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しおりを挟む君は私を見ないけれど、私は君を見てる。
本当は君の隣で君を見ていたい…あの日のように君と唄うように語り合いたい。
けれどそれは叶わない夢だから、現実を受け入れて痛く苦しい心臓を抑えながら私は君の事だけを考える。
心根茜…私の幼馴染、私の初恋の女の子。
だけど彼女は私を見ない、私を決して視界に入れてくれない。
いつかの日に仲違いをしてしまったあの日から、私達の関係はヒビ割れ…完全に壊れてしまった。
今では「幼馴染」という事実だけが残っていて、私はそれだけを大切にして今を生きている。
私は初恋の人に嫌われている。
私も彼女を嫌ってしまえば楽なんだろうけど、でも惚れた弱みというやつなのか…私はどうも茜を恨む事が出来なくて、今も初恋の感情に惑わされる日々ばかり…。
この恋心は今も燻っていて、永遠に消える事はないだろう。
だけど、それと同時にこの気持ちが彼女に届く事なんてないと気付いている…。
けど、それでもいいんだと納得しているんだ。
私は既に死んでいるようなものだ、だから彼女の隣にいる事を願わずに、こうして遠くから茜を見ていればそれでいい。
なのに、その自分の行いに…苛立ちにも似た歯痒さを感じるのは何故だろうか?
まるで海中に押し込められるように、呼吸が出来ず苦しさと圧迫感が私を襲う。
どうしようもない息苦しさに襲われて、この息苦しさからどうにかして逃げ出したいと願ってしまう。
でも、私はそれを願ってはいけない。
だって私は幼馴染を傷付け、嫌われて…二度と彼女の隣に立つ資格がないのだから…。
だから、私は遠くで君を見ていればそれでいい…。
例え叶う事ない恋心を抱えて、どうしようもない苦しみに溺れそうになったとしても私は茜と二度と関わる事はないだろう……。
なんて、思ってたのに。
弁えてたはずなのに。
自分の罪だと分かってるのに。
君に触れたいと願ってしまったんだ。
◇
幼馴染…天川司が嫌い。
容姿端麗、運動神経抜群で成績優秀…天は二物を与えないとかほざくけど、アイツを見ていると神様は美人を贔屓にどんな才能も与えてしまうらしい。
そんな才能に溢れたアイツは、子供の頃から大人達に持て囃されて育ってきた。
なんでもこなすアイツは大人を喜ばす存在だったが故に、その隣にいた私も同じ事を強要された。
『司のように努力しろ」
『司に比べてお前は出来が悪い」
『どうして司と同じ事が出来ないのか?」
そんな言葉を大人達に何度も言われた、何度も何度も蔑まられた…。
幼馴染という立場が故に、私と司は天秤に掛けられては私は必ず失望される。
私が一体何をしたわけ?
私は司と何一つ関係ないのに…違うのに、なんで私ばかり司と比べられてこんな目に遭わなければならないの?
理不尽だ、惨めだ…最悪だ、あんな奴が幼馴染のせいで私の人生全てが滅茶苦茶だ…。
なのにアイツは私の事をまだ友達だと…幼馴染だと言うものだから…私は拒絶した。
うざったかった。
司は私と違ってなんでも持ってるから、私との関わりなんかどうせ可哀想とか思って私に構っているんだと思い込んで一方的に司を拒んだ。
…私自身、自分がやってる事が醜い嫉妬だと分かってる。
だけど、この感情を肯定してさえも…私は幼馴染が嫌いなんだ。
アイツなんか大嫌いだ…。
一週間前、私こと心根茜は家出した。
理由は言いたくないけど、とりあえず親と喧嘩したということにしている。
あと学校にも行ってない、どうせ私一人がいなくても誰も気にはしないし、むしろ居なくなって清々したとか思ってる頃だろう。
そもそも私、友達と言える人間ほとんどいないし…。
今は小学の頃から貯めてた貯金を崩してネカフェやカラオケを転々として過ごしてる。
最初は高校生が持つには高額すぎる金が口座にはあったけど、一週間も自由にふらついているとあれだけあった口座の数字も爆速で減っていく…。
そろそろ今日すら過ごせなくなる程追い込まれていた私だったが、迫る危機なんかに気にもせずにゲーセンで暇を潰していた。
「…………つっまんな」
数々の筐体から出る音が互いの音を邪魔しあって不協和音が飛び交っている。
元の音すら判別出来ない不協和音の空間の中で、コーラ片手に愚痴をこぼす。
空虚な気分だった、ここ最近はずっとゲーセンに入り浸ってばかりだったから…いい加減飽きていた。
筐体の画面から反射する私の顔は、とても女子高生とは思えない不健康な顔つきをしていた。
目元は隈で黒くなって不気味で、肌もカサカサ…鮫肌のようになっていて大根をおろせそうだ。
髪もロクに風呂に入っていないからガサガサだし、正直言って今の私はとてつもなくヤバイ女って感じ。
「…ヤバいのは分かってんだよ」
コーラを飲み干して、予備に買っていたエナジードリンクを取り出す。
