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第一章 嵐は突然やって来る
1-5 縁側から見上げた空
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初夏の眩しい陽光が、露をたっぷりと含んだ庭の草木の緑を鮮やかに照らしている。
額に滲んだ汗を拭いながら仰いだ空は、抜けるように青い。
庭の水撒きを終えた有智が、巻き取ったホースを片付けていると
「お疲れ様。お茶淹れたから」
縁側の窓越しに、菜々美が声を掛けて来た。
「ああ、有難う」
「冷ましたつもりだけどまだちょっと熱いかも」
玄関へと足を向けようとして、ふと立ち止まって。
「じゃあ縁側で涼みながらもらうかな」
ひとりごちて、開け放たれた縁側に腰を下ろした。
すぐ横に座った妻が傍に置いた丸い盆の上には、濃い緑色の緑茶で満たされた夫婦茶碗が仲良く並んでいる。
娘は朝から弁当持ちで部活動で登校、息子は昼食を済ませた後、最近親しくなった同じクラスの友達の家へ遊びに出掛けた。
ここに転居してきて以来初めての、夫婦ふたりきりの休日の昼下がりである。
「冷たい方が良かったかな?作り置きなくてごめんね」
妻の言葉に、いや、と首を横に振って
「この位でちょうどいいよ」
茶碗に手を伸ばしながら、有智は応えた。
日差しの強さは既に夏のそれだが、袖をまくった腕や頬に当たる風は幾分ひんやりとしていて。
冷茶を外で飲むにはやや時期が早そうだ。
手にした茶碗がさほど熱くない事を認めて、口許に運ぶ。
ふたくちみくちと含んだ茶の程良い温さと渋味が、唇から口の中を心地よく潤して、喉許へと落ちていく。
菜々美が淹れる茶は、普通よりも濃くて渋味が強い。
適当に時間を置いて濃くしている訳ではなく、彼女なりに子どもの頃から茶葉の量や湯の温度、湯を注いでから蒸らす時間等を考え試行錯誤した末に行き着いた味、らしい。だからいつも濃さも渋さも一定で変わる事はない。
中学時代の部活動の折に、菜々美は冷やした緑茶を水筒に入れて持って来ていた。
どんなきっかけだったか忘れたが、ある日それを分けてもらった春久も有智もその独特の渋味をひどく気に入って。
何時の間にか、菜々美の茶を三人で一緒に飲む事が何となく習慣になっていた。
『三人でジーサンバーサンになっても縁側で並んで渋茶を飲みながら話せる友達でいようね』
菜々美がそう言った時
『ジーサンバーサンになるまであと何年あると思ってるんだよ!』
笑いながら突っ込んだ春久と有智、だったが。
何時しか、それは三人の共通の夢となっていた。
中学校を卒業して、有智と菜々美は同じ高校に進学したが春久だけがひとり地元を離れて上京し、三人で顔を合わせる機会は随分と少なくなったが、会うと必ず三人で渋茶を飲んだ。大抵が春久に『渋茶が飲みたい』と催促されてのことで、菜々美も心得ていたのか外で会う際には水筒で冷たい茶を持参していた。
クラス会や同窓会、吹奏楽部の同期会等、パーティ形式の集まりの席でも、菜々美がどこからか場の雰囲気に不似合いな急須と茶碗を調達して来てその場で渋茶を淹れてくれた。
有智と菜々美の結婚披露宴の際、数年ぶりに三人揃うからと菜々美が水筒を用意して来ていて。
有智は無論、流石の春久もこれには唖然として制止しようとしたものの、菜々美は全く意に介する事なく、結局高砂席で三人で渋茶で乾杯する羽目になった。
今年の春、大阪から故郷にUターン転職して菜々美の実家であるこの家に居を定めた有智達を、ニューヨークから東京に異動になり帰国したばかりの春久が早速帰省がてら訪ねて来てくれて。
物凄く久し振りに、三人で渋茶を啜った。
この、縁側で。
「ここで渋茶飲むの、ハルが来た時以来だね」
