上 下
15 / 15
伍ノ譚

Wish Forbidden(下)

しおりを挟む
幽鬼を封じたことで広がっていた不思議と不気味な空間が歪みだし元の相談所の部屋に戻った。
やっと終わった。そう思って一郎は深く溜息をした。燎平もこれで今回の件は終わったと思っていた。その矢先、封印した陰陽札に異変が起きた。燎平はその異変に気付いた時、山吹色の陰陽札がサビのように黒ずみだしは彼の手を強く弾き出した。変色した陰陽札が風船のように割れた衝撃で燎平は吹き飛ばされたが何とか耐え抜いた。なんだ?何が起きた?!と一郎が顔を上げると目の鼻の先に黒い煙が舞いその中から幽鬼が姿を現したのだ。上級封印術が効かない?いや、違うと燎平はこれは封印失敗だと気づいた。再び封印しようと思いポーチに手を入れようと瞬間、幽鬼が太い手で燎平の顔を鷲掴みにして相談所のドアの方へ押し込み抑えた。背中から勢いよく相談所のドアにぶつかった衝撃が伝わり顔を鷲掴みされた燎平は抵抗しようと幽鬼の腕を掴んで片方の手をポーチに手を伸ばした。しかし、幽鬼の力は想像した以上に強くて全身の力だ入らず意識が失いそうになる。一郎は燎平の名を叫び守護術の陰陽札を投げ捨てて彼を助けようと走り出す。すると、幽鬼の力強く鋭い目が一郎の方に向き燎平の顔を鷲掴んだ腕で勢いよく強靭な腕で薙ぎ払った。近づこうとした一郎は奴の腕に直撃して吹っ飛ばされ強い衝撃を受けた。一郎は受けた衝撃によって生まれた激痛を感じ転げ落ちた。その受けた衝撃は燎平が使っているデスクだったのだ。デスクの衝撃音を聞いて手間は何事かと目を開け上半身を起こし振り向いた。
デスクの下に倒れた一郎は体中に走る痛みを感じながら体を起こそうとする。椅子は彼の足の下敷きになって倒れており力が入らないぐらい激しい痛みがジワジワと身体を蝕む。
体を起こした手間はデスクの方を見ていると後ろから強い殺気を感じて振り向いた。彼の目の前に鬼の形相となった幽鬼がこちらを見ている。大丈夫だ。この上半身に書かれた呪法があれば怖くない。そう思った矢先に本人は肝心な事に気づいてしまった。体を動かしてしまったのだ。動いたり声を出したりしたら呪法の効力が切れてしまうと燎平に言われたばかりだった。その事を思い出していると幽鬼の手にぶら下がっていて動かない燎平の姿が目に留まった。顔が青ざめ恐怖心が襲いかかり悲鳴も声も出せず震えている手間は絶体絶命のピンチになり逃げ場がなくもうダメだと完全に諦めていた。
幽鬼はやっと飯にありつけると思うかのように不気味な笑みを浮かべ開いた手を伸ばした。手間を捕まえて生気を吸い取る気満々の幽鬼に手間は恐怖で身動きが取れなかった。
デスクに支えられながら顔を出した一郎は絶体絶命になっている手間が幽鬼に捕まりそうになっているところを目撃しやばいと心の中で叫んだ。でも、自分の力じゃ幽鬼を追い払う事はできないとなると一郎は自分の非力さを痛感しどうしようもできないと悔やんだ。でも、ここで諦めるわけにはいかない。自分にも依頼人を守る責任がある。何か、何かないかとデスク上を探してみるとデスク上に散らかった物の中から一つの小瓶に目をつけた。透明色のガラス製の小瓶の中に清らかな透き通った水が入っているのに気づく。一郎はもしやとガラス瓶を見た。
幽鬼の手中に捕らわれた燎平は抵抗する気力が無く手間は恐怖に怯えた表情で足が竦み動けなかった。
もうダメだ。そう思った時。
「手間くん!テ―ブルから降りろ!!」
甲高い声で自分の名を呼んだ方を見るとデスク上に一郎が立っていた。
「早く!!離れろ!!」
大声でテーブルから離れろと言い放つ一郎に怯えていた手間は勇気を振り絞って上半身裸のまま急いでテーブルから離れると一郎は小瓶の蓋を開けた。幽鬼は彼の大声に気づいて顔を上げたが目の前に一郎がデスクからジャンプしてこちらに接近してきたのだ。そして、一郎は手に持った小瓶の中に入った水を幽鬼に向かって振り撒いた。清らかで澄んだ水が幽鬼の顔面を濡らす。すると、幽鬼が急に苦しみだしもがき始めた。一郎は土足でテーブルの上に着地し手間はテーブルの影に隠れながら覗き、そして激しくもがいている幽鬼に顔を鷲掴みされていた燎平は奴の手から解放され投げ飛ばされたが運が良く身体ごとソファの上に着地した。
苦しそうに悲鳴の声を上げた幽鬼は一郎に水をかけられた顔を抑えながら部屋中を暴れ回り天井を抜けて姿を消した。どうやら、逃げ出したようだ。
さっきまでの騒々しさが治まり手間は助かったと安堵の息を出した。一郎は小瓶を捨ててソファの上でぐったりと気を失っている燎平に声をかけた。


朝が来た。燎平が目覚めると目の前に見覚えがある顔が二つ見えた。最初はぼやけて相手の顔が分かりにくかったが徐々に視界がはっきりしてきてちゃんと相手の顔が見えた。こちらを覗き込んでいたのは一郎だ。心配そうに見ていた一郎は養父が目覚めると笑顔になった。ソファで寝ていた燎平はゆっくりと上半身だけ体を起こした。
「一郎。無事だったか?」
そう一声をかけた途端、一郎が急に抱きついてきた。目覚めた燎平に強く抱きつきながら「よかった~~」と歓喜した。どうやら無事だったみたいで安心した。
「リョーさん。幽鬼に顔を握り潰されそうになってたんだよ。幽鬼が出て行った後、井古田先生に電話してすぐ診断してくれたんだ。特に異常はない。気絶しているだけだって言われたから安心したけど、すごく心配してたんだよ。とにかく無事でよかった!」
一郎が喜んでいると燎平は時計を見た。午前8時に回っていた。
「幽鬼は?手間くんはどうした?」
後の事を憶えていない燎平に一郎は順追って教えた。
「手間くんなら今朝早く家に帰ったよ。呪法の効力が消えちゃったから万が一に備えて魔除けの護符を渡しといた。幽鬼を退治できるまで肌身離さず持っているようにって伝えといた。幽鬼はぼくがこれをぶっかけた事で苦しみだして慌てて逃げていったよ」
そう言って一郎は空っぽの小瓶を燎平に見せた。燎平はこの空になった小瓶に何が入っていたのか既に知っていた。
「聖水を使ったのか」
「そう。これをあいつの顔にかけたら苦しそうに逃げて行ったよ」
それを聞いた燎平は部屋の周りを見た。骨董品やアンティークなどの古道具の数がいつもよりちょっと少なくなった気がした。きっと、幽鬼が部屋中に暴れたことで壊れたほとんどの古道具を一郎が片付けてくれたのだろう。
「ごめん。リョーさん。ぼくがあいつに聖水をかけたせいで、せっかくリョーさんが集めたコレクションを無駄にしちゃった」
既に察しがついていた燎平は息子を咎める事はなく優しく彼の頭の上に手を置いた。
「いや。いいんだ。コレクションなんてまた集めればいい。お前に怪我がなくてよかった。心配かけさせてすまなかった。それに、助けてくれてありがとう」
