エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を

杏野 いま

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第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方

32.初めての巡回(3)

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 戻ってきたフロイドの案内でララたちが向かった場所は、倉庫街と呼ばれる一角だった。通路を挟んで両脇に、同じような赤レンガの建物が延々と続いている。
 大きな荷物を軽々と運ぶのは、袖を肩まで捲り上げたガタイの良い男性たちだ。

「周りの建物は、全て倉庫なのですか?」

 ララが疑問を漏らせば、テオドールがすぐに教えてくれた。

「ああ。輸出入倉庫だ。船に積んで帰ってきた資源なんかを、ここで一定期間保管する」
「グラント卿はなんでもご存じなのですね」
「買い被りすぎだ。死んだから予定が狂ったが、そろそろこの辺にも顔を出そうと思ってたんだ。だから軽く情報は入れてた」
「あ、そういうことでしたか」

 植物園についてもだが、テオドールは色々なことを調べているらしい。そうでなければ仕事にならないのだろう。
 ララが納得したところで、倉庫から一人の男性が出てきた。ジャケットを羽織っており、他の従業員たちよりも整った身なりをしている。テオドールが言うには、男爵家の四男だそうだ。
 だが彼の身分よりも、ララには気になることがあった。引きつりそうになる表情をなんとか誤魔化す。

(霊が、多い……)

 男性が扉を開けた瞬間、倉庫から数人の霊が飛び出してきたのだ。
 こんなにたくさんの霊を一度に見たのは久しぶりである。霊の容姿から他国の者が多いと思われるが、年齢や性別はバラバラだ。

 小走りでこちらに来る男性に意識を集中させるものの、視界が非常に賑やかである。

「何か、事件でもあったのですか?」

 イーサンと名乗った男性が呼吸を整えながら聞いた。糸のように細い目と背中に乗った霊が印象的である。彼は倉庫の管理を一部任せられているらしい。
 やや不安そうなイーサンに、マックスはいつも通りの人懐っこい笑顔を向ける。

「驚かせてすみません。ちょうど近くを巡回してたので寄らせてもらっただけなんです」

 事件ではないと分かり安心したのか、イーサンの表情がやわらいだ。マックスは相手の緊張を解すのが上手い。

「この辺は海が綺麗で眺めが最高ですね。町にも活気がありますし」
「そうでしょう? 夜は船の出入りや人通りが一気になくなって静かになるので、その違いもまた良いんですよ。他にも――」

 朗らかに続くマックスたちの会話に耳を傾けるララだが、視界に入る霊がやはり気になる。
 フロイドが会話に加わった隙に、ララは後ろを向いてテオドールに小声で話しかけた。

「グラント卿、怖くないですか?」
「何がだ?」
「霊ですよ、霊」

 見慣れている自分ですら動揺する人数だ。王城でたまに霊とすれ違うくらいのテオドールには、刺激が強いはず。そう思ったのだが、彼からは予想とかけ離れた答えが返ってきた。

「霊? どこにいるんだ?」

 テオドールは目を凝らすように眉間に皺を寄せる。
 どこにも何も、霊ならその辺を飛び回っているではないか。ついでに言うと、先ほどからテオドール、フロイド、マックスの体を何度もすり抜けている。それなのにテオドールは、避けもしない。……つまり。つまりだ。

「もしかしてあなた、霊なのに霊が見えないのですか⁉︎」
「……ここに霊がいるなら、そうなんだろうな」

 そんなことある? と、ララは絶句する。
 彼が霊とすれ違っても無反応だったのは、興味がないだけだと思っていた。だからララも、特に何も言わなかったのだ。
 まさか存在に気付いていなかったとは。
 飛び回る霊たちもまた、テオドールを認識していないように見える。お互いに見えていないのだ。

(それなのにグラント卿は、私相手だと接触することも可能、……と)

