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第二章 アイリス三歳『魔力診』後

その8 サヤカとアリスの学園生活(前編)

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         8

 明るくて大きな窓に掛かっている白いレースのカーテンが、揺れていた。
 部屋には机が幾つも並べてあったのだけれど、そこに人はいなかった。
 けれども無人なわけでは、なかった。

 窓際に置かれている、三人くらい並んで腰掛けられるソファにふと目をやって、あたしは、ドキッとした。心底驚いた。たぶん一緒に居た親友も同じだと思う。

 なぜって、そこには。
 二人の人物がいたのだ。
 
 腰まで届くまっすぐな長い黒髪をした女生徒が、ソファに仰向けで倒れ込んでいる男子生徒を押さえつけて、上に乗っていて。
 キスしていた。

 比喩的表現じゃなく、おでこに軽くとかじゃなくて。女生徒が、男子生徒をむさぼるようにキスしていたの。
 ものすごい濃厚なキス。

 やだどうしよう!
 これって、これって、ラブシーン!?

 覗き見しようとしたわけじゃないんです!

 心の中で、全力で言い訳しながら、あたしは二、三歩引いた。一緒に居た親友も一緒だ。
 目のやり場に困って部屋の中を見回す。

 すると、ドアの内側、その両脇に、二頭の大きな犬が、行儀良くお座りしているのが見えた。動かないので置物なのかしらと思ったくらい。
 そしたら「グルル」「ウウウ」と唸ったの。
 一頭は真っ黒な毛並み。もう一頭は、純白の毛並みをしていた。

「ちょっとやばくない? アリス」
 あたしの隣にいる親友、相田紗耶香が、ひきつった声を出した。
 といって、あたしに何かわかったりできたりする、わけはなくて。
「……もしかしてあの二頭って、番犬……みたいな?」
「侵入者だと思ってたり?」
 顔を見合わせた。
「やばいんじゃ」

 犬たちの唸り声に気づいたのかしら。
 ソファに乗っていた女生徒は、一瞬、毛を逆立てた、ように見えた。
 それからゆっくりと身を起こして、身体の向きを変え、あたしたちを見た。
 夜のように真っ黒な髪が、さらさらと澄んだ音を立てて滑り落ちて。
 なんて、美しい人だろう。
 あたしたちパンピーとはレベルが、いや、人種が違うんじゃないのかしら。

 ……後になって、よくよく見れば、ソファに押さえつけられて(?)いた男子生徒のほうも、小柄で華奢で、かなりの美少年だったのだけど、そのときの、あたしには。そこまで見て取る余裕なんてなかった。
 射すくめられたように、身動きできないんだもの。

 美少女はソファを降りて、こちらにやってきて、艶やかな黒い瞳で、あたしと紗耶香をじっと見つめる。
 そして、ふわっと、微笑んだ。

 なにこれ女神さま? 天使なの?

 やばいやばいやばいやばいやばい。
 これ男子生徒だったら一目で恋に落ちるんじゃない!?

 ふと、小さな違和感。
 やがて、それがなんなのか、わかった。
 目が、青い。
 真っ黒でつややかな瞳の奥に、青い炎が宿っているみたいに。いまにも青い光があふれ出しそう。
 男子生徒は(制服に乱れはありませんでした)ぐったりして目を閉じていた。死んでるとかじゃなさそうだけど、眠っているのかな。
 美少女は、じっと、あたしたち二人を見つめた。ちょっと怖くなるような深いまなざし。なにもかも見透かされてしまいそうな。
 
「ああ、そうか。新入生で、相談したいっていう子たちが来るって聞いてたっけね」
 美少女は、意外とさばさばした口調で、言った。
「おれは並河香織(なみかわかおり)。生徒会書記だ。そこに寝てるのは、沢口充(さわぐちみつる)。同じく書記で、おれの婚約者だから、取っちゃだめだよ」

 はい?
 婚約者?
 しかもスーパーモデルと見紛う美人さんは、「おれ」って言いました。
 そして、並河って。もしかして……

 そのとき、ドアが開いて。勢いよく入ってきた生徒たちがいた。
 ずかずかとやってきたのは、男子生徒と女子生徒。
 
「よっ! お二人さん、もう来てたのか」
 こう言ったのは、快活な男子生徒。
 身長は高くはないけど低くもない。顔も平均的かな。
 だけど、なんか頼りがいありそうなんだよね。
 ちなみに生徒会の副会長さんです。
 
