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肆ノ譚

消エタ人ヲ喰ラウ屋敷(下)

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 人喰い屋敷の調査から6日が経った。新しい水曜日が訪れたのだ。今日は姿を消している人喰い屋敷を見つけ出す日なのだ。この六日間は、二人にとってなかなかばつが悪い期間だった。人喰い屋敷の調査後、燎平は普段の態度を振る舞っていたが、一郎は相変わらず彼に対する反抗的な態度を取っていた。ちょっとだけは口が利けるようになったがまだ遼平の古道具とアンティーク収集のやり過ぎに根を持っていた。喧嘩したあれから燎平は集めに集めたコレクションの整理を全くしていない。ギャーギャー言うのは面倒くさいので一郎なりの抵抗で仏頂面でツンツンする態度と様子を見せていた。なかなか機嫌を直さない助手に燎平は参っていた。親に向かって何度その態度はと叱ったら一郎も怒って前よりだいぶ嫌悪感を出してしまう。それだけは絶対に避けなければと燎平は何度か声をかけて助手の機嫌を直してもらおうといろいろと考えていた。それからもう六日が経ち今も気まずい感じが続いてる。
燎平と一郎は六日ぶりに今回の依頼人である小俣勝吉に会いに彼の家に来ていた。時刻は18時。勝吉の部屋に集まり燎平は再び地図を広げ妖霊探針を持ってぶら下げた。妖霊探針を周辺に動かして反応が来るのを見守る一郎と勝吉。慎重にゆっくりと妖霊探針を動かす燎平。今回、毎週水曜に東京都内で子供達が行方不明になったのは3件。赤坂に住んでいた一人の少年。蕨で少年一人と少女一人。そして、最近だと田園調布で智吉と三人の少年が消えた。そして今日は4度目の水曜日。誰かが人喰い屋敷を見つけてしまう前に自分達が見つけ出して智吉と失踪した子供達を助けなければならない。ゆっくり動かして田園調布だけでなく多摩川園前駅、奥沢駅周辺も妖霊探針をかざして反応を待つ。
その時、田園調布の空き地で拾った土を入れた針が光り出した。紫色に光る妖霊探針に燎平達は反応した。針が光出した場所は奥沢駅からだいぶ離れた場所だ。ここに例の人喰い屋敷があるに違いない。地図から見ると妖霊探針が指し示している場所は住宅地から離れた土地みたいだ。スペースが開いているのできっと空き地に違いない。
人喰い屋敷の居場所が分かった燎平は立ち上がり出掛ける準備を整い始めた。


 何もない殺風景な空間が広がる奥沢の空き地。田園調布より少しだけ広さはあるがこの時間帯は誰もいない。
茶色の瓦屋根、壁は白色で塗られているので汚れがはっきりと目立つ。窓は5つあってカーテンが全て閉まっているので中の様子が見えない。この古ぼけた屋敷はまるで大正時代に造られたかのような立派な洋館だった。堂々と空き地の中を佇む屋敷の前に燎平、一郎、そして勝吉が立っていた。異様が漂う洋館の前に勝吉は怯え隣にいた一郎にしがみつく。人喰い屋敷から強い妖気を感じ取れた燎平は少し表情が強張り只事ではない感じがした。
「二人共。ここで待っていろ。俺一人で行く」
それを聞いた勝吉は振り向いたが一郎は振り向こうともせず屋敷の方を見ていた。
「今回の相手は今までより危険かもしれない。二人はここで待っているんだ」
そう言い残して燎平は一人、人喰い屋敷へ向かった。とても心配する勝吉は彼が屋敷の中へ入るのを見送った。一郎は黙ったまま彼が屋敷の中へ消えていくのをただ見ていた。
玄関を潜った燎平の前に現れたのは、広いエントランスホール。天井には本物の蝋燭を使ったシャンデリアが吊るされていて広間の周りには蜘蛛の巣が張られたり汚れたうえ破れている壁紙。埃っぽくて床には人間や動物の形に刺繍された円状のカーペットが敷かれている。このカーペットはまるではギリシャ神話を元にしたような装飾が施されている。そして、目の前と左右にはドアが6つ。この屋敷は部屋がいっぱいあるみたいだ。とても気味が悪いのは人が住む気配が全くないこと。廃墟化とされても建物は原型を保てている。あちこちから怪しい気配を感じることから燎平は中の様子を見ていた。このエントランスホールに6つのドアがある。右にはドアが二つ、左にも二つ、1階は一つで2階も一つだけある。どこから入ろうか燎平はたくさんあるドアの中で選んだのは1階のドアである。ドアを開く軋む音が鳴り響き中に入ると大正浪漫を感じさせる応接間に着いた。ボロボロで虫に食われたカーペット。棚の上に2つの花瓶。蓄音機に本棚。そして埃まみれのテーブルと破れかけたソファ。慎重に辺りを見渡しながら検証し何か行方不明になった子供達の居場所を突き止めるヒントはないか探したが、この応接間には無いようだ。燎平は本棚に目をつけ一冊の本を取り出した。本は外だけでなく中も汚れいて虫に食われた穴がたくさんあってボロボロになっている。手に持っているだけで崩れそうだ。その時だ。突然、応接間内に音楽が流れ出した。聴いたこともない音楽。切ないメロディが応接間を包み込む。あまり驚かなかった燎平はボロボロの本を棚に戻しレコードを回して音楽を流す蓄音機の方へ歩んだ。そして、止めた。すると次は棚の上にあった花瓶の割れた音がした。人の気配がしないこの中で独りでに蓄音機が動いたり花瓶が割れるのはポルターガイスト現象が原因だろう。ポルターガイストはいわば幽霊に悪戯にすぎない。何度も経験した事がある燎平にとってはそんなに驚くことはなかった。この応接間から異様な妖気を感じるがどうやら本体はここにはいないみたいだ。そして、今度は応接間の奥にある扉がない入口に目をやった。燎平は別の空間へ行ける入り口へ向かった。応接間の入り口に繋がっていたのは長い廊下だ。窓はなく蝋燭が怪しく火を灯り奥深い闇が彼の前に立ちはだかった。とても怪しい廊下に燎平は何も恐れることなく先へ進んだ。廊下中に燎平の靴の音が奥まで響き渡る。何も恐れず躊躇しない彼はどんどん先へ進むとまた扉がない入口を見つけた。中に入ってみるとそこはおびたたしい実験器具がたくさん置かれている暗い部屋に辿り着いた。地面に転がっているビーカーやフラスコなどのガラス製器具。ピンセットや湿ったマッチ箱に手術台などのおぞましい器具や道具があちらこちら散らばっていた。どうやらここは実験室のようだ。暗くて見えにくいが実験器具はもちろん壁や床のあちこちに血痕が残っている。どうやら、この屋敷は荒んだ実験を執り行っていたようだ。すると、燎平は何か感じたか後ろへ振り向いた。なんと、さっきまであった入り口が突然消えていたのだ。きっとこの人喰い屋敷の仕業に決まっている。そう思った矢先、ガチャガチャというもの音が聞こえた。燎平が振り向くと物音の正体が実験器具だと分かった。数多くある実験器具が浮かび上がり燎平に目掛けて一斉に襲いかかってきたのだ。