そう言われて一郎は嬉しかった。自分が集めたコレクションなんかより養子にして息子でもある彼が無事であることが一番大事なのは親である燎平がよく知っている。一旦、手間の件は何とかなったがまだ解決したわけではない。幽鬼は必ず手間の元へリベンジするに違いない。また、5人目最後のターゲットとなっている武男を襲うかもしれない。
「まさか、霊吸封魔陣を破るとは。俺としたことが奴を侮っていたようだ」
まさか、高難度が高い上級レベルの封印術が敗れるなんて予想だにもしなかった。幽鬼はそれほど危険な存在だという証拠だ。あの力強さと凶暴さでは封印するにはまず難しかったのかもしれない。そのうえ、手間にはお守りとして守護術の陰陽札を渡したと一郎が言っていたが、幽鬼から退けてくれるとはいえ守護術にも限界はある。リベンジとして再び手間を襲う可能性もあるが、もしかすると武男の方を狙う恐れもある。次の丑の刻に奴がこの二人のどちらに出現する確率は高い。それに、今日の深夜での戦いで幽鬼の弱点が聖水だということが分かった。
しかし、聖水はなかなか手に入りにくい品物でここ一世界の日本にはない。入手するとなると日本の外、つまり海外へ足を運ばなくちゃいけない。一世界で聖水がある国はフランスの「ルルドの泉」、ドイツの「ノルデナウ」、メキシコの「トラコテ」この3ヵ国だけだ。もちろん。二世界の日本にも聖水が流れている場所はある。しかし、その場所は特別で陰陽僧侶と位が高いお偉いさんだけしか入れない神聖な場所なので一般人は立ち入りを禁止されている。というか、燎平は二世界に追放されたので戻ることも帰ることもできない。燎平のデスク上にあった聖水は、たまたま弟の平太郎がお土産にと二世界の有名寺から購入し届けてくれたのだ。もしもの場合に備えてと忘れないようデスク上に置いてあった収納籠に入れたのだ。しかし、一郎が幽鬼に思い切り薙ぎ払われてデスク裏に転げ落ちた事で収納籠に入れていた物が散らばりその中にあった聖水がデスク上に落ちたのだろう。そこを偶然に見せかけるかのように一郎がデスクに転がっていた聖水の小瓶を見つけた。今日まで聖水を取っておいて正解だったなと燎平は思った。しかし、肝心の聖水は一郎が幽鬼を追い出す時に使ってしまいもう無い。あれがなければ、幽鬼を倒せないと燎平は悩んだ。もし、幽鬼が武男を狙っていたら二日後には彼が屍人となってしまう。今から思うとあまり時間がない。今から船に乗ってフランスやドイツ、メキシコへ行ったとしても間に合わないし空間移動術だと日本全国の中でほとんど憶えている各地の場所を回ることはできるけど、さすがに海外まで行けない。ていうか、燎平はまだこちら一世界側の海外へは行った事がない。あるとすれば、二世界の外国ぐらいだけだ。とてもややこしいが、一世界と二世界は同じ国でも都市や町などの風景は違い文化は異なっている。燎平が最後に二世界側の海外へ行ったのは14年前の第三期 全二世界大戦で激戦地へ出征した時以来だ。何か聖水を手に入れるいい方法はないか悩み考えていると、ふと心当たりがあると一郎に告げた。


4時限目が終わった学校は待ちに待った給食の時間が来た。
銀の皿にはコッペパンにイチゴジャム、アジフライにサラダ、そしてミルクが入っていた。これが今日の給食メニューなのだ。昨年までは給食は小学校だけしか出ていなくて中学生は毎日、親が作った弁当を持参して食べていたが今年から中学校でも学校給食は教育の一環として学校給食法に基づいて施行されたのだ。そう決まった時は、親はとても喜んでいて毎朝弁当作らずに済んだと喜んでいた。母親と妹と三人で暮らしている太一は、通っている中学校でこの給食という教育ができた事で少しは母の助けにもなれただろうと思っていた。
太一はちぎったコッペパンにジャムを塗って食べた。咀嚼しながら気づかれないようガキ大将の武男を見る。武男は今の給食の量は少ないと思っているのか店で買い出したと思われるコロッケを食べていた。店で買った食べ物の持ち込みは校則上で禁止されているが奴にはそんなの関係ない。
昼休みが入りみんなが校庭や各教室とかで遊んでいる中、一郎は手間に呼ばれて学校の屋上にいた。屋上からは校庭で遊ぶ生徒達の姿が一望できて眺めもよかった。手間は、今日の夜中に相談所で起きた出来事を全て太一に話した。
「やっぱり。悪い幽霊だったんだ」
人に危害を加えないという神霊が人間の生気を奪い襲うなんておかしいとは思っていた。正体が幽鬼という凶暴な霊で燎平が書いてくれた呪法のおかげで何とか免れたと手間は話した。
「それで?その幽鬼は?」
「逃げたって。でも、もしかするとまたおれを襲うかもしれないってこのお札を貰ったんだ」
手間は制服のズボンポケットから翡翠色の陰陽札を取り出し太一に見せた。一郎から貰った強力な魔除けの護符だ。
「お前。確か悪霊に憑りつかれた事があるって言ってたよな?」
あの時、太一が言っていた事を憶えていた手間は目の前にいる本人に訊いた。
「うん。とても怖い幽霊だったよ。憑りつかれた時、何だか体がズシンって重くなったような感じで嫌な違和感があって・・・体の中から何かどす黒い何かが蠢(うごめ)いて気づいたら部屋がめちゃくちゃに荒らされていた。そういう事が度々続いてこのままだと母さんと妹を傷つけてしまうんじゃないかと思って悩んでいた時、東都立日ノ守会談館の存在を知ったんだ。ぼくがこうして普通に暮らせるのも燎平さんと一郎くんのおかげなんだ。だから、君達が手遅れになる前に止めさせようと思ったけど」
忠告を聞かずに実行してしまった。そう思った手間は自分達が取った行動は間違っていたんだと思うようになった。〝願いが叶える〟という言葉に魅了された武男の興味本位に付き合わなければいけないと仕方がなく召喚術の儀式に参加したら本当に神霊が出てきて本当に自分の願いを叶てくれるのではと思い武男達に連れられながらも、つい自分の願い事を神霊に喋ってしまった。そして、願いが叶った二日後の深夜に生気を吸われてしまうなんて思いもしなかった。自分の欲望に負けたうえ武男に逆らえなかったとはいえ、ちゃんと太一の忠告を信じてやれなかった自分が恥ずかしいとも思えた。
「ごめん。お前の話をあんまり信じていなかったんだ。そのうえ、バンチョーの奴が神霊を召喚すると言われた時は、ただの遊びだと思ってたんだ。でも、本当に神霊が現れておれの願いが本当に叶っちゃうなんて思ってもみなかった。神霊が悪い霊だったとは全然知らなかったし・・・。ほんと、ごめん」
申し訳ない気持ちと彼を見下したうえ小馬鹿にしていた自分が恥ずかしくなり謝ることした返す言葉が見つからなかった。しかし、太一は彼らが自分に対して取った態度に怒ってはいなかった。どうやら全く気にしていないみたいで、寧ろ自分が伝えたかった事をちゃんと分かってもらえて嬉しかった
