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第四章 二人の寄り道が終わるまで
71.一斉突入
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捜査官の手によって、倉庫の分厚い扉が開かれた。中にいた数人の見張りが、ぎょっとした顔でこちらを見る。
広くて薄暗い倉庫の中を捜査官たちが駆け抜ける。何度か剣がぶつかり合う音が聞こえた。
奥に進むと、木箱と樽が並んでいる場所があった。見取り図の通りだ。
ララの体で駆けるテオドールが怪しく笑う。
「――アル、ぶっ壊してやれ」
先陣を切っていたアルバートがさらに加速し、背中のホルダーから二本の斧を抜いた。
宣戦布告のような派手な衝撃音と共に木箱が粉砕され、木片が飛び散る。隠されていた床があらわになった。
「みーっけ」
ジャスパーが足で木片を退かせ、床の扉を開けた。地下が騒がしい。敵襲だと気付いたのだろう。
アルバートとヒューゴに地上を任せ、他の捜査官がなだれ込むように地下に降りた。湿り気に満ちた通路。鼻をつく臭い。
カルマンに雇われた者たちが道を塞ごうと武器を振り回すが、テオドールはそれをいなして突き進む。
先にやらねばならない仕事があるため、敵の捕縛はフロイドたちに任せた。
「あの部屋だ」
一室に入るなり、待ち伏せていた三人の男を気絶させた。周囲に敵がいないことを確認し、テオドールが体から出る。
ララは壁際に置かれた金庫に近付いた。この中に牢屋の鍵があるはずだ。金庫に意識を集中させる。複雑なつくりではなかったため、解錠に苦労はしなかった。
中身を確かめると、リング型のキーホルダーが二つ保管されていた。どちらにもジャラジャラと大量の鍵がついている。牢屋用と足枷用だろう。
鍵がこすれ合う音に混ざって、走ってくる足音が聞こえた。扉に視線を移して身構えたが、現れたのはフロイドだった。
「局長、ララさん、こっち片付きました。金庫は――」
「開きました」
「早ぁ」
「ララさんが泥棒だったら捜査大変っすね」と苦笑いを浮かべるフロイドに、鍵を託す。
「起爆スイッチが入った金庫も、大泥棒になったつもりで開けてきます」
「お願いします。俺らは捕まってる人助けてくるんで、後で合流しましょう」
「はい。お気をつけて」
フロイドと別れたララとテオドールは、起爆スイッチの保管部屋に忍び込んだ。金庫への信頼からなのか、警備が手薄だ。
テオドールに見張りを頼み、ララは金庫と向かい合う。
ダイヤルを回して解錠すると、中には違う種類の金庫が入っていた。
今度は鍵穴があるタイプだったため、ピッキングをした。大きな声では言えない特技である。ガチャリと開いた金庫の中を見て、ララは目を丸くした。
(また金庫……。大きさ的に、これが最後だと思うけど……)
連続した八桁の数字を入力すると開くものだ。単純な仕組みだが、油断すると時間がかかるかもしれない。
早く開けてしまおう、と気合いを入れた時だった。
「――多分これだよ」
横から伸びてきた小さな手が、一つ目の数字を入力した。
「あれ? 押せた……?」
「押せ、ましたね」
小さな手の主とララは顔を見合わせる。濃紺の髪と瞳に、泣きぼくろ。
ちょっとばかりびっくりしている様子の彼は、カルマンに憑いている幽霊少年だ。
「……お嬢さん、僕の声聞こえてる?」
「はい。はっきりと」
これまでの人生で彼の声が聞こえたのは一度だけ。物に触れているところを見たのは今が初めてだ。
なぜ急に? と疑問が湧く。しかし――、
「へえ。そういうことか」
困惑するララの前で少年は頷き、一人で納得している。
「僕、この倉庫が大嫌いなんだ。だから死んでからは入ったことがなかったんだけど……ここでならお嬢さんと話ができるし、物にも触れられるみたい」
彼がこの場所を嫌う理由は明白だった。
「……ここであなたは、亡くなったのですね」
「そう。正確には殺されたんだけどね。カルマンに」
少年はあっさりとした口調で話すが、瞳には深い闇を宿していた。容姿は子供だが、思考は成熟している。生きていれば自分より年上だったのかもしれない。
二つ目の数字を入力しながら、少年は続けた。
「あの男は後悔も反省もしていない。僕が死んだのはもう何年も前の話だけど、いまだに許せないんだ。だから復讐するための力を与えられたんじゃないかな。恨みが詰まったこの倉庫限定でね。……まったく、神様は平等なのか不平等なのか」
三つ目、四つ目、五つ目と、迷いなく数字が入力されていく。
「悲劇を終わらせる時がきたんだよ」
六つ目、七つ目。
「なぜあなたは、解錠方法をご存じなのですか?」
