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初めて聞いた
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翌朝、いつもより早い時間に女子寮の前に出ると、丁度良いタイミングでオーランドとレオが迎えに来た。
「逃亡した魔術師を捕まえたって、さっき手紙が届いた」
放課後までに捕まれば良いなと考えていたのだが、もっと早かった。やはりエールベルトの魔術師は優秀だ。
「身柄は昨日の男達とまとめて騎士団で預かってくれてるらしい。今日の放課後面会することになった」
まだ確定ではないが、捕まった魔術師はオーランドを呪った犯人で間違いないだろう。面会にはエールベルトの魔術師も立ち会うはず。強制解呪も安全面も、問題はない。
(やっと、呪いが解けるんだ)
ルーシーは無意識にオーランドの頬に触れていた。彼の痣をゆっくりと撫でる。
「気を付けて行って来てね。……ああ、夜にはオーランドが笑った顔が見られるのかぁ。今日は何時まででも起きて待ってるから。寮母さんに説明して、遅くなっても会わせてもらえるように頼みこんどくから。だから絶対、会いに来て」
一分でも一秒でも早く、オーランドが笑うところを見たい。だから今日だけは規則を無視させてもらうつもりだった。
ルーシーは寮母とも当然のように仲が良い。その辺は何とでもなる。
疲れて帰って来るであろうオーランドには申し訳ないが、ほんの少しでも会いに来て欲しかった。
「お願い!」と懇願したルーシーに、普段のオーランドなら頷かないわけがない。
しかし返って来たのは、すっとぼけたような声だった。
「え? ルーシーも呼ばれてるけど?」
「……んへぇ?」
ルーシーからも、オーランドに負けないくらいすっとぼけた声が出た。
「ほらこれ。俺とレオとルーシーの三人で来いって書かれてるだろう?」
呪いが解けたオーランドに早く会いたいとは思ったが、自分まで騎士団に同行するつもりなどなかった。
オーランドに手紙を見せてもらう。
どうやら騎士団長の署名も入った正式なもののようだ。そこにレオだけでなくルーシーまで来るように書かれている。
おかしい、この手紙はおかしすぎる。
(なんで私?)
冷や汗をかくルーシーの隣で、一緒に手紙を覗き込んだレオは機嫌が良さそうだ。オーランドを苦しめた呪いがもうすぐ解けるのだから、無理もない。
「昨日の事件現場にいた誰かが、ルーシーが魔術使ったこと話したんじゃねえか? 実際あの魔術であいつが怯んでなかったら、オーランドもあの子もどうなってたかわかんねえし」
ルーシーがとっさに発動させた光の魔術は、レオに好評だったらしい。オーランドを守る仲間としてなのか、分厚い手で頭をガシガシと撫でまわされた。
「レオの言う通りだと思う。ルーシーは攻撃も受けてるし」
レオに荒らされた髪の毛を、オーランドが整えてくれる。
(あの場で魔術を使ったから呼ばれたってこと? でも今日面会する理由はあくまで解呪のためのはず。昨日の事件はまた別だと思ったんだけど。それに――)
「でもこの手紙、おかしいんだよなぁ」
黙り込んだルーシーの思考を遮るように、オーランドが口を開いた。レオはさっぱりわからないという顔で首をひねる。
「どこがだ?」
「んー。間違えてたら各方面から怒られそうだけど、筆跡が陛下に似てる気がする」
急にとんでもないことを言い出したオーランドに、ルーシーとレオは目を瞬かせる。
「陛下って、どっちのだ」
「エールベルトの」
「なんでお前がそんなことわかるんだ」
「え……俺、陛下と文通してるからさぁ」
さらにとんでもない情報を出してきた。なんだか頭が痛い気がする。
ルーシーとレオがゆっくりと顔を見合わせ、またゆっくりとオーランドの方に向き直す。
「オーランド……文通してるの?」
「うん。俺が解呪のためにエールベルトに来たって話したからか、陛下はずっと気にかけてくださっててさ。お会いしたのは一回だけなんだけど、それから手紙のやりとりをするようになったんだ」
(初めて聞いた)
「そんなの初めて聞いたぞ」
