上 下
46 / 360
第二章 アイリス三歳『魔力診』後

その13 サヤカとアリスの学園生活(完結編3 アリス・イン・ワンダーランド)

しおりを挟む
         13

『月宮よ。月の巫女よ。現代には、魔法などないと思っているのかい?』
 老女である幼女が、笑う。

「古き神々は、魔女は、精霊は。死に絶え、失われたと、思うかい?」
 並河香織さんの姿をした、なにかが、あたしに告げる。
 深い、ため息を吐いて。

《そなたが望んだのだぞ。月の子よ。つかのまに泡のように浮かんでは消える人の世を、ヒトの中に降りて、間近で見たいと。だから……『月宮』は、生じた》

 オブライエンさんでもない、香織さんでもない。
 二人はただ、海面から突き出して見えている島のようなもので。

 光さえ遮られるほど深く……海底には巨大な……
 女神が、いた。地球を七回り半するほどの大きさ。全身を銀色の鱗に鎧われて。

《思い出すまでもないこと。いまは、お眠り。短く儚い人の世の夢を。幸福に生きて暮らしてくれれば良いのだ……わたしの『親友』。孤独な夜に、ほのかに輝く愛しき友よ》

 それは空気を奮わせる『声』ではなくて、魂に直接、響いてきた『思い』だった。

《わたしはこの世界そのもの。世界を祝福し同時に呪うもの。光の届かぬ地の底で海底で、世界を覆い尽くし巻き付き自らの尾を噛む……わが重力に捕らわれたる『月』の女神よ。いつの日か遠い未来、わたしが滅びるときは、このくびきを解いてあげるよ。けれども今は。そばにいておくれ、友よ》

「ええ。そうだったわね、親友」
 あたしは呟く。小さな声だけど、彼女はぜったい、聞き逃さない。

「約束するわ。ずっと、あなたと一緒にいる。だからあなたも……ちゃんと、この世に生まれてきてね。何度でも、あたしたちは出会うの」

《友よ、長い長い旅路ゆえに、せめて道連れもいなければ寂しいことよ。仲間を得て、幸福を得るが良いだろう》

         ※

 生き物は、いくたびも転生を繰り返す。
 前世を憶えていることもあれば、思い出さないままでいることもある。

 交通事故、病死、老衰。
 何度、輪廻を繰り返したことだろう。
 しだいに、哀しみの記憶は薄れていって。
 そのぶんだけ、喜びも忘れていく。

 そして、あたしは、夢を見る。

 異世界に転生するの。
 そこは魔法がある世界。

 大きな商人の家に生まれた、初めての娘、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
 とても大事にされて育って、三歳の『魔力診』を迎える。

 持っている魔力の大きさ、量、素質を診断してもらう。
 将来の進路を左右する大事なことよ。
 さあ、ここで、あたしはどんな人生をおくるのかしら。

 ……きっと、これも、夢ね。

 21世紀のTokyo。
 22世紀のマンハッタン。
 そこで暮らしていたのも、夢のよう。

 どちらが夢なの?
 目覚めたら、どんな世界なの?

 あたしは、だれ?
 月宮アリス?
 それとも、
 アイリス・リデル・ティス・ラゼル?

 それとも……。

          ※

「おはようございますお嬢さま!」
 元気の良い少女の声が、あたしを夢から引き戻す。

「お嬢さま! きょうも、青空です!」

 ゆっくりと、まぶたを開いた。
 メイド服に、ぱりっと糊のきいた白いエプロンを着た、十歳くらいの少女が、ニコニコ笑っていた。
 癖の強い赤毛を二つに分けて三つ編みにした、お下げ髪が、動くたびにピコピコ揺れる。

「お嬢さま? やはり昨夜の『魔力診』で、お疲れなのですね。ローサは、ゆっくり寝かせておいてさしあげたいのですが……二匹は、放って置いてはくれないみたいですよ」

 二匹?
 けだるい。ほんとは眠っていたいのよ。
 けれど、あたし付きの小間使いローサが言っていたように。

「わふん!」
「わわわん!」

 二匹の子犬が、勢いよくベッドに飛び乗ってきた。
 そのまま、先を争うように、濡れた鼻先を押しつけてきて、ペロペロ舐めるものだから。
 なんとかしないと、寝間着がべたべたになっちゃうわ。

「ああもう! わかったってば、起きる、起きるから! 『シロ』!『クロ』!」

「わふ!」
「わん!」

 ぜんぜん悪びれるようすもなくて、あたしがベッドを降りるのを、わくわくして待ってる、白犬と、黒犬。

 ……あれ?
 いま、あたしは名前を……これで、合っていたかしら?

 二匹の名前は……『牙』と『夜』だって、香織さんが呼んでた……はず?

『だめだよ、その名前を口にしてはいけない』
 涼やかな声が、耳元で囁いた記憶が、よみがえる。
 あたしを抱っこして、小さい子みたいになだめて言い聞かせていた。
 あの、青く澄んだ瞳。なんてキレイだったんだろう。

『そしたら、この子たちはもとの成獣になって、きみの魔力をごっそり吸われる。いよいよのとき、どうしても危険を回避できなかったときでなければ、その名前で呼んではいけないよ』
 
 思い出した。
 あの『魔力診』の夜。
 逆恨みしたみたいな親戚の青年がナイフで斬りかかってきた事件。
 それを鮮やかに片付けた後、カルナック様は、ちょっと考えた。
「やっぱり護衛は必要だな」
 いざというときにと、ご自分の従魔を貸してくださったカルナックお師匠さまは、そのさいに、こう忠告してくれたのだった。
 これらは本来、凶暴な魔獣だった。
 小さいこどもが普段使いにするには、必要な魔力が多すぎる。
 そのかわりに、とっても強いんだって。

 しょうがないかぁ。
 いてくれるだけで心強いし、それに……かわいいもの!

 もふもふは、正義なのだ!

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...