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第一章 普通を夢見た霊感令嬢
07.半透明な依頼(1)
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(亡くなった?……グラント卿が?)
状況を把握しようと試みるものの、頭が上手く働かない。
ララは他の人間より、霊には耐性がある。だが、自分の知人が霊になったのは初めてだった。
室内を見渡していたテオドールが、こちらに視線を移す。目が合うと彼は一瞬固まり、興味深そうに顔を覗き込んできた。
「君がゴーグルを外したところ、初めて見た。ラベンダーを閉じ込めたみたいな瞳だと思っていたが、直で見るとさらに綺麗だな」
「そんなこと……言ってる、場合じゃ……」
テオドールの調子に合わせて、いつもと同じように返事をしたかった。だが声を出した途端、目の奥が痛くて熱くて、思うように話せない。
――半透明だ。彼が半透明になってしまった。
数時間前に見た夫人の様子は、これが原因だったのか。
理解していくうちに視界がぼやけ、瞬きと同時に熱いものが頬を伝う。すると突然、テオドールの手のひらが顔の前に伸びてきた。
「三十秒やるから、意地で止めろ。俺には君の涙を拭えない」
「――っ。……本当に、酷い人ですね」
「自覚してる」
突き放すような言葉からは想像がつかないほど、テオドールの声は優しかった。最低だ。タチが悪い。さらに目の奥が熱くなってしまうと分からないのだろうか。
だがテオドールの言う通り、彼と自分は涙を拭き合うような関係ではない。仕事を依頼する側と、される側。
(それに一番泣きたいのは、グラント卿のはず)
ララは涙を止めるため、唇を噛み締めて目をつぶる。幸い、涙を堪えるのは慣れている。どんな目にあっても、カルマンの前では絶対に泣かないと決めていたからだ。
深呼吸を何度か繰り返す。もちろんそんなことで、喉の奥が焼けるような苦しさはなくならない。息が震える。でもこれからは、何がなんでも平気なふりをしよう。絶対にテオドールを、困らせないように。
心の中で静かに誓う。数秒後、ゆっくりと瞼を持ち上げたララの瞳は、少しも揺れていなかった。
「お待たせしました、もう大丈夫です」
「……そうか」
言葉と共に、顔の前にあったテオドールの手が遠ざかる。聞きたいことが山ほどあるララは、早速本題に入った。
「グラント卿、亡くなったというのは……」
「ああ、まず確実な内容から説明する。今朝……四時頃だったか。捜査局で目を覚ました時には、もう霊体だった。体は浮くし壁はすり抜けるし、当然誰にも認識されない」
「そう、ですよね」
「捜査局を見て回った後、いったん屋敷に帰った。何か分かるかもしれないと思ってな」
「何時頃ですか?」
「五時だな。この体、飛べるから移動が楽なんだよ」
「早くも順応してるじゃないですか」
「使えるものを使っただけだ」
(五時ってことは、私と叔父様はもうグラント家を出てるわね)
「それで、どうだったんですか?」
「帰ったら門の前に俺以外の家族が揃ってた。さっきまで泣いてましたって顔で」
彼も見てしまったのか。ララは言葉を詰まらせる。自分は夫人としか会っていないが、他の家族も同じ様子だったらしい。当前だ、自分の家族が命を落としたのだから。
「どうしてご家族は門の前に?」
「『旅人の棺』を待ってたんだ」
「……なるほど。届いたんですか?」
「ああ、教会からの使者が届けにきた。町の住人も何人か見てたから、俺が死んだことはすぐに伝わるだろうな」
「そうですか」
『旅人の棺』とは、遺体を腐敗させないための魔道具で、高位貴族にしか手が出せない棺である。
ミトス王国に古くから伝わる話では、魂の器……つまり遺体の状態が良ければ良いほど、神の元に帰った際、転生が早くなると言われている。そのため、死者の魂が神の元に帰るまでの期間、家族は遺体の状態を整え、美しく保とうとするのだ。
と言っても、平民の場合は高価な魔道具を購入できないため、死後まもなく教会が管理する共同墓地に葬られるのだが。
テオドールの言う通り、旅人の棺とそれを引き取る家族が目撃されたのなら、近い内に彼の死が国中に伝わるだろう。
「時間的に考えて、グラント卿は棺の搬入を確認してから開発局に来られたということですね?」
「そうだ。ここに向かいながら今後について考えていたら、君の体質を思い出した」
「体質についてお話しをするのは久しぶりですね。最近は触れられなかったので、忘れちゃってるのかと思ってました」
「…………触れて良かったのか」
ぼそりと呟かれたテオドールの言葉を拾い、ララは急いで首を横に振る。
「い、いえ。何も言われない方が楽だったので」
「まあ、そうだろうな。君は体質と元婚約者については触れられたくなさそうだったから」
「態度に出てました?」
「犯行の核心を突かれたくなくて話を逸らす、取り調べ中の容疑者みたいだった」
「…………」
恐ろしい。捜査局の局長、恐ろしい。
「結局君の体質については、今こうやって触れてしまったわけだが」
「今回の件はどう考えても異例ですから、仕方がないですよ」
テオドールが霊体である以上、体質の件を隠す必要はない。しかし、カルマンについて触れられるのは困る。話すほどの心の余裕がないからだ。
また容疑者みたいだと言われてしまうかもしれないが、ララは話題を変えることにした。
「えーっと、失礼でなければ教えていただきたいのですが……グラント卿はどうして亡くなったのですか?」
「分からない」
――え?