「いいよ。もう気にしてないし。分かってもらえただけでそれで充分」
太一は明るい表情で悪い事をしたと反省する手間を励ました。手間は自分がとった態度と行動に太一が許してもらえて心がスッと軽くなった。
「で、どうするんだ?バンチョ―の方は。もしかすると、バンチョ―の方にも来るかもしれないんだろ?あいつじゃ素直におれ達の話を聞いてくれるとは思えないぜ?」
確かにそうだ。武男は迷信が嫌いで忠告をしても絶対に聞かない。ほんの些細な事でもすぐ怒るし逆らえば痛い目に遭う。何より命令されるのが最も嫌いである。同じ学校にいる三年生の不良リーダーなら喜んで命令を受けるが、リーダー以外の人物に命令されるのは極端に嫌う。なんとかして相談所へ連れて行きたいと思うが力強くはさすがに無理だ。どうすれば連れ出せるのか太一は悩んだが結局、何も思い浮かばなかった。


静寂と暗闇が町を覆う真夜中。日は既に三日目が始まっていた。
今日は何だか月明かりが弱々しく雲で顔を隠している。
もうすぐ丑の刻が訪れる時間が迫りつつ部屋では布団からはみ出しつつ呑気にいびきをかいている武男の姿が目に映った。寝巻きは着崩れしていて中年オヤジみたいに腹を掻いてる。あまりにも寝相が悪いので布団はグシャグシャのシワシワ。時計の針は1時10分を指し窓の外から猫の鳴き声が聞こえた。大胆な寝相でグースカ寝ている彼の部屋からコツンという音が聞こえた。窓に何かがぶつかった。すると、またコツンと音が鳴った。その音の正体は、小石が部屋の窓をぶつける音だったのだ。石つぶては何度も窓にぶつかり小さな音を立てながら武男を起こさせようとする。しばらくすると武男はやっと窓の音に気づいたかのように目が覚めた。こんな真夜中に誰だと武男は眠い目をこすりながら窓の方へ歩み寄る。ガラス窓を覗くと敷地に太一の姿が見えたのだ。
「こんな夜中に何の用だ?おかげで目が覚めたじゃないか」
不機嫌そうに武男は眠りを妨げた太一に文句を言った。着崩れしていた寝巻きを整えてから玄関に出たのだ。
普段着姿の太一は申し訳なさそうに機嫌を悪くしているガキ大将に謝罪した。
「ごめん。バンチョーに話したいことがあって」
「話は明日にしろ。じゃあな」
大欠伸(おおあくび)をした武男はドアを閉めようとしたその時、太一が閉まろうとしたドアを自らの手で止めた。突然、閉めようとしたドアを急に止められて武男は帰さないと邪魔をする彼を見た。
「なんだ?」
「バンチョー。今すぐぼくと一緒に三丁目の空き地へ行こう」
そう告げられて武男は「は?」と声を出した。すると、太一がガキ大将の腕を掴み外へ連れ出した。急かすかのよう速足で歩く太一に腕を引っ張られて武男は強く彼の手を振り払った。
「いきなり何なんだ。おれは今、ねみぃんだ!」
真夜中に大声で怒鳴ったら近所迷惑になると思ったのかガキ大将は低い声で無理矢理、外に連れ出した太一に怒りを覚えていた。迫力のある顔。低いトーンで凄みと圧がある声。腕を振り払われた時、身体が一気に持っていかれそうなぐらいとても強い勢いだった。夜中に起こされて無理矢理外に連れ出されそのうえあまりの眠たさに腹の虫の居所が悪くなって気性が荒くなりそうになっている。怒らせた武男は誰も止められない。苛々しているガキ大将の今の姿に太一は背筋が凍り強い殺気にビクビクしていた。しかし、怖がっている場合ではないと太一は血も涙もないガキ大将に立ち向かうかのようにはっきりと話した。
「今はそんなこと言っている場合じゃない。早くしないと奴が来るんだ」
「奴って誰だ?」
「幽鬼だ」
ゆーき?何言ってんだこいつと太一を馬鹿にした目で見下した。太一は彼が分かるように詳しく話した。武男達が召還したのは神霊ではなくて幽鬼という凶暴で恐ろしい化物だと。後もう少しで手間が屍人になるところだった事や次は武男が狙われるかもしれないと。手間本人が話してくれた一部始終を武男に伝えると彼は舌打ちをして「あの野郎。変なデマかせ言いやがって」と愚痴った。どうやら、武男は本当に召喚術を使った事をまだ隠すつもりだ。もうバレているのに跡形もなく身に覚えがないかのようにとぼける太っちょ坊主は面倒事から逃れようと言い訳をする。
「仮におれがその何とか術を使ったという証拠はあるのか?何の証拠もなくおれを犯人扱いしやがって。前にも言ったよな?おれは迷信は嫌いなんだと。もちろん、作り話もな。何の目的で言ってんのか知らんけど、身に覚えのないことを言い出して勝手に疑いをかけやがって。あの一郎って奴もそうだ。相談所か何だか知らんけどあんなインチキそうな唐変木の話を信じるなんてお前って本当に馬鹿だよな。幽霊なんてこの世にいるわけねえだろ。おれは眠い。帰る」
太一の話を本気で信じていないかのように見えるが、内心では真実を深掘りする彼を鬱陶しく思いそして今回の件の言い出しっぺが自分だと隠し通そうとしている。三人が入院し一人は危機からは免れたがまだ危険が迫っている。自分は関係ないと知らない振りをするが実は、手間が襲われた今日の朝に自分の願いが叶ったのだ。どんなお願いをしたのかは本人の口からは教えてはくれない。とにかく、今は眠くて仕方がない。武男は大きな口を開けて欠伸をし太一の話を全く信じていないかのような素振りをして家に帰ろうとした。すると、太一は帰らすまいと後ろに回り込んでガキ大将の行く手を阻んだ。武男は「どけ」と言ったが太一は首を横に振った。
「帰らせない。きみの為だ。一郎くんから頼まれたんだ。深夜2時前までには決戦の地である三丁目の空き地に連れて来てくれって。だから、このまま帰らせるわけにはいかない」
一郎は燎平と幽鬼を倒す準備に取り掛かっていて忙しい為、太一に頼んだのだ。
友からの頼みならば断わるわけにもいかない。ガキ大将の怖さにビビりながらも勇気を振り絞って武男に立ち向かった。


時刻は1時50分を指していた。
一郎と燎平は既に準備は出来ていて特に燎平はいつでも戦える体制になっていた。一郎はソファの上で「霊界送信術」という難しそうな本を読んでいた。これは、良いタイミングで仕事がてら立ち寄ってくれた鐸木家の次男坊 平太郎に頼んで持ってきてくれたのだ。この本の中身には幽鬼を霊界へ送り返す魔法陣が載っている。
燎平は同じ箱にしまわれていた弾丸を一つずつ弾倉に入れる。彼の手に持っているのは1873年式のリボルバー。西部開拓時代に使用されていた代物で通称ピースメーカーと呼ばれる。1874年からアメリカ陸軍に支給され今も尚使われているという回転拳銃。長い年月が経っているもまるで新品同様な輝きを見せる鋼色のボディ。銃弾を入れた弾倉を元に戻して格好をつけるように鋼色に輝くリボルバーを構え軽々と回している燎平の姿が映った。まるで、映画に影響されて真似ているかのように格好良くキメる燎平に対し本を読んでいた一郎はなぜか白けた目でリボルバーを構え眺める彼を見た。
