エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を

杏野 いま

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第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方

39.ララにだけ届く声

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「――局長の読み通り、めちゃくちゃ降ってきましたね」

 フロイドが窓の外を確認し、出来立てのパスタを頬張る。

 一時間ほど前、空を見上げたテオドールが「一雨きそうだな」と言い出したため、今日の作業は終わりになった。
「もっと切り倒したいのにぃ」と口を尖らせたアルバートは、子供たちに負けないくらい可愛らしかった。本当にテオドールと同い年なのだろうか、と、改めて疑う。

 ちょうど昼時だったこともあり、ララたちは町のレストランに入った。メニュー表を眺めていたところ、雨が降り始めたのである。それも、滝のような雨が。
 ララは雨音を聞きながら、運ばれてきたばかりのキッシュを一口サイズに切った。適度な焦げ目とチーズの香りが食欲をそそる。フォークで口に運ぼうとした、その時――。
 バンッと音を立て、店の扉が勢いよく開いた。

「ニーナとコリンが家に帰ってきてねえらしい! 誰か見てないか?」

 先ほどまで一緒に伐採を行っていた男性が、ずぶ濡れで店に入ってきた。
 店内の人間は皆首を横に振る。

「……そうか、ここでもねえか」
 
 顔を曇らせて再び出ていこうとする男性に、ララは駆け寄った。彼が探している人物の名前に、聞き覚えがあったからだ。

「あの、子供たちが帰っていないというのは」
「捜査局のお嬢さんか。さっきまでお嬢さんに遊んでもらってた子供なんだが」
「サーシャ様のお孫さんですか?」
「そんなことまで知ってるのか。あの二人が家に帰ってないみたいでな。晴れてりゃ問題ねえんだが、この雨だろ?」

 依然として止む気配のない雨に、不安な気持ちが押し寄せる。

「心配ですね。私も探してみます」
「いや、でもお嬢さんは、貴族――」
「貴族ですが捜査官です。それに、子供を放っておくなんてできません」
「……草抜いてる時も思ってたけど、変わってんなぁ。……二人の捜索、頼めるか?」
「お任せください」

 男性を先に送り出し、ララはアルバートとフロイドの方に振り返る。すると二人は外に出る準備を終えていた。

「ララさん、止めても探しに行きますよね」

 挑戦的に笑うフロイドは、ララの答えを知っているようだ。
 
「はい」
「それでこそうちの新人っす。雨も心配ですけど、風も強いんで吹っ飛ばされないように。あと何かあった時は、すぐ局長を体に入れてください。頑丈になるんで」

 テオドールの扱いがそこそこ雑である。しかし心配されていることは分かるため、ララは承諾した。小走りで席に戻り、床に置いていたトランクを手に取る。

(汗拭き用で持ってきたタオルが入ってるし、一応これも持って行こう)
 
「それじゃ、新しい情報が入った時はイヤーカフで連絡を」
「承知しました」
「オッケー!」

 フロイドの言葉にララとアルバートが頷き、三人は店から飛び出した。



 




「ニーナさまー! コリンさまー!」

 ララは子供の名前を呼びながら町を走る。住民たちは建物の中に避難しているようで、ほとんど人の姿がない。これでは目撃情報も期待薄だ。
 打ち付ける強い雨と、次第に近くなる雷鳴。空が光る度に肩が跳ねるが、それでも足は止めなかった。

「大丈夫か、ララ」

 時折そう尋ねてくるテオドールが、ララの支えだった。

「ありがとうございます。グラント卿がいてくださるので、私は大丈夫です。建物の中にも二人はいませんか?」
「ああ。ざっと見てきたが、どこかで休んでるわけでもなさそうだ」
「そうですか……」

 この辺りにはいないのだろうか。そっと左耳のイヤーカフに触れる。けれどもアルバートやフロイドから連絡はない。

 ――っ、ララちゃ――。

「……ん?」

 通信ではないが、ララの耳に声が届いた。

「どうした?」
「今、声が……」
 
 雨音が大きくて、よく聞こえない。だがテオドールに聞こえていないのならば、おそらく間違いないだろう。
 ここで初めて足を止め、周囲の音に耳を澄ませる。

 ――っ、ララちゃん――。
 ――けてっ、ララちゃん!

「――助けてっ、ララちゃん!」

 ララはガバッと顔を上げ、声が聞こえた方向に走り出す。

「グラント卿、サーシャ様が私を呼んでおられます!」
「子供たちについては」
「おそらく居場所をご存知だと。ただ、サーシャ様は助けを求めていらっしゃいますので……」
「分かった。情報が入り次第アルたちに連絡を」
「はい! サーシャ様、ララです! どちらにいらっしゃいますか!」




 ララがサーシャの名前を呼び始めてから彼女に会うまで、そう時間はかからなかった。

「ララちゃん助けておくれ! ニーナとコリンが!」

 家をすり抜けて現れたサーシャは、今にも泣き出しそうな顔をしていて。彼女の最愛の身に何かが起こったのだと、簡単に理解できた。

「サーシャ様、お二人がお家に帰っていないと聞きました。何があったのですか?」
「ガ、ガルム川に架かってる橋が一部崩れて、あの子たちが川に落ちたんだ。風で倒れた木に捕まってるんだけど、流れが速くて。一緒にいたのに、私には何もできなくて……!」

 祈るように顔の前で手を組み合わせるサーシャ。震えるその手を、ララは両手で包みこんだ。テオドールと違って触れられないが、触れているつもりで力を込める。

「必ず助けます」

 誓うようにつぶやいたララは、ガルム川を目指して足を動かす。
 右耳に触れ、イヤーカフを起動させた。

「ララです。子供たちがガルム川に落ちたとの情報が入りました。橋が一部破損したそうです。今現地に向かっていますので、応援をお願いします」

 通信を切ったララに、隣を走るテオドールが目配せをする。

「アルとフロイドは」
「アルバート様は川に向かってくださるとおっしゃっていました。フロイド様は救助船を出せるか確認されるそうです」
「この雨だと、出せても時間がかかりそうだな」
「はい。……どちらにせよ、状況を確認しないと」

 二人は頷き合い、ガルム川へ向かった。
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