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噂と本物
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――二ヶ月後。まだ日が高いエールベルトの街は、人であふれかえっていた。
『魔術と剣が結ばれた』という婚約発表の新聞記事がばらまかれ、国中が祝福ムードに包まれたのが先月のこと。
今日は王女と王子が揃って姿を現す日なのである。
普通なら貴族が集まる夜会で初お披露目となるのだが、今回の主役はなぜか昼間の街を選んだらしい。
沿道はすでにお祭り騒ぎ。大人も子供も、パレードの開始を今か今かと心待ちにする。
ただ単にめでたいと浮かれている部分もあるが、それ以外にも理由があった。
フィオナ王女が婚約した相手、オーランド王子は、二カ月前に身体を張って民を守った青年だったのだ。
新聞記事に載った王子の肖像画を見た時、例の事件に巻き込まれた者達は瞠目した。
顔の痣は消えており無表情でもないが、間違いなく彼だった。
自分の命よりも民を優先した王子。整った容姿に惚れ惚れするような剣の腕前。
国民の憧れの的となるのに時間はかからなかった。
噂では、オーランド王子の熱烈な求愛が実った婚約とされているが、深窓の姫君をどうやって口説いたのか。そもそもいつ見初めたのか。そこは国中の謎であった。
さまざまな尾ひれを付けて『勇敢な王子』の噂は国中を駆け巡り、今に至る。
♢♢♢
「ルーシーが可愛すぎて目が開けられない」
ぎゅっと目をつむったまま、オーランドが言う。
まだ城の敷地内とはいえ『勇敢な王子』がこんな情けない状態だと、民は誰も知らない。これでは奇襲されたら一発で終わりだ。
ドレス姿で民の前に出ることに緊張するルーシーと、ルーシーのドレス姿に慣れずダメージを受けるオーランド。傍から見ればかなり面白い光景だった。
結婚式ではないのだから持っているドレスで十分だと言ったのに、オーランドはルーシーの衣装を一式用意した。
「こういう時に思いっきりお金を使うのも王族の役目だよ」と頭を撫でてくるオーランドは、なんとなく王子っぽかった。
それを伝えたルーシーの前で「一応王子なんだよなぁ、これが」と肩をすくめたオーランドは、もう王子には見えなかった。
適当な言い訳をしているが、おそらく彼はエールベルトの民に配慮したのだろう。
結婚式はサルバスで行うため、エールベルトの民はルーシーの花嫁姿を見られない。
だからルーシーは、オーランドの言い訳を信じたふりをした。
それに、一番大変だったのは仕立て屋だ。
最速で婚約を発表したい! と頼み込んだオーランドの意をくんだのだ。短期間で完璧に仕上げた彼女達は無理をしたに違いない。
急がせるのは申し訳ないなと思っていたのだが、依頼のために仕立て屋を城に招いた日、ルーシーは見たのだ。
「やっと第二王女のドレスを本気で作れる」と、目をギラつかせてデザイン画を描き始めた彼女達の姿を。
その勇ましさに圧倒されたルーシーは、採寸されながら「ドレス、国中に宣伝するから」と、王女にしてはあり余るが、世間的にはぺったんこな力こぶを見せつけた。
そういう経緯でせっかく仕立ててもらったのだから、オーランドに見てもらわねば困る。
「もー! 私が一番見て欲しいのはオーランドなのに!」
「え、本当?」
そう言って反射的に目を開けたオーランドとばっちり目が合った。
「うへぇ可愛い。みんなに見せたいのに誰にも見せたくない」
ドレスに身を包んだルーシーを抱きしめ、小さくうめく。ぐりぐりと顔を動かすオーランドは子供のような態度のくせに、綺麗に整えられたルーシーの髪や化粧には決して被害を出さない。ある意味とても器用だ。