「同じ金庫がカルマン邸にあるんだ。あの男が設定する数字はいつも変わらない」
少年が最後の数字を入力すると金庫が開いた。ララは無意識に八桁の数字を読み上げる。
「……日付のようですね」
「カルマンが殺しの快楽を覚えた記念日。忘れられぬほどの興奮に身を落とした日。――僕の命日だ」
あまりにも重い現実に言葉を失った。何を言ったところで少年は生き返らない。自分にできるのは、霊の声を拾うだけだ。笑い声でも泣き声でも、受け止めるしかない。
ララは少年が金庫から出した起爆スイッチを受け取った。即座に操作し、全機能を停止させる。これで捕らわれた人々が爆破に怯える必要はなくなった。
ふう、と息を吐いたところで、ララの元に通信が入った。
――ジー、ジジッ。
『マックスです。牢屋の中にいた人は救出しました。地上に第二騎士団の応援が到着しているようなので預けてきます』
「分かりました。余裕があれば魔道具を首から外してあげてください」
機能を停止させたことを伝えると、マックスの声が一段明るくなった。
『フロイドたちが捕らえた傭兵を見張っているので――え、変わるんですか? いや、自分のでっ』
通信機の向こうがガヤガヤしている。耳を澄ませて待っているとジャスパーの声がした。マックスの通信機を奪ったようだ。
『ララ、あたしよ』
「どうされたんですか?」
『カルマンが例の部屋に向かったみたいなの』
ララはピタリと動きを止めた。
例の部屋とは、人身売買の契約書がある部屋だ。そこに行けば、事件の元凶を捕らえられる。
「すぐにテオと向かいます」
『あたしも行くわ。途中で合流しましょ』
通信を終えたララの体に、数秒と待たずテオドールが入った。部屋から飛び出し、周囲を警戒しつつ先を急ぐ。
すでにほとんどの敵を制圧し、捕まっていた人々の救助も成功した。ここまでは順調。ただ一点、気がかりなことがある。
(誰がテオを殺害したのか、分からない)
合流したジャスパーにも聞いてみたが、テオドールほど強い者とは会わなかったらしい。
言い表せぬ不安を抱えたまましばらく走ると、目的の部屋が見えてきた。わずかに開いていた扉から、ジャスパーと共に突入する。
気味の悪い部屋だった。硬い床と石壁、低い天井に、所々飛び散ったような黒い跡がついてる。奥に設置された机を漁っていた男が、慌てた様子でこちらに短剣を向けた。
「……カルマン卿」
「また貴方たちですか。一体どれだけ……私の邪魔をすれば……」
カルマンは夜会の日よりも顔色が悪かった。悪夢を見続けているのだろう。
すぐに取り押さえようと思ったのだが、問題が起きた。
広くて薄暗い倉庫の中を捜査官たちが駆け抜ける。何度か剣がぶつかり合う音が聞こえた。
奥に進むと、木箱と樽が並んでいる場所があった。見取り図の通りだ。
ララの体で駆けるテオドールが怪しく笑う。
「――アル、ぶっ壊してやれ」
先陣を切っていたアルバートがさらに加速し、背中のホルダーから二本の斧を抜いた。
宣戦布告のような派手な衝撃音と共に木箱が粉砕され、木片が飛び散る。隠されていた床があらわになった。
「みーっけ」
ジャスパーが足で木片を退かせ、床の扉を開けた。地下が騒がしい。敵襲だと気付いたのだろう。
アルバートとヒューゴに地上を任せ、他の捜査官がなだれ込むように地下に降りた。湿り気に満ちた通路。鼻をつく臭い。
カルマンに雇われた者たちが道を塞ごうと武器を振り回すが、テオドールはそれをいなして突き進む。
先にやらねばならない仕事があるため、敵の捕縛はフロイドたちに任せた。
「あの部屋だ」
一室に入るなり、待ち伏せていた三人の男を気絶させた。周囲に敵がいないことを確認し、テオドールが体から出る。
ララは壁際に置かれた金庫に近付いた。この中に牢屋の鍵があるはずだ。金庫に意識を集中させる。複雑なつくりではなかったため、解錠に苦労はしなかった。
中身を確かめると、リング型のキーホルダーが二つ保管されていた。どちらにもジャラジャラと大量の鍵がついている。牢屋用と足枷用だろう。
鍵がこすれ合う音に混ざって、走ってくる足音が聞こえた。扉に視線を移して身構えたが、現れたのはフロイドだった。
「局長、ララさん、こっち片付きました。金庫は――」
「開きました」
「早ぁ」
「ララさんが泥棒だったら捜査大変っすね」と苦笑いを浮かべるフロイドに、鍵を託す。
「起爆スイッチが入った金庫も、大泥棒になったつもりで開けてきます」
「お願いします。俺らは捕まってる人助けてくるんで、後で合流しましょう」
「はい。お気をつけて」
フロイドと別れたララとテオドールは、起爆スイッチの保管部屋に忍び込んだ。金庫への信頼からなのか、警備が手薄だ。
テオドールに見張りを頼み、ララは金庫と向かい合う。