「いつもながら思うんだけど。二世界から追放されているとはいえ、密売店に手を出すなんて立派な犯罪だよ?」
一郎は善良な陰陽師が違法取引に手をつけるなんてとんでもないと話した。この考えを提案した紛れもなく燎平。幽鬼を倒す為とはいえ二世界の陰陽師が密売店に出入りするのどうかと今も一郎は疑問に思っている。その密売店は一世界のとある町の地下にある二世界の法律違反を犯している店で、そこには二世界だけしか手に入らない品物がたくさん取り揃えているのだ。列記とした立派な犯罪だし違法取引を行っている闇深い店に燎平はそこでリボルバーと弾丸がセットで入った箱を貰ったのだ。いや、取り引きして手に入れたと言った方がいいだろう。でも、二世界に追放されているからといって無暗に犯罪者の店に行くのはやめて欲しいと一郎は思っている。
「別に問題はないだろう。必要な物がこうやって手に入っていれば何の造作もない。そのおかげで、これが手に入って今度こそ幽鬼を倒せるんだ」
平然とした態度でリボルバーをデスクの上に置く。いつ、政府警察が二人の取引に目を付けられるかと思うとヒヤヒヤしてしまう。危ない橋を渡って欲しくはないが燎平の言い分は確かに間違ってはいない。密売店で手に入れたそのリボルバーを使えばきっと幽鬼に勝てる。
「それより。返還術の方は覚えたのか?」
訊ねる相談所の主に一郎は本を閉じて「もう覚えた」と答えた。一郎は誰よりも物覚えがいいので燎平にとっては心強い助手(養子)だ。
「聖水で倒す事はできないの?」
一郎は幽鬼の弱点が聖水だと知ったのでそれで倒せないか訊いてみたが燎平は否定した。
「残念ながら倒すのは無理だ。聖水は身を清め邪や穢れを祓う力を秘めた水。幽鬼が聖水が弱点なのは奴を弱らせる為の一時凌ぎにしか過ぎないからだ。神酒や聖塩といった手もあるが幽鬼の場合は聖水が一番なんだ。それに、このリボルバーに入れた弾丸には聖水が仕込んである。敵に近づいて瓶で振りかけるより敵から離れて撃った方が避けやすくていいだろ?」
確かに、近づいて振りかけるよりも敵の位置から離れて弾で撃ち込んだ方がリスクが低い。返還術の仕組みと描き方は覚えたし弱点である聖水銃もあって幽鬼に挑む準備は全て整った。後は断片的だが水晶玉で見た未来予知の通り太一が武男を連れて三丁目の空き地で合流するだけ。返還術の魔法陣を描く準備も必要なので二人は彼らと集合する目的地に向けて空間移動術を使って移動した。


口が切れて血が滲み頬や目には紫色の痣があって顔や体がボロボロの傷だらけとなった太一の姿が目の前に現れた。
空き地で倒れる太一を無理矢理起き上がらせるかのように武男は伸ばした手で彼の胸ぐらを摑んだ。なぜこうなったのかというと、太一が帰ろうとする武男の行く手を阻み彼を帰らせないよう後ろに回り込んだ。これは君の為だと言い行く先を立ち塞ぐと武男は邪魔だと威嚇した。しかし、威嚇しても太一は一歩も引かずどんなに脅されても帰してたまるもんかといじらしくガキ大将を行く手を阻んだ。武男は通せんぼをする邪魔くさい彼を横切って進もうするも素直に通してはくれない。太一は両手を広げながらガキ大将の動きを追って家には帰らせまいと妨害する。邪魔だ。どけと言い張っても分かりましたとは一言も答えない太一に我慢ができなかった。すると、太一は逆にガキ大将を脅すような事を言い出した。彼はこう言ったのだ。言うこと聞かないなら殴ってでも止めてやると。いつも弱腰でクラスのみんなと一緒にビビっている太一がそのような発言をするのはとても珍しかった。自信がなさそうな挑発だったが武男は面白いと笑い受けて立ったのだ。
結果、太一はボロボロ。あんまり喧嘩慣れをしていないから武男にフルボッコされ何一つ彼に攻撃を与える隙がなかった。それでも、太一は諦めず何度も挑んだが連続にして返り討ちに遭う。やっぱり自分の力じゃ武男には勝てないかと悟った太一はもう反撃する気力も力も残っていない。対する武男は無傷。挑み続けた結果、惨敗になる事は喧嘩を始める時に知っていたので自分から挑発するようなマネはしないほうがいいと今頃になって後悔していた。
ガキ大将の手が太一の服を絡めながら強く引っ張る。無理矢理、上半身を起こされた太一は何の抵抗もなくただ振り上げる武男の拳を見ていることしかできなかった。
「おれに喧嘩売るなんざ100年早えんだよ」と勝負が決まったかのように笑みを浮かべながら上げた腕を振ろうとしている。こいつには勝てなかったと太一は自分の非力さに思い知らされたかのよう打ちひしがれてとどめを刺されそうになったその時、太一の目の色が変わった。まるで、見てはいけない物を見てしまったかのような目をしていた。急に様子が変わった彼を見て武男は拳を振り下ろすのを止めた。「なんだよ?」と武男はボロボロになった彼の視線を追うかのように振り返る。振り向いた瞬間、武男も目の色を変えて驚いた。
二人の目の前には美しい羽衣を纏い清らかな黒い髪を結んで色白い肌と小顔をした女神が現れた。とても微笑ましい優しさと清潔さがある可憐な姿に見惚れてしまう。すると、武男が呆然とした表情で「あんたは、あの時の・・・」と小さな声で呟いた。その呟きは太一の耳にも聞こえた。目を丸くして肝をつぶしたこの表情からするとやはり、武男はこの幽鬼を知っていたのだ。微笑みかける幽鬼は武男と再会できたことを喜んでいるかのように笑っているといきなり武男の首を掴んだのだ。腕に強い力を感じた武男は摑んでいた太一の胸ぐらを離し幽鬼に持ち上げられて足をジタバタさせる。すると、幽鬼の本当の顔が出てきた。恐ろしい形相に鬼の目で武男を睨み大きく切り裂かれ口は牙を生やし、美しい髪が乱れれて細い手が急に太くなり爪が伸びて額に二本の角が生えた。そして、美しかった衣が悍ましいぐらいに黒色へと変色した。さっき見た美して優しそうな女神の姿は消えて嘘のような変貌ぶりにさすがのガキ大将も怖気づき震えていた。太一は捕らわれた武男をただ眺めるしかなかったのだ。足が動かないのだ。幽鬼は聞いたこともない人間語とは違う語源で自身の手中にいる武男を見て何か言っている。さすがのガキ大将も恐ろしい凶暴な霊を相手に言葉が出ず手の力が強すぎて首が絞まりうまく呼吸ができなくなっている。大きな口から涎を垂らし元栓が閉まっているかのように喉に空気が入らずあまりの苦しさに意識が飛びそうになりかけている。武男の力自慢も幽鬼には通用しない。太一は大ピンチに陥っている彼を助けられない。足が動かず腰が抜けてただ苦しむガキ大将をただ傍観するしかなかった。