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 ……返事がない。

「すみませーん」

 扉に耳をあて中の様子をうかがうけど何も聞こえない。

「……留守か」

 がっくりと肩を落として項垂うなだれる。よれたジャケットとその内側に着た白いパーカーのフードをぱぱっと直す。もし人がいた場合に備えて少しでも身なりをきちんとしようと思った。ここはフィンランド。日本人観光客が突然訪ねてきたら驚くだろう。怪しく思われて助けを求めるのが難しくなったりすれば困る。

 ……あ、裏に回ってみよう。

「すみませーん」

 言いながら移動する。

「あ」

 小屋の裏に回ると人がいた。その人は僕に背を向けるかたちで切り株に座って何か作業をしているようだった。身体は服の上からでも筋肉質なのだろうとわかるぐらいがっちりしていた。毛糸のベレー帽からはみ出た白髪で年配の人だと推測できた。

「あの、すみません!」
「何か用かい?」

 地響きのような低く大きな声で返事をしてくれたその人がぐるりと振り向いた瞬間、僕は仰天する。

「ひっ」

 気絶しなかったのは幸か不幸か。その年配の人は口髭をでながら笑ってはいるけど。

 ――目が三つある!!

「儂の顔見て驚くなんて失礼な奴だな。 ……ん?」

 くんくんと匂いを嗅ぐような仕草をしながら切り株から腰を上げたその老人が訊いてきた。

「お前さん、人間か」

『日本人ですか?』って訊かれたことはあっても、『人間ですか?』って訊かれたのは初めてだな……って! 考えている間に、三つ目の老人が僕の目と鼻の先に距離を詰めた。

「ひぃいいっ」
「うるさいのぅ。『ひいひい』ってお前さんは馬か? ……いえ、人間です、ってかあ? ふぉ、ふぉ、ふぉっ」

 ……何かわかんないけど、三つ目の人がノリツッコミをしている。怖くない……かも?

「で、お前さんは人間じゃな?」
「えっ、はい。人間です」
「そうか。そうか」

 がははは、と大口を開けて笑う三つ目。頭がすっぽり入りそうなほど大きい口からナマコのようなどす黒く太い舌が飛び出てきた。

 ……やっぱり怖いぃ――ッッ!

 そのどす黒い舌がでろ~んと伸びて顔を舐められた。

「――ッ」恐怖で声が出ない。気持ち悪い! 臭いッ!

「味見、悪くない」と呟き、笑って細められていた三つ目が同時にカッと見開く。

「じゃあ、喰う」という言葉に、
「ぎゃぁああああああああああ!」

 僕は一目散いちもくさんに逃げ出す。駆けはするけど僕の遅い足では追いつかれるのも時間の問題だ。すぐ後ろに来ていないか走りながら少し振り向くと、その老人はまだ小屋の切り株のそばに立っているようだった。追って来ないようだと、安堵あんどして前を向き直す。直後に背後から地鳴りがして目の前が一瞬暗くなったと思ったらその老人が僕の目前に立っていた。

「逃げられると思うたか? 儂の脚力を甘く見ておったのう。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」

 え⁉ もしかしてあの距離をジャンプしたって事か? ……こいつ只者ただものじゃない! や、それは目の個数の段階で気づいてはいたけど!

「う……っ!」

 ゴツゴツした手が僕の細身の腕をがしっと掴み、

「いただきまーす」

 もうダメだと思った瞬間。
 ドス、と鈍い音がして腕に食い込んでいた指の気配がしなくなった。ついでに僕の意識も飛んだようだった。
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