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第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方

45.また言った。愛してるって、また言った

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 テオドールの言葉を、ララは頭の中で繰り返す。

 ――俺が君を、愛しているからだ。

「…………はぇ?」

 耳が故障したようだ。きっとそうだ。

「君を愛しているから、君が一人で泣いていた時にそばにいれなかったことを悔やんでいる」

 また言った。愛してるって、また言った。

「返事はしなくて良い。というかするな。俺がすっきりしたくて言っただけだ」

 先ほどまでのキザな仕草は幻だったのだろうか。立ち上がったテオドールは、すでにケロッとしている。
 だが間違いなく言った。彼は『愛している』と言ったのだ。

(……グラント卿が、私を?)

 口を半開きにしてぴくりとも動かなくなったララの顔を、テオドールが覗き込む。

「そんなに驚くか?」

 軽く肩を叩かれ、やっとララは現実に戻ってきた。眉をハの字にしてテオドールを見上げる。だが心臓の辺りがむずむずして目を合わせられない。

「ひ、ひ、非常に、申し上げにくいので、ございまするが」
「久しぶりに容疑者みたいな顔してるな」
「グラント卿のお気持ちは、その、……勘違い、なのでは」
「そうきたか」

 失礼な発言を気にした様子もなく、テオドールはくつくつと喉を鳴らす。

「どうして俺が説教の最中、君を抱きしめてたと思う?」
「え? 罰……」
「下心に決まってるだろうが」
「ひいぃ」
「一割冗談だ」
「……割合、おかしくないですか……」

 表情がころころ変わるララを見て、テオドールは肩を揺らし続ける。遊ばれている。完全に遊ばれている。

「話を聞こう。どうして勘違いだと思うんだ? 構うのを抑えていたからか?」
「抑えて……? い、いえ。私にはもったいないくらい、甘やかされていると思います」
「じゃあ、なんでだ」

 テオドールの綺麗な顔がずいっと迫ってきて、ララはのけぞる。自分で理由を話すのは虚しいのだが、言うしかあるまい。
 
「だってグラント卿には……私しか、いないではありませんか」

 きょとんとしたテオドールから、半歩ほど距離をとる。
 姿が見えるのも、テオドールの姿で会話ができるのも、体を貸せるのもララだけだ。完全無欠のように思えるテオドールでも、他に誰とも話せない孤独な状態では、感覚が麻痺してしまうに違いない。ほぼ二十四時間一緒に過ごしているのだから、なおさら。
 
「つまり君は、死んだ俺には君しか選択肢がないから、恩やら他の情やらを恋心だと勘違いしている、と言いたいわけだな?」
 
 言いたいことを理解してくれたようだ。ララはこくこくと頷く。
 どうか正気に戻ってください、と願ったのだが、テオドールは口元を緩めただけだった。

「君の鈍さは気持ちを隠したい時にはありがたかったが、伝えようとすると手強いな」

 手強い、なんて言いつつ、少しも困っていなさそうである。何を考えているのだろう。いぶかしげな顔をしていると、テオドールがこちらをじっと見てきた。ララはまた目を合わせられなかった。

「俺が君を好きになったのは、死ぬより前の話だ」
「……なんですと?」

 死後の時間が彼を精神的に追い詰めたのだと思ったのに。

「君には婚約者がいたからこの気持ちは墓まで持っていくつもりだったんだ。まさか棺桶に入った状態で伝える機会を得るとは」
「で、でも……生前ならもっとたくさんの方と」
「何千何万の生物がいても、俺が欲しいのは君だけだ」
「ぐっ、……では、……仕方がなく私、というわけでは、ないのですか……?」

 両手で顔を隠す。自分で聞いておきながら、ますますテオドールの目が見られなくなってしまった。指の隙間から見える彼の表情が、自分の言葉を肯定していると分かるから。

「俺が初めて研究室に行った時のこと、覚えてるか?」

 もちろんだとも。一生忘れない。半透明なテオドールとの出会いは。

「確か、早朝にグラント公爵家のお屋敷に戻って、その後で開発局に来られたんですよね?」
「ああ。あの時、『開発局に向かいながら今後について考えていたら、君の体質を思い出した』って言っただろ?」
「はい。私の体質を思い出したから、仕事のお手伝いを依頼しに……あれ?」

 手を顔から離す。改めて考えると、順番がおかしい。
 テオドールが仕事を依頼するために自分の元に来たのなら、『君の体質を思い出したから開発局に来た』と言うはずである。だが彼は、『開発局に向かう途中で体質を思い出した』と言う。
 テオドールの顔を盗み見ようとして、ばっちり目が合ってしまった。――どうしよう。

「俺は仕事の手伝いを頼みに開発局に行ったんじゃない。初めから俺の目的は、だった。……もう意味分かるだろ」

 どうしよう、どうしよう。

「たとえ君に霊が見えなくても、俺は君を求めて開発局に行った」

 溢れ出した彼の心を。

「俺の本当の願いは、最後の時間を君の隣で過ごすことだった」

 ――知ってしまった。

「ここまで言っても、どうせ君は『自分には好かれる要素がないのに』とか思うんだろ?」
「うっ」

 大正解である。

「俺からすると、ララには好きにならない要素がないんだがな」
「それは取り憑かれてますね」
「感性が絡むから説明が難しいんだ」
「どういう意味ですか?」
「んー……。……例えば俺が、『君の白くて柔らかい肌が、噛みつきたくなるほど恋しい』と、言ったとする」
「ひょえ」

 やっぱり取り憑かれている。
 テオドールが「例えばだって」と念押ししてくるが、不意打ちを食らったせいで火照った頬を誤魔化せない。刺激の強い言葉を不快に感じない自分がふしだらな気がして、恥ずかしくなる。

「俺が白い肌が好きだと言えば、君は『じゃあ日焼けした自分だと、好きになってもらえないのか』と思うだろ?」

(確かに、思うかも)

 素直に頷くと、テオドールの指先に頬を撫でられた。彼が触れたところに、さらに熱が集まる。

「だが俺は、君が相手なら白でも健康的な小麦色でも愛おしく感じるわけだ。今だって君は決して白とは言えないくらい真っ赤だが、可愛くて仕方がない」

 極上の笑みを浮かべたテオドールを前に、ララは口をぱくぱくさせるだけだ。揶揄われている気がしないでもないが、言い返せない。余裕がない。

「別の例で話そう。俺が『魔道具を作ってる君が好きすぎて、ずっと腕の中に閉じ込めておきたい』と言ったとする」
「んぅぅ」
「その場合君は、『好かれているのは自分が魔道具を作れるからで、魔道具を作らなくなれば見放される』と考えるだろ?」

 テオドールはこちらの思考回路を完全に理解しているようで、的確に考えそうなことを当ててくる。

「だがそうはならないわけだ。君が魔道具作りをやめたら、空いた時間の全てを俺が独り占めしたい。もし他にやりたいことを見つけたのだとしたら、誰よりも応援して一番の理解者になりたい」
「そうなったら、あなたの役に立てなくなります」
「問題ない。俺が好きなのは役に立つ君じゃなくて、ただの君だからな」

 ああ、助けて。頭がくらくらする。

「じゃあ次だ。『花が咲いたような君の笑顔が、狂おしいほど好きだ』と言ったら、どう思う?」
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