レオですら知らなかったらしい。オーランドは一体いつ手紙を書いていたのだろうか。護衛が見ていない時間など……朝だ。間違いなく朝だ。レオは毎朝主人に置いて行かれるほどの寝坊助だ。
おそらくオーランドは早く起きて書いていたのだろう。
「だって、王子と陛下の文通の内容なんて知りたいか?」
「うっかり国家機密とか漏らされたら迷惑だから知りたくねえ」
「そんな物騒なことは書いてない。……学校での生活はどうだとか、解呪の進み具合とか、普通のことを書いてただけだ、うん」
オーランドの視線が迷子なのと最後の「うん」が妙に気になるが、それまでの情報が濃すぎた。今なら何を言われても驚かない自信がある。
もう一度じっくりと手紙の文字を見つめたオーランドが小さく頷く。
「やっぱり陛下からの手紙と筆跡が似てる。というか同じだ」
「じゃあこの件はお前の呪いに関わってっから、陛下が直々に力を貸してくださってるってことか?」
「どうだろうなぁ。陛下の命令がないと魔術師団に強制解呪をしてもらえないのかな? そんな雰囲気ではなかったと思うんだけど。他にも何かあるのか……?」
(どうなってるのか全然わからない)
オーランドとレオにわからないことをルーシーがいくら考えたところで無駄だった。その証拠に先程から一言も発せていない。
なんとなくわかるのは、断れない手紙に呼ばれたのだから、行くしかないということ。
どうやら今日を最高の日として締めくくるためには、その前に乗り越えなくてはならない壁があるらしい。
(こうなったからには、呪いが解ける瞬間を一番近くで見てやる)
その瞬間だけを楽しみに、ルーシーは覚悟を決めたのだった。
♢♢♢
――放課後。
ルーシー達は騎士の案内で、王立騎士団の本部に来ていた。
入り口付近では普段街の巡回をしている騎士を数人見かけたのだが、奥に進むにつれてその姿は少なくなる。
昨日襲ってきた傭兵達は、オーランドとレオが規格外に強かったため、結果的に誰も傷付けていない。お金を奪うことにも失敗している。
そんな訳でルーシーは、傭兵達は刑の軽い罪人が入る部屋に捕らえられているのだと考えていた。
けれどもその部屋を、かなり前に素通りしたのだ。
(どこまで奥に連れて行かれるんだろう)
疑問を抱きながらも歩き続けると、見るからに階級が高い騎士の姿が多くなる。
彼らはこちらの事情を知っているのか、ルーシー達に気付くや否や即座に道を空け、風を切る音を立てて敬礼をする。
そしてルーシー達の通過を見届けるまでは決して動かない。
「気を遣わなくて良いので」なんて言えないくらい、騎士達の目は本気だ。少々怖い。
オーランドは無表情のまま首を傾げ、レオは怪訝そうな顔を隠さず、ルーシーは気まずさ全開で、それぞれ会釈をして騎士達の前を通り過ぎる。
――騎士の姿が遠くなった廊下に「俺がこっちでは平民だって、知ってるはずなんだけどなぁ」というオーランドの声が、ぽつりと落ちた。
そうこうするうちに、随分と奥までやって来た。
正面にそびえ立つのは、騎士団のエンブレムが彫られた分厚い扉。その前に数人の厳つい騎士が張り付いており、いかにも物々しい雰囲気だ。
(今から、ここに入るのか……)
ルーシーが顔をひきつらせていると扉が開き、中から大男が現れた。その体の大きさも威圧感も、常人とは比べ物にならない。
隣に立つレオが目を輝かせる。
「エールベルトの英雄……!」
さすが、よく知っている。現れた大男は口元に小さく笑みを浮かべ、短い挨拶をした。
――ダイアー騎士団長。レオが言ったように、エールベルトの英雄と呼ばれる男だ。
魔術の発展が目立つエールベルトでも彼の存在は無視出来ない。己の肉体と剣一本で戦い抜いてきた非常に優秀な騎士である。
だが、正直そんなことはどうでも良かった。問題なのは、何故ここにそんな大物が現れたのかということだ。
ちらりとダイアーの顔を見上げたが、目など合うはずもない。
「事情はうかがっております。魔術師も控えておりますので、解呪は可能かと」
ダイアーはオーランドに対しても、特に頭を下げる様子はない。どうやら王子でも平民でもない微妙な立場として接するようだ。オーランドもその方がやりやすいだろう。
「ありがとうございます。この御恩は、必ず」