庭を眺めながら、茶碗を口許から離した菜々美が言った。
同じ事を考えていたのか、と思いながら
「だな」
短く、有智は応えた。
縁側で、三人で並んで。
数年間の久闊を互いに叙したあの時。
春久が笑いながら、言った。
『喧嘩相手なら目の前の奴で間に合ってるからな』
何だったか、菜々美と些細な事で言い合って。
春久が、犬も喰わないとはよく言ったもんだ、と呆れるのに
『悔しかったらおまえも早く喧嘩相手を見つける事だな』
からかったら、余計なお世話だ、と睨みつけてきて。
そして、そう言った。
けれど。
春久が結婚を決めたのは、正に『その日』の事だった。
ここを辞したその足で芙美子に会いに行って、互いの気持ちを確かめ合ったのだと。
昨夜、夕食の席で有智は菜々美から、芙美子が電話で話してくれたという春久との結婚までの経緯を聞いた。
芙美子はやはり菜々美や親友の佐奈にも事前に知らせない事を気にしていたらしいが、春久から報告葉書が皆の手許に届くまで絶対黙っていろと言われてどうしようもなかったのだと。
芙美子の話からは、何故春久がそんな事を言い出したのかは結局判らずじまいだったようだが。
夕食後にメールをくれた啓太に電話を掛けたら
『おいユーチ!どういう事だよあれ!』
開口一番、噛みつくように言われて。
『……俺の方が聞きたい位だよ、どういう事だって』
収めたつもりの感情が、また波立った。
こちらが春久から何も聞いていない事に、マジかよ!とひどく驚いた啓太が
『他の奴らはともかくラッパ戦隊のおまえらには真っ先に知らせて来るもんだろが!』
電話の向こうで叫ぶのに、自重の糸がぷつりと切れて。
『それさっきから他の連中にも散々言われまくってるけど俺に言われても知るかよ!』
もはや無理に取り繕う気も失せて、有智は僅かに得た情報を淡々と啓太に伝えた。
と。
『なあユーチ、この前俺がメールした時の事、覚えてるか?』
不意に啓太が問うてきたのに、え?と首を傾げて。
『この前って……あれか?ハルに似た奴を駅前で見掛けたって。でも女連れだから多分』
人違い、と言いかけて、あ、と有智は思った。
もしやあれは紛れもない春久本人だったのでは、と。
菜々美から聞いた話によると、ふたりは挙式披露宴は行わず先月芙美子の退職に合わせてこちらで婚姻届を提出し、両家の身内だけで食事会をしたという事だった。
時期的にも辻褄が合う、が。
『でもおまえ、連れの女の方は見覚えなかったんだろ?』
春久と一緒に歩いていた女性については、親密そうだったという以外特に言及していなかったと、思い返しながら有智が問うと
『いや、ハルかなって方に気を取られてそっちはあんまりよく見てなかったんだ俺』
だから全然気づかなかった、と、啓太は苦笑していた。
やはり、啓太が見掛けたのは春久と芙美子だったという可能性が高い。
だが。
あの時有智は、多分人違いだろうと啓太にレスを返す一方で、一応春久にも念の為にメールを送った。
『今啓太からメールが来た。さっきおまえに似た奴を駅前で見掛けたけど帰省するとか聞いているかって。』
という出だしで、でも三月に帰省したばかりだしそもそもそいつは女連れだったらしくて啓太も自分も他人の空似だろうと思うが一応念の為に聞いてみた、と綴った。
忙しい所に野暮用でメールした事を文末で謝ったのだが、果たしてレスが来なかったので『他人の空似と思うなら最初からメールするな!』って今頃怒っているかもな、と苦笑いして。
それきりその事は忘れていた。
もしそれが『他人の空似』ではなかったのなら。
何故、春久はレスを寄越さなかったのか。
それだけではない。
妻の話では、春久と芙美子は大分前からメールで個人的なやり取りを交わしていて、それが今回のプロポーズから結婚へと至る布石となったとのことだが。
