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第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方

31.初めての巡回(2)

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「そんなもの、ありましたっけ?」
「はい。武器の素材や魔道具が不自然に流れてるとか、怪我した傭兵や異国の子供の目撃情報とか。ここでは言えない内容もいくつか」
「……話した覚えがないのですが」
「そりゃあ馬鹿正直に俺たちに情報を漏らしたら、報復される可能性がありますからね」
「みなさんが会話の中に隠して伝えていた、と?」
「と言うより、ララさんとの会話の中で彼らが無意識に情報をこぼしたので、それを俺たちが拾ったって感じです」

 まずい、全然気が付かなかった。

「どうしましょう。私、捜査官に向いてないかもしれません」
「新人のララさんに完璧にこなされたら俺たちが辛いんで勘弁してください。今日の巡回は楽しみましょうって言ったの俺ですし」

 確かに言われたが、マックスたちがちゃっかり情報を得ている時に自分だけ表面上の会話に必死だったと考えると情けなくなる。

「次は、もうちょっと頑張ります」
「そんなに気張らなくても……あ、そうだ。じゃあこれを使ってみましょう」

 マックスが閃いたように自分の袖口を指さす。そこについているのは、三日前にララが納品したばかりの記録用カフスボタンだ。ララの白衣の袖口にもついており、映像と音声を記録できる。

「使い方なら私も分かりますが」
「もちろん普通に使うだけなら、ララさんに敵う奴はいないと思います。でも、これで対象人物の声や動きを記録するって考えたらどうですか?」
「なんだか難しそうですね」
「そうなんです。『こいつの動きを記録してやる』って思えば思うほど、振る舞いが不自然になります。バレたら偽の情報を掴まされるかもしれませんし、仲間を危険に巻き込みます。潜入が得意な捜査官は、なんともないような顔で情報を引き出しますが」
「私にもできるでしょうか?」
「そこは実践あるのみです。局長に呪われそうなのでララさんを危険な所に連れて行ったりはしないですけど、ちょっとした会話を拾う練習をしておけば、今後役に立つと思います」
「なるほど」

 ララは早速カフスボタンに触れ、起動した。
 ――ブォン。

「これから会う方たちに怪しまれないように、記録をとってみます」

 今日の後半の目標が決まった。重要参考人と会うわけではないから、失敗しても許される。

「ララさんにとって記念すべき初巡回ですし、他にもたくさん記録しちゃってください。この魔道具使えるの、捜査官おれたちの特権なんで」

 おもちゃで遊ぶ子供のように、マックスがカフスボタンを空に向けた。対象物は入道雲らしい。
 現段階で記録用魔道具は、捜査官以外の使用を禁止されている。犯罪に使われる可能性を考えてのことで、破れば罰が与えられる。
 マックスの言う通り、今この瞬間を記録に残せるのは捜査官の特権なのだ。

「では、せっかくなので私は海を」

 ララはマックスの真似をしてカフスボタンを海に向ける。すると同時に、テオドールが体から出て隣に立った。

「どうかされたんですか?」
「いや、俺も海を見ておこうと思っただけだ」

 海を眺めるテオドールの横顔が、じりじりとララの網膜に焼き付く。
 半透明なはずなのに、何よりも鮮明に。
 儚いのに、力強く。

「……グラント卿が私の噂を覚えていてくださって、良かったです」

 気付けばララの口からは、そんな言葉がこぼれていた。

「どうしたんだ急に」
「だってあなたが仕事の依頼に来てくださらなかったら、私は開発局から出ることも、誰かとこうやって海を見ることもありませんでした」

 捜査局に入ることも、汗をかきながら木剣を振ることも、誰かを想って日にちを数えることも、なかっただろう。

「だから、ですね……」

 最後の時間を使って依頼に来てくれて、不器用で大きな優しさをくれて、忙しくて楽しい日々をくれて、――温かい繋がりをくれて。

「ありがとうございます、グラント卿」

 どうして今まで、伝え忘れていたのだろう。
 彼からもらったものはララにとって、全て宝箱に入れておきたいほど大切なのに。

 驚いたように固まったテオドール。その顔を見ていると照れ臭くなってきて、ララはへにゃりと笑った。
 
「ララ、俺――」
「フロイド帰ってきましたけど、話し終わりました?」

 何か言いかけたテオドールの声を、マックスが遮った。テオドールはマックスを睨みつける。

「こいつ、わざとやってるのか?」
「まあまあ。マックス様にはグラント卿の声が聞こえないんですから」
「それにしてもタイミングが悪すぎる。……邪魔が入ったし、そろそろ巡回に戻るか」

 どうやらテオドールは、続きを話す気がないらしい。

「そうですね」

 ララが返事をすると、マックスがこちらの顔色をうかがってきた。

「話、終わってなかった感じですか?」
「……ふふっ」
「あー……、次の訓練が怖い。逃げる練習しとこ」

 マックスは悟ったような顔をして空を見上げる。その隣で、ララは大きく潮風を吸い込んだ。

「ララさん、海好きなんですね」
「はい。海と空は好きです。色が……」

 そこまで言って、ララは首を傾げた。

(あれ……?)

「色がどうしたんですか?」
「い、いえ。なんでもありません」

 なんでもない。自分にとって、目の前に広がる青が、特別な色だというだけで。
 確かに今、そう思っただけで。
 
(私……いつからこんなに、この色が好きなんだろう)
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