ダイヤルを回して解錠すると、中には違う種類の金庫が入っていた。
今度は鍵穴があるタイプだったため、ピッキングをした。大きな声では言えない特技である。ガチャリと開いた金庫の中を見て、ララは目を丸くした。
(また金庫……。大きさ的に、これが最後だと思うけど……)
連続した八桁の数字を入力すると開くものだ。単純な仕組みだが、油断すると時間がかかるかもしれない。
早く開けてしまおう、と気合いを入れた時だった。
「――多分これだよ」
横から伸びてきた小さな手が、一つ目の数字を入力した。
「あれ? 押せた……?」
「押せ、ましたね」
小さな手の主とララは顔を見合わせる。濃紺の髪と瞳に、泣きぼくろ。
ちょっとばかりびっくりしている様子の彼は、カルマンに憑いている幽霊少年だ。
「……お嬢さん、僕の声聞こえてる?」
「はい。はっきりと」
これまでの人生で彼の声が聞こえたのは一度だけ。物に触れているところを見たのは今が初めてだ。
なぜ急に? と疑問が湧く。しかし――、
「へえ。そういうことか」
困惑するララの前で少年は頷き、一人で納得している。
「僕、この倉庫が大嫌いなんだ。だから死んでからは入ったことがなかったんだけど……ここでならお嬢さんと話ができるし、物にも触れられるみたい」
彼がこの場所を嫌う理由は明白だった。
「……ここであなたは、亡くなったのですね」
「そう。正確には殺されたんだけどね。カルマンに」
少年はあっさりとした口調で話すが、瞳には深い闇を宿していた。容姿は子供だが、思考は成熟している。生きていれば自分より年上だったのかもしれない。
二つ目の数字を入力しながら、少年は続けた。
「あの男は後悔も反省もしていない。僕が死んだのはもう何年も前の話だけど、いまだに許せないんだ。だから復讐するための力を与えられたんじゃないかな。恨みが詰まったこの倉庫限定でね。……まったく、神様は平等なのか不平等なのか」
三つ目、四つ目、五つ目と、迷いなく数字が入力されていく。
「悲劇を終わらせる時がきたんだよ」
六つ目、七つ目。
「なぜあなたは、解錠方法をご存じなのですか?」
「同じ金庫がカルマン邸にあるんだ。あの男が設定する数字はいつも変わらない」
少年が最後の数字を入力すると金庫が開いた。ララは無意識に八桁の数字を読み上げる。
「……日付のようですね」
「カルマンが殺しの快楽を覚えた記念日。忘れられぬほどの興奮に身を落とした日。――僕の命日だ」
あまりにも重い現実に言葉を失った。何を言ったところで少年は生き返らない。自分にできるのは、霊の声を拾うだけだ。笑い声でも泣き声でも、受け止めるしかない。
ララは少年が金庫から出した起爆スイッチを受け取った。即座に操作し、全機能を停止させる。これで捕らわれた人々が爆破に怯える必要はなくなった。
ふう、と息を吐いたところで、ララの元に通信が入った。
――ジー、ジジッ。
『マックスです。牢屋の中にいた人は救出しました。地上に第二騎士団の応援が到着しているようなので預けてきます』
「分かりました。余裕があれば魔道具を首から外してあげてください」
機能を停止させたことを伝えると、マックスの声が一段明るくなった。
『フロイドたちが捕らえた傭兵を見張っているので――え、変わるんですか? いや、自分のでっ』
通信機の向こうがガヤガヤしている。耳を澄ませて待っているとジャスパーの声がした。マックスの通信機を奪ったようだ。
『ララ、あたしよ』
「どうされたんですか?」
『カルマンが例の部屋に向かったみたいなの』
ララはピタリと動きを止めた。
例の部屋とは、人身売買の契約書がある部屋だ。そこに行けば、事件の元凶を捕らえられる。
「すぐにテオと向かいます」
『あたしも行くわ。途中で合流しましょ』
通信を終えたララの体に、数秒と待たずテオドールが入った。部屋から飛び出し、周囲を警戒しつつ先を急ぐ。
すでにほとんどの敵を制圧し、捕まっていた人々の救助も成功した。ここまでは順調。ただ一点、気がかりなことがある。
(誰がテオを殺害したのか、分からない)
合流したジャスパーにも聞いてみたが、テオドールほど強い者とは会わなかったらしい。
言い表せぬ不安を抱えたまましばらく走ると、目的の部屋が見えてきた。わずかに開いていた扉から、ジャスパーと共に突入する。
気味の悪い部屋だった。硬い床と石壁、低い天井に、所々飛び散ったような黒い跡がついてる。奥に設置された机を漁っていた男が、慌てた様子でこちらに短剣を向けた。
「……カルマン卿」
「また貴方たちですか。一体どれだけ……私の邪魔をすれば……」
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