プルタブを慣れた手付きで押して『カシュッ』といい音を鳴らすと、そのまま一口飲む…。
気分はやけ酒…酒は飲んだ事ないけど、こんな酷く落ち込んだ時はなにか口に入れていた方が気が休む…。
その行為がより一層自分を苦しめるのは分かっていても、やる事がこれしかないから…とにかく逃避行に耽っていた。
そんな時だった、私が暇潰しに遊んでいた筐体の画面から対戦の申し込みが出てきたのは。
「珍しい…対戦なんて」
一瞬驚いたものの、降って湧いた挑戦者に私はニヤリと口角を歪める。
退屈していた、遊び相手が欲しいと思っていたからこの対戦希望は丁度良かった。空虚な今の自分を…誰かを傷つけてでも満たしたくて、私はすぐに対戦に応じた。
画面は切り替わりキャラクターセレクトへ。
多数のキャラがずらりと並んでいるが、迷わず私は慣れたキャラを選んで決定する。
さて、相手はどう出るかな?なんて高みの見物をかましながら待っていると、私はあることに気が付く。
対戦相手…完全に初心者だと。
画面上の端には互いに設定したプレイヤーネームが出ている。
その隣には称号というものを付けることが出来るのだけど、相手の称号は緑と黄色の若葉マーク…要するに初心者だった。
「まじか、初心者が相手って」
通りでキャラ選択が遅いワケだ…。
カーソルがあっちこっちと慌てては、どのキャラにしようか悩んでいる相手の姿が目に浮かぶ。
正直、さっきより気分落ちる…。
挑んでくるならそれなりに強いやつかと思いきや、まさか初心者が相手となると八つ当たりしても楽しくない…。
「まぁ、いいか…適当にボコして終わりにしよう」
「どうせこの一回で何も出来なくなるし、明日からここに来れなくなるし…もうなんでもいいから八つ当たりしたい」
もう逃げ場がないから、ただ惨めに暴れるしかない。
金もないからこの一戦で最後、せめて私のこの空虚な気分が晴れるように…悔いのないように初心者を叩きのめそう…。
そうしないと、この重く暗い現実に押しつぶされそうだから……。
◇
意外な結末だった。
このゲームなら私は誰にも負けないという自負があったから、筐体が映す現実にしばらく放心していた。
「まぁじか…」
瞼が何度も反復する。
もしかして夢なんじゃないかと思って繰り返すも、私の瞳は相変わらず薄暗いゲーセンの景色だけを映している。
筐体の画面には私のキャラが倒れていた、体力バーが灰色になっていて…完全に負けていた。
対して初心者は満身創痍のものの、勝利時に見せるモーションを披露している。
「…まじか、相手なんなの…?クソ強すぎでしょ」
「最初こそは私が優勢だったのに、途中から動きを見切り始めて完璧な行動を連発し始めるし…ほんとなんなの?天才じゃんか…!」
一挙手一投足全てが完璧だった。
最初こそは操作に慣れてない感じだったのに、突然プロのような動きをしだしてからは状況が変わった。私は段々と押され始めて為す術なく倒された。
初心者の癖に…すごいものを見せられた。
あんな芸当できるなんて、流石の天才嫌いの私でも思わず感嘆の息を漏らしてしまう。
「…あんな凄いなら顔だけ見てこうかな」
「正直すっごく気になるし、うん…顔だけ見てこ」
あんなの魅せられたら気にならない訳ないし。
立ち上がって向かいの席の方へと視線を向ける。
私を倒した相手…一体どんなやつなんだろう?ひょっとしてイケメンとかだったりするのかな?なんて淡い期待を胸に秘めながら、私が見たものは…。
「……なんで」
喉が詰まった。
瞳孔が開いて、蓋をしていたはずの怒りがふつふつと湧き始める。
背中まで伸びた煌めくブロンドの髪。
凛とした雰囲気を身に纏い、その整った顔付きはどんな人間も思わず足を止めてしまうほどに美人。
まつげが長くて、ラピスラズリのような深い蒼の瞳を宿すそいつは…困惑する私をその瞳に映し込む。
そいつは私を一目見ると同時に席から立って身体を起こす、スラリと伸びた背丈が一気に私を追い越すと…ソイツは柔らかく微笑んだ。
「久しぶり茜…会いたかったよ」
「な、なんで…!」
「なんでアンタがここにいんのよ…司!!」
ソイツの名前は天川司。
私がこの世で最も嫌う人間…。
「なんでって、君を探しに来たんだ」
「一週間も姿を見せないから、すごく心配してた」
司は胸を撫で下ろしながらそう言う。
私を見下ろしながら、その金色に煌めく髪を揺らして司は私の肩に触れた。
指の一本一本が宝物に触れるように、ゆっくりと優しく指の感触が伝う…。
「こうやって喋るのは久々だ、茜ってば一週間も何をしてたんだい?すごく不健康そうだ」
最悪の再会だ。
司の、心底心配してるその顔が…とても不愉快だった。
さっきの対戦も、私だと分かっていて…尚且つあの短時間で私を上回っていた…。
どうしようもない天才、どんなことでもそつなくこなすコイツが…こんな風に私を心配してくるのが、見下されている感覚がして腹が立つ…!!