武男は自分の願いが叶った時の喜びから絶望へと塗りつぶされた。朦朧とする意識の中、あの時を思い出す。神霊だと思われていた幽鬼の召喚に成功した武男は喜びあの呪い師が言っていた事は本当だったんだと思っていた。そして、一番乗りで自分の願い事を幽鬼に伝えた。奴が訳の分からない言葉で5人の不良少年達に話しているようにも見えたが、武男はそんなの気にしなかった。ただ自分が欲していた願いを叶えてくれるんだと興奮していたのだ。その時の不良少年5人は幽鬼の正体を全く知らなかった。幽鬼の正体が分かったのはごく最近で一郎から三人の部下達が生気を取られて入院していると聞いた時だ。最初は全く信じておらず一郎と太一を馬鹿にし全く真に受けていなかった。神霊が人を襲うなんてありえない。神霊は自分達の願いを聞いてくれたんだ。そう信じ一郎と太一を馬鹿にしていたが、今この現状を見て彼らを馬鹿にしていた事を後悔していた。願い事を叶った代償に自分達が呼んだ神霊・・・いや、幽鬼に喰われるなんて思いもしなかった。
武男の意識はだいぶ遠のいてきて脳裏にフラッシュバックで家族の顔が浮かんだ。反抗期ばかりしていた自分をいつまでも見守ってくれた父母。まだ幼い可愛い妹。ごめんも言えずこのまま屍人となって生きながら死ぬのかと思うと普段は出ない目から汗らしき水滴が流れ落ちる。幽鬼は大きな口を開けて武男をその中に入れようとする。
喰われる!そう思いながら太一はやめろと叫びたかったが声が出ずただ彼の喰われる姿を見る事しかできなかった。その時だ。バン!という音が聞こえた。幽鬼は武男を掴んでいる右腕を撃たれたのだ。撃たれた衝撃で幽鬼は捕まえていた武男を離して落とした。幽鬼から解放された武男はやっと息ができる。空気が吸えると圧迫で絞められた首の喉が開きゲホゲホと咳き込んだ。太一は腰を抜かしながらも四つん這いになって這いつくばり失いかけた意識が戻った太一の側により心配した。振り返るとそこには燎平と一郎が立っていた。
「間に合った」
燎平は二人が無事だったことに安心した。片手には例のリボルバーを持っていた。
「水晶玉が教えてくれなかったらどうなっていたのやら」
幽鬼は三日前に手間を襲った時に邪魔した二人の事を憶えていた。鬼の形相となった幽鬼は何か呟きだし燎平と一郎を睨んでいた。
「あいつ。霊語で話してる。なんて言ってる・・・・て、顔を見れば分かるか」
こいつは怒っている。自分達に邪魔されて腹が立っているんだと一郎は奴の様子を一目見ただけで理解した。幽鬼は撃たれた腕を抑えている。どうやら、撃たれた腕から何か感じたようだ。きっと銃弾に聖水が仕込んでいることが分かったみたいだ。すると、相談所の時みたいに空き地が、外の世界の空間が歪み再び暗い世界が広がり星のような光が散りばめとても不思議で不気味な異空間に切り替わった。
「一郎。返還術の魔法陣を描いてくれ」
「でも、ここ異空間で描く場所が」
「メモ帳でもいい。描ける物さえあれば何でもいい」
わかったと一郎はバッグから手帳とペンを取り出した。すると、幽鬼が抑えていた腕を離し大きな口を開けた。何やら口の中から光の物体が見えた。それに気づいた燎平は攻撃が来ると分かった。口の中から光の物体が一斉放射され燎平と一郎に迫り来る。燎平は咄嗟に一郎の抱え巨大光線から免れた。光線は遥か遠くへ消え去った。この世界は壁などの障害物がないから破壊はできない。すると、異空間の空から星が流れ落ちてきたのだ。燎平と一郎は驚き流れ星の一斉攻撃に巻き込まれた。すごい破壊力で跡形もなく消えてしまいそうなぐらいすごい勢いで二人を襲った。太一と武男は凄まじい攻撃の雨を見て言葉を失いつつあった。流星の雨が止み辺りは煙で広がり充満していたのでよく見えなかった。あれほどの流星が落ちれば一溜まりもない。幽鬼は二人は死んだと思ったのか太一と武男の方に振り向いた。幽鬼が腰を抜かしている二人に手を伸ばした時、太一と武男はもうダメだと諦めかけていた。しかし、そこで二人の救世主が現れる。煙の中から人影の姿が出てきて二人を捕まえようとする幽鬼に向かって走り出していた。そして、少年達を捕まえようとした奴の太い腕を抑え銃口を奴の額に当てる。そして引き金を引く。
銃声の音が轟いだ。額を撃たれた幽鬼は後ろのめりで体勢を崩した。しかし、倒れはしないし死にはしない。だって幽霊なのだから。心臓もなければ血も出ない。残るのは銃弾の跡だけ。聖水が仕込んだ弾は幽鬼には効果覿面(こうかてきめん)でダメージも受けている。でも、この聖水弾はあくまで一時凌ぎ。幽鬼を弱らせる効力がある。弾は残り四発。とても貴重な弾なので大切に使わなければならない。一方、陰陽師と共に流星に巻き込まれた一郎は彼が使った守護術のおかげで無事だった。守護術がバリアとなって守ってくれているので一郎はメモ帳に返還術の構図を描いていた。この返還術の魔法陣はとても複雑なので覚えていたとしても描くのが大変。
幽鬼は額に穴を開けながらも体制を整え拳を振り上げた。燎平は降りかかる拳から避け腰を抜かしている二人を抱き抱え奴との距離から少し離れた。
「いいか?二人共。終わるまでここから絶対に動かないように。この障壁が君達をあいつから守ってくれる」
燎平は守護術の陰陽札を置くと二人の周りに黄緑色の壁が囲った。これで彼らはしばらく幽鬼に襲われなくて済む。すると、太一と武男は前!前!と叫んだ。額に弾痕が付いた幽鬼が再び拳を振り下ろしてきた。三人まとめて始末するつもりで拳を振るうと燎平は素早く避けた。彼が避けた事で守護術によるバリアが拳に触れ弾かれた。多少ヒビは生えたが何とか持ちこたえてくれた。燎平は再び幽鬼に銃口を向けて狙った。一発撃つ。でも、幽鬼は同じ手に引っかかるほどの馬鹿ではない。異空間の地面から黒い手が生えてきて貴重な一発を受けたのだ。すると、再び黒い手が燎平の身体を足を掴んだ。二本の手に捕らわれた燎平だがすぐ聖水弾を撃った。黒い手は消えたが残りの弾は後一つしかなくなった。その時だ。幽鬼の目に光が見えた。眼光を光らすと突然、燎平の身体がまるで石のように固まった。金縛りだ。それに気づいた時には遅かった。幽鬼が思い切り拳で燎平をぶん殴ったのだ。ぶん殴られた勢いで燎平は吹っ飛ばされた。あまりにも強烈なパンチだったので仰向けになって倒れた燎平の口から血を流していた。すぐに起き上がろうとした時、いつの間にか幽鬼が真上にいて手を伸ばし燎平の首を絞めた。燎平は奴の力強い腕力と握力に呼吸がうまくできなかった。その光景を見かねた太一は「鐸木さん!!」と叫んだ。一郎もやられている燎平を見て助けたかったが返還術の魔法陣を描くのに集中した。途中で中断してしまったら一から描き直さなくちゃならない。