実を言うと、髪を流してサルバスの正装である軍服を着こなす彼を、ルーシーだって誰にも見せたくない。格好良くて、みんなオーランドを好きになってしまいそうだから。そのくらい格好良いのだが、同時に――
(絶対私よりオーランドの方が可愛いと思う)
「あー、やっぱり本番用のドレス姿、もっと早く見せてもらっとくんだった」
「全部自分が贈ってくれたんだから想像くらいしたでしょ?」
「想像と生身の破壊力は違うんだよ、良い匂いするし」
オーランドが危険な方向に進んでいる気がする。それでも緩む頬を抑えられないのだから、自分も危険だ。
誰か止めてくれないかなと思った時、見計らったようにレオがルーシー達がいる馬車に乗り込んできた。
外の騎士達との打ち合わせが終わったようだ。もうすぐ出発するのだろう。
二人はなんだか恥ずかしくなって、ゆっくりと抱擁を解く。だが今さら恥ずかしがっても遅かった。上半分が取り払われている特別製の馬車ゆえに、周りから中の様子は丸見えだ。
ちらりと外を見ると、騎士も魔術師もニヤついている。転移魔術を習得しておけばよかったと激しく後悔した。
「お前、もう一回軽めに呪われた方が良いんじゃねえか?」
「なんて物騒なこと言うんだ」
「その緩みきった顔じゃ、ルーシーに惚れてるって誰でもわかる」
「良いじゃないか、惚れてるんだから」
「弱点がバレバレなんだよ。ルーシーも、とんでもねえ奴に惚れられたもんだな。もう逃げられねえぞ」
「どういうこと?」
逃げるつもりなど微塵もないが、レオの言葉が引っかかった。
「サルバスは、何の国だ?」
「剣の国?」
「おしいな。愛と、剣の国だ」
ああ、そうだった。と思い出す。剣の国のイメージが強くて愛の方は忘れていた。
表情で察したらしいレオは、意地の悪い顔で続ける。
「サルバスの男……特に王族は、愛した女を絶対に離さねえ。ルーシーが嫌がっても無駄だし、俺も助けねえ」
愛、という言葉に妙な説得力を感じる。
そういうお国柄だから、ルーシーを平民だと思っていても受け入れようとしたのだろう。何よりもオーランドの愛を尊重したのだ。
それが、愛と剣の国。
ルーシーは卒業までエールベルトで過ごし、その後はサルバスの人間になる。もちろん、お国柄に染まる気満々だ。
「望むところよ。私だって誰にも渡すつもりないしね!」
得意げに言ったルーシーは、ほんの少し驚いた。
レオの表情が、今まで見た中で一番柔らかかったから。
なんだ、とルーシーは半目になる。この期に及んで、レオはルーシーを試したらしい。
「心配しなくても、オーランドのことは一生離さないよ」
「そりゃあ、安心だな」
互いに意味ありげに口元を引き上げる。そんなルーシーとレオを見て、オーランドはきょとんとする。
「え、何今の?」
「気にすんな。これからも大して変わらねえってことだ」
「そうそう、三人で頑張ろうってこと!」
卒業後は、三人でサルバスに魔術師団を創立する予定だ。
オーランドは王位継承権を完全に放棄し、初代魔術師団長となる。レオは副師団長兼、オーランドの護衛。ルーシーは公の場に出るかは決まっていないが、おそらく働かせてもらえるだろう。なにせ王子の呪いを解いた魔術師であると、国中が知っているのだ。
そうなれば「魔術の勉強」を理由にルーシーがエールベルトに顔を出すことも可能、というところまでオーランドは考えてくれた。
まだ不思議そうに首を傾げるオーランド……優しい婚約者が、ルーシーは愛おしくてたまらない。
(大丈夫。ずっと一緒にいるよ)
――ファンファーレが鳴り、ゆっくりと馬車が動き始めた。
レオは流れるように防御壁を張り、定位置につく。すっかり防御魔術の達人だ。
「いよいよ出るみたいだな。お二人さん、全力で愛想振りまけよ? 今日は、お前らが主役だ」
親友の言葉にルーシーとオーランドは目を細め、一度見つめ合う。
「ルーシー、本当に綺麗だ。俺の婚約者として、みんなに紹介させてくれ」
