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第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方
26.ここにいる理由
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翌朝目を覚ましたララは、ベッドの上で見慣れない天井を眺めた。
(そうだ、昨日から捜査局に……。あれ? 確か昨日は訓練をした後に湯浴みと食事を済ませて、グラント卿の執務室でお手伝いを……いつ終わったんだったかしら)
自分の行動を振り返りながら、体に掛けられた布団に顔を埋める。
「んー……グラント卿の香りがする……」
つぶやいた声が脳内に響き、ここがテオドールの私室だと理解した。そうだそうだ、彼の私室なのだから、彼の香りがして当然だ。
呑気にそんなことを考えていると、むせるような咳払いが聞こえた。驚いたララは布団から顔を出す。するとこちらを見下ろすテオドールと視線が絡んだ。
「……おはよう」
「おはよう、ございます」
数秒間見つめ合い、ララはもう一度布団に埋まる。
「……起きるところから、やり直して良いですか?」
「構わないが、俺の香りとやらは残ったままだぞ」
(……消えたい)
もしくはテオドールの記憶を消したい。
どうして目覚めの第一声が、「グラント卿の香りがする」だったのだろう。これでは変態である。「今日もお手伝い頑張っちゃうぞ」とかであってほしかった。
行き場所のない熱を発散させようと、布団の中で足を小さくバタつかせ、もがく。その後、がばっと布団を剥いでベッドに正座した。
「おはようございます」
「…………ふ、ははっ。……ああ、おはよう」
やり直してみたが、結局笑われるだけだった。
肩を震わせるテオドールと目が合わせられず、手ぐしで髪を整えながら立ち上がる。
王城で寝泊まりする際は基本的に寝巻きを着ないララは、リラックスできるが恥ずかしくないワンピース姿だ。服装だけなら見られても問題なかったのに、と、己の言動を悔いる。
「体調はどうだ?」
「……? いつも以上にスッキリしている気がします。おかしいですね、昨日あんなに動いたのに」
「気分が悪かったりしないのか? 脈測るか?」
テオドールが謎の過保護さを発揮してくるが、ララは健康体そのものだ。怠くもないし、節々も痛まない。さらに言えば体が軽い。
「とても元気です。昨夜は疲れていたのか記憶が曖昧なのですが……。グラント卿の執務室にいたのに、私、どうやってベッドに入ったのですか?」
「そのことなんだが……」
やや気まずそうに、テオドールが昨夜の出来事を教えてくれた。それは今後の可能性を広げる内容だった――。
「――で、では昨夜、私は書類整理をしながら眠ってしまったのですか?」
「ああ。急に眠気がきたと言っていた」
「そしてグラント卿が私の体に入ってみると」
「体を自由に動かせた。君の魂が眠っているのは感覚的に分かったけどな」
「お仕事の続きは?」
「問題なくできた。君には悪いと思ったが、ちょっとした実験心で書類整理を少し進めたんだ。その後で俺がベッドに入って、君の体から出た」
「なるほど。だから私はベッドで寝ていた、と。私の記憶がある時点で日付は変わっていましたから、肉体の就寝時間はかなり遅かったはず。それでも私は今、かつてないほどの元気に満ち溢れています。……つまり」
「どうやら君は、肉体が活動していても魂が睡眠をとれば回復する体のようだ」
凄い発見である。思わず「ふおぉ」と声を漏らした。自分にしか適用されないため、発見したところで他の人には真似できない。だとしても、これが事実ならば……、
「グラント卿は私の体を使って、二十四時間お仕事ができるということですね」
「そういうことだな」
なんて便利な体なのだろう。仕事が非常に捗りそうである。
今後は二十四時間、体を貸しっぱなしにすれば良い。ララの魂が適度に睡眠を取れば、テオドールは永遠に活動できる。そう提案したのだが――、
「それはダメだ」
「どうしてですか? たくさん仕事できますよ? 私の体も問題ないですし」