春久はこれまでそういう話を口にしたことは、いちどもなかった。
二ヶ月前の『その日』でさえも、何も。
色々と、腑に落ちない事ばかりではあるものの。
『同期会、もちろんやるよな?』
有智が啓太にそう言うと、ああ、と返って来て。
『同期同士の結婚だし、披露宴やらないんなら尚更、同期で集まって祝ってやりたいよな』
『祝う?』
何も聞かされなかった事へのわだかまりが、言葉に棘を纏わせた。
『祝う』より、ここは『呪う』の方だろうと。
『呪う?』
怪訝そうに問うてきた啓太に、
『ああ。同期全員集めて呪ってやるさ、盛大にな』
冷ややかな声で、有智は応えた。
『ハルの奴、どういう事かこってり締め上げて吐かせてやるからな、絶対』
昨夜、有智が啓太に同期会云々と言ったのは、多忙で滅多に帰省して来ない春久と確実に顔を合わせる機会を近いうちに作りたいと思っての事だった。
同期皆で祝ってやると言えば、絶対に万障繰り合わせて夫婦ふたりで帰って来るだろうと。
電話でもメールでもなく、直接会って話がしたい。
一体どういうつもりでこんなことをしたのか、真正面から問い質したい。
『披露宴やらないんなら同期で集まって祝ってやりたいな』
啓太のように純粋な気持ちで、祝えない自分が嫌になる。
長年の同期として、戦友として、春久の幸せを心から嬉しく思う。
それは嘘偽りない本心、なのに。
――菜々美は、どう思っているんだろう。
すっかり冷めた茶を啜りながら、有智は横にいる妻をそっと目だけで窺った。
茶碗を包み込むように持った両手を揃えた膝の上に載せたまま、視線を庭先に向けている。
穏やかな表情からは、何も読み取れない。
啓太とのやり取りを菜々美に伝えた際
『そうだよね、披露宴やっていないんなら同期会で盛大に祝ってやりたいね』
菜々美は啓太と同じような事を言った。
やっぱりお盆休みの頃かな、啓太はコンクールで忙しいだろうから幹事は私達が、と楽しそうに構想を語っていた。
だが。
有智は気づいていた。
昨夜、菜々美が遅くまでひとり、起きていた事を。
額に滲んだ汗を拭いながら仰いだ空は、抜けるように青い。
庭の水撒きを終えた有智が、巻き取ったホースを片付けていると
「お疲れ様。お茶淹れたから」
縁側の窓越しに、菜々美が声を掛けて来た。
「ああ、有難う」
「冷ましたつもりだけどまだちょっと熱いかも」
玄関へと足を向けようとして、ふと立ち止まって。
「じゃあ縁側で涼みながらもらうかな」
ひとりごちて、開け放たれた縁側に腰を下ろした。
すぐ横に座った妻が傍に置いた丸い盆の上には、濃い緑色の緑茶で満たされた夫婦茶碗が仲良く並んでいる。
娘は朝から弁当持ちで部活動で登校、息子は昼食を済ませた後、最近親しくなった同じクラスの友達の家へ遊びに出掛けた。
ここに転居してきて以来初めての、夫婦ふたりきりの休日の昼下がりである。
「冷たい方が良かったかな?作り置きなくてごめんね」
妻の言葉に、いや、と首を横に振って
「この位でちょうどいいよ」
茶碗に手を伸ばしながら、有智は応えた。
日差しの強さは既に夏のそれだが、袖をまくった腕や頬に当たる風は幾分ひんやりとしていて。
冷茶を外で飲むにはやや時期が早そうだ。
手にした茶碗がさほど熱くない事を認めて、口許に運ぶ。
ふたくちみくちと含んだ茶の程良い温さと渋味が、唇から口の中を心地よく潤して、喉許へと落ちていく。
菜々美が淹れる茶は、普通よりも濃くて渋味が強い。
適当に時間を置いて濃くしている訳ではなく、彼女なりに子どもの頃から茶葉の量や湯の温度、湯を注いでから蒸らす時間等を考え試行錯誤した末に行き着いた味、らしい。だからいつも濃さも渋さも一定で変わる事はない。
中学時代の部活動の折に、菜々美は冷やした緑茶を水筒に入れて持って来ていた。