両手で首を絞められた燎平は幽鬼に持ち上げられ苦しいのか全身の力が入らなかった。強く絞めつけられこのままでは首が折れるのもおかしくない状況だった。それでも、燎平は首絞めで殺そうとする幽鬼に抗いリボルバーの銃口を奴に向けようとする。聖水弾を撃ったものの奴が弱まる気配はない。しかし、幽鬼の表情から見ると苦しんでいるようにも見えた。力が弱まっていないが弾から流れた聖水が幽鬼の体内を蝕んでいるのは確かだ。燎平が攻撃を仕掛けようとしているのに気がついたのか幽鬼は更に力を入れた。さっきより力が増して幽鬼の太い腕が大きくなった。腕の圧迫が強すぎて燎平は目を大きく見開き口を開けた。悶絶しそうな握力であまりの苦しさに手に持っていたリボルバーを落ちしてしまった。空耳だろうか首の骨がミシミシと軋む音がした。ここでゴキッと鳴ったら燎平の人生はおしまいだ。反撃したくても幽鬼の恐ろしいぐらいの握力に抵抗することができない。でも、ここで諦めないのが燎平だ。息が止まり喉が強く絞めていて窒息状態になりつつも力が出なくて震える手をポーチに向ける。ポーチの蓋を開けてゴソゴソと手探りすると一枚の白い陰陽札を取った。燎平は「びゃ・・・く・・や」と途切れた声を出してその名を呼び陰陽札を落とした。ヒラヒラと舞い落ちる陰陽札が光り出し白い煙を吹いた。煙の中から現れたのは和洋折衷を着て狐の面で素顔を隠した白夜親王だった。
見かけない奴が突然現れて幽鬼おろか太一と武男も驚いた。白夜親王は普段の通りの冷静な態度で首を絞められている燎平を見上げた。
「燎平。なんだ。その無様は」
ストレートに言い出す白夜親王は主のピンチを目の前にしても相変わらず冷静な態度を示している。
見ればわかるだろと言いたいところだが燎平にそれを言う暇はない。白夜親王はやれやれと神通力を放ち幽鬼の手から主を離させた。さすがの凶暴な幽鬼は強力な神通力に耐えられなかった。初めて幽鬼が倒れ解放された燎平は落ちた。咳き込みながら仰向けに倒れた燎平は絞められた首を擦った。危うく首の骨が折れるところだった。幽鬼も起き上がりさっきより形相が一段と恐ろしく見えた。
「幽鬼ではないか。なぜ、現世にいる?」
白夜親王はこの現状をまだ把握していない。首を擦った燎平は簡潔に分かりやすく説明した。
「あいつは、子供達が召喚した奴だ。願いを叶える神霊と装い召喚に携わった子供達の生気を奪っているんだ」
「霊の召喚術か。ただの小童がなぜ禁術を?」
「分からん。経緯は後で聞く」
「言っておくが、幽鬼は他の霊より強力でその能力は未知数と言われている。何が起きるか分からんし、さすがの妾でも奴には勝てんかもしれん。例え、小狐丸を使ったとしても」
「分かってる。だから今、一郎に霊界への返還術の魔法陣を描いてもらっているんだ。あいつには聖水弾を2発撃ってある。外見は弱っていなくても聖水の効力がジワジワと奴の身体を蝕んでいるはず」
二人が話していると幽鬼が体勢を直しこちらを睨むと燎平は落ちたリボルバーを拾った。白夜親王は鞘から小狐丸を抜いた。刀から強い妖気が放出し流れた。
太一と武男はバリアの中から二人の姿を見ていた。二世界の式神である白夜親王を見たからには後でこの一見が終わったら彼らの記憶を消しておかなければならない。白夜親王は元々一世界で生まれた狐だが燎平と契約を結んだことで今は二世界の術で召喚する式神。だから、白夜親王の存在を知った太一と武男には彼女の存在を忘れてもらわなければならない。
「よし!できた」
メモ帳の紙には返還術の魔法陣が完璧に描かれていた。魔法陣を描いた紙を破りこれを燎平に渡せばと一郎は声をかけようとした。その時だ。一郎の目の前に大きな影が現れた。山のような大きい影でまん丸した目が妖しく光った。すると、巨人の影が呻きだして大きな手を振り下ろしてきたのだ。その手の大きさは守護術のバリアを包み込んでしまうぐらいのでかさだった。バリアが一郎を守ってれくるが、巨人の影が力強いのかバリアに亀裂が生じ速いスピードで広がった。バリアの中にいる一郎は巨人の大きな手に圧倒されていた。
「一郎!!」
燎平は後方に巨人の影が現れたのを気づき、あのバリアの中に一郎がいると急いで走り出した。しかし、バリアは潰され粉々に散ってしまった。助けるのが遅かった。幽鬼は巨人の影を出して守護術で守られていた一郎を落とそうとしていたのだ。その理由は、彼が霊界へ帰す返還術を使おうとしていた事を知っていたからだ。一足遅かったと燎平は呆然と立ち尽くしまるで抜け殻のように脱力感に襲われへたり込む。一郎の最期を見た白夜親王はお面を被っているのでどんな表情をしているのか分からないが、急に襲って来た幽鬼に気づき小狐丸で奴の攻撃を止めた。拳は鋼鉄のように固く力強いので刀がカタカタと震えている。一瞬、押されたりはしたが何とか耐え抜いた。白夜親王は地面を蹴り大きく飛んで小狐丸に自らの妖力を集中させて振り下ろした。幽鬼は両腕を前に出して彼女の攻撃を防いだ。溜めた妖力を上乗せした刃で斬ったが腕は斬り落とせなかったどころか傷一つもついていない。すると、奴は今度、光線を放ち出した。幽鬼の強力な光線に白夜親王は小狐丸で立ち向かった。光線と妖刀が対峙する中、白夜親王は後ろで呆然としている燎平に叫ぶ。
「燎平!いつまでそうしているんだ?」
必死に訴える白夜親王だが脱力感に襲われ全身に力が入らない燎平はただ巨人の陰の後ろ姿を見ていた。
息子を助けられなかった。息子が死ぬとこんなにも落胆するのかと知った。東京大空襲の後、本当の家族も家も失い瓦礫の山いた一郎を拾いここまで育てて来た。住む世界も場所も血が繋がっていなくても遼平にとって一郎は大事な息子だった。二世界に追放されても親子のようにこれまで相談所を切り盛りし生活してきたのだ。その息子が今日でいなくなった。息子を守れなかった事に酷く落ち込む燎平。涙が出ずただ愕然とするだけだった。落ち込む燎平は俯き絶望感に浸った。白夜親王は落ち込む主を見かねながらも襲い来る光線を断ち切った。妖力を高め放った斬撃が幽鬼に当たったが無傷で効いていなかった。珍しく息を切らす白夜親王。
「一郎はまだ生きている。よく見ろ」
彼女の言葉に燎平は反応した。一郎は、生きている。その言葉は本当かと俯いていた顔を上げると巨人の影が振り下ろした手から微かに魔力を感じた。すると、振り下ろした巨人の手が少しだけ浮き出た。隙間から微妙な空間ができてまるで重力を触れているかのようにも見えた。すると、浮遊している巨人の手の隙間から一冊のメモ帳が出てきた。すると、声が聞こえた。
「リョーさん!!返還術の魔法陣、完成した!早く!!」
響く大声に燎平は息子が無事だった事に安心した。