「昨日君と会った後、捜査局に修理済みの道具を持って帰った。だがその後の記憶がないんだ」
「だから死因が」
「分からない」
「ど、ど、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか⁉︎」
「君が俺の分まで慌てふためいてくれるからだ」
「そんなぁ……」
霊の姿はそれなりに見てきたが、記憶を失ったという話は初めて聞いた。言葉を話せない者もいたくらいだから、あり得ない話ではないが。
自分の死因も分からずに、安らかに神の元に帰れるものなのだろうか。
「グラント卿は、これからどうされるんですか?」
「それについて君に相談したい。ララ・オルティス伯爵令嬢」
急にかしこまったテオドールに驚き、ララは目を剥く。同時に理解した。彼は『開発局のララ』ではなく、『呪われた令嬢』に話しかけていると。
「君に、――死んだ俺の最後の願いを、叶えてほしい」
「…………へ?」
(願い?)
死者の願望とは、一体どんなものだろう。ララは想像力を働かせる。
「……ご家族に別れの言葉を伝えたい、とか?」
「もしもの時のために事前に遺書は用意してあるから、その点は問題ない」
「ではやはり、死因を突き止めたい、とかですか?」
「おそらく他殺だ。君に頼んだら死者が増える」
先ほどから数分置きに驚かされているせいでショック死してしまいそうなのだが、目の前の男に悪びれる様子はない。ついでに冗談を言っているようにも見えない。
「他殺、なんですか?」
「おそらくな」
「持病とかは」
「うちは医学の名門だぞ。定期的に健診を受けていたが、健康体そのものだった」
「事故の可能性も」
「絶対にないとは言わないが、自分がうっかり死ぬところは想像できない。仕事や家業を考えると、他殺の方がしっくりくる」
ここまで聞いて、ララは首を傾げた。
犯罪捜査局の局長という立場は、確かに命を狙われるかもしれない。この数年で多くの悪事を暴いてきた人だ。彼の功績を考えれば、妬みの対象になる可能性もある。
だが、家業については――、
状況を把握しようと試みるものの、頭が上手く働かない。
ララは他の人間より、霊には耐性がある。だが、自分の知人が霊になったのは初めてだった。
室内を見渡していたテオドールが、こちらに視線を移す。目が合うと彼は一瞬固まり、興味深そうに顔を覗き込んできた。
「君がゴーグルを外したところ、初めて見た。ラベンダーを閉じ込めたみたいな瞳だと思っていたが、直で見るとさらに綺麗だな」
「そんなこと……言ってる、場合じゃ……」
テオドールの調子に合わせて、いつもと同じように返事をしたかった。だが声を出した途端、目の奥が痛くて熱くて、思うように話せない。
――半透明だ。彼が半透明になってしまった。
数時間前に見た夫人の様子は、これが原因だったのか。
理解していくうちに視界がぼやけ、瞬きと同時に熱いものが頬を伝う。すると突然、テオドールの手のひらが顔の前に伸びてきた。
「三十秒やるから、意地で止めろ。俺には君の涙を拭えない」
「――っ。……本当に、酷い人ですね」
「自覚してる」
突き放すような言葉からは想像がつかないほど、テオドールの声は優しかった。最低だ。タチが悪い。さらに目の奥が熱くなってしまうと分からないのだろうか。
だがテオドールの言う通り、彼と自分は涙を拭き合うような関係ではない。仕事を依頼する側と、される側。
(それに一番泣きたいのは、グラント卿のはず)
ララは涙を止めるため、唇を噛み締めて目をつぶる。幸い、涙を堪えるのは慣れている。どんな目にあっても、カルマンの前では絶対に泣かないと決めていたからだ。
深呼吸を何度か繰り返す。もちろんそんなことで、喉の奥が焼けるような苦しさはなくならない。息が震える。でもこれからは、何がなんでも平気なふりをしよう。絶対にテオドールを、困らせないように。
心の中で静かに誓う。数秒後、ゆっくりと瞼を持ち上げたララの瞳は、少しも揺れていなかった。
「お待たせしました、もう大丈夫です」
「……そうか」
言葉と共に、顔の前にあったテオドールの手が遠ざかる。聞きたいことが山ほどあるララは、早速本題に入った。
「グラント卿、亡くなったというのは……」
「ああ、まず確実な内容から説明する。今朝……四時頃だったか。捜査局で目を覚ました時には、もう霊体だった。体は浮くし壁はすり抜けるし、当然誰にも認識されない」
「そう、ですよね」
「捜査局を見て回った後、いったん屋敷に帰った。何か分かるかもしれないと思ってな」
「何時頃ですか?」
「五時だな。この体、飛べるから移動が楽なんだよ」
「早くも順応してるじゃないですか」
「使えるものを使っただけだ」
(五時ってことは、私と叔父様はもうグラント家を出てるわね)