一方、人喰い屋敷の外で待機している一郎と勝吉は人喰い屋敷の外見を眺めていた。空は暗くなってきてもうすぐ夜が訪れる。燎平が人喰い屋敷に入ってからかれこれ40分は経っていた。帰ってこない彼に勝吉はソワソワしていた。このまま帰ってこなかったらどうしよう。そう不安と心配に駆られていて勝吉はただ燎平と智吉達の帰りを待ち続けることしかできなかった。まだ燎平を許していない一郎はまだ帰ってこない彼に対し冷たい態度を取っている。この六日間、彼は一郎を怒らせてしまった事を一度も謝ってくれなかった。だから、一郎は薄情者につれない素振りをしていたが、内心ではなかなか帰ってこない父親を心配していた。このまま帰ってやろうとは思ったが彼がいない相談所は何だか心細いというか寂しいといか、彼がいなきゃ経営が回らないとなるとさすがに放っておくわけにはいなかった。燎平がいての相談所だ。どんなに薄情者でもさすがに無視はできない。
「一郎さん!どこに行くの?」
急に動き出した一郎に勝吉は呼び止めた。
「ぼくも屋敷に行く。君はこのまま家に帰ってくれ」
人喰い屋敷に入ろうとする一郎に勝吉は不安そうな顔で止めようとした。
「だ、だめだよ!ここで待ってろって燎平さんが言ってたじゃない」
「でも、もうすぐ夜の時間になる。夜になったら人喰い屋敷が次に現れるのは来週の水曜日になってしまう。リョーさんすごい陰陽師だけどこんなに時間がかかっているのはきっと妖怪退治に手こずっているんだ。このまま放っておいたらリョーさんはともかく君のお兄さん達の命が更に危なくなるからもしれない。ぼくがお兄さん達を見つけに行くから君は先に家へ帰っていて」
そう言って一郎が人喰い屋敷へ走って行くと勝吉は一人だけ取り残されてしまった。離れていく一郎を呼び止めたが彼は言う事を聞いてくれない。それに、人通りが少ないうえ暗くなってきた外で奥沢から自分の家まで帰るのは無理だった。奥沢の空き地から自宅までは相当距離があり独りでは帰れない。でも、夕日が沈み暗くなる中で独りで空き地に佇むのは寂しすぎて心細くなる。弱虫の自分にとっては耐えられない。扉を開き中へ入ろうとする一郎を見て勝吉は独りでいるのが耐えられず「待って!ぼくも行く!」とあとを追いかけた。
エントランスホールは薄暗くジメジメしていた。不穏な空気が漂うエントランスホールに一郎と勝吉は辺りを見渡し何かいないか確認した。彼らの周りには6つのドアがあった。
「お兄さんは、どの部屋から入った?」
彼の手を強く握りしめている勝吉は怯えた顔を浮かべながら知らないと首を振った。ここで立ち止まってちゃ何も始まらないので一郎は勝吉を連れて右側の二つ目のドアに手をかけた。
「家に帰った方がいいんじゃない?」
緊張している勝吉に帰宅を勧めたが勝吉はフルフルと首を振った。
「こんな遠いとこからじゃ独りで帰れない。外は暗くなるし人もいない。一緒にいた方がいい」
それを聞いて一郎は笑った。
「大丈夫。君はぼくが守ってやるから」
緊張して怖がっている勝吉を慰めるかのように優しく声をかえてあげた。
正直言うと一郎も独りで人喰い屋敷に入るのはさすがに恐怖を覚えていた。今までこういう怪しい廃墟や建物に入る時は常に遼平が側にいたから怖くなかったけど独りでこんな暗がりの建物に入るのは心細かった。怖がっているとはいえ側に勝吉がいてくれてちょっとは安心した。そして、覚悟を決めてドアを開けるとその先には厨房の部屋があった。厨房はどこも汚れていて流し台には大きなカビが蔓延っていた。フライパンなどの調理器具や食器も埃まみれになったりして一度も使われていないようにも見えた。厨房テーブルの上にはまな板と包丁などが置かれている。床には割れた食器やコップがいくつか散乱していた。暗くて視界が見づらく靴で食器の破片を踏んだ音が聞こえた。厨房周りを見渡し特に怪しいところはないが妙に背筋が凍るようなゾクゾクが感じた。妖気や霊気を全く感知しない一郎にとっては本体がどこにいるのかは知らない。ただ、できることは智吉達と燎平を探すことだ。それに、こういった怪しい所には必ずポルターガイストが起きる。一郎はそれを警戒しながら周りを見ていた。特にやばいのは包丁。もし、包丁が飛んで来たらどんな目に遭うか・・・。一郎と手を繋ぎながら怖がる勝吉は厨房の周りを見ながらビクビクしていた。臆病な性格の勝吉は一郎に縋りつき異変が起きないことを願っていた。すると、勝吉が突然目を丸くした。厨房の壁に目らしき物を見つけてしまったのだ。しかし、その目は勝吉と目が合った途端に消えてしまった。勝吉は「一郎さん・・一郎さん・・」と小さな声で彼を呼ぶ。
「どうした?」
一郎が振り向くと勝吉は真っ青な顔をして「め、めめ・・め」と壁の方を見ながら言った。一郎は少年が見ている方へ視線を向ける。しかし、壁には何もなかった。
「目なんてないよ?」
そう言って一郎は振り向く。気のせいだったのだろうか。そう思いながらも気のせいだよねと自分の目で見た奇妙な出来事は見間違えだと思った勝吉。
「い、一郎さん。ここは何か変わったものはないし出よ」
そう言いかけた時、勝吉は再び目を見開いた。なんと、彼らの前にナイフが浮かび上がっていたのだ。
「い、いいいいい」
振るえた声で一郎を呼ぶ。彼の震えた声を聞いて一郎が振り向い途端、ナイフが襲いかかった。一郎は間一髪、襲ってきたナイフをかわした。勝吉は一郎に頭を押し付けられて背を低くしかわした。飛んだナイフは壁に刺さった。二人が顔を上げると周りにある食器と調理器具が浮かび上がった。ポルターガイストだ。
やばいと思った一郎は「出るぞ!」と叫んで勝吉の手を引っ張りさっき通ったドアの方へ駆け込んだ。食器と調理器具は浮遊して二人に狙いを定めている。一郎はドアを開けようとした途端、外側から鍵が掛かっていた。一郎は必死にドアノブを回すが鍵が掛かっていて開けられない。食器や調理器具が狙いを定めている内になんとか脱出しようと思ったがドアが開かなくて袋のネズミ状態になっていた。
「勝吉くん。ちょっと手を離して!」
