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「すみません、予約をしていた葉生といいます」
ヴィフレアに日本を、より感じてもらえるよう山の麓に佇む、自然に囲まれた瓦屋根の立派な旅館を選んだ。砂利が引き詰められた敷地に植えられた幹の太い松。
旅館はお出迎え、食事や寝床の支度、お見送りなど、人の手による細やかなサービスを受けられる。温泉に興味を持ってくれたヴィフレアにはもちろん、溜まっていた仕事を片付け癒しを求める僕みたいな人にも、うってつけだろう。
初めてのヴィフレアとの日本での旅行。
今までにも僕は日本での旅行経験はある。だから手続きの勝手は知っていて今回もスムーズにチェックインをする。だけど……、
……こんなに視線を感じるのは初めてだなあ。
変に緊張して頬に軽く汗をかく。原因はわかっている、なんせすぐ傍に❝美❞がだだ漏れの人がいるからなあ。本人は自覚しているのかしていないのか……でも変装を受け入れてくれたという事はそれなりに自分の容姿が目立つ事は認識しているとは思う。
ヴィフレアは、着物の仲居を目で追っているふうだった。フィンランドは当然、日本でも普段から着物を着てうろうろしている人はほぼ見ないから珍しいのかも。
旅行前に『周りに人が多くいる時はなるべく無言で』と注意しておいた(もちろん、目立ち防止の為)。なので黙って見ているんだろう。正解だよ、佇んでいるだけで注目浴びるんだから。喋ったら……あの、綺麗な低音ボイスを発したら声フェチの人なんかいれば振り返るかも知れない。
「――では、お食事はお部屋でよろしいでしょうか?」
「ええ」
「承りました。ごゆっくりおくつろぎ下さい――」
サインをした後、僕はチェスターコートを脱いだ。ヴィフレアは『今は寒くない』と出発時から羽織らなかったが一応荷物の中にコートの用意はある。仲居に客室に案内される。客室玄関の引き戸を開けた瞬間、ほんのり畳のい草の匂いがした。昔からこの匂いを嗅ぐとほっとする。
「いい匂いだな」
ヴィフレアが喋った。周りは案内してくれた仲居だけだけどその仲居が顔を朱に染めている。
……一言喋っただけで?
一言喋っただけで人を魅了する力なんて。巷で売られる『モテ』をテーマにした情報コンテンツの存在意味は? ……と僕自身も昔読んだことのあるモテ方法の情報コンテンツを漠然と憂えた。
「あとは僕達で大丈夫ですので」
預けていた荷物を受け取り仲居に下がってもらい、玄関の引き戸を閉めた。
靴を脱ぎ、襖を開けて現れた客室は無駄を徹底的に削ぎ落とした造りで落ち着きがある。
座卓には、茶櫃が置かれ、周りには座布団が置かれた座椅子。その和室奥には窓があり、移り変わる季節を愛でられるよう工夫された庭園が望める。その庭園を眺めるための窓際広縁には、椅子と小さいテーブルが置かれてある。
客室玄関近くの板の間に荷物を置きながら(床の間に置かないという常識はある)ヴィフレアに声をかける。
「部屋の中は変装しなくていいよ。眼鏡も帽子とかもとっちゃおう」
「わかった」
「車内は窮屈で疲れたでしょう?」
「ああ」
応えながら帽子と眼鏡をはずし後頭部にまとめていた金髪をバサァッと頭を左右に振りながら解く。
ある程度荷物を整えてからポットの湯を準備した。ヴィフレアは天井から畳までじっくり観察しているようだ。
「お茶を飲もう」
茶櫃から取り出した急須に茶葉を入れ、ポットの湯を注ぐ。その間、ヴィフレアは僕の作業を目で追っているようだった。
「どうぞ」
「緑茶。情報としては知っていたが……」くん、と匂いを嗅ぐ。
「……写真からは匂いの情報はとれないからな。いい匂いだ」
「だよね」
同時に口に含み、
「美味しい」