「あなたは霊としての能力値の振り分けを、間違えたようですね……」
「悲しそうな顔で言うんじゃない」

 テオドールが不貞腐れている。その様子が珍しくて、少し可愛いかも、なんて思ってしまう。言ったらさらに拗ねられるだろうから、黙っておこう。

「そもそも、君には霊がどんな風に見えてるんだ?」
「生きている人間とあまり変わりません。霊は空を飛んだり、物をすり抜けたりしてるくらいで」
「じゃあ霊が普通に歩いてたら、君には生きてる人間に見えるのか? あー……、だから昔は見分けがつかなかったのか」
「そうです。今は目を切り替えられるようになったので、基本的に霊は透けて見えますが」

 改めてテオドールを観察してみた。磨き上げられた革靴。耳元で光るイヤーカフ。

「グラント卿のことは特にしっかり見える気がします。着ていらっしゃる制服の刺繍とか、左頬にある小さなホクロも」
「よく見えるもんだな」
「ええ。なので生きている人間も霊も、私にとっては同じようなものです」

 同じだからこそ、こうも大量に空を飛ばれると困るのだ。
 霊たちと会話を始めてしまうと仕事にならないため、ララはできるだけ目を合わせないようにする。

 そうこうしているうちにも、イーサンとマックスたちの話は進んでいたようで――。

「中も案内しましょうか? 私が管理している倉庫の一部だけになりますが」
「ぜひ!」
「やりぃ」

 いつの間にか、倉庫に入れることになっていた。
 中には他国から輸入した素材や道具もあるのだろうか。魔道具作りの参考になるかもしれない。ララが胸をときめかせていると、イーサンが微笑んだ。

「今日は商談のために他のお客様も来られていますので、鉢合わせた場合はご紹介しますね」

 ララはイーサンに、さりげなくカフスボタンを向ける。記録の練習をするためだ。会話も実践あるのみだと考え、話題を振ってみることにした。

「イーサン卿。お客様とは、他国の方もいらっしゃるのですか?」
「ええ。貿易は他国あってのものですから、色々な国から海を渡って来られますよ」
「交流の場にもなって素晴らしいですね。資源が豊富な国もあると聞きますが、こちらではどのような物の取り引きをされているのですか?」
「うーん、……代表の好みによって差が出ますね。うちの代表の場合、最近では船の契約もありましたし」
「……船?」
「珍しいでしょう? 他国のものだとオルティス造船の技術には遠く及ばないのですが、取引き次第で安く手に入るみたいで」
 
 ララは巡回の際、『新人捜査官のララ』としか名乗らなかった。イーサンのような貴族と出会う可能性があったからだ。それゆえにイーサンは、ララがオルティス家の人間だと気付いていない。
『船』と聞いたララの全身に、嫌な予感が走る。オルティス家の船を必要としなくなった人間を、ララは一人だけ知っていたから。

「あの、イーサン卿。こちらの代表の方というのは……」
「カルマン伯爵家のご次男、チェスター様ですよ」
「んぐっ」

 嫌な予感が当たってしまった。ララは頭を殴られたような衝撃を受ける。

(カルマン卿が、イーサン卿の上司ということ?)

 カルマンが貿易関係の仕事をしていることは知っていたが、こんな場所で名前を聞くとは思ってもみなかった。
 しかし彼が近くにいると仮定すると、今の状況が腑に落ちる。霊が異常に多いのはカルマンの体質によるものだろう。
 難しい顔で考え込むララを前に、イーサンが首を捻った。
 
「チェスター様がどうかされましたか?」
「い、いえ。私は貿易事業についての知識が全くないので、カルマン卿は凄いお方なのだなと。まあ、何も知らないのですが。本当に、知らないのですが」
「それはもう、かなりのやり手ですよ。今も商談中のはずです。ここ数日は寝不足なようなので、少々心配ですが」
「お身体の具合が悪いのですか?」
「そこまで酷くはないと本人が言っていました。きっと仕事の疲れが出ているのでしょう」
「そう、ですか」

 ふいに婚約破棄された日に聞いた、幽霊少年の言葉が頭をよぎる。


 ――あいつは許さない。
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