに、まだ目もあかないのに見えたのは、シルルとイルミナ。あなたたち二人、だもの。だから、ずっと一緒にいてね」
 シルルもイルミナも、嬉しそう。

「わふん!」
「わわわわん!」 

「ごめんごめん。シロとクロ。もちろんあなたたちのことも忘れてないわよ! もふもふは大切だもの!」

          ※

 そして、その日の午後。
 エステリオ叔父さまは、親友であるエルナトさまを連れて帰宅したのです。

 お客さまがいらっしゃると前もって聞いていたから、気持ちは玄関までまっしぐらに駆けていきたかったんだけど、何しろまだ三歳だし、ひよわな、あたしは。
 乳母やのサリーに抱っこされて、二人をお出迎え。
 だけど、玄関で、とはいかないの。

 メイド長、エウニーケさんの口癖では、こうね。
「よろしいですかアイリスお嬢様。いいご家庭の令嬢というものは、落ち着いていなければなりません。いつでも、例外なく、でございます。お客さまがいらしたからと言って、飛び出していってはいけませんよ」

 だから言われたとおり、エステリオ叔父さまのお部屋に入って、ソファに座って待っていたの。
 乳母やとローサがそばにいて、シロとクロはあたしの両脇にいる。子犬バージョンだけれど。

 やがてメイドさんが、エステリオ叔父さまとお客さまがいらしたと、知らせに来た。

「ただいま、わたしのイーリス。いい子にしていたかい」
 勢いよくやってきて、さっそく、あたしを抱き上げる、エステリオ叔父さま。

「おかえりなさい、エステリオ叔父さま!」
 
 お父さまの弟だから叔父さまだけど、お父さまとはけっこう年が離れているの。魔法使いになるための公立学院に通う学生で、現在、十六歳。

「おやおや。聞きしにまさる激甘ぶりだね、エステリオ・アウル」
 面白がってるみたいな声がした。

 叔父さまのすぐ隣に、その人は立っていた。

 おお~!!
 美形だわ!
 長くてサラサラの金髪、灰青の目。背が高くて、顔立ちは、月宮アリスの記憶にある、海外のすてきな映画スターみたい!

「エル!」
 たしなめるように鋭い声。エステリオ叔父さまの口から出るのが意外な感じだわ。
 けれどお客さまは意に介していない。

「カルナックお師匠様から聞いてはいたけれどね。確かに……照れ屋で引っ込み思案で内向きなエステリオ・アウルが、人が変わったように明るくなったのもうなずける。女神が降臨したのだ」

 優雅な仕草で。
 上体を倒し、手を差し出した。

「初めてお目にかかります。アイリス・リデル・ティス・ラゼル嬢。このたび魔道士協会から派遣されてまいりました、わたしは魔法を学び、医学を興すために修行中の身、エルナト・アル・フィリクス・アンティグア。エステリオ・アウルの親友を自認しています」

 いたずらっぽいまなざし。

 あたしの正直な感想を言っていいかしら。

 このひと、確かにカルナックお師匠さまのお弟子さまだわ! 



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