二人の声がハモった。
ヴィフレアに日本を、より感じてもらえるよう山の麓に佇む、自然に囲まれた瓦屋根の立派な旅館を選んだ。砂利が引き詰められた敷地に植えられた幹の太い松。
旅館はお出迎え、食事や寝床の支度、お見送りなど、人の手による細やかなサービスを受けられる。温泉に興味を持ってくれたヴィフレアにはもちろん、溜まっていた仕事を片付け癒しを求める僕みたいな人にも、うってつけだろう。
初めてのヴィフレアとの日本での旅行。
今までにも僕は日本での旅行経験はある。だから手続きの勝手は知っていて今回もスムーズにチェックインをする。だけど……、
……こんなに視線を感じるのは初めてだなあ。
変に緊張して頬に軽く汗をかく。原因はわかっている、なんせすぐ傍に❝美❞がだだ漏れの人がいるからなあ。本人は自覚しているのかしていないのか……でも変装を受け入れてくれたという事はそれなりに自分の容姿が目立つ事は認識しているとは思う。
ヴィフレアは、着物の仲居を目で追っているふうだった。フィンランドは当然、日本でも普段から着物を着てうろうろしている人はほぼ見ないから珍しいのかも。
旅行前に『周りに人が多くいる時はなるべく無言で』と注意しておいた(もちろん、目立ち防止の為)。なので黙って見ているんだろう。正解だよ、佇んでいるだけで注目浴びるんだから。喋ったら……あの、綺麗な低音ボイスを発したら声フェチの人なんかいれば振り返るかも知れない。
「――では、お食事はお部屋でよろしいでしょうか?」
「ええ」
「承りました。ごゆっくりおくつろぎ下さい――」
サインをした後、僕はチェスターコートを脱いだ。ヴィフレアは『今は寒くない』と出発時から羽織らなかったが一応荷物の中にコートの用意はある。仲居に客室に案内される。客室玄関の引き戸を開けた瞬間、ほんのり畳のい草の匂いがした。昔からこの匂いを嗅ぐとほっとする。
「いい匂いだな」
ヴィフレアが喋った。周りは案内してくれた仲居だけだけどその仲居が顔を朱に染めている。
……一言喋っただけで?
一言喋っただけで人を魅了する力なんて。巷で売られる『モテ』をテーマにした情報コンテンツの存在意味は? ……と僕自身も昔読んだことのあるモテ方法の情報コンテンツを漠然と憂えた。
「あとは僕達で大丈夫ですので」
預けていた荷物を受け取り仲居に下がってもらい、玄関の引き戸を閉めた。
靴を脱ぎ、襖を開けて現れた客室は無駄を徹底的に削ぎ落とした造りで落ち着きがある。
座卓には、茶櫃が置かれ、周りには座布団が置かれた座椅子。その和室奥には窓があり、移り変わる季節を愛でられるよう工夫された庭園が望める。その庭園を眺めるための窓際広縁には、椅子と小さいテーブルが置かれてある。
客室玄関近くの板の間に荷物を置きながら(床の間に置かないという常識はある)ヴィフレアに声をかける。
「部屋の中は変装しなくていいよ。眼鏡も帽子とかもとっちゃおう」
「わかった」
「車内は窮屈で疲れたでしょう?」
「ああ」
応えながら帽子と眼鏡をはずし後頭部にまとめていた金髪をバサァッと頭を左右に振りながら解く。
ある程度荷物を整えてからポットの湯を準備した。ヴィフレアは天井から畳までじっくり観察しているようだ。
「お茶を飲もう」
茶櫃から取り出した急須に茶葉を入れ、ポットの湯を注ぐ。その間、ヴィフレアは僕の作業を目で追っているようだった。
「どうぞ」
「緑茶。情報としては知っていたが……」くん、と匂いを嗅ぐ。
「……写真からは匂いの情報はとれないからな。いい匂いだ」
「だよね」
同時に口に含み、
「美味しい」
二人の声がハモった。
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