「訓練時と就寝時は君の体を借りて行動する。だが、日中の訓練以外の時間は、できるだけ君のままでいてほしい。今後は外の仕事にも同行してもらいたいし」
「外に? 私がですか?」
「町の巡回だ。嫌か?」
「いえ、行ってみたいです。ただグラント卿に体をお貸しした方が、仕事の進みは早いだろうなと思いまして」
もちろん道具の修理はララがやるが、捜査局の仕事であればテオドールがやった方が効率的なはずだ。
いまいち意図を読めないでいると、テオドールがふっと笑みをこぼした。
「君のまま過ごす時間を長くとって、捜査局の連中と親しくなっておけ」
「それは……なれれば嬉しいですが。なぜですか?」
「俺がいなくなった後でも、あいつらはララの力になるはずだ」
「なっ……」
(……なんてこと、言うのですか)
不意打ちは卑怯だ。
動揺を隠せず、テオドールから目を逸らす。
「……私が捜査局でお世話になっているのは、あなたがいらっしゃるからです。あなたがいなくなったら、私がここにいて良い理由がありません」
「ないならつくれば良いじゃないか。まあ、ここにいる理由があろうがなかろうが、あいつらがいまさら君を一人にするとは思えないけどな」
分かっている。テオドールが信じる仲間たちは、彼の意志も、彼の優しさも引き継いでいる。
特異な体質を知った上で受け入れてくれだのだ。おそらくこの先も……テオドールが神の元に帰った後も、親切にしてくれるだろう。
「俺の勘では……この先何年経っても、捜査局は君の居場所だ」
テオドールは愉快そうに口角を上げ、未来を語る。
(どうして私の未来を考えてくださるのですか。そこにあなたは、いないのに)
疑問に思っていても聞けなかった。
テオドールが隣にいない未来を、受け入れたことになりそうで。意地悪な笑顔と広い背中を忘れてしまう日が迫ってきそうで。口に出すのが、怖かった。
悟られてはいけない。彼に心配をかけたくない。
恐怖から目を背けるように、ララは無理やり笑ってみせた。
「先のことは分かりませんが、今はがむしゃらに働くしかないってことですね!」
「やる気出たか?」
「最初からみなぎってますよ」
「そりゃあ失礼」
テオドールとの別れの日まで、隣で望みを叶えよう。一回でも多く、笑ってもらえるように。
「今日も全力で、お手伝いさせていただきます」
これが自分の、――六十日間の相棒の、役割なのだから。
(そうだ、昨日から捜査局に……。あれ? 確か昨日は訓練をした後に湯浴みと食事を済ませて、グラント卿の執務室でお手伝いを……いつ終わったんだったかしら)
自分の行動を振り返りながら、体に掛けられた布団に顔を埋める。
「んー……グラント卿の香りがする……」
つぶやいた声が脳内に響き、ここがテオドールの私室だと理解した。そうだそうだ、彼の私室なのだから、彼の香りがして当然だ。
呑気にそんなことを考えていると、むせるような咳払いが聞こえた。驚いたララは布団から顔を出す。するとこちらを見下ろすテオドールと視線が絡んだ。
「……おはよう」
「おはよう、ございます」
数秒間見つめ合い、ララはもう一度布団に埋まる。
「……起きるところから、やり直して良いですか?」
「構わないが、俺の香りとやらは残ったままだぞ」
(……消えたい)
もしくはテオドールの記憶を消したい。
どうして目覚めの第一声が、「グラント卿の香りがする」だったのだろう。これでは変態である。「今日もお手伝い頑張っちゃうぞ」とかであってほしかった。
行き場所のない熱を発散させようと、布団の中で足を小さくバタつかせ、もがく。その後、がばっと布団を剥いでベッドに正座した。
「おはようございます」
「…………ふ、ははっ。……ああ、おはよう」
やり直してみたが、結局笑われるだけだった。
肩を震わせるテオドールと目が合わせられず、手ぐしで髪を整えながら立ち上がる。
王城で寝泊まりする際は基本的に寝巻きを着ないララは、リラックスできるが恥ずかしくないワンピース姿だ。服装だけなら見られても問題なかったのに、と、己の言動を悔いる。
「体調はどうだ?」
「……? いつも以上にスッキリしている気がします。おかしいですね、昨日あんなに動いたのに」
「気分が悪かったりしないのか? 脈測るか?」
テオドールが謎の過保護さを発揮してくるが、ララは健康体そのものだ。怠くもないし、節々も痛まない。さらに言えば体が軽い。