そう言って一郎は少年に握られていた手を解きバッグに手を突っ込んだ。勝吉はポルターガイスト現象を目の前にして倒れ込み腰を抜かしていた。襲いかかり始めた食器と調理器具。一郎は咄嗟に「退魔電灯」引っ張り出し襲ってくる食器と調理器具に光を浴びせた。すると、襲ってきた食器と調理器具が落下した。この退魔電灯は悪霊から身を守れる道具だがポルターガイストにも効くのだ。しかし、あくまで霊を退ける一時凌ぎにすぎない。落下して割れた食器や落ちた調理器具は再び浮上した。何とか食い止めてドアを開けなきゃと思ったが、勝吉は腰を抜かしてドアを開ける余裕はない。だとすれば手段は一つ。一郎は自らの体でドアに向かって突進する。カチャカチャと浮上する食器と調理器具の群れに一郎は必死にドアを壊すぐらいの勢いで突進する。牙を向く食器と調理器具の群れが再び一郎達に狙いを定めている。退魔電灯で一時的な時間稼ぎをしたがまた襲われそうになる一郎は勢いよくドアに突進すると固く閉じていたドアが開いた。突進した勢いで転んだ一郎は再び退魔電灯の灯りをポルターガイストに浴びせた。食器と調理器具の群れが落ちている間に退魔電灯を片手に荒っぽいが腰を抜かしている勝吉の手を強く引っ張り脱出した。食器と調理器具の群れが三度目の浮上した時には一郎はドアを閉めた。助かったと思いきや気づけば別の部屋にいた。確か1階の厨房はエントランスホールと繋がっていたはず。しかし、ここはエントランスホールではなくベッドがあるからにして寝室のようだ。寝室にしては広く大きくてボロボロになったベッドがあって腐りかけた机と椅子、そして閉ざされたカーテンの奥にある窓。どうやらここは誰かの寝室みたいだ。でも、とにかくあのポルターガイストから逃れられた。一郎は安心したのかホッとした。すると、すすり泣く声が聞こえた。振り返るとベッドに寄りかかり背中を丸めて泣いている勝吉の姿が映った。身体を震わせながら恐怖のあまりで背中を丸め顔を伏せながら勝吉は「兄ちゃん・・・兄ちゃん・・」と呟きながら泣いていた。気にかけるように手を添える一郎。
「大丈夫?」
優しく声をかけるが体育座りしながら顔を伏せて泣く勝吉はもう我慢の限界かと思うぐらいめそめそしていた。無理もない。臆病な子にはポルターガイストは正直キツすぎたのかもしれん。
「お家に帰りたい」
そう呟いた時、一郎は少年の背中を優しく擦りながら何とか励まそうとした。
「大丈夫。お兄さん達を見つけたらすぐお家に帰れるから。早く見つけてここから出よう」
「一郎さんは怖くないの?」
そう訊かれた一郎は震えて泣いている勝吉に教えた。
「怖くいない。と言ったら嘘になるけど正直言って怖いよ。でも、慣れているからね。伊達に5年間、相談所をやっているからこういったお化け屋敷は慣れているさ」
「でも、怖いんでしょ」
泣きっ面の顔を上げた勝吉。
「まぁ、そうだよ。何が起こるか分からないし。でもね。ぼくはこの仕事をやめたいとは一度も思っていないんだ。何かあればリョーさんが助けてくれるしリョーさんの身に何かあったら今度はぼくが助ける。いわゆるチームプレイってやつかな?どんなに怖くても自分ができる限りの事をやらなくちゃいけないんだ。怯えたり泣く暇なんてない。それに、ぼくにとってリョーさんは恩人なんだ。ぼくがこうして生きていられるのもあの人のおかげ。ぼくを拾ってくれたあの人に恩返しをする為に助手をやっているようなもんだから後悔はしていない。だから、ぼくは最後まで諦めない。だから、諦めず絶対にお兄さん達を見つけよう。ね」
笑みを浮かべながら落ち込む勝吉を元気づける一郎。年上の自分が怖がっていたら彼を余計に不安にさせてしまうからしっかりしなきゃと強く思う。一郎はすぐに立ち上がりどこか寝室を出られる出口はないか探す。さっき潜ったドアをあけたらまたポルターガイストに襲われるかもしれないのでドアは開けないことにする。だとすれば、この寝室にある窓から出ればいい。一郎は閉まっていたカーテンを開けて窓に触れた。窓は鍵が掛かっておらず簡単に開けられた。寝室の窓の先に映ったのは長い廊下。
「行こう。勝吉くん」
一郎は手を差し伸べ先へ行こうと誘う。何も恐れず笑顔を振る舞う彼を見て勝吉はちょっとだけ元気が出たのか一郎の手を取って一緒に窓を潜った。二人が着地した廊下は無駄に長く先が見えない。でも、進まなくちゃ何も始まらないと一郎は勝吉の手を繋いで歩き出した。廊下の床は長いカーペットが敷かれ壁には蝋燭が灯っている。さっきより異様な空気を感じるが生き物の気配は全くない。静寂で薄暗く気配も感じずドンヨリした空気にジメッとした湿度。二人の靴音が鳴り響きそれ以外は何にも聞こえない。智吉達と燎平は一体どこにいるのか二人は知らないがこの廊下を渡らない限り彼らの行方を探れない。そして、この長い廊下の先には何があるのなかも想像はできない。ポルターガイストみたいに何かしらの嫌な現象が起きなければいいけど。すると、長い廊下の先に壁らしき影が見えた。進んで行くと大きな壁が二人を立ちはだかる。
「行き止まりか」
いや。もしかすると、どこかに隠し通路への仕掛けがあるかもしれないと一郎は何もない壁を触り始めた。勝吉はベタベタと壁を触る一郎を見ながら待機していた。二人が立ち往生している時、後ろから魔の手がゆっくりと二人に向かっていた。床から出てきたのは手の形をした黒い影。人間を一握りできるぐらいの大きさを持つ手が存在に隠し扉はないか確認している二人の背後に迫る。一郎は残念そうに「隠し扉らしきものはないか」と言い振り向いたその時、人を丸呑みするかのような迫力感がある巨大な手が迫ってきた事に気づいた。勝吉も後ろを振り向いて大きな手の影が迫ってきていた事に気づき口を大きく開けた。黒い手は二人を襲いかかるよう降りかかると一郎は勝吉の手を取って魔の手から逃れた。
「走れ!!」
そう叫んで勝吉を先頭に二人は来た道を戻るかのように走り出した。取り逃した黒い手は腕を曲げて逃走した二人を逃すまいと追いかける。後ろ振り向かず攻めてくる黒い手から逃げるのに頭が一杯で気を緩める事はできなかった。
一郎はまだ手に持っていた退魔電灯のスイッチを入れて黒い手に目掛けて照らした。さすがは退魔電灯。光線が少し小さくても黒い手の動きを止めてくれた。すると、黒い手が床に潜り姿を消した。これで助かったのかと思いきや今度は二人の前に黒い手が現れた。行く手を阻む黒い手に二人は足を止めた。もう駄目だと顔を青ざめた勝吉の足はガクガクして動けなかった。黒い手が勝吉を勢いよく襲い始める。足がすくんで動けなくなった勝吉は黒く染まった闇が深い手の中に捕らわれそうになりかけた。その時、後ろから自分を退けるかのように体を押された。押された勢いで尻もちをついた勝吉が見たのは黒い魔の手に捕らわれた一郎の姿だ。床には退魔電灯が転がっている。勝吉は絶望した顔で「一郎さん!!」と大声で叫んだ。
黒い手の中にいる一郎は「それ持って逃げろ!」と叫んだ。しかし、勝吉は尻もちをついたまま動けなかった。すると、また新たな黒い手が床から飛び出し勝吉を襲おうとする。「早く!!」と必死に彼を逃がそうとする一郎の顔に痣のようなものが浮きだした。勝吉は震えた足を立たせて退魔電灯を手に取り走り出した。とても悔しそうに走り去っていく彼を見届けた一郎は黒い手と共に床に沈んだ。二本の黒い手が容赦なく勝吉を追いかける。悔し涙を流しながら勝吉は死に物狂いで走ると目の前にさっき通ったドアが見えた。さっきの厨房じゃありませんようにと心の中で強く祈りながらドアを勢いよく開けるた。途端にそこは真っ暗で何も見えない。そして、足をつける床もなく勝吉はそのまま落下してしまった。暗闇に吸い込まれるかのように落ちる勝吉。叫び声は暗闇を突き抜けるかのようにこだましやがて小さくなった。