バリアが壊れて潰れて死んだと思われた一郎はたまたまバッグの中にあった護符を持っていたおかげで巨人の影の手に潰されずに済んだ。巨人の影が振り下ろした手は力強く護符一枚だけじゃ物足りない気もした。このままでは、護符の護りが崩れてしまうかもしれない。一刻でも早く燎平に返還術を使ってもらわなくちゃ困る。
燎平はすぐに立ち上がった。斬撃を受けた幽鬼が再び異空間に輝く星を降らし出したその時、子供の悲鳴が燎平の耳に届いた。一郎ではない。幽鬼から引き離し守護術に護られている太一と武男の悲鳴だった。二人の前には一郎と同じ巨人の影がいつの間にか現れて如何にも二人を襲おうとしていた。燎平は咄嗟に銃口を太一と武男を襲う二体目の巨人の影に向けた。リボルバーに入っている聖水弾は残り一発。本当なら一郎を助けたいが身を守る物を持っていたとならばあの子は、一郎は大丈夫だと燎平はそう信じていた。燎平は一世界人の太一と武男を助けるべくトリガーを弾いて最後の聖水弾を撃った。聖水弾は巨人の影の頭に命中。太一と武男を襲った巨人の影は叫び声と共に巨体が砂山のように崩れそして消えた。そして、燎平はポーチから6枚の守護術の陰陽札を天高く投げた。守護術の陰陽札は光り出し大きな防壁となって降り注ぐ流星の脅威を免れた。
一方、白夜親王は負けじと幽鬼と対峙している。幽鬼が羽衣を鞭のように振るい白夜親王を襲う。羽衣はとても鋭く動きが早いので白夜親王は小狐丸で奴の攻撃を受け流しながら避ける。俊足で回り込み間合いを取って敵を誘き出す。白夜親王がおとりとなって幽鬼を引き寄せている間に燎平は空になったリボルバーをズボンポケットに入れ一郎が投げ込んだメモ帳を拾った。開かれたページには幽鬼を霊界へ送り帰す返還術の魔法陣が描かれていた。
準備が整い燎平は拾ったメモ帳を目の前に置いて印を結んだ。
「天地宇宙陽力千万仁王生生如律聖文東西門浄森羅万人開門司杵(てんちうちゅうようりきせんばんにおうせいせいにょりつせいぶんとうざいかいじょうしんらばんじんかいもんじしょ)──」
ブツブツと呟きながら詠唱を唱え続ける燎平。彼が念仏みたいに詠唱しているとメモ帳の頭上から青白い色に輝く魔法陣が浮き出てきた。
「燎平まだか?」
白夜親王は幽鬼の猛威に攻められつつも燎平から注意を引かせながら返還術の発動はまだか催促する。幽鬼は燎平に目をくれず白夜親王だけしか見ていない。燎平が返還術を発動させていることも気づいていない。でも、それでいい。もし気づかれてしまったら発動に失敗してまた一からやらなければいけなくなる。それに、返還術の発動には時間がかかるし難しい。何てったって人間界から霊界へ続く次元の間を開かなければならない。次元の間を開くのにかなりの魔力を消耗し精神集中しなければ発動しないのだ。もし、集中力をちょっとでも途切れてしまえば返還術の発動は失敗となり一からやり直して長い長い詠唱をもう一度唱えなければいけない。燎平は自らの魔力を消費し精神集中しながら返還術の発動を試み続ける。焦りは禁物。心を乱すことも許されない。高難度で成功率は10%に満たないうえ高名な二世界の陰陽師でも成功の可能性は乏しいのだ。魔法陣は光り輝いているが吉が出るか凶が出るか。
ここからが勝負だ。
「水は火を昇華し、火は金を浄化す、金は木を生み、木は土に孵り、土は水を食す。理が結び合う星が輝きとし閉ざされた次元が眠りから覚め異界への門が解禁せし。霊の界と人の界の間に支配する空間の神よ。今此処にて第二世に留まる霊界から来たし来者を異界へ返還することを望む。偉大なる汝(いまし)の聖力にて次元を開きあの者にお帰り願う事を希望する」
詠唱が終え呪文を唱えると返還術の魔法陣が更に光を強めた。
「万物を根源とす空間の神よ。我が言の葉に応じ混沌へと誘う霊を還したまえ」
呪文を言い終えると再び長い詠唱を始める。返還術の魔法陣は燎平の詠唱と呪文に反応しているかのように光が小さくなったり大きくなったりと点滅する。彼が復唱していると白夜親王は神通力を使いながらも小狐丸でしぶとい幽鬼と対戦し続けていた。さすがの白夜親王もかなり体力と妖力を消耗していて狐面の奥から息を切らしている。しかし、彼女だけじゃない。幽鬼もだが徐々に息が荒々しくなって表情を歪めている。二発だけ撃ったとされる聖水弾の効果がだんだん幽鬼の体力を蝕んできたに違いない。詠唱と呪文を繰り返し唱え続ける燎平にとっても魔力の消耗は激しい。体内に宿る力がだんだん抜けてきて頭がぼーっとしてくる。額から流れ落ちる汗を気にせず燎平は体力と精神を削ってでも何回も繰り返す詠唱と呪文を唱えるのを止めなかった。詠唱と呪文の一文字だけでも間違えたらおじゃんだ。焦らず慎重に神経を研ぎ澄まして集中する彼に白夜親王と一郎は発動する時を待ちながら敵の攻撃に耐える。
「万物を根源とす空間の神よ。我が言の葉に応じ混沌へと誘う霊を還したまえ」
何度も繰り替えしている呪文を言い終えるとまた最初から詠唱に戻り唱え続ける。すると、返還術の魔法陣の光景が変わった。最初は文字が細かく刻まれていた魔法陣が灰色の渦に変化した。灰色の光は渦巻き状になっていてグルグルと回っている。
まるで人や生き物を誘き寄せて異次元の彼方へ連れて行かれそうな雰囲気がある。そして、この扉を潜ればもう二度と元の場所に帰って来られなくなりそうで怖いけど、どこへ繋がっているのか好奇心が疼いてしまってつい飛び込みたくなる。この渦巻きは空間がねじ曲がっているから渦状になっているのだ。その原因は何なのかは燎平は知っている。空間がねじ曲がる原因は、超空間で起きている高速移動や高い重力によって変化したものだと学生時代に授業で勉強したことがあるのだ。
燎平は詠唱と呪文を長く繰り返しながら唱え続けた。すると、幽鬼の様子が急におかしくなった。まるで真空掃除機に吸われるかのように体が引っ張られるのだ。あまりにも強い吸引力に幽鬼は抵抗ができなかった。歯を食いしばり精神集中しつつも同じ詠唱と呪文を何度も繰り返しながら唱えているが彼の表情はとても辛そうに見える。さすがに大陰陽術を使うとさすがの燎平もへたばってしまいそうで不安になる。でも、失敗はできない。やっとここまで来たんだ。ここでくたばってしまえば後もこうもないと燎平は自らの命を削ってでもこの返還術を成功させたいと強く願っている。忌々しい幽鬼は返還術の吸引力に負けじと抵抗するかのように耐える。耐えて耐えて耐えて抜いて自分を邪魔した連中を皆殺しに願い事を言った二人の生気を頂くまで霊界へ帰ってたまるかと強く抵抗する。強制返還を否定する奴に燎平はまだまだ詠唱と呪文を何度も唱え続ける。まるで綱引きみたいな状況で引っ張られるも耐え抜こうとする幽鬼。呪文と詠唱を続けながら返還術で奴を引きずり込もうとする燎平。両者、一歩も譲らない大勝負にどちらも敗けるわけにはいかなかった。