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第二章 アイリス三歳『魔力診』後

その18 朝食の席にやってきたお客さま

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         18

 朝食のためのお洋服は、真っ白なリネンワンピースと、レースがたっぷり使われているコットンエプロン。
 シルクだと、食べ物や飲み物がついたときに困るからね。

(もともと、リネンの生成り色は灰茶色なの。ここまで白く晒すのには、かなりの手間と時間がかかるのよ! シンプルに見えても、すごく贅沢なんだからね)
 アイリスの意識の内側にいるイリス・マクギリスが、そう言った。
 21世紀中頃のアメリカに生きていたニューヨーカーだった彼女は、ファッション関係に詳しい。ときどき、興味のあることがあったら、自分から率先して教えてくれたりするの。

「お嬢様、おはようございます」
「おはよう、サリー!」
「さ、まいりましょう。朝ご飯の準備も、ととのっておりますよ」

 お着替えのあとは、迎えにきた乳母やのサリーに抱っこされて、三歳幼女である、あたし、アイリスは食堂へと向かった。

 先導はエウニーケさん。それにメイドさんたち、ローサ、おまけにシロとクロ(子犬型)に囲まれて、長い回廊を進む。
 本当は、あたし、三歳になって『魔力診』も無事にすんだことだし、そろそろ、抱っこされてばかりじゃなくて自分の足で歩きたいなって思うんだけど。
 我がラゼル家は(前にも言ったような気がするけど)エルレーン公国でも名高い豪商でお金持ちなので、おうちは三歳幼女がひとりで歩くには広すぎるのです。

 エウニーケさん情報。
 今朝はお客さまがいらしてる。
 あたしも知ってる人だそうなの。
 どきどきするわ!

          ※


 朝食の席についているのは、お父さまとお母さま、エステリオ叔父さま。

 そして、お客さま。
 背の高い、がっしりとした体格の壮年男性。
 年齢不詳。若いのか年とっているのかよくわからない。
 日焼けした肌色、明るい青い目と、真っ白で豊かなあごひげ。
 こわもて、っていうタイプ?
 だけど目はとっても優しくて、温かくて、いつも笑ってるみたい。

「おう。お邪魔しとるよ。元気そうで何よりじゃな、アイリス嬢」

「老師さま。おはようございます。ようこそおいでくださいました」
 サリーに抱っこされたままで、ご挨拶しました。

 深緑の衣をまとった『深緑のコマラパ老師』こと、コマラパ・ティトゥ・クシ・ユパンギさま。
 魔道士協会の副会長で、エステリオ叔父さまを見込んで取り立ててくれた恩師。
 エステリオ叔父さまが呼んでいるのにならって、あたしも、コマラパ老師と呼ぶことにしている。

「なんじゃ、驚かんのかね」
 ちょっと残念そうにおっしゃった。

「恐れ入ります。わたくしがうっかり、アイリスお嬢様に、お客様はお嬢様もご存じのかたですよと言ってしまっのですわ」
 傍らに付き添っていてくれたエウニーケさんが一言。

「ほう、それだけで、かね」
 老師さま、目がキラーンとしました。

「とうぜんですわ」
 小さなアイリスが、ちょっぴり胸をはる。
「アイリスが知っている、おそとのひとは、しんせきのかたがたと、カルナックさま、それにコマラパ老師さまだけですもの」

「ははは、そうじゃったのう。先日、魔力診を終えたばかりじゃからの。家庭教師をさがすのも、これからというところか」
「かていきょうし?」

「コマラパ老師。それくらいにして、ともかく、朝食を」
 エステリオ叔父さまがエウニーケさんに目配せ。

 エウニーケさんはメイドさんたちに奥に下がるよう指示した。
 乳母やとローサは、そっと引き下がる。
 食卓を囲むのは家族と、お客さまだけ。メイドさんたちは、あとで召使い部屋で食事をとることになっている。 

 しばらくすると、給仕担当のメイドさんが、お茶を運んできた。

 いい香りのする紅茶に、たっぷりのミルクと、小さなかたまりになったお砂糖。
 柔らかいおかゆ。ベーコンエッグ、ジャムとバターを塗ったトースト。柑橘の香りのする甘いジュース。
 あたしは小さいから沢山は食べられないの。