 殺風景が広がる光景に石の壁に囲まれどこか冷たい空気が漂う空間。
一人で仰向けになって倒れている勝吉の姿が見えた。勝吉は「いてて・・」と言いながらゆっくりと体を起こした。気がつくとそこは見慣れない景色が広がっていた。石の壁に視界を遮るかのように見えにくいぐらいの薄暗さ。勝吉はなぜここにいるのか思い出した。一郎が自分の身代わりとなって黒い手から逃がしてもらいドアを開けた途端に堕ちたのだ。勝吉はこの空間に誰かいないか探す為、退魔電灯を点けて歩き出す。何もないこの空間で誰かいるとは思えない。でも、何もしないまま一人で居座っても仕方ないと思い動き回ることにしたのだ。それにしても、この空間は本当に言葉では言い表せないほど冷たい空気が流れている。さっきのジメジメさはどこにいったのやら。もしかすると、またあの黒い手が出てくるかもしれないと一郎は周りを警戒しながら先へ進む。すると、足に何かぶつかったような感触がした。ぶつけた所に退魔電灯で照らした時、白くて丸い物が映り出した。それを見て勝吉は目を大きく見開いた。少年の足元に頭蓋骨が転がっていたのだ。あまりにも驚きすぎて天井が突き抜けてしまうぐらい大きな悲鳴を上げて尻もちついた。よく見て見ると白骨死体ではないか。大きさは勝吉と同じぐらいだ。どうやら、この白骨死体は子供のようだ。なんでこんな所にと思いながら勝吉の膝が笑う。でも、早くここから立ち去りたいという一心があるので子供の白骨死体を避けるよう進み小走りする。さっきの白骨死体を見て今も心臓がバクバクしている。早くここから抜け出したいと思い出口を探すと何かに躓いて転んだ。振り向くとまた新たな白骨死体。
ぎゃああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーー!!!!
断末魔のような鋭い悲鳴が殺風景な空間に広がる。身の毛がよだち白骨死体を見て大絶叫する勝吉に恐怖は終わらなかった。この白骨死体はボロボロの服を着ていた。その服装を見て更に驚愕する。智吉の友人の一人 少年沢白が当時着ていた服と似ていたのだ。まさかとは思ったが、この白いシャツに紺色の半ズボン。そして黒い靴。間違いなく沢白少年のだ。あまりの衝撃的な展開に勝吉は言葉が出ず急いでその場を離れるかのように立ち去った。慌てて走り出す勝吉はただひたすら真っ直ぐ進みこの空間を脱出する事と急いで兄を捜すことしか頭になかった勝吉は必死にダッシュで走っていると目の前に鉄の扉が見えた。あまりにも慌てていたので鉄の扉をバン!と強く開けて倒れ込んだ。思いっきり走ったので息切れして乱れた呼吸を整える。まさか白骨死体をこの目で見てしまうなんて思いもしなかった。心臓が飛び出るぐらい驚き無我夢中で走った結果、また廊下に出た。しかし、今度の廊下は短い。一体何なんだこの屋敷と思った矢先、目の前に壁があった。また壁かと思いもう一度、鉄の扉を潜ってあの空間に戻る気はしなかった。しかし、行き止まりだしどうしようと思った時、突然廊下が揺れ始めた。地震かと思いきやなんと廊下が自動的に動き出したのだ。廊下が回り始め勝吉はバランスを崩し転がった。ゆっくりと回る廊下。勝吉は踏ん張ろうとするが廊下が回り続けてバランスが取れないので転がされていた。あまりにも荒々しいぐらい回りながら動くので勝吉は目を回していた。脳みそがおかしくなるのと胃が口から吐き出しそうなぐらいの荒っぽさに少年は限界に達していた。しばらくすると、回転していた廊下が止まり落ち着いた。頭がグラグラして目を回している勝吉。やっと治まったと思ったその時だ。「勝吉・・・?」と自分の名を呼ぶ声が聞こえた。グルグルと目を回していた目が元に戻り声がした先を見ると一人の少年がこちらを見ていた。聞き覚えのある声。見慣れた姿。
「兄ちゃん・・・・?」
勝吉は目を見開いた。自分とそっくりな顔で見慣れたその姿に自分の兄だと分かった勝吉は駆け寄った。
「兄ちゃん!!」
「勝吉!!」
互いを呼び合いギュッと抱きしめ合った二人。やっと。やっと兄弟の再開を果たした。安心したかのように涙を零す勝吉と再会に喜んで泣き出す智吉。お互い仲が悪くても血のつながった兄弟。久しぶりの再会に兄弟二人は喜んだ。
「お前。どうしてここに?」
泣き腫らした智吉はなぜ人喰い屋敷に来たのか訊ねると勝吉は嬉しさのあまりに笑顔で答えた。
「日ノ守会談館っていう陰陽師さん達と一緒に兄ちゃんを助けに来たんだ」
それを聞いて兄は嬉しかった。いつも意地悪ばかりしているのに危険を顧みず自分を助けに来てくれた我が弟に心から感謝した。
「お前に助けられるなんて思ってもみなかった。ありがとう」
弟の頭の上に優しく手を乗せた智吉。いつも拳骨をお見舞いされて痛い目に遭っていたが今回は頭をワシャワシャと撫でられた。初めて兄に褒められて勝吉は嬉しかった。
「そうだ。勝吉。沢白と立野、中島を見なかった?人捜しの途中はぐれちゃって」
それを聞いた時、勝吉は悲しそうな目をした。さっき、沢白の白骨死体を見つけてしまったからだ。こんな事、兄に伝えたらどうなってしまうのか、沢白の遺体を見たのは伏せた方がいいのか迷っていた。
「立野くんと中島くんは知らない・・・。沢白くんは・・・」
言いづらい。とても言いづらい。智吉は沢白とはとても仲が良い友達の一人だった。時たま勝吉にも優しくしてもらったこともある。友達は死んでたなんて言えない。でも、嘘をついたら智吉は沢白と再び会えると思ってしまう。事実を伝えればショックでひどく落ち込むかもしれない。内緒にしておくか事実を教えるか。難しい選択に追いやられた勝吉。考えてさらに考えた結果、二択のうち一つを選んだ。覚悟を決めて勝吉は「沢白くんは」と教えようとした時、智吉の様子がおかしかった。まるで銅像のように動かなくなって表情が固まっていた。まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。兄の視線を追うように後ろへ振り向くと天井上に何か大きな生き物がくっついていた。その姿は巨大なトカゲで身体全体は黒く無数の顔が浮き出ている。その顔はとても苦しそうで痛みを感じ助けを求めているかのように嘆き喚く声を出していた。
苦しい。助けてくれ。痛い。許して。死にたくない。それぞれ辛苦そうに声を荒あげ救いを求めていた。しかし、トカゲの身体全体に浮き出る顔はもはや人とは言えない。まるで、そう地獄に落ちた亡者のようだ。
「あ、あ、あいつだ・・・!」
智吉は青ざめて震えた様子で嘆きのトカゲ妖怪を見て言った。
ズズーーン!