一郎はたまたまバッグに入っていた護符で巨人の影から身を守っていた。しかし、あまりの力強さに押されそうになっていた。巨人の影が力むだけで大きな手が少年の前に攻め阻む。護符一枚だけでは物足りなかったか?そう思った一郎は父の名を叫んだ。その叫びは息子がピンチになっている合図だと分かった燎平は魔力がギリギリに無くなりかけつつ険しい表情で詠唱と呪文を繰り返しながら唱え幽鬼を返還術の空間へ引きずり込もうとする。幽鬼も負けないと必死に抵抗するがズルズルと引きずられた。唸る声と共にまだ勝負はついていないと白夜親王に戦いを挑むも返還術の吸引力が想像より強力だった為、体が腕が言うことを聞かない。霊語交じりの唸った声を出し鬼の形相で白夜親王に殺意を持っているかのように睨んだが白夜親王は怖気づいていない堂々とした態度で返還術に引きずり込まれる幽鬼を眺めていた。すると、もう耐えられなかったのか幽鬼は遂に返還術に吸い込まれ捕らえられた。空間のねじれによってできた渦巻き状の光に飲まれ幽鬼はまだ終わっていないと抜け出そうとするも引力が幽鬼を逃がさないと奴の強く引っ張り込む。体の半分が空間に持って行かれて顔と手が出ている状態となった幽鬼は大きな目で強制的に無理矢理にでも霊界へ帰そうとする燎平を睨んで手を伸ばそうとした。燎平を道連れにして共に霊界へ連れ込もうとしたのだ。しかし、それは適わず道連れを実行する寸前に返還術が力強く幽鬼を渦巻く超空間の中へ引きずり込まれた為、口惜しく憎き陰陽師の手には届かなかった。空間の中に落ちた幽鬼は引力に逆らえなく悔しさと無念が入り混じった最後の叫びを上げて奥へ落ちるに連れ姿は消えた。
そして、返還術も元の魔法陣の姿に戻り自分の役目を終えて消えていった。幽鬼を霊界へ送り返す作戦は成功したのだ。幽鬼を霊界へ強制返還したことで別世界に彩られていた異空間が元の空き地の景色に戻り巨人の影は跡形もなく消滅した。ギリギリに狭まれていた一郎は巨人の影が消えて一安心したのか全身の力が抜けた。燎平も同じで同時にドッと疲れが遅い地面の上に腰を下ろした。さすがに魔力を使い過ぎて体と身も心も重く感じた。白夜親王もお疲れの様子で肩の力が抜けて夜空に向かって顔を上げた。陰陽札による守護術の効果が切れて太一と武男も助かったと安心した。


あれから四日が経った。
燎平と一郎に再び平穏な毎日が戻った。依頼はなかなか来なかったがそれでも毎日普段通りに過ごせることはこんなにも嬉しい事はない。
幽鬼に生気を吸われ屍人となって生死を彷徨っていた木津、日上、小田の三人は意識を取り戻しまだ入院中だが少しずつ体力を取り戻しつつ元気にしているらしいと昨夜、太一が電話で教えてくれた。手間は普段通り学校に通い武男と一緒に三人の見舞いに行っているとのこと。今回の件で問題を起こした武男は幽鬼を霊界へ帰した後、燎平に叱られて絞りに絞られた。真夜中のお叱りは本人にとってかなり効いたのだろう。部下とはいえ友達の心配をせず冷たい態度を取るほど乱暴者で薄情なガキ大将でも今回ばかりは嫌というほど参っているだろう。燎平の強烈な拳骨を一発喰らわれてシュンとした武男の姿が今でも頭の中に残っている。
それだけでなく、戦闘中に式神 白夜親王の姿と返還術を使った様子を目の当たりにした太一と武男の記憶は既に消去してある。彼ら一世界人が二世界人の陰陽術を見せてはいけない。見られたら「記憶消去術」で記憶を消さなければならない。もちろん、見せるのも厳禁。これは、二世界・二世界人の存在を知られないよう守らなければいけないルールだから。例え、追放者でもこのルールだけは絶対に守らなかければならない。
とにかく、みんなが無事で何より。燎平と一郎はテーブルの上に広がった駄菓子を食べながらソファの上で寛いでいた。燎平は本を読みながら一郎はテレビを観ながらそれぞれ自分の時間を過ごしていた。
「生気を吸われた三人。意識が戻って良かったよね。病院の先生からは危うく命を落とすところだったって肝を冷やしていたらしいよ」
足を組んだ燎平は片手にコーヒーカップを持って次のページを捲った。
「あの時、発動が失敗したらあの三人は仲良くあの世へ行ってたかもな。成功確率が低い返還術を一発目に成功したのが幸運だったな」
返還術を発動させるのにかなり苦労したことを憶えている燎平は自分の魔力が無くなりかけた時はさすがにヤバイと思っていた。ああいった術はかなり魔力を消費するのでいつ魔力が尽きてもおかしくなかった。それに、成功率は極めて低いのでもし失敗して一からやり直すはめになっていたらあの三人は本当にあの世へ行って賽の河原行きになっていただろう。そして、全滅していた。
「それにしても、武男くんに霊の召喚術を教えたという呪い師って一体何者だろうね?」
幽鬼を霊界へ帰し後、燎平のお叱りを受けていた武男が詳しく話してくれた。あれは一週間ぐらい前、毎日がつまらなくて退屈していた時に知らない呪い師から声をかけられたのだ。その呪い師は中年ぐらいでごく普通の男だったらしい。呪い師は暇を持て余していた武男に神霊を召喚する方法を教えてあげようと言い神霊を召喚する方法が書かれた紙を渡されたという。そして呪い師はこう言った。その紙に書いてあるやり方通りにすれば何でも願いを叶えてくれる神霊が現れて君の望んでいる願いを叶えてくれると教えてくれだろうと言い残し去って行ったという。
一世界人の呪い師が二世界の禁呪である霊の召喚術を知っているわけがない。だとすると考えられるのは──
「その呪い師はおそらく黒陰師(こくいんじ)だろうな。幽鬼や禁呪である召喚術の存在を知っているとすれば黒陰師だけしかありえない」
黒陰師。黒陰陽術という闇の力を利用して犯罪を犯す罪人。また、一世界や二世界で問題を起こしたり殺人を犯したりなど犯罪に手を染める悪人でもある。燎平が言う呪い師が本当に黒陰師だとすれば陰陽警察は黙っていないだろうし何より前回起きた呪具売りの道具屋が起こした事件と同様、一世界人に危害を加えようと企み武男に禁呪を教えたに違いない。奴らによる犯罪は二世界だけでなくこの一世界にも広まっているかもしれない。今回みたいに黒陰師に関わる依頼が舞い込む可能性があるかもしれない。
「どうして、黒陰師は一世界人を狙うんだろう?」
なぜ一世界人を不幸にするのか疑問に思い悩んでいた一郎に対し燎平が出した答えはこうだった。
「どうしてもなにも。奴らは一世界人に好感を持っていないからだろう?黒陰師だけじゃない。他の二世界人にも彼らの事をよく思っていない者だっている」
その答えはあまりにも率直で即決だった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...