「とても元気です。昨夜は疲れていたのか記憶が曖昧なのですが……。グラント卿の執務室にいたのに、私、どうやってベッドに入ったのですか?」
「そのことなんだが……」
やや気まずそうに、テオドールが昨夜の出来事を教えてくれた。それは今後の可能性を広げる内容だった――。
「――で、では昨夜、私は書類整理をしながら眠ってしまったのですか?」
「ああ。急に眠気がきたと言っていた」
「そしてグラント卿が私の体に入ってみると」
「体を自由に動かせた。君の魂が眠っているのは感覚的に分かったけどな」
「お仕事の続きは?」
「問題なくできた。君には悪いと思ったが、ちょっとした実験心で書類整理を少し進めたんだ。その後で俺がベッドに入って、君の体から出た」
「なるほど。だから私はベッドで寝ていた、と。私の記憶がある時点で日付は変わっていましたから、肉体の就寝時間はかなり遅かったはず。それでも私は今、かつてないほどの元気に満ち溢れています。……つまり」
「どうやら君は、肉体が活動していても魂が睡眠をとれば回復する体のようだ」
凄い発見である。思わず「ふおぉ」と声を漏らした。自分にしか適用されないため、発見したところで他の人には真似できない。だとしても、これが事実ならば……、
「グラント卿は私の体を使って、二十四時間お仕事ができるということですね」
「そういうことだな」
なんて便利な体なのだろう。仕事が非常に捗りそうである。
今後は二十四時間、体を貸しっぱなしにすれば良い。ララの魂が適度に睡眠を取れば、テオドールは永遠に活動できる。そう提案したのだが――、
「それはダメだ」
「どうしてですか? たくさん仕事できますよ? 私の体も問題ないですし」
「訓練時と就寝時は君の体を借りて行動する。だが、日中の訓練以外の時間は、できるだけ君のままでいてほしい。今後は外の仕事にも同行してもらいたいし」
「外に? 私がですか?」
「町の巡回だ。嫌か?」
「いえ、行ってみたいです。ただグラント卿に体をお貸しした方が、仕事の進みは早いだろうなと思いまして」
もちろん道具の修理はララがやるが、捜査局の仕事であればテオドールがやった方が効率的なはずだ。
いまいち意図を読めないでいると、テオドールがふっと笑みをこぼした。
「君のまま過ごす時間を長くとって、捜査局の連中と親しくなっておけ」
「それは……なれれば嬉しいですが。なぜですか?」
「俺がいなくなった後でも、あいつらはララの力になるはずだ」
「なっ……」
(……なんてこと、言うのですか)
不意打ちは卑怯だ。
動揺を隠せず、テオドールから目を逸らす。
「……私が捜査局でお世話になっているのは、あなたがいらっしゃるからです。あなたがいなくなったら、私がここにいて良い理由がありません」
「ないならつくれば良いじゃないか。まあ、ここにいる理由があろうがなかろうが、あいつらがいまさら君を一人にするとは思えないけどな」
分かっている。テオドールが信じる仲間たちは、彼の意志も、彼の優しさも引き継いでいる。
特異な体質を知った上で受け入れてくれだのだ。おそらくこの先も……テオドールが神の元に帰った後も、親切にしてくれるだろう。
「俺の勘では……この先何年経っても、捜査局は君の居場所だ」
テオドールは愉快そうに口角を上げ、未来を語る。
(どうして私の未来を考えてくださるのですか。そこにあなたは、いないのに)
疑問に思っていても聞けなかった。
テオドールが隣にいない未来を、受け入れたことになりそうで。意地悪な笑顔と広い背中を忘れてしまう日が迫ってきそうで。口に出すのが、怖かった。
悟られてはいけない。彼に心配をかけたくない。
恐怖から目を背けるように、ララは無理やり笑ってみせた。
「先のことは分かりませんが、今はがむしゃらに働くしかないってことですね!」
「やる気出たか?」
「最初からみなぎってますよ」
「そりゃあ失礼」
テオドールとの別れの日まで、隣で望みを叶えよう。一回でも多く、笑ってもらえるように。
「今日も全力で、お手伝いさせていただきます」
これが自分の、――六十日間の相棒の、役割なのだから。
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