天井にいた嘆きのトカゲ妖怪が降りて来た。その大きさは小俣兄弟より数倍でかく紫色の目がギラリと光る。
すると、勝吉は嘆きのトカゲ妖怪の頭を見て気づいて「い、一郎さん!」と叫んだ。なんと、トカゲ妖怪の頭の中に一郎がいたのだ。一郎は気を失っているみたいで身体中に痣のような模様が広がっていた。あの黒い手は嘆きのトカゲ妖怪の足だったのだ。長い舌を出したトカゲ妖怪に勝吉は咄嗟に一郎から受け取った退魔電灯を前に出した。
「来るな!!」
ビカッと光った退魔電灯。光線の光に直撃した嘆きのトカゲ妖怪は雄叫びを上げてまるで苦しそうにも見えるが光線を浴びつつも堪えていた。さすがは退魔電灯。と思いきや退魔電灯の光線が切れかかっていた。光線の勢いが弱くなり消えかけているとプツンと電気が切れたように光らなくなってしまった。まさかの電池切れ。勝吉は電池が切れた退魔電灯を叩いたが全く機能しない。光線が消えて嘆きのトカゲ妖怪は元気を取り戻し再び二人を襲おうとする。絶体絶命の大ピンチに陥った二人は身動きが取れずトカゲ妖怪の伸びてくる舌に襲われかけたその時だ。一枚の紙が飛んできて嘆きのトカゲ妖怪の舌を弾き返した。そして、爆発が起き兄弟は難を逃れられた。一体、何が起きたのかさっぱり分からなかった時、後ろから勝吉の名を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとそこにいたのは陰陽師 鐸木燎平だった。燎平が現れた途端、勝吉は安心したのかドッと全身の力が抜けた。爆煙が晴れると三人の前にいる嘆きのトカゲ妖怪が舌を戻して獲物を狙うような目でこちらを見ていた。
「二人とも、無事でよかった」
元気そうな兄弟を見て燎平は安心した。
「鐸木さん。一郎さんが!」
勝吉が指を差した方向に一郎が嘆きのトカゲ妖怪に捕らわれている事を知った燎平は歯を強く食いしばる。嘆きのトカゲ妖怪は雄叫びを上げてやる気満々で突進してきた。燎平は守護術の陰陽札を前に出した。勢いよく突進してくる嘆きのトカゲ妖怪に守護術の陰陽札は鮮やかな黄緑色の光が盾となってトカゲ妖怪の強烈な突進を防いだ。突進の威力がぶつかり合った事で生じた強力な衝撃が守護術の盾を襲う。あまりの強い衝撃に吹き飛ばされそうになる。
「鐸木さん!こいつは?」
「この人喰い屋敷の正体に違いない。こいつは、苦しみと無念と悲しみを抱えたまま死んでいった人間達の魂が集合体となって姿形を変えて生まれた哀れな妖怪だ。普通の妖怪とは違って時たまいるんだ「負」のエネルギーに囚われて妖怪化してしまう霊が。妖怪化した霊はより強力で妖力と霊力を両方使える凶暴な奴なんだ」
妖力と霊力。それを聞いて勝吉は思い出した。厨房で起きたあのポルターガイスト現象。そして、迷路のように違う部屋に切り替えたり廊下を動かしたり。あれは、嘆きのトカゲ妖怪の仕業だったのだ。すると、守護術の盾に亀裂が入った。どうやら嘆きのトカゲ妖怪の突進はかなり強力みたいだ。亀裂が入り盾が壊れかけそうになっている。燎平はポーチから同じ守護術の陰陽札を二枚取り出した。
「二人共、これを。この札が君達の身を守ってくれる。肌身離さず持っているんだ」
亀裂が大きくなり守護術の盾が崩壊し始めた。
「避けるんだ!」
バリン!守護術の盾が割れた小俣兄弟は燎平に言われたとおり守護術の陰陽札を片手に嘆きのトカゲ妖怪の頭突きをギリギリに避けた。しかし、燎平は頭突きを諸に受け押し出されていた。すごい勢いに押され遼平は嘆きのトカゲ妖怪に連れ出されるかのように真っ直ぐ突き進まれた。勝吉と智吉は燎平の後を追おうとしたその時、壁から黒い体を持つ生き物が飛び出してきた。壁だけでなく地面からもニョキニョキと黒い生き物が這い上がる。その生き物は人間だが少しだけ姿形が違う。丸い目と悲しい目をしていて真っ黒な体に下半身と足がない。そして、手は長くまるで宇宙人みたいだ。その宇宙人みたいな霊が小俣兄弟を取り囲み長い手を伸ばした。襲い来る宇宙人の霊に勝吉と智吉は今度こそもうダメだとギュッと目を瞑った。すると、襲いかかった宇宙人みたいな霊の長い手が光の壁に弾かれた。次々と兄弟を襲う魔の手が光の壁に弾き返され二人を触れることすらできない。その壁は黄緑色の優しい光が小俣兄弟を包んでいた。燎平から受け取った守護術の陰陽札が小俣兄弟をおぞましい魔の手から守ってくれているのだ。
嘆きのトカゲ妖怪は燎平を頭突きしたまま真っ直ぐ進む。猪突猛進みたいに止まらぬ勢いで遼平を苦しめる。そして、壁が見えると増した勢いで思い切り衝突する。壁は嘆きのトカゲ妖怪の強力な頭突きで粉々に粉砕した。なんと頑丈な頭。壁をぶち破ったにも関わらず平然とした顔で瓦礫から顔を出した。頭突きを受けた燎平は粉砕された壁の瓦礫に埋もれているはず。しかも、今の強力な一撃で全身の骨は粉々になって死んでしまったかもしれない。なんと呆気ない最期を迎えてしまったのだ鐸木燎平。嘆きのトカゲ妖怪は燎平は死んだと思ったのか満足気に笑っていたようにも見えた。奴の頭の中に閉じ込められている一郎はだんだん痣が侵食し死にかけていた。このままでは一郎は死んでしまう。燎平が死んでしまった以上、一体誰がこの化物を倒せるんだ?もうこの化物トカゲを倒せる人はいない。もうダメだ。
と思いきや天井に一つの穴が見えた。その穴は青く光っていた。その青い光を放つ穴から先程まで嘆きのトカゲ妖怪に頭突きされ押されていた燎平が落ちてきてうまく奴の背後に着地した。彼が無事だったことに気づいたのが嘆きのトカゲ妖怪は大きな体で後ろに振り向いた。燎平は腰に付けたポーチに手を入れた。
「危ね危ね。危うく死ぬとこだったぜ」
そう言いながら燎平は召喚用の白い陰陽札を床の上に置いた。
「我が仕えし使役よ。主(しゅう)に応(こ)ふし汝(なむぢ)の力を此処(ここ)に示せ。式神 白夜親王 召喚!」
詠唱を唱え終えると白い陰陽札が光り煙が渦となって出てきた。