「ははっ、その言葉はまだ早いですぞ。全て片付けてからにいたしましょう。さあ、こちらへ」
――ギイィ、と音を立て、重そうな扉が再び開く。
ダイアーの大きな背中に続き、三人は部屋に入っていった。
「逃亡した魔術師を捕まえたって、さっき手紙が届いた」
放課後までに捕まれば良いなと考えていたのだが、もっと早かった。やはりエールベルトの魔術師は優秀だ。
「身柄は昨日の男達とまとめて騎士団で預かってくれてるらしい。今日の放課後面会することになった」
まだ確定ではないが、捕まった魔術師はオーランドを呪った犯人で間違いないだろう。面会にはエールベルトの魔術師も立ち会うはず。強制解呪も安全面も、問題はない。
(やっと、呪いが解けるんだ)
ルーシーは無意識にオーランドの頬に触れていた。彼の痣をゆっくりと撫でる。
「気を付けて行って来てね。……ああ、夜にはオーランドが笑った顔が見られるのかぁ。今日は何時まででも起きて待ってるから。寮母さんに説明して、遅くなっても会わせてもらえるように頼みこんどくから。だから絶対、会いに来て」
一分でも一秒でも早く、オーランドが笑うところを見たい。だから今日だけは規則を無視させてもらうつもりだった。
ルーシーは寮母とも当然のように仲が良い。その辺は何とでもなる。
疲れて帰って来るであろうオーランドには申し訳ないが、ほんの少しでも会いに来て欲しかった。
「お願い!」と懇願したルーシーに、普段のオーランドなら頷かないわけがない。
しかし返って来たのは、すっとぼけたような声だった。
「え? ルーシーも呼ばれてるけど?」
「……んへぇ?」
ルーシーからも、オーランドに負けないくらいすっとぼけた声が出た。
「ほらこれ。俺とレオとルーシーの三人で来いって書かれてるだろう?」
呪いが解けたオーランドに早く会いたいとは思ったが、自分まで騎士団に同行するつもりなどなかった。
オーランドに手紙を見せてもらう。
どうやら騎士団長の署名も入った正式なもののようだ。そこにレオだけでなくルーシーまで来るように書かれている。
おかしい、この手紙はおかしすぎる。
(なんで私?)
冷や汗をかくルーシーの隣で、一緒に手紙を覗き込んだレオは機嫌が良さそうだ。オーランドを苦しめた呪いがもうすぐ解けるのだから、無理もない。
「昨日の事件現場にいた誰かが、ルーシーが魔術使ったこと話したんじゃねえか? 実際あの魔術であいつが怯んでなかったら、オーランドもあの子もどうなってたかわかんねえし」
ルーシーがとっさに発動させた光の魔術は、レオに好評だったらしい。オーランドを守る仲間としてなのか、分厚い手で頭をガシガシと撫でまわされた。
「レオの言う通りだと思う。ルーシーは攻撃も受けてるし」
レオに荒らされた髪の毛を、オーランドが整えてくれる。
(あの場で魔術を使ったから呼ばれたってこと? でも今日面会する理由はあくまで解呪のためのはず。昨日の事件はまた別だと思ったんだけど。それに――)
「でもこの手紙、おかしいんだよなぁ」
黙り込んだルーシーの思考を遮るように、オーランドが口を開いた。レオはさっぱりわからないという顔で首をひねる。
「どこがだ?」
「んー。間違えてたら各方面から怒られそうだけど、筆跡が陛下に似てる気がする」
急にとんでもないことを言い出したオーランドに、ルーシーとレオは目を瞬かせる。
「陛下って、どっちのだ」
「エールベルトの」
「なんでお前がそんなことわかるんだ」
「え……俺、陛下と文通してるからさぁ」
さらにとんでもない情報を出してきた。なんだか頭が痛い気がする。
ルーシーとレオがゆっくりと顔を見合わせ、またゆっくりとオーランドの方に向き直す。
「オーランド……文通してるの?」
「うん。俺が解呪のためにエールベルトに来たって話したからか、陛下はずっと気にかけてくださっててさ。お会いしたのは一回だけなんだけど、それから手紙のやりとりをするようになったんだ」
(初めて聞いた)
「そんなの初めて聞いたぞ」
レオですら知らなかったらしい。オーランドは一体いつ手紙を書いていたのだろうか。護衛が見ていない時間など……朝だ。間違いなく朝だ。レオは毎朝主人に置いて行かれるほどの寝坊助だ。
おそらくオーランドは早く起きて書いていたのだろう。
