30 / 76
第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方
30.初めての巡回(1)
しおりを挟む
地図を広げた日から数日が経った。
馬に乗ってカラフルな町を抜けると、輝く海に迎えられた。
「うわぁっ……!」
ララにとって初めての巡回は、王都から少し離れた港町、ルーウェンに決まった。
(とっても良い眺め)
遠くの海を進む船に、荷物が大量に積まれているのが見える。これから他国に輸送されるのだろう。
昼間の日差しが降り注ぐ眩しい海面と、港に仲良く並ぶ船。
「海も船も、久しぶりに見ました」
ララが思わず目を細めると、テオドールはララの体を操って馬から降りた。
「ふーん。……港には一緒に来なかったんだな」
彼は『誰と』とは言わなかった。けれどもララには、テオドールの言葉が元婚約者のカルマンを指していると分かった。そして同時に、違和感を覚える。
(もしかしてグラント卿、私とカルマン卿が親しかったと思っていらっしゃる……?)
まるでララとカルマンが港以外の場所には出かけていたと思っているような口ぶりだった。どこでそんな勘違いをしたのだろう。
(実際はカルマン卿と婚約者らしいことなんてしていないけど……そんな話しても、楽しくないし)
カルマンとのことは、もう終わった話だ。
最近はテオドールの件で奮闘していたため、カルマンについて考える時間がなかった。だからなのか、今の今まで彼の存在をすっかり忘れていた。暴言や暴力に耐えていた日々が、遠い過去のように思える。
知らぬ間に心に負った傷が癒えているようだった。
「両親となら領地の港に行ったことがあります。私の体質に気付いていなかった頃なので、十年以上前ですけど」
「当時はよく出かけてたのか?」
「はい。両親が設計した船を見るのが好きで。個人的には王都の植物園にも行ってみたかったのですが、噂が広まったせいで結局行けませんでした。確か、名前は……」
「ツェルソア植物園」
想像した名前を見事に言い当てられ、ララは目を丸くする。
「そうです。よく分かりましたね」
「……興味があって、以前調べたことがある」
テオドールが植物に興味があったとは少し意外である。仕事で調べたのだろうか。もしかしたら過去の事件に関することかもしれない。
頷くだけで深く聞かないでいると、馬から降りたマックスが近寄ってきた。今日の巡回はマックスとフロイドと一緒である。
「ララさん。次の予定まで時間があるので、他の場所にも行こうと思うのですが」
「分かりました。フロイド様はどちらに?」
馬に乗って駆けていくフロイドを見ながら、マックスに尋ねた。
「馬の繋ぎ場があるか見に行ってもらいました。俺たちも初めて行く場所なので、詳しくなくて」
テオドールは以前から非番の日に町を回っていたそうだが、捜査局として王都以外の巡回を始めたのは最近のことらしい。
「フロイドが戻ってくるまでここで待ってましょう。眺めも良いですし」
「そうですね」
「朝から走り回ってますけど疲れてないですか?」
「はい。乗馬は初めてですが、グラント卿がお上手なので私は楽しいだけです」
気づかってくれるマックスに笑って答える。
馬の上から見る景色は新鮮で、自分が知らない世界のようだった。
「楽しんでいただけてるようで安心しました。ララさん昨日まで激務だったので、へとへとになってないか心配だったんです」
マックスは頬をかき、「まあ、忙しかったのは俺たちが原因でもあるんですけど」と、付け足す。
「アロマのことですか?」
「はい……。騎士団の奴らにちょーっと自慢しただけのつもりが、あんなに食いつかれるとは……ララさんはただでさえ魔道具作りで忙しかったのに、さらに仕事を増やしてしまって」
「気にしないでください。仕事が多いのはありがたいです」
マックスとフロイドはララが作ったアロマが相当気に入ったようで、騎士団の知り合いに効き目を自慢したと言っていた。ララの名前に怯えない平民出身の騎士たちに話したらしい。
その話を聞いた翌日、アロマに興味を持った騎士たちから製作依頼が入ったのだ。
「騎士団の方にも効くと良いのですが」
「絶対効きます!……が、その場合、ララさんはもっと忙しくなります」
「ふふっ、覚悟しておきます。グラント卿も大丈夫ですよね?」
「ああ。俺は夜中に君の体を借りてるから問題ない」
「だそうです、マックス様」
「ララさんの体はずっと稼働してることになりますけど」
「心配ご無用です。魂が休んでいるので元気ですし」
それに朝目覚めた時、夜中にテオドールが済ませた書類が積まれているのを見ると、なんだか愉快な気分になるのだ。
「私にできることなら、なんでもお手伝いさせていただきます。……人と話すのは、もう少し訓練が必要ですが……」
港に来るまでに立ち寄った町で、ララは驚くほど多くの住民たちから話しかけられた。女性捜査官が珍しかったのだろう。
まだ人と話すことに不慣れなため、相槌を打つので精一杯だった。
「マックス様とフロイド様がいてくださらなかったらどうなっていたことか……ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「え? ララさんが聞き上手だったおかげで新しい情報入手できたんで、俺たちは大満足ですけど」
「え?」
(新しい情報?)