煙の中から狐面を付けた背の高い女が現れた。白夜親王のご登場だ。と思った矢先、白夜親王は顔半分だけお面を上げていて口だけ見えた。手には何やらふっくらとした白い食べ物を持っている。両手に中華まんを持って口に入れて食していたのだ。突然、呼び出されて驚いていたようだ。
「女の食事中に呼び出すとは何事か」
口をモグモグしながら急な呼び出しをした燎平に非難した。
「知るかよ。まさか人間界にいたとは思ってもみなかったんだ」
「で、あいつを片付けろと」
中華まんを食べながら目の前にいる嘆きのトカゲ妖怪を見た。トカゲ妖怪は長い舌を出し獲物を偉うかのようにこちらを見ていた。身体中に浮き出ている無数の顔が苦しみと悲しみと無念に嘆く哀れな叫びを上げている。
「そうだ。あいつの中に一郎が閉じ込められているんだ」
白夜親王はトカゲ妖怪の頭を見た。頭の中に一郎が閉じ込められていてピクリとも動かない。
「お前、一体何をしていたんだ?あいつ、呪いの痣で瀕死になっているぞ」
一郎を蝕む痣がだんだん広がりまるでタイムリミットが迫っているように見えた。
「この屋敷、あいつが操っていて苦労したんだ。15分で終わらせるぞ」
「ぬるい。5分だ」
そう言い中華まんの最期の一口を食べ終え狐面で口元を隠し妖刀 小狐丸を抜かず鞘の内で攻撃を仕掛ける。鞘を大きく振り被り力強く嘆きのトカゲ妖怪の頭上を叩く。まるで岩を叩くみたいに振り下ろしたがトカゲ妖怪の頭は頑丈でダメージはさほど受けなかった。次は嘆きのトカゲ妖怪のターンが回った。トカゲ妖怪の舌が長く伸びて白夜親王に目掛けて襲いかかる。白夜親王は巧みな鞘捌きで嘆きのトカゲ妖怪の舌を弾き返した。
燎平は彼女の援護に回ろうと攻撃用の陰陽札を出した時、屋敷内の壁と床から宇宙人みたいな霊が現れ湧き出て来た。宇宙人みたいな霊は二人の戦いを邪魔しようと襲い来る。燎平は行く手を阻む霊を陰陽札で攻撃をした。
「なんだ?こいつらは!」
さすがの燎平もこの宇宙人みたいな霊の正体は知らないみたいだ。白夜親王は鞘で思い切り嘆きのトカゲ妖怪の頭を殴りながら宇宙人みたいな霊の正体を教えた。
「人造霊だ。このトカゲ野郎が撒いた種が成長して亡霊へと成長したんだ」
鞘の内攻撃を弾き返され地上に着地し襲いかかろうとする邪魔な人造霊を蹴散らしながら話を続ける。
「だが安心しろ。こいつらには魂はない。負のエネルギーによって生み出された、ただの塊で雑魚にすぎない」
しかし、人造霊の数が多く燎平と白夜親王の二人ではキリがない。すると、嘆きのトカゲ妖怪が口を大きく開けて何やらエネルギーを溜めいた。大きいのが来ると思った遼平は咄嗟に白夜親王に守護術の陰陽札を与えた。蓄えられた膨大のエネルギーがついに嘆きのトカゲ妖怪の口から発射された。まるで大砲のように強力で勢いがすごい光線が二人を襲う白夜親王は背中に貼られた守護術の陰陽札に寄って身を守られ燎平は彼女を盾にするかのようにその場を凌いだ。嘆きのトカゲ妖怪が放った光線は勢いが弱まりエネルギー切れみたいに消えた。守護術の効果が切れると白夜親王は再び攻撃を仕掛けた。何度も何度も嘆きのトカゲ妖怪の頭を連続で殴り続けたが全く通用していないみたいだ。ダメージが届かないトカゲ妖怪に白夜親王は狐面の奥から息を切らしていた。
「何なんだ。あいつの頭は。攻撃が一切通じないとか」
「油断するな。あいつの頭突きはかなり強力だから気をつけろ。さっき俺も頭突きを食らって死ぬとこだったんだ」
自分が受けた奴の頭突きの恐ろしさを彼女に教えると白夜親王は態勢を整えて背中後ろにいる主に一つだけ頼みごとをした。
「燎平。頼みがある。小狐丸の封印を解いてくれ」
白夜親王は自らの手に持っている小狐丸をかざした。妖刀 小狐丸。白夜親王が使っている相棒的存在で凄まじいエネルギーを持っている。かつて燎平が彼女と戦っていた頃、白夜親王の最強の武器である小狐丸を使えぬよう自らの封印術で刀を抜けぬよう封じたのだ。それ以来、彼女が小狐丸を抜いていない。どうやら、白夜親王は頑丈な頭を持つトカゲ妖怪を侮り鞘だけでは倒せないと思ったのだろう。確かに。このままでは埒が明かないうえ一郎が命を落としてしまう。致し方ないと遼平は印を結び詠唱を唱える。
「仁王源浄剛力清門亜修明星光律善聞(におうげんじょうごうりきせいもんあしゅうめいこうりつぜんもん)。封じられし妖しき刀剣よ。我が許しを受け汝の力をこの者に捧げよ」
詠唱を唱え封印を解いたその時、小狐丸が光り出した。光に包まれた小狐丸を白夜親王は抜いた。姿を現した小狐丸の刃はとても美しく白銀色が輝かしくてほんのそこらの刀とは全く桁が違う。久しぶりに刀を抜いた白夜親王はこの日が来るのを待ち侘びたかのように刃を眺める。正式に小狐丸を使えれば千人力。迫り来る人造霊が寄ってたかって白夜親王に近づく。すると、白夜親王は肩慣らしに小狐丸を軽く振るう。すると、ほとんどの人造霊が真っ二つになり消滅した。これならいける。そんな予感がした。嘆きのトカゲ妖怪は長い舌を出して白夜親王を狙って攻撃をして来た。しかし、白夜親王はそんなちゃちな攻撃は通用しない。風の如く早いスピードで嘆きのトカゲ妖怪の舌を斬ったのだ。床を蹴り高く飛び上がった白夜親王はトカゲ妖怪の背中に着地した。嘆く哀れな声を上げるおぞましい顔がこちらを見ている。まるで助けを懇願しているように。白夜親王は素早くトカゲ妖怪の背中を斬りつけた。斬られた傷口が開き中から黒い煙が噴き出したのだ。嘆きのトカゲ妖怪は背中を斬られて痛みを受けているかのように叫び出した。あまりの痛さに嘆きのトカゲ妖怪が立ち上がった瞬間、白夜親王は小狐丸の柄を強く握りしめ思い切り振り下ろした。刃は嘆きのトカゲ妖怪の首に届いた。斬り落とされたトカゲ妖怪の首は宙を舞いやがて落下し転がった。すると、嘆きのトカゲ妖怪の巨体が煙のように消え始めその中からおたまじゃくしみたいな形をした光の玉が見えた。集合体となって妖怪になった魂達だ。魂はやっと解放されたかのように天井をすり抜けて消えていった。トカゲ妖怪の体が崩れると共に奴が生み出した人造霊は塵となった。そして、嘆きのトカゲ妖怪の頭部も消えてた事で閉じ込められていた一郎がやっと出てきた。トカゲ妖怪を倒したことで彼の命を蝕んでいた痣は消えて無くなり何とか一命を取り留めたが、呪いの痣を受けた影響なのか一郎は高熱を出していた。小狐丸を鞘に収め役目を終えると煙のように消えた後、小俣兄弟が駆け寄って来た。二人は怪我なく無事に助かって燎平は安心した。すると、人喰い屋敷は蜃気楼のように消えて元の奥沢の空き地に戻った。

