エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を

杏野 いま

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第二章 半透明な令息と、初めてだらけの二日間

22.王立犯罪捜査局(7)

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 テオドールが数歩進み、一人の捜査官の前で立ち止まる。ララの体ゆえに、相手を見上げなくてはならない。

「潰すとしたら、最初はお前だからな。マックス・ティンバーレイク」
「なんで俺なんですか⁉︎ 大人しくしてたのに!」
「図体がデカいから目立つんだよ。それにさっき、ララに殴ってくれって頼んでただろうが」
「あんたとララさんじゃ違いすぎるでしょ……」

 不味いものを食べたような顔で反抗するマックスを見て、ララは心の中で首を捻った。だが口を挟む間もなく彼らは話を続ける。

「安心しろ。今の俺は、大体ララだ」
「それは勘違いです。同じところは一つもない。あんたは間違いなく局長ですよ」
「分かってんなら良いんだ」

 二人の会話について行けなくなり、ララは遠慮がちに声を出した。だって、おかしいではないか。

「あの、マックス様。どうしてグラント卿だって」
「信じてるのか、ですか?」
「はい」
「そりゃあ信じますよ。立ち方も話し方も威圧感も、全部局長ですから。容姿がララさんなので、変な感じはしますけど」
「でも、私の演技かも、とか」
「演技であんな剛腕見せられる人いないですよ。俺でもあそこまで遠くに石投げられないです」

 カラカラとマックスが笑う。信じない理由はいくらでもありそうなものなのに、彼は信じる理由を探してくれるようだ。

「一応他の理由もありますよ。なあ?」

 マックスが言うと、今度はフロイドが教えてくれる。

「局長とヒューゴ先輩が似てるって話でララさんが笑ってた時、……局長、ララさんの頬に触りませんでしたか?」
「は、はい。触りました」

 テオドールに距離感について苦情を入れた時のことだろう。

「あの時、ララさんの頬とゴーグル、あと髪が若干動いたんす。あれは自分でできる動かし方じゃありませんでした」
「よく、見えましたね」
「職業病ってやつっすかね。まあ今の理由じゃあ、ララさんの近くに何かがいるって証明にしかならなくて、それが局長だとは言い切れないんすけど……」

 しばし視線を彷徨さまよわせた後、フロイドは諦めたように肩をすくめた。

「局長が女性にあんな触れ方するなんて想像したこともなかったのに、俺らにはなんとなく見えちゃったんすよ。ララさんに笑いかけてる局長が。……見えてないのに見えちゃったんすから、もう俺らの負けっすわ」

 霊は見えなくとも、彼らにしか感じられない何かがあるらしい。ララとは違う第六感が働いたのだろうか。
 フロイドが話し終わったのと同時に、テオドールが体から出た。たった数分しか入っていないのに。

「まだお話ししていない方がたくさんいらっしゃいますが」
「だってこいつら、俺がいるってもう信じてるじゃないか」
「それは、そうみたいですけど……。ヒューゴ様はどうですか? 信じてくださったのですか?」

 ヒューゴはあっさりと首を縦に振った。
 信じてもらえたのは喜ばしいことだが、もっと手間がかかると思っていたため拍子抜けする。

「私が信じた理由は、ララさんがテオと話す時に毎回テオの目の高さを見ていたから、というのもありますが、……どちらかと言うと、生前のテオの発言やララさん自身を信じた、という感じですかね」

 不思議な回答だ。テオドールはともかく、今日出会ったばかりの自分には、信用できる要素はないと思うのだが。
 詳しく話を聞こうとしたララの前に、アルバートがひょこっと顔を出して手を上げる。

「僕も! 僕も信じてるよララちゃん!」
「ふふっ、アルバート様は最初から信じてくださってましたもんね」
「クリーム増し増しは僕とテオしか知らなかったからねぇ。それに、テオがよく言ってたの。『開発局の副局長は、誰よりも俺たちの無事を祈って、誰よりも俺たちを支えてくれてる人だ』って」
「……そう、なのですか」

 テオドールがバツの悪そうな顔でそっぽを向いたため、ほんの少し、その大きな手を追いかけたくなった。
 ララが言葉を見つけられないでいると、アルバートはフロイドが持っている木箱の蓋を開け、中からカードを取り出した。そこには、『いつもお仕事お疲れ様です』とだけ書いてある。

「このメッセージも、ララちゃんが書いてくれてたんでしょう?」
「……はい」
「僕ね、このカードすっごく楽しみにしてたんだ。読んだら元気になるの。僕たちのこと、ちゃんと見てくれてる人がいるんだなぁって。応援してくれてるんだなぁって」

 アルバートが撫でるようにカードに触れる。なぜだか自分の頭を撫でられているような気持ちになった。

「きっとララちゃんが人を思いやれるのは、今までたくさん傷ついてきたからなんだろうねぇ」
「……」
「こんなに優しくて、一生懸命で、人のために頑張れる子なのに。……ちょっと周りと違うだけで、我慢ばっかりだったねぇ」

 心の中の無防備な部分が、陽だまりのような声に包まれる。
 アルバートの丸い目が、この上なく穏やかに細められた。その瞳に見つめられただけで、鼻の奥がツンとする。

「もう大丈夫だよ」

 不意に、テオドールの声が蘇った。
 ――俺はこの場所を、ララに好きになってほしい。

「僕たちにはララちゃんの声、全部届くから」

 聞いてくれる人がいる。届いていたのだ。誰にも聞こえないと思っていた自分の声が、届いていた。

「長い間、一人でよく頑張ったねぇ」

 上手く返事ができず、声を押し殺して何度も頷く。
 だが正面にしゃがみ込んだテオドールがゴーグルを外そうとしたため、反射的に両手で押さえた。

「……何、するんですか」
「ゴーグルがあったら涙拭けないだろ」
「…………泣いてません」
「なんで変なところで意地張るんだ?」
「……あなたが泣くなって、おっしゃったんじゃ、ありませんかぁ」
「あ? 覚えがない」

 冗談ではなく本気で覚えていなさそうなテオドール。ちょっぴり腹が立つ。つい昨日の話だというのに。

「亡くなって初めて私の研究室に来られた時に、私の涙は拭えないって言いました。絶対、言いました」
「ん?……あー、あれか。だってあの時、君に触れられると思ってなかったから。どうやっても拭えないだろ?」
「そ、そんな、物理的な……?」

 心の距離の話だと思っていたため、絶句する。

「当たり前だ。それ以外に俺が君を慰めない理由がない」

 常識でも語るように甘やかす言葉を吐かれ、ぐらぐらと意思が揺れる。視界も揺れる。
 ゴーグルを押さえたままのララの手に、テオドールが軽くノックした。早く退けろと言いたいらしい。

「捜査局は君の味方だ。だから、ゴーグルこれはもう外せ」
「……うぅー……」
「あははっ、嫌そうだなぁ」

 躊躇ためらいながらも手を離すと、テオドールがゴーグルを首元へと下ろす。そのまま指でララの目元を撫でた。

「これまで散々誤解されてきたんだ。もう隠さなくて良い。今すぐに、とはいかないかもしれないが……君は君のまま、自由に生きろ」
「……はい」

 今まで隠れて流した涙は、苦しさや悲しみが溢れたものだった。逃げ場がなくなった暗い感情が外に出ただけの、負のかたまりだった。

 だからこの時、初めて知った。

 ――温かい感情でも、人は涙を流すのだ、と。
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