どんなきっかけだったか忘れたが、ある日それを分けてもらった春久も有智もその独特の渋味をひどく気に入って。
何時の間にか、菜々美の茶を三人で一緒に飲む事が何となく習慣になっていた。
『三人でジーサンバーサンになっても縁側で並んで渋茶を飲みながら話せる友達でいようね』
菜々美がそう言った時
『ジーサンバーサンになるまであと何年あると思ってるんだよ!』
笑いながら突っ込んだ春久と有智、だったが。
何時しか、それは三人の共通の夢となっていた。
中学校を卒業して、有智と菜々美は同じ高校に進学したが春久だけがひとり地元を離れて上京し、三人で顔を合わせる機会は随分と少なくなったが、会うと必ず三人で渋茶を飲んだ。大抵が春久に『渋茶が飲みたい』と催促されてのことで、菜々美も心得ていたのか外で会う際には水筒で冷たい茶を持参していた。
クラス会や同窓会、吹奏楽部の同期会等、パーティ形式の集まりの席でも、菜々美がどこからか場の雰囲気に不似合いな急須と茶碗を調達して来てその場で渋茶を淹れてくれた。
有智と菜々美の結婚披露宴の際、数年ぶりに三人揃うからと菜々美が水筒を用意して来ていて。
有智は無論、流石の春久もこれには唖然として制止しようとしたものの、菜々美は全く意に介する事なく、結局高砂席で三人で渋茶で乾杯する羽目になった。
今年の春、大阪から故郷にUターン転職して菜々美の実家であるこの家に居を定めた有智達を、ニューヨークから東京に異動になり帰国したばかりの春久が早速帰省がてら訪ねて来てくれて。
物凄く久し振りに、三人で渋茶を啜った。
この、縁側で。
「ここで渋茶飲むの、ハルが来た時以来だね」
庭を眺めながら、茶碗を口許から離した菜々美が言った。
同じ事を考えていたのか、と思いながら
「だな」
短く、有智は応えた。
縁側で、三人で並んで。
数年間の久闊を互いに叙したあの時。
春久が笑いながら、言った。
『喧嘩相手なら目の前の奴で間に合ってるからな』
何だったか、菜々美と些細な事で言い合って。
春久が、犬も喰わないとはよく言ったもんだ、と呆れるのに
『悔しかったらおまえも早く喧嘩相手を見つける事だな』
からかったら、余計なお世話だ、と睨みつけてきて。
そして、そう言った。
けれど。
春久が結婚を決めたのは、正に『その日』の事だった。
ここを辞したその足で芙美子に会いに行って、互いの気持ちを確かめ合ったのだと。
昨夜、夕食の席で有智は菜々美から、芙美子が電話で話してくれたという春久との結婚までの経緯を聞いた。
芙美子はやはり菜々美や親友の佐奈にも事前に知らせない事を気にしていたらしいが、春久から報告葉書が皆の手許に届くまで絶対黙っていろと言われてどうしようもなかったのだと。
芙美子の話からは、何故春久がそんな事を言い出したのかは結局判らずじまいだったようだが。
夕食後にメールをくれた啓太に電話を掛けたら
『おいユーチ!どういう事だよあれ!』
開口一番、噛みつくように言われて。
『……俺の方が聞きたい位だよ、どういう事だって』
収めたつもりの感情が、また波立った。
こちらが春久から何も聞いていない事に、マジかよ!とひどく驚いた啓太が
『他の奴らはともかくラッパ戦隊のおまえらには真っ先に知らせて来るもんだろが!』
電話の向こうで叫ぶのに、自重の糸がぷつりと切れて。
『それさっきから他の連中にも散々言われまくってるけど俺に言われても知るかよ!』
もはや無理に取り繕う気も失せて、有智は僅かに得た情報を淡々と啓太に伝えた。
と。
『なあユーチ、この前俺がメールした時の事、覚えてるか?』
不意に啓太が問うてきたのに、え?と首を傾げて。
『この前って……あれか?ハルに似た奴を駅前で見掛けたって。でも女連れだから多分』
人違い、と言いかけて、あ、と有智は思った。