「じゃあ私は、世界一格好良いオーランドを自慢させてもらおうかな」
大きな歓声が、徐々に近付く。
手を繋いでくぐった城門の外には、澄んだ青空と、眩しい笑顔が広がっていた。
『魔術と剣が結ばれた』という婚約発表の新聞記事がばらまかれ、国中が祝福ムードに包まれたのが先月のこと。
今日は王女と王子が揃って姿を現す日なのである。
普通なら貴族が集まる夜会で初お披露目となるのだが、今回の主役はなぜか昼間の街を選んだらしい。
沿道はすでにお祭り騒ぎ。大人も子供も、パレードの開始を今か今かと心待ちにする。
ただ単にめでたいと浮かれている部分もあるが、それ以外にも理由があった。
フィオナ王女が婚約した相手、オーランド王子は、二カ月前に身体を張って民を守った青年だったのだ。
新聞記事に載った王子の肖像画を見た時、例の事件に巻き込まれた者達は瞠目した。
顔の痣は消えており無表情でもないが、間違いなく彼だった。
自分の命よりも民を優先した王子。整った容姿に惚れ惚れするような剣の腕前。
国民の憧れの的となるのに時間はかからなかった。
噂では、オーランド王子の熱烈な求愛が実った婚約とされているが、深窓の姫君をどうやって口説いたのか。そもそもいつ見初めたのか。そこは国中の謎であった。
さまざまな尾ひれを付けて『勇敢な王子』の噂は国中を駆け巡り、今に至る。
♢♢♢
「ルーシーが可愛すぎて目が開けられない」
ぎゅっと目をつむったまま、オーランドが言う。
まだ城の敷地内とはいえ『勇敢な王子』がこんな情けない状態だと、民は誰も知らない。これでは奇襲されたら一発で終わりだ。
ドレス姿で民の前に出ることに緊張するルーシーと、ルーシーのドレス姿に慣れずダメージを受けるオーランド。傍から見ればかなり面白い光景だった。
結婚式ではないのだから持っているドレスで十分だと言ったのに、オーランドはルーシーの衣装を一式用意した。
「こういう時に思いっきりお金を使うのも王族の役目だよ」と頭を撫でてくるオーランドは、なんとなく王子っぽかった。
それを伝えたルーシーの前で「一応王子なんだよなぁ、これが」と肩をすくめたオーランドは、もう王子には見えなかった。
適当な言い訳をしているが、おそらく彼はエールベルトの民に配慮したのだろう。
結婚式はサルバスで行うため、エールベルトの民はルーシーの花嫁姿を見られない。
だからルーシーは、オーランドの言い訳を信じたふりをした。
それに、一番大変だったのは仕立て屋だ。
最速で婚約を発表したい! と頼み込んだオーランドの意をくんだのだ。短期間で完璧に仕上げた彼女達は無理をしたに違いない。
急がせるのは申し訳ないなと思っていたのだが、依頼のために仕立て屋を城に招いた日、ルーシーは見たのだ。
「やっと第二王女のドレスを本気で作れる」と、目をギラつかせてデザイン画を描き始めた彼女達の姿を。
その勇ましさに圧倒されたルーシーは、採寸されながら「ドレス、国中に宣伝するから」と、王女にしてはあり余るが、世間的にはぺったんこな力こぶを見せつけた。
そういう経緯でせっかく仕立ててもらったのだから、オーランドに見てもらわねば困る。
「もー! 私が一番見て欲しいのはオーランドなのに!」
「え、本当?」
そう言って反射的に目を開けたオーランドとばっちり目が合った。
「うへぇ可愛い。みんなに見せたいのに誰にも見せたくない」
ドレスに身を包んだルーシーを抱きしめ、小さくうめく。ぐりぐりと顔を動かすオーランドは子供のような態度のくせに、綺麗に整えられたルーシーの髪や化粧には決して被害を出さない。ある意味とても器用だ。
実を言うと、髪を流してサルバスの正装である軍服を着こなす彼を、ルーシーだって誰にも見せたくない。格好良くて、みんなオーランドを好きになってしまいそうだから。そのくらい格好良いのだが、同時に――
(絶対私よりオーランドの方が可愛いと思う)