「…ッ!!」
指の感触がゆっくりと肩に伝ってくる。
ゾワゾワと肌がひっくり返るような感覚に襲われながら、私は噴火する怒りに身を任せてその手を弾いた。
「アンタには関係ない…司に心配されるとか、心底ムカつく」
「茜…」
「大体…私がこんなことになってんの…全部司のせいでしょ、今まで関わってこなかったくせに…よく今更友達面とかできるね」
舌がナイフになっていく。
心はふつふつと煮え滾って、言葉で殺す勢いで司を攻撃する。
泣け、震えろ…私の前からいなくなれ。
醜い感情を言葉に乗せて何度も切り掛かる、でも司の顔は何一つ変わらなかった…嫌な顔も泣きそうな顔も一つも浮かべずに、ただただ柔らかな笑みだけを浮かべていた。
「なに、笑ってんの…」
「それは君とまた喋れて嬉しいからかな」
「は?なにそれ、私貶してんだけど…?ドMかなんかなの?」
「別にそう言う訳じゃないさ…あと、今更そんな言葉で私が傷つくだなんて思わないでくれ」
首を横に否定されると同時に、私の言葉では司に傷を付けられないのだと理解する。
これじゃ何を言っても無駄だった…司は相変わらず何が楽しいのか笑っていて気持ち悪い。
そんな中、司は肩を落として息を吐きながら言った。
「先生から一週間全く連絡取れないって聞いた時は本当に焦った…何か犯罪に巻き込まれたんじゃないかと思ったんだよ」
「別に、スマホ手元にないだけだし…」
「でも、だからって一人で家出することはないだろう?誰か他の人に頼るとか…!」
「ああもう…うるさいなぁ!司には関係ないじゃん!」
「ッ……私はただ、ただ君が…」
拒絶して初めて司の表情が崩れた。
苦しそうに一瞬顔を歪めた司の隙を、私が見逃す訳もなくそのまま畳み掛けようとしたその時だった。
「君に何かあったら…嫌なんだ」
ぽつりと司が一言呟くと額を手で抑えて頭上を向いた。
そして大きく息を吐いてから、司は真顔で私を見据える。酷く重い空気が流れ始めて、司は一歩踏み出す。
「…遠い所で君を見るのは、もうイヤなんだよ」
「は、はぁ?何言って…」
「ごめん、もう我慢出来ない…」
初めての体験だった。
世界の動きが全て止まったかのように、あの鼓膜が痛くなるようなゲーセンの音が全く聞こえない。
甘い匂いが鼻を掠めて、唇に伝う初めての感触に脳が思考を放棄する。
いつになく唇の厚みを感じる、じっとりとした温もりが唇から全体に広がるように巡っていく…。
これは、一体…なにをされているのか。
わからなかった、何をされてるのか理解できなかった。
視界いっぱいに司の顔が広がっている、目を瞑って何かに夢中なのか…瞼を開いたのは今からずっと後のことだ。
それまでの間、私の時間は止まっていた。
そして、時計の針が再び動き出した頃には先程の行動の意味に気付いてしまう。
「……なっ、は?はぁっ!!?」
「すまない、我慢出来なかった」
湿った唇を拭って、司は変わらず柔らかい笑みを浮かべながら行動の真実を語る。
「関係あるよ、だって私は…君が」
「茜の事が好きなんだ」
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