「だって、王子と陛下の文通の内容なんて知りたいか?」
「うっかり国家機密とか漏らされたら迷惑だから知りたくねえ」
「そんな物騒なことは書いてない。……学校での生活はどうだとか、解呪の進み具合とか、普通のことを書いてただけだ、うん」
オーランドの視線が迷子なのと最後の「うん」が妙に気になるが、それまでの情報が濃すぎた。今なら何を言われても驚かない自信がある。
もう一度じっくりと手紙の文字を見つめたオーランドが小さく頷く。
「やっぱり陛下からの手紙と筆跡が似てる。というか同じだ」
「じゃあこの件はお前の呪いに関わってっから、陛下が直々に力を貸してくださってるってことか?」
「どうだろうなぁ。陛下の命令がないと魔術師団に強制解呪をしてもらえないのかな? そんな雰囲気ではなかったと思うんだけど。他にも何かあるのか……?」
(どうなってるのか全然わからない)
オーランドとレオにわからないことをルーシーがいくら考えたところで無駄だった。その証拠に先程から一言も発せていない。
なんとなくわかるのは、断れない手紙に呼ばれたのだから、行くしかないということ。
どうやら今日を最高の日として締めくくるためには、その前に乗り越えなくてはならない壁があるらしい。
(こうなったからには、呪いが解ける瞬間を一番近くで見てやる)
その瞬間だけを楽しみに、ルーシーは覚悟を決めたのだった。
♢♢♢
――放課後。
ルーシー達は騎士の案内で、王立騎士団の本部に来ていた。
入り口付近では普段街の巡回をしている騎士を数人見かけたのだが、奥に進むにつれてその姿は少なくなる。
昨日襲ってきた傭兵達は、オーランドとレオが規格外に強かったため、結果的に誰も傷付けていない。お金を奪うことにも失敗している。
そんな訳でルーシーは、傭兵達は刑の軽い罪人が入る部屋に捕らえられているのだと考えていた。
けれどもその部屋を、かなり前に素通りしたのだ。
(どこまで奥に連れて行かれるんだろう)
疑問を抱きながらも歩き続けると、見るからに階級が高い騎士の姿が多くなる。
彼らはこちらの事情を知っているのか、ルーシー達に気付くや否や即座に道を空け、風を切る音を立てて敬礼をする。
そしてルーシー達の通過を見届けるまでは決して動かない。
「気を遣わなくて良いので」なんて言えないくらい、騎士達の目は本気だ。少々怖い。
オーランドは無表情のまま首を傾げ、レオは怪訝そうな顔を隠さず、ルーシーは気まずさ全開で、それぞれ会釈をして騎士達の前を通り過ぎる。
――騎士の姿が遠くなった廊下に「俺がこっちでは平民だって、知ってるはずなんだけどなぁ」というオーランドの声が、ぽつりと落ちた。
そうこうするうちに、随分と奥までやって来た。
正面にそびえ立つのは、騎士団のエンブレムが彫られた分厚い扉。その前に数人の厳つい騎士が張り付いており、いかにも物々しい雰囲気だ。
(今から、ここに入るのか……)
ルーシーが顔をひきつらせていると扉が開き、中から大男が現れた。その体の大きさも威圧感も、常人とは比べ物にならない。
隣に立つレオが目を輝かせる。
「エールベルトの英雄……!」
さすが、よく知っている。現れた大男は口元に小さく笑みを浮かべ、短い挨拶をした。
――ダイアー騎士団長。レオが言ったように、エールベルトの英雄と呼ばれる男だ。
魔術の発展が目立つエールベルトでも彼の存在は無視出来ない。己の肉体と剣一本で戦い抜いてきた非常に優秀な騎士である。
だが、正直そんなことはどうでも良かった。問題なのは、何故ここにそんな大物が現れたのかということだ。
ちらりとダイアーの顔を見上げたが、目など合うはずもない。
「事情はうかがっております。魔術師も控えておりますので、解呪は可能かと」
ダイアーはオーランドに対しても、特に頭を下げる様子はない。どうやら王子でも平民でもない微妙な立場として接するようだ。オーランドもその方がやりやすいだろう。
「ありがとうございます。この御恩は、必ず」
「ははっ、その言葉はまだ早いですぞ。全て片付けてからにいたしましょう。さあ、こちらへ」
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