「それで、どうだったんですか?」
「帰ったら門の前に俺以外の家族が揃ってた。さっきまで泣いてましたって顔で」
彼も見てしまったのか。ララは言葉を詰まらせる。自分は夫人としか会っていないが、他の家族も同じ様子だったらしい。当前だ、自分の家族が命を落としたのだから。
「どうしてご家族は門の前に?」
「『旅人の棺』を待ってたんだ」
「……なるほど。届いたんですか?」
「ああ、教会からの使者が届けにきた。町の住人も何人か見てたから、俺が死んだことはすぐに伝わるだろうな」
「そうですか」
『旅人の棺』とは、遺体を腐敗させないための魔道具で、高位貴族にしか手が出せない棺である。
ミトス王国に古くから伝わる話では、魂の器……つまり遺体の状態が良ければ良いほど、神の元に帰った際、転生が早くなると言われている。そのため、死者の魂が神の元に帰るまでの期間、家族は遺体の状態を整え、美しく保とうとするのだ。
と言っても、平民の場合は高価な魔道具を購入できないため、死後まもなく教会が管理する共同墓地に葬られるのだが。
テオドールの言う通り、旅人の棺とそれを引き取る家族が目撃されたのなら、近い内に彼の死が国中に伝わるだろう。
「時間的に考えて、グラント卿は棺の搬入を確認してから開発局に来られたということですね?」
「そうだ。ここに向かいながら今後について考えていたら、君の体質を思い出した」
「体質についてお話しをするのは久しぶりですね。最近は触れられなかったので、忘れちゃってるのかと思ってました」
「…………触れて良かったのか」
ぼそりと呟かれたテオドールの言葉を拾い、ララは急いで首を横に振る。
「い、いえ。何も言われない方が楽だったので」
「まあ、そうだろうな。君は体質と元婚約者については触れられたくなさそうだったから」
「態度に出てました?」
「犯行の核心を突かれたくなくて話を逸らす、取り調べ中の容疑者みたいだった」
「…………」
恐ろしい。捜査局の局長、恐ろしい。
「結局君の体質については、今こうやって触れてしまったわけだが」
「今回の件はどう考えても異例ですから、仕方がないですよ」
テオドールが霊体である以上、体質の件を隠す必要はない。しかし、カルマンについて触れられるのは困る。話すほどの心の余裕がないからだ。
また容疑者みたいだと言われてしまうかもしれないが、ララは話題を変えることにした。
「えーっと、失礼でなければ教えていただきたいのですが……グラント卿はどうして亡くなったのですか?」
「分からない」
――え?
「昨日君と会った後、捜査局に修理済みの道具を持って帰った。だがその後の記憶がないんだ」
「だから死因が」
「分からない」
「ど、ど、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか⁉︎」
「君が俺の分まで慌てふためいてくれるからだ」
「そんなぁ……」
霊の姿はそれなりに見てきたが、記憶を失ったという話は初めて聞いた。言葉を話せない者もいたくらいだから、あり得ない話ではないが。
自分の死因も分からずに、安らかに神の元に帰れるものなのだろうか。
「グラント卿は、これからどうされるんですか?」
「それについて君に相談したい。ララ・オルティス伯爵令嬢」
急にかしこまったテオドールに驚き、ララは目を剥く。同時に理解した。彼は『開発局のララ』ではなく、『呪われた令嬢』に話しかけていると。
「君に、――死んだ俺の最後の願いを、叶えてほしい」
「…………へ?」
(願い?)
死者の願望とは、一体どんなものだろう。ララは想像力を働かせる。
「……ご家族に別れの言葉を伝えたい、とか?」
「もしもの時のために事前に遺書は用意してあるから、その点は問題ない」
「ではやはり、死因を突き止めたい、とかですか?」
「おそらく他殺だ。君に頼んだら死者が増える」
先ほどから数分置きに驚かされているせいでショック死してしまいそうなのだが、目の前の男に悪びれる様子はない。ついでに冗談を言っているようにも見えない。
「他殺、なんですか?」
「おそらくな」
「持病とかは」
「うちは医学の名門だぞ。定期的に健診を受けていたが、健康体そのものだった」
「事故の可能性も」
「絶対にないとは言わないが、自分がうっかり死ぬところは想像できない。仕事や家業を考えると、他殺の方がしっくりくる」
ここまで聞いて、ララは首を傾げた。
犯罪捜査局の局長という立場は、確かに命を狙われるかもしれない。この数年で多くの悪事を暴いてきた人だ。彼の功績を考えれば、妬みの対象になる可能性もある。
だが、家業については――、
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