転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ

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第二章 アイリス三歳『魔力診』後

その13 サヤカとアリスの学園生活(完結編3 アリス・イン・ワンダーランド)

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         13

『月宮よ。月の巫女よ。現代には、魔法などないと思っているのかい?』
 老女である幼女が、笑う。

「古き神々は、魔女は、精霊は。死に絶え、失われたと、思うかい?」
 並河香織さんの姿をした、なにかが、あたしに告げる。
 深い、ため息を吐いて。

《そなたが望んだのだぞ。月の子よ。つかのまに泡のように浮かんでは消える人の世を、ヒトの中に降りて、間近で見たいと。だから……『月宮』は、生じた》

 オブライエンさんでもない、香織さんでもない。
 二人はただ、海面から突き出して見えている島のようなもので。

 光さえ遮られるほど深く……海底には巨大な……
 女神が、いた。地球を七回り半するほどの大きさ。全身を銀色の鱗に鎧われて。

《思い出すまでもないこと。いまは、お眠り。短く儚い人の世の夢を。幸福に生きて暮らしてくれれば良いのだ……わたしの『親友』。孤独な夜に、ほのかに輝く愛しき友よ》

 それは空気を奮わせる『声』ではなくて、魂に直接、響いてきた『思い』だった。

《わたしはこの世界そのもの。世界を祝福し同時に呪うもの。光の届かぬ地の底で海底で、世界を覆い尽くし巻き付き自らの尾を噛む……わが重力に捕らわれたる『月』の女神よ。いつの日か遠い未来、わたしが滅びるときは、このくびきを解いてあげるよ。けれども今は。そばにいておくれ、友よ》

「ええ。そうだったわね、親友」
 あたしは呟く。小さな声だけど、彼女はぜったい、聞き逃さない。

「約束するわ。ずっと、あなたと一緒にいる。だからあなたも……ちゃんと、この世に生まれてきてね。何度でも、あたしたちは出会うの」

《友よ、長い長い旅路ゆえに、せめて道連れもいなければ寂しいことよ。仲間を得て、幸福を得るが良いだろう》

         ※

 生き物は、いくたびも転生を繰り返す。
 前世を憶えていることもあれば、思い出さないままでいることもある。

 交通事故、病死、老衰。
 何度、輪廻を繰り返したことだろう。
 しだいに、哀しみの記憶は薄れていって。
 そのぶんだけ、喜びも忘れていく。

 そして、あたしは、夢を見る。

 異世界に転生するの。
 そこは魔法がある世界。

 大きな商人の家に生まれた、初めての娘、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
 とても大事にされて育って、三歳の『魔力診』を迎える。

 持っている魔力の大きさ、量、素質を診断してもらう。
 将来の進路を左右する大事なことよ。
 さあ、ここで、あたしはどんな人生をおくるのかしら。

 ……きっと、これも、夢ね。

 21世紀のTokyo。
 22世紀のマンハッタン。
 そこで暮らしていたのも、夢のよう。

 どちらが夢なの?
 目覚めたら、どんな世界なの?

 あたしは、だれ?
 月宮アリス?
 それとも、
 アイリス・リデル・ティス・ラゼル?

 それとも……。

          ※

「おはようございますお嬢さま!」
 元気の良い少女の声が、あたしを夢から引き戻す。

「お嬢さま! きょうも、青空です!」

 ゆっくりと、まぶたを開いた。
 メイド服に、ぱりっと糊のきいた白いエプロンを着た、十歳くらいの少女が、ニコニコ笑っていた。
 癖の強い赤毛を二つに分けて三つ編みにした、お下げ髪が、動くたびにピコピコ揺れる。

「お嬢さま? やはり昨夜の『魔力診』で、お疲れなのですね。ローサは、ゆっくり寝かせておいてさしあげたいのですが……二匹は、放って置いてはくれないみたいですよ」

 二匹?
 けだるい。ほんとは眠っていたいのよ。
 けれど、あたし付きの小間使いローサが言っていたように。

「わふん!」
「わわわん!」

 二匹の子犬が、勢いよくベッドに飛び乗ってきた。
 そのまま、先を争うように、濡れた鼻先を押しつけてきて、ペロペロ舐めるものだから。
 なんとかしないと、寝間着がべたべたになっちゃうわ。

「ああもう! わかったってば、起きる、起きるから! 『シロ』!『クロ』!」

「わふ!」
「わん!」

 ぜんぜん悪びれるようすもなくて、あたしがベッドを降りるのを、わくわくして待ってる、白犬と、黒犬。

 ……あれ?
 いま、あたしは名前を……これで、合っていたかしら?

 二匹の名前は……『牙』と『夜』だって、香織さんが呼んでた……はず?

『だめだよ、その名前を口にしてはいけない』
 涼やかな声が、耳元で囁いた記憶が、よみがえる。
 あたしを抱っこして、小さい子みたいになだめて言い聞かせていた。
 あの、青く澄んだ瞳。なんてキレイだったんだろう。

『そしたら、この子たちはもとの成獣になって、きみの魔力をごっそり吸われる。いよいよのとき、どうしても危険を回避できなかったときでなければ、その名前で呼んではいけないよ』
 
 思い出した。
 あの『魔力診』の夜。
 逆恨みしたみたいな親戚の青年がナイフで斬りかかってきた事件。
 それを鮮やかに片付けた後、カルナック様は、ちょっと考えた。
「やっぱり護衛は必要だな」
 いざというときにと、ご自分の従魔を貸してくださったカルナックお師匠さまは、そのさいに、こう忠告してくれたのだった。
 これらは本来、凶暴な魔獣だった。
 小さいこどもが普段使いにするには、必要な魔力が多すぎる。
 そのかわりに、とっても強いんだって。

 しょうがないかぁ。
 いてくれるだけで心強いし、それに……かわいいもの!

 もふもふは、正義なのだ!

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