 人喰い屋敷による子供行方不明事件から三日の時が経った。過去に行方不明になっていた子供達は岩手の山付近にあった屋敷らしき廃墟の地下で白骨死体となって発見され地元の警察が回収した。そして唯一、人喰い屋敷に生き残った小俣智吉は三日振りに家族と再会を果たした事で新聞記事の内面に記載されていた。あの人喰い屋敷から最後に生き残れたのは智吉だけ。残りの子供達は残念ながら帰らぬ人となり二日前に葬式が取り行われた。その亡くなった子供達の中に智吉の友人達もいた。一方、一郎の方は人喰い屋敷の一件後、高熱を出し小俣兄弟と別れた後、知り合いの診療所へ行き薬を貰い今も自宅で安静している。熱はだいぶ引いてきたがまだ動かないよう今は布団で寝ている。相談所の方は一郎が完全に回復するまで相談所での仕事はお休みというかたちになっており、今は深夜の緊急依頼だけ受け付けている。でも、緊急依頼の電話は全く着ていないので安心して息子の看病ができている。
寝間着姿の一郎は自身の部屋にある布団で体を起こし手に持っている新聞を読みながら安静していると私服姿の燎平が部屋に入って来た。お盆の上には薬の袋と水が入っている。
「一郎。薬の時間だ。気分はどうだ?」
「うん。大丈夫。少し楽になってきた」
一郎がそう言うと遼平は自らの手で一郎の熱がどのくらいか測る。
「だいぶ引いてきたな。あと二日も休めば大丈夫だろう。先生から貰った薬が効いてきたんだな」
優しく気にかけてくれる養父に一郎は嬉しかった。
「勝吉くん。よかったね。お兄さんと再会できて」
新聞の内面に書かれた記事を読みながら一郎は小俣兄弟が無事に再会できたことに喜んだ。この新聞は、二日前の物で一郎はその時、高熱で寝込み体が動かない状態だったので彼らのその後について。そして、人喰い屋敷は嘆きのトカゲ妖怪の仕業だったという話は燎平の口から聞いていた。
「でも、他の子達を、智吉くんの友達を救えなかったのは悔しいな・・・」
「そうだな。でも、28人の内1人だけ無事に助けられたんだ。智吉くんを救えたことだけは喜ぼう。それに、勝吉くんが智吉くんと再会できたのは、君が命懸けで彼をトカゲ妖怪から逃がしてくれたお陰だな。もしかすると、君が持つセレンディピティのお陰かもな」
セレンディピティ。一郎は小さい頃から偶然的な幸運をもたらす力を持っていた。あまり自覚はないが戦時中、瓦礫の山に埋もれていて怪我一つなく助かったのはこの力のおかげかもしれない。昔、燎平に言われたことがある。側にいるだけで偶然が幸運になるって。いくつもの依頼を成功したのも一郎のセレンディピティのお陰かもしれない。
「だが、約束を破ったのはよくないな」
真顔で注意する燎平に一郎は頭が上がらず「すんません・・・」と謝った。
「それにしても、ぼく達を襲ったあのトカゲ妖怪。霊の集合体によって生まれたんだよね?なんで、妖怪化したんだろ?」
疑問に思えた一郎に燎平は一旦、彼の傍を離れて寝室を出た。そして、すぐに戻ってきて一郎に一冊の本を渡した。
「原因はこの中に書いてある。外国人が書いた日記帳だ」
とてもボロボロで崩れそうなのにしっかりと原形を保っている。かなり古い日記帳なので当に朽ちているはず。一郎は古い日記帳を開いた。紙が萎(しお)れ色が変わって汚れているのに文章はハッキリと見える。しかし、全文英語なので、なんて書いてあるのかさっぱり分からなかった。
「その日記を書いた人物はドイツの軍人だ。40年ぐらい前、第一次世界大戦時に戦場で戦っていた持ち主が捕虜となってあの屋敷に連れて行かれ実験体として地下牢に幽閉されていたらしい。その日記帳の持ち主だけじゃない。同じく捕虜にされた仲間も拷問にかけられながらも人体解剖とかいろいろされて死んだらしい」
その話を聞いた時、背筋が凍り悪寒を感じた。
「日本人が?そんなことを?」
驚きの真実に一郎は日本人がそんな恐ろしい事をしていたなんて信じられずショックを受けた。
「第一次だけじゃない。第二次世界大戦でも人体実験で被害を受けた人間も多くいる。戦争は人間を狂わせるし簡単に殺戮マシーンにもなれるんだ。あのトカゲ妖怪は、人体実験によって殺された人達が魂になっても受けた苦しみと悲惨な死を遂げた無念さがより強い負のエネルギーになって多くの魂が集まり肥大してあのトカゲ妖怪になったんだろう。その日記は屋敷の地下牢にあったよ」
あまりの悲惨さに気を落とした一郎は、ドイツ人兵はどんな気持ちで最期まで日記を書いたのだろうと想像した。次々と死んでいく仲間、次は自分の出番かも知れないと思いながら恐怖に怯える日々、叶わぬと分かっていながら命乞いをする仲間の声、ずっと暗闇の中にいて昼も夜も分からずただ一日が過ぎて自分の死が近づいてくる。
想像するだけで言葉が出ない。ドイツ兵だけじゃない。敵国の捕虜になり故郷に帰れず死んでいった日本兵もたくさんいる。憎しみが憎しみを呼び悲しみが悲しみを呼ぶ。そういう連鎖が長く続いていたのだ。かつては敵同士、互いを争い争いまくったけど今はそうでもない。長い長い悪夢は終わったんだ。
「この日記帳を書いた兵士さんの遺族に届けてあげたいね」
一郎は40年ぐらい前にドイツ兵士が書いた日記帳を閉じて慰めるかのように表紙を優しく撫でた。
燎平は「そうだな」と頷いた。すると、一郎が「そういえばさ」と話を切り替えた。
「リビング、少し広くなった?今まで置いてあった古道具やアンティークとか少しだけ無くなっている気がするけど」
今朝、リビングに行った時、いっぱいあったはずの民族品や置物やアンティーク等の多種多様な古道具の数が以前より減ったような気がしていた。燎平は笑みを浮かべながら話す。