馬に乗ってカラフルな町を抜けると、輝く海に迎えられた。
「うわぁっ……!」
ララにとって初めての巡回は、王都から少し離れた港町、ルーウェンに決まった。
(とっても良い眺め)
遠くの海を進む船に、荷物が大量に積まれているのが見える。これから他国に輸送されるのだろう。
昼間の日差しが降り注ぐ眩しい海面と、港に仲良く並ぶ船。
「海も船も、久しぶりに見ました」
ララが思わず目を細めると、テオドールはララの体を操って馬から降りた。
「ふーん。……港には一緒に来なかったんだな」
彼は『誰と』とは言わなかった。けれどもララには、テオドールの言葉が元婚約者のカルマンを指していると分かった。そして同時に、違和感を覚える。
(もしかしてグラント卿、私とカルマン卿が親しかったと思っていらっしゃる……?)
まるでララとカルマンが港以外の場所には出かけていたと思っているような口ぶりだった。どこでそんな勘違いをしたのだろう。
(実際はカルマン卿と婚約者らしいことなんてしていないけど……そんな話しても、楽しくないし)
カルマンとのことは、もう終わった話だ。
最近はテオドールの件で奮闘していたため、カルマンについて考える時間がなかった。だからなのか、今の今まで彼の存在をすっかり忘れていた。暴言や暴力に耐えていた日々が、遠い過去のように思える。
知らぬ間に心に負った傷が癒えているようだった。
「両親となら領地の港に行ったことがあります。私の体質に気付いていなかった頃なので、十年以上前ですけど」
「当時はよく出かけてたのか?」
「はい。両親が設計した船を見るのが好きで。個人的には王都の植物園にも行ってみたかったのですが、噂が広まったせいで結局行けませんでした。確か、名前は……」
「ツェルソア植物園」
想像した名前を見事に言い当てられ、ララは目を丸くする。
「そうです。よく分かりましたね」
「……興味があって、以前調べたことがある」
テオドールが植物に興味があったとは少し意外である。仕事で調べたのだろうか。もしかしたら過去の事件に関することかもしれない。
頷くだけで深く聞かないでいると、馬から降りたマックスが近寄ってきた。今日の巡回はマックスとフロイドと一緒である。
「ララさん。次の予定まで時間があるので、他の場所にも行こうと思うのですが」
「分かりました。フロイド様はどちらに?」
馬に乗って駆けていくフロイドを見ながら、マックスに尋ねた。
「馬の繋ぎ場があるか見に行ってもらいました。俺たちも初めて行く場所なので、詳しくなくて」
テオドールは以前から非番の日に町を回っていたそうだが、捜査局として王都以外の巡回を始めたのは最近のことらしい。
「フロイドが戻ってくるまでここで待ってましょう。眺めも良いですし」
「そうですね」
「朝から走り回ってますけど疲れてないですか?」
「はい。乗馬は初めてですが、グラント卿がお上手なので私は楽しいだけです」
気づかってくれるマックスに笑って答える。
馬の上から見る景色は新鮮で、自分が知らない世界のようだった。
「楽しんでいただけてるようで安心しました。ララさん昨日まで激務だったので、へとへとになってないか心配だったんです」
マックスは頬をかき、「まあ、忙しかったのは俺たちが原因でもあるんですけど」と、付け足す。
「アロマのことですか?」
「はい……。騎士団の奴らにちょーっと自慢しただけのつもりが、あんなに食いつかれるとは……ララさんはただでさえ魔道具作りで忙しかったのに、さらに仕事を増やしてしまって」
「気にしないでください。仕事が多いのはありがたいです」
マックスとフロイドはララが作ったアロマが相当気に入ったようで、騎士団の知り合いに効き目を自慢したと言っていた。ララの名前に怯えない平民出身の騎士たちに話したらしい。
その話を聞いた翌日、アロマに興味を持った騎士たちから製作依頼が入ったのだ。
「騎士団の方にも効くと良いのですが」
「絶対効きます!……が、その場合、ララさんはもっと忙しくなります」
「ふふっ、覚悟しておきます。グラント卿も大丈夫ですよね?」
「ああ。俺は夜中に君の体を借りてるから問題ない」
「だそうです、マックス様」
「ララさんの体はずっと稼働してることになりますけど」
「心配ご無用です。魂が休んでいるので元気ですし」
それに朝目覚めた時、夜中にテオドールが済ませた書類が積まれているのを見ると、なんだか愉快な気分になるのだ。
「私にできることなら、なんでもお手伝いさせていただきます。……人と話すのは、もう少し訓練が必要ですが……」
港に来るまでに立ち寄った町で、ララは驚くほど多くの住民たちから話しかけられた。女性捜査官が珍しかったのだろう。
まだ人と話すことに不慣れなため、相槌を打つので精一杯だった。
「マックス様とフロイド様がいてくださらなかったらどうなっていたことか……ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「え? ララさんが聞き上手だったおかげで新しい情報入手できたんで、俺たちは大満足ですけど」
「え?」
(新しい情報?)
0
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
大嫌いなんて言ってごめんと今さら言われても
はなまる
恋愛
シルベスタ・オリヴィエは学園に入った日に恋に落ちる。相手はフェリオ・マーカス侯爵令息。見目麗しい彼は女生徒から大人気でいつも彼の周りにはたくさんの令嬢がいた。彼を独占しないファンクラブまで存在すると言う人気ぶりで、そんな中でシルベスタはファンクアブに入り彼を応援するがシルベスタの行いがあまりに過激だったためついにフェリオから大っ嫌いだ。俺に近づくな!と言い渡された。
だが、思わぬことでフェリオはシルベスタに助けを求めることになるが、オリヴィエ伯爵家はシルベスタを目に入れても可愛がっており彼女を泣かせた男の家になどとけんもほろろで。
フェリオの甘い誘いや言葉も時すでに遅く…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる