エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を

杏野 いま

文字の大きさ
上 下
43 / 76
第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方

43.黒と赤の密会(2)【テオドール視点】

しおりを挟む
「……あの男が、ララをそうさせたのか」

 チェスター・カルマン。あの男が近くにいなければ、ララが自分を責め続けることはなかった。家族のとの関係が今ほど拗れることもなかったはずだ。
 何度心無い言葉を浴びせられてきたのだろう。どれほど涙を流したのだろう。

「今すぐララを甘やかしたい」
「声出てるわよ」
「出してるんだ。もう遠慮するのはやめる」

 別れが近いからとか、ララを困らせるとか。そんなことを気にしている場合ではなかった。
 困れ。悲しめ。だが同時に、認めさせる。
 彼女の体質が特別であることを。彼女が愛されていることを。

 進むべき道が見えた。テオドールは小さく息を吐く。その間ジャスパーは、首元のゴーグルを触ったり離したりを繰り返していた。

「何年も一人で耐え続けてきたララの覚悟を無視して、あたしが手を貸すのは違うと思った。あの子の望みは普通になることで、最も恐れていたのは、カルマンに婚約破棄されることだった。……あたしにはあの子の望みを、壊せなかった」

 ジャスパーは友として、ララの望みを叶えたかった。彼女に笑顔でいてほしかったのだろう。だからカルマンがいかにクズであったとしても、ララが望むならば黙って見守ろうと考えた。

 ジャスパーは己の正義とララの間で、人知れず苦しんでいた。

「結局婚約破棄されたから、あたしの選択はララを傷つけるだけになっちゃった」

 俯いたジャスパーが、片手でゴーグルを握りしめる。
 
「ララのこと黙ってて悪かったわ。……でも、これだけは信じて。あたしね」

 ――ずっとあの子の、助けになりたかったのよ。

 聞きたかった答えが聞けた。テオドールは呆れたように笑い、ジャスパーの頭を小突く。
 
「それを最初に言え」

 自分とジャスパーはどちらも選択を誤ったが、目的は同じだった。それならば、今後動きやすい。

「チェスター・カルマンを終わらせる」

 簡潔に言えば、ジャスパーが目を輝かせた。数秒前の大人しさが嘘のように生き生きとしている。

「その言葉を待ってたのよ! やるわよ! 完膚なきまでに! 潰す!」
「お前、そんなに嫌いだったのか」
「あったりまえでしょ⁉︎ 何回あいつの抹殺計画立てたと思ってんのよ! あんたは知らないでしょうけどね、ララは顔を殴られたこともあるのよ? それなのにあの子、絶対にカルマンにやられたって言わないの。『転んじゃって』って笑うだけ。そんなはずねーだろって思いながら化粧で隠してあげたあたしを褒めたたえてくれても良いんじゃないの?」
「……カオヲ、ナグッタ……?」
「あ、やば。褒めてほしかったのに雷落とされそう。落ち着いて、ララの顔に怒られるのはきついから勘弁して」
「そうだ、呪い殺そう」
「名案みたいに言ってもダメよ。テオならできそうだけどさぁ。直接手を下したらララが困るでしょうよ」
「もう良いんじゃないか。ララの前から消せれば何でも」

 ララを自分のこと以外で困らせるのは本意ではないが、発言自体は半分以上本気である。

「ララに関する噂も、どうせあの男が流したものだろ」

 以前聞いた話だと、ララが霊と話をした現場を目撃したのはカルマンと数人の子供だけだったはずだ。当時のララが九歳だったということは、カルマンの歳は十七。いくらでも噂をコントロールできたわけだ。

「社会的に抹殺するには、証拠が必要か……」

 ララの腕の痣はもうじき完治するし、証拠にはならない。
 ジャスパーに腕の痣を見せると、「山にするか、海にするか……」と遺体の隠し場所を思案し始めたため、相当頭にきているようだ。

「あいつ絶対後ろ暗いことやってるでしょ。ララの件以外にもさ。調べればいくらでも出てくると思うし、仕立て上げてでも地獄に落としてやるわ。ぐふふ、腕が鳴るぅ」

 並々ならぬやる気を出すジャスパー。心なしか肌ツヤが良くなった気さえする。気持ち悪いやつだ。

「ただ、情報を掴んでから動くとなると、テオが神の元に帰るまでには間に合わないわね。やるからには徹底的に調べ上げてからにしたいし。どうする?」
「あの男を完全に消すのは俺がいなくなってからでも構わないが、ララの件を解決するのは早めが良い。安心して離れられないからな」
「このまま残るって選択肢はないの? ララから聞いてると思うけど、霊って割と自由に残ってるらしいわよ」
「それは、――ないだろうな」

 霊体このからだでは、ララを守れない。物理的にも立場的にも、盾になってやれない。

「ふーん。……ま、あたしは二度と会えないと思ってたテオとこうやって話ができたから。これ以上は望まないわ。希望通りカルマンは必ず潰す。手始めに、あいつがララから奪った他者との繋がりを奪い返してやるわ」
「やり方はお前に任せる」
「そう? じゃあ、『妖精のたわむれ』ってところかしらね」
「悪魔の間違いじゃないのか」
「失礼ねぇ、最初は軽めにするわよ。一回で終わらせるなんてもったいないもの。……やっとララを、堂々と助けられるのに」

(お前が羨ましい、なんて思う日が来るとはな)

 決して口には出さない。だから思うだけは許してほしい。
 この先もララの隣に立つ権利のあるジャスパーが。……ヒューゴが、アルバートが、マックスが、フロイドが。

 ――ただひたすらに、羨ましい。

 テオドールは何食わぬ顔でジャスパーと会話を続けた。カルマンに何体もの霊が憑いている話や、ララと親しい子供の霊がいた話を。

 そうしているうちに、次第に夜が深くなってきた。
 立ち上がって窓を開けると、夏の夜風が髪を揺らした。終わりの時が、近付いている。

 今だけは、残された時間だけは。
 彼女の隣を、譲らない。

「時期を見て動け、ジャスパー」

 夜空からジャスパーに視線を移す。
 弧を描いた親友の口元が、歌うように動いた。

「――了解」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

大嫌いなんて言ってごめんと今さら言われても

はなまる
恋愛
 シルベスタ・オリヴィエは学園に入った日に恋に落ちる。相手はフェリオ・マーカス侯爵令息。見目麗しい彼は女生徒から大人気でいつも彼の周りにはたくさんの令嬢がいた。彼を独占しないファンクラブまで存在すると言う人気ぶりで、そんな中でシルベスタはファンクアブに入り彼を応援するがシルベスタの行いがあまりに過激だったためついにフェリオから大っ嫌いだ。俺に近づくな!と言い渡された。  だが、思わぬことでフェリオはシルベスタに助けを求めることになるが、オリヴィエ伯爵家はシルベスタを目に入れても可愛がっており彼女を泣かせた男の家になどとけんもほろろで。  フェリオの甘い誘いや言葉も時すでに遅く…

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」 *** ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。 しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。 ――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。  今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。  それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。  これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。  そんな復讐と解放と恋の物語。 ◇ ◆ ◇ ※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。  さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。  カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。 ※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。  選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。 ※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

処理中です...