「昨日、一郎が寝ている間に整理したんだ。もういらない古道具や装飾品、小物とかのアンティークや民族品は質屋に売ったんだ。お陰で儲かったけどな。これから相談所に置いてある物を整理しするところ」
自分の頬を人差し指で軽く掻きながら燎平は息子を前に言った。
「その。なんだ・・・。ごめんな。俺のせいで君にはすごく困らせてしまった。次からは気に入った物を見つけても即買いしないで、ちゃんと配慮しながら相談所や家に置けるスペースはあるかどうか確認して考えてから買い物するよ」
どうやら燎平は自分が今までしてきた事に反省したようだ。自分の気持ちを分かってもらえて一郎は嬉しかった。
そして、一郎も養父に謝った。
「ぼくの方こそ、ごめんね。ちょっと強く当たり過ぎちゃった」
あの時、集めた民族品やアンティーク、古道具等を捨てろ捨てない問題で言い争っていた時、一郎は彼の言い訳に苛々してつい感情的になりきつく当たってしまった。そんなに激しい親子喧嘩ではなかったが結果的に場の空気は悪かった。正直、燎平は不機嫌な一郎と共に仕事をするのはさすがに気まずく感じていた。でも、今回の仕事で大きな支障はなかった。一郎は父親の顔を見たくないかのようにすれ違い二人の間に溝が生じてしまったが今はこうして仲直りができて自分の悪かったところに気づき反省している。親子水入らずはもちろんたまには親と子がぶつかり合う時もある。どんなに険悪ムードになっても「依頼」という仕事だけは最後までやり遂げる。それが、鐸木燎平と鐸木一郎という親子なのだ。


数日後。快晴を迎えた今日、一郎は手ぬぐいを首に巻いたまま濡れた雑巾を持って事務所に飾られている古道具やアンティークを拭いていた。前より古道具やアンティークの数が少し減ったので掃除しやすくなった。あれから燎平の衝動買いは無くなり新しい家具や骨董品などの古道具・アンティークの数が増えなくなった。余程、反省し気をつけるようにしているみたいだ。そのおかげで少しは掃除がしやすくなった。
燎平はソファに寝そべりながら寛ぎ事務所の本棚にある一冊の本ぜんはを読んでいた。
ジュークボックスから林伊佐緒の「真室川ブギ」が流れていて一郎の気分を盛り上げる。古道具やアンせいふークは綺麗になったし埃も払ったのでこれで掃除は完了。後はバケツの水を捨ててと雑巾で絞った汚れた水が入ったポリバケツも持って流し台まで運ぼうとした時、我が相談所のドアをノックする音が聞こえた。
「俺が出る」
寝転がっていたソファから起き上がり本をテーブルの上に置いてドアへ向かった燎平。開けるとそこには帽子と斬新なスタイルかつスマートさがある制服を着た40代前半のと30代前半の男性宅配業者がいた。業者は帽子を自分の胸に当ててにこやかな笑顔で燎平に言った。
「こんにちは。大和運輸です。ご注文された品をお届けに参りました」
「ありがとうございます。どうぞこちらへ」
燎平が相談所の中へ誘うと二人の宅配業者は荷物を運んで中に入って来た。なんだなんだと二人が運んでいる荷物を見て何事かと思った。二人係で2箱のダンボールを一つずつ持って燎平が指定した位置に荷物を運び終えると燎平は代金引換決済に判子を押した。
「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
礼儀正しく一度帽子を脱いでお辞儀をした二人の宅配業者は1階へ降りて行った。
何だか嬉しそうな燎平。一郎はダンボール箱に入った荷物を見て父に訊ねた。
「リョーさん。何を買ったの?」
「ん?これか」
燎平が一つ目の大きいダンボール箱を開けると顔を出したのは如何にも古そうで味気のある木彫りの大きな狛犬の像と二つ目は龍と鳥の模様が描かれ青漆(せいしつ)を塗った大きな水瓶だった。その大きさは相談所のスペースがほとんど埋まるぐらいだ。この数日、燎平はあの時の約束を守りつつも気に入った古道具やアンティークを見つければ買っている。まぁ、古道具やアンティークを集めるのが彼の生きがいなら仕方がないが、前みたいに相談所の部屋は置物やら装飾品とやらで日に日に増えている。配慮しつつも置けるスペースがあるかどうか確認してよく考えてから買い物すると一郎の前で誓ったはずなのだがこれでは前回と同じパターンだ。一郎と約束したのを忘れているのだろうか?いい買い物をしたと燎平はダンボール箱から木彫りの像と水瓶を取り出して満足そうに笑っている。
「たまたま立ち寄った古道具屋で見つけたんだ。どうだいいだろう?この木彫りの狛犬像。手触りが良く丁寧に彫られていて素晴らしい職人技術と魂を感じないか?この水瓶だって見ろよ。店主から聞くとざっと70年ぐらい前の物らしい。ひび割れていないしどこも欠けていない明治時代に作られたとは思えないぐらい新品同様。青漆がとても綺麗で特にこの龍と鳥の模様がとても素晴らしい。しかも、この水瓶を作った職人はとても有名らしくて─」
興奮気味に語り出す燎平はそれはとてもとても嬉しそうで表情が一段と明るかった。やはり目に付けていた物をこうして自分の物にするのは大変喜ばしいことだと古道具好きの本人にとってはこの上ない幸せだと感じている。
でも、そうは思っていない人がすぐ目の前にいる。数日前には息子の前で宣誓していたのに今じゃもうすっかり誓っていた事を忘れている。燎平が水瓶と狛犬の像を満足そうに眺めている時、負のオーラが流れ込んで来た。しかし燎平は古道具に夢中で負のオーラが流れていることさえ全く気づいていない。
負のオーラを放っているのは言うまでもない。置き場所が埋まっているにも拘らずまた古道具を増やす養父に彼はとてもご立腹の様子。察するに今の彼は自身の目の前で満足げに笑うをこいつ見て怒りのボルテージが上がった。そして、一郎の怒りボルテージは限界を通り越して火山のように噴火した。数日前に起きたトーテムポール騒ぎと同じで燎平は息子の怒りを買ってしまった。
怒りで爆発した一郎は相談所の天井を突き抜けて天まで届いてしまうぐらいの凄まじい怒声を上げた。
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