「あー、やっぱり本番用のドレス姿、もっと早く見せてもらっとくんだった」
「全部自分が贈ってくれたんだから想像くらいしたでしょ?」
「想像と生身の破壊力は違うんだよ、良い匂いするし」
オーランドが危険な方向に進んでいる気がする。それでも緩む頬を抑えられないのだから、自分も危険だ。
誰か止めてくれないかなと思った時、見計らったようにレオがルーシー達がいる馬車に乗り込んできた。
外の騎士達との打ち合わせが終わったようだ。もうすぐ出発するのだろう。
二人はなんだか恥ずかしくなって、ゆっくりと抱擁を解く。だが今さら恥ずかしがっても遅かった。上半分が取り払われている特別製の馬車ゆえに、周りから中の様子は丸見えだ。
ちらりと外を見ると、騎士も魔術師もニヤついている。転移魔術を習得しておけばよかったと激しく後悔した。
「お前、もう一回軽めに呪われた方が良いんじゃねえか?」
「なんて物騒なこと言うんだ」
「その緩みきった顔じゃ、ルーシーに惚れてるって誰でもわかる」
「良いじゃないか、惚れてるんだから」
「弱点がバレバレなんだよ。ルーシーも、とんでもねえ奴に惚れられたもんだな。もう逃げられねえぞ」
「どういうこと?」
逃げるつもりなど微塵もないが、レオの言葉が引っかかった。
「サルバスは、何の国だ?」
「剣の国?」
「おしいな。愛と、剣の国だ」
ああ、そうだった。と思い出す。剣の国のイメージが強くて愛の方は忘れていた。
表情で察したらしいレオは、意地の悪い顔で続ける。
「サルバスの男……特に王族は、愛した女を絶対に離さねえ。ルーシーが嫌がっても無駄だし、俺も助けねえ」
愛、という言葉に妙な説得力を感じる。
そういうお国柄だから、ルーシーを平民だと思っていても受け入れようとしたのだろう。何よりもオーランドの愛を尊重したのだ。
それが、愛と剣の国。
ルーシーは卒業までエールベルトで過ごし、その後はサルバスの人間になる。もちろん、お国柄に染まる気満々だ。
「望むところよ。私だって誰にも渡すつもりないしね!」
得意げに言ったルーシーは、ほんの少し驚いた。
レオの表情が、今まで見た中で一番柔らかかったから。
なんだ、とルーシーは半目になる。この期に及んで、レオはルーシーを試したらしい。
「心配しなくても、オーランドのことは一生離さないよ」
「そりゃあ、安心だな」
互いに意味ありげに口元を引き上げる。そんなルーシーとレオを見て、オーランドはきょとんとする。
「え、何今の?」
「気にすんな。これからも大して変わらねえってことだ」
「そうそう、三人で頑張ろうってこと!」
卒業後は、三人でサルバスに魔術師団を創立する予定だ。
オーランドは王位継承権を完全に放棄し、初代魔術師団長となる。レオは副師団長兼、オーランドの護衛。ルーシーは公の場に出るかは決まっていないが、おそらく働かせてもらえるだろう。なにせ王子の呪いを解いた魔術師であると、国中が知っているのだ。
そうなれば「魔術の勉強」を理由にルーシーがエールベルトに顔を出すことも可能、というところまでオーランドは考えてくれた。
まだ不思議そうに首を傾げるオーランド……優しい婚約者が、ルーシーは愛おしくてたまらない。
(大丈夫。ずっと一緒にいるよ)
――ファンファーレが鳴り、ゆっくりと馬車が動き始めた。
レオは流れるように防御壁を張り、定位置につく。すっかり防御魔術の達人だ。
「いよいよ出るみたいだな。お二人さん、全力で愛想振りまけよ? 今日は、お前らが主役だ」
親友の言葉にルーシーとオーランドは目を細め、一度見つめ合う。
「ルーシー、本当に綺麗だ。俺の婚約者として、みんなに紹介させてくれ」
「じゃあ私は、世界一格好良いオーランドを自慢させてもらおうかな」
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