もしやあれは紛れもない春久本人だったのでは、と。
菜々美から聞いた話によると、ふたりは挙式披露宴は行わず先月芙美子の退職に合わせてこちらで婚姻届を提出し、両家の身内だけで食事会をしたという事だった。
時期的にも辻褄が合う、が。
『でもおまえ、連れの女の方は見覚えなかったんだろ?』
春久と一緒に歩いていた女性については、親密そうだったという以外特に言及していなかったと、思い返しながら有智が問うと
『いや、ハルかなって方に気を取られてそっちはあんまりよく見てなかったんだ俺』
だから全然気づかなかった、と、啓太は苦笑していた。
やはり、啓太が見掛けたのは春久と芙美子だったという可能性が高い。
だが。
あの時有智は、多分人違いだろうと啓太にレスを返す一方で、一応春久にも念の為にメールを送った。
『今啓太からメールが来た。さっきおまえに似た奴を駅前で見掛けたけど帰省するとか聞いているかって。』
という出だしで、でも三月に帰省したばかりだしそもそもそいつは女連れだったらしくて啓太も自分も他人の空似だろうと思うが一応念の為に聞いてみた、と綴った。
忙しい所に野暮用でメールした事を文末で謝ったのだが、果たしてレスが来なかったので『他人の空似と思うなら最初からメールするな!』って今頃怒っているかもな、と苦笑いして。
それきりその事は忘れていた。
もしそれが『他人の空似』ではなかったのなら。
何故、春久はレスを寄越さなかったのか。
それだけではない。
妻の話では、春久と芙美子は大分前からメールで個人的なやり取りを交わしていて、それが今回のプロポーズから結婚へと至る布石となったとのことだが。
春久はこれまでそういう話を口にしたことは、いちどもなかった。
二ヶ月前の『その日』でさえも、何も。
色々と、腑に落ちない事ばかりではあるものの。
『同期会、もちろんやるよな?』
有智が啓太にそう言うと、ああ、と返って来て。
『同期同士の結婚だし、披露宴やらないんなら尚更、同期で集まって祝ってやりたいよな』
『祝う?』
何も聞かされなかった事へのわだかまりが、言葉に棘を纏わせた。
『祝う』より、ここは『呪う』の方だろうと。
『呪う?』
怪訝そうに問うてきた啓太に、
『ああ。同期全員集めて呪ってやるさ、盛大にな』
冷ややかな声で、有智は応えた。
『ハルの奴、どういう事かこってり締め上げて吐かせてやるからな、絶対』
昨夜、有智が啓太に同期会云々と言ったのは、多忙で滅多に帰省して来ない春久と確実に顔を合わせる機会を近いうちに作りたいと思っての事だった。
同期皆で祝ってやると言えば、絶対に万障繰り合わせて夫婦ふたりで帰って来るだろうと。
電話でもメールでもなく、直接会って話がしたい。
一体どういうつもりでこんなことをしたのか、真正面から問い質したい。
『披露宴やらないんなら同期で集まって祝ってやりたいな』
啓太のように純粋な気持ちで、祝えない自分が嫌になる。
長年の同期として、戦友として、春久の幸せを心から嬉しく思う。
それは嘘偽りない本心、なのに。
――菜々美は、どう思っているんだろう。
すっかり冷めた茶を啜りながら、有智は横にいる妻をそっと目だけで窺った。
茶碗を包み込むように持った両手を揃えた膝の上に載せたまま、視線を庭先に向けている。
穏やかな表情からは、何も読み取れない。
啓太とのやり取りを菜々美に伝えた際
『そうだよね、披露宴やっていないんなら同期会で盛大に祝ってやりたいね』
菜々美は啓太と同じような事を言った。
やっぱりお盆休みの頃かな、啓太はコンクールで忙しいだろうから幹事は私達が、と楽しそうに構想を語っていた。
だが。
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