「遅れてごめんね」
 こう言ったのは、優しくてしっかり者な女子生徒。
 生徒会長、伊藤杏子さん。

 二人とも二年生。生徒会役員は、ほぼ二年生ばかりなのだ。

「あーっ! ダメじゃない、香織」
 伊藤杏子さんは、香織さんの前に立った。
「イチャイチャするのは、帰宅してから!」

「え~」
 意外と子どもっぽい表情をする、並河香織さん。

「え~、じゃないの! 雅人! 沢口くん起こして。たぶん貧血になってるから」

「お? ああ、うん」
 山本生徒会長は、身軽にひょいひょいっと並べられたテーブルや椅子を飛び越えて、沢口くんと呼ばれた男子生徒のほうに駆けつけた。
「充、おい充(みつる)、起きろ」
 ぺしぺしと頬を叩いて。

「あれぇもう朝?」
「寝ぼけてんじゃねえよ」

 容赦なく叩き起こしています。

「じゃあ、あらためて、生徒会出張分室に、ようこそ!」
 生徒会長の伊藤杏子さんは、満面の笑みをたたえて、あたしと紗耶香の手をしっかりと握った。

「よろず相談所とも言うけどね」
 副会長の山本雅人さんは、にやっと笑った。

「相談事があるんでしょ? 『サヤカとアリス』。トップアイドルの二人にも、悩みがあるの? 心配しないでいのよ、スッキリ解決しましょ。そうそう……じきに専門家も来てくれるから」
 生徒会長は、腕時計に目をやった。
「待ち合わせしてるから、ここでね」

「専門家?」

「うちの学院には、スクールカウンセラーが常駐してるんだよぅ~。ふわぁ」
 こう言ったのは沢口充さん。
 起きてきて椅子に腰掛ける。

「そうスクールカウンセラー。もう会ってる。保健室の先生だから。もうじき来るから、楽にして待ってて」
 その隣に並河香織さんが座って、さらに両脇を、白と黒の犬が、狛犬みたいに並んでお座り。
 番犬というより、狛犬だなぁ。

「先に相談事の内容を聞いてもいいかな」
 山本雅人さんが、表情を険しくした。

「はい」
「お話しします。あたしたち、最近、ストーカーにつけられてるみたいなんです」

 やっと相談できる。警察に言うのは気が進まなかった。
 両親が心配するもの。

 あたしは月宮アリス。
 十五歳で、高校一年。
 親友の相田紗耶香と一緒に、中学二年から、アイドルやってる。
 ユニットの『サヤカとアリス』っていうのよ。
 CDも出てるしコンサートもやってるけど、もちろんトップアイドルなんていうのじゃないわ。
 サヤカは才能があって歌もダンスもすっごいハイレベルなんだけど、あたしが、ちょっと歌えて踊れるだけでレベルが比べものにならないから。
 きっと、あたしが足を引っ張ってるの。
 それが悩みの種。
 レッスンも頑張ってるけど、もともとの素質の差はどうしたって埋まらない。サヤカは歌の天才だし素質がある上に人一倍努力してるから。

 それでも、あたしたちは歌が好き。
 歌を聴いて喜んでくれたりするファンの人、とっても感謝しているの。

 でも……
 ファンの中に、ちょっと過激な人がいる。

 きっと、この生徒会の人たちなら、相談にのってくれるって、みんなが言ってたとおりだ。

 そして紗耶香とあたしは、事情を話していった。
 そのうちに、誰かがやってきて、再び、ドアが開いた。

「ごめんごめん! 遅刻しちゃった~! さあて相談者はだあれ? このあたしに、全部お任せよ!」

 スクールカウンセラーは、銀髪で青い目をした、北欧系の美少女だったのです。


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ごめんなさい、このエピソードはもう一話、続きます。

月宮アリスとしての前世の話です。

そのあとは『魔力診』後のアイリスの視点に戻ります。

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