 お母さまのとなりにあたしは座る。
 奥の席にはコマラパ老師。
 並んで、お父さま、エステリオ叔父さま。
 テーブルをはさんで向かい側に、お母さまと、あたし、アイリス。

 お父さまたちの前には大皿があって、ソーセージ、お豆を煮た料理、ゆでたポテトっぽいものと緑の野菜を混ぜたサラダや、きのこ、スコーン、白身魚のフライも盛り付けられている。そこからお父さまが、みんなのお皿に取り分けてくれる。

「死者と咎人と幼子の護り手、白き腕の真月の女神イル・リリヤ様。慈悲深き恵みに感謝いたします」
 最高神への祈りをおごそかに捧げる、お父さまに続いて、あたしたちも唱和する。
「かんしゃいたします、イル・リリヤさま」

「じゃあ、いただこう」
 お父さまが最初にお茶を飲んで、朝食が始まるの。
 なごやかな家族の食卓。

 だけど、ふと気づく。
 なんで、コマラパ老師の前には、お料理がないのかしら。
 細長いグラスが一つ置かれているだけだわ。

「おや、アイリス嬢には、珍しいかな。わしは、持参したこれだけで充分なのじゃよ」
 老師さまが懐から取り出したのは、手のひらくらいの大きさをした水晶だった。
 先がとがった六角柱の結晶そのもの。

 ぽん、と微かな音を立てて。
 結晶の先端に刺さっていた、小さな栓を抜いた。

 こぽこぽこぽこぽ。

 音を立ててグラスに注がれた。口の細い、前世の知識ではフルートグラスに、八分目くらいまで満たされたのは、ごく細かい泡を底から立ち上らせている透明な液体だった。

「老師さま! そ、それ魔法!? すごいわっ! お薬? お酒?」
 思わず叫んでしまった!
 だってだって、どこから出てきたの?
 そして何なの!?

「アイリス、興奮しすぎだから」
 エステリオ叔父さまは、あたしをなだめるように言った。

「いいおうちのお嬢様は、もっと落ち着いているものですよ」
 お母さまは、怒っているようではなく、優しく教えてくれた。

「ははは。これはすまん、説明がたりなかった。この水晶の入れ物は精霊の森にある泉と繋がっている。わしは、とてもとても長く生きてきたからの。身体を動かすのに、もはや食べ物はいらない。必要なのは、この『根源の泉水』だけなのじゃよ」
 高らかに笑った、コマラパ老師。

「みず? とくべつな、って。おみず?」
 きょとんとして。
 何度も聞き返してしまった、あたし。

「精霊の森にある根源の泉水よ、アイリス」
 と、右肩にいる風の妖精シルルがささやく。

「可愛いアイリス。精霊の森はね、『世界セレナン』に許されたものだけが行けるところなのよ」
 左の肩にいる、光の妖精イルミナが教えてくれる。

「アイリス。コマラパ老師とカルナック様は、この世界そのものと、精霊の恩寵を受けている方たちなんだよ」
 エステリオ叔父さまの口調には、畏敬の念が感じられた。

 そうだったわ。
 思い出した。
 乳母やのサリーや、エステリオ叔父さまが読み聞かせてくれた絵本に載っていたわ。
世界の大いなる意思セレナンに愛され、幼少時より精霊セレナンに保護され育てられた、漆黒の大魔法使いカルナックさま』って。

 ……ん?
 しばらくして、落ち着いてきた、あたしは。
 ふと、思ったの。

 コマラパ老師さまはご飯を食べない。(食べる必要がない)
 じゃあ、なんで朝食にいらしたのかしら?

「ちょっとした相談があってな、アイリス嬢ちゃん。おまえさんの、これからのことじゃよ」

「あたしの?」

「本来ならカルナックも同席した上で晩餐にお邪魔すべきところだが、しかし」
 眉を寄せた。
 嫌がってるような顔だわ、と、あたしの中のイリス・マクギリスが感想をつぶやく。

「あれは、先日から、少しばかり忙しくなってな。このような早朝でもなければ来られぬ」

「え!」
 思わず『わくわく!』してしまった、あたしです。

「カルナックさまも、ここに、おいでになられるの?」

「そうじゃよ。わしが、あれのアンカーだからな。先んじて来ておくという寸法じゃよ」
 肩をすくめる。
 少しだけ、さびしげに笑った。

「あれを……この世界につなぎ止めるものは、今や、そう多くは残っていないが……」
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