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参ノ譚

メフィストノ道具屋(下)

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二人が相談所に戻って遅めの昼ご飯にありつけていた。本当なら一郎が戻って来たら食べようとしたが彼が帰ってくる前に依頼人である川村リン子が来たので弁当を食べる暇はなかったのだ。相談所に着いたのがちょうど夕方前でちょっと中途半端な時間に襲い昼食を取っていた。リン子の家を出た時は、外はもう雨が止んでいたので傘を差す手間が省けて助かったが、厚い雲に覆われていて空は全く見えなかった。
バクバクとシウマイ弁当を食べている一郎を前に燎平は弁当の隣に分厚い本が置かれていて開いていた。弁当を食べながらも人形の胸に付いているブローチのダイヤモンドについて調べている。燎平は一度、人形を調べる為にリン子から許可を貰い呪いのフランス人形を持ち帰ってきたのだ。燎平が調べている厚い本は原石や宝石、天然石などの様々な種類の石が詳しく記載されている。この本には一世界だけでなく二世界だけしかない珍しい石もたくさん載っている。呪いの人形が胸に付けているブローチはダイヤモンドなのでダイヤに関するページを捲りながら目的の宝石を探す。一世界のダイヤモンドは12種類あるといわれているが、二世界のダイヤモンドは50種類以上もあると聞く。二つの世界にあるダイヤモンドの種類が一つとなって記録されているので一つずつ調べるとちょっとだけ手間がかかってしまう。このダイヤモンドの正体を暴き犯人が見つかるまで彼女からの依頼料は後で受け取ることにした。もちろん、今回の件が無事に解決したら弟の平太郎からガッポリといただくことにもなっている。
一ページ一ページずつ捲りながら燎平はブローチと同じダイヤを調べた。すると、ブローチのダイヤと同じ種類の宝石を見つけた。
「一郎。この人形のブローチに付いてるダイヤの正体が分かったぞ」
それを聞いてお茶を一口飲んだ一郎が顔を上げた。弁当の中身はあと半分で食べ終わるぐらい無くなりかけていた。
「この人形の胸に付いているブローチは「ホープダイヤモンド」でできている」
「ホープ?」
「ホープダイヤモンド。インド発祥でとても鮮やかな青色をした宝石だ。でも、このダイヤは他のと違って手にした者には自殺や病死、事故に破産などが起きて人間に不幸をもたらすというかなり危険な呪いのダイヤモンドだ。二世界じゃホープダイヤモンドの輸入売買は厳しく禁じられている」
開いた厚い本に同じ種類のダイヤモンドがあったページを一郎に見せる。本を除くと確かにホープダイヤモンドはとても危険な呪いの宝石だと詳しく記述されている。そういえばと一郎はふと思い出した。リン子がフランス人形を手に入れてから友人が突然の死を遂げたり、事故に遭いかけて怪我しそうになったり、貯金していたお金が全額無くなったりと散々な目に遭ったと聞いた。もしかすると、それらはこのダイヤのせいではないかと一郎は思った。
「じゃあ、川村さんがずっと不幸な目に遭ったのはこのホープダイヤモンドのせいなの?」
「大半はポルターガイストや金縛りなどの超常現象を起こした悪霊の仕業だが、不幸に関してはこのホープダイヤモンドが原因だろう。初めてこの人形を見た時、微かな霊気と一緒にこのダイヤから強い魔力を感じた」
「なんでそんな物が?」
「例の道具屋とやらだろう。違法取引で手に入れたホープダイヤモンドをブローチにして呪詛を施したんだろう」
何と恐ろしい。ホープダイヤモンドが持つ呪いと危害を加え命を奪おうとした悪霊。下手したらいつ死んでもおかしくなかったと燎平が言っていた。二週間、リン子はダイヤの呪いと悪霊の脅威に怯えつつ精神的にダメージを受けても今日まで耐え抜いた彼女はよく頑張ったと思う。もし、二週間内に耐えられなかったらリン子は自ら命を絶つか悪霊の餌食になっていたかもしれない。そう考えると末恐ろしいことだ。平太郎が捜している謎の道具屋はなぜ、一世界人の命を奪おうとするのか?奴の狙いは何なのかは燎平すらも知らない。でも、これだけは言える。これ以上、被害が出ない内に何とかしなければならない。道具屋の情報で得られたのは和洋折衷を着た男と店の名前が「あたいがふー」ということだけ。人捜しに役に立つ「探針盤」もあるが、あれは人物の名前が分からなければ場所を教えてくれない。道具屋の名前だけではさすがの探針盤も発揮ができない。何かいい手はないか考えるとノック音が聞こえた。燎平に言われ一郎はドアを開けると一人の中年男性が立っていた。それだけじゃない。中年男性の後ろには大勢の他の男性や女性がいて一斉にわちゃわちゃと言い出した。
「すいません。ここ、東都立日ノ守会談館ですよね?ぜひ、お祓いして欲しい物が」
「私のもお願いします。もう気味が悪くて!」
「いや。まずは俺が先だ。一ヶ月前に買った洋服を調べてくれ」
「あたしだって高いお金を払って着物を買って着てみたら酷い目にあったのよ。お願い。さきにあたしのを調べて」
突然、大勢の来客が押し寄せてきて一郎は仰天した。すぐ相談所の主を呼び燎平は我も我もと願い出でる客達を落ち着かせて一人ずつ話を聞きますと伝えた。こんなに大勢の客が押し寄せるなんて相談所 東都立日ノ守会談館を創立してからの初めての出来事である。そして、一郎は予感した。これは、終業時間までには終われないかもと。


深夜─
燎平と一郎はソファの上で横たわっていた。ドッと疲れが出たようにもう動けまいとソファの上で寝転んでいた。
夕方頃から突然、大勢の来客が来て客人達の依頼を受けたり相談に乗ったりとかして多忙に多忙を重ね気づけばもう午後11時過ぎを回っていた。依頼に来た来客達全員、道具屋が売り出していた商品の呪いによって大変困っていたのだ。中には一緒に現場に来て欲しいとのお願いをする依頼人もいて燎平は現場へ赴いてお祓いに。一郎は相談所に残って客人自身でもできる対処法などのアドバイスを教えた。相談所を立ち上げて5年。客人の対応はもちろん役割分担も慣れている。あまりの忙しさに夜食を取る暇がなく相談やら依頼やらで明け暮れ気づいたらもう夜の11時過ぎだ。燎平なんか東京中周って現場へ向かったのですごくヘトヘトだ。でも、そのおかげで報酬はたんまり貰えたからいいとしよう。しかし、夜飯を食い損ねて腹が減るばかり。何か買おうとしても近くにある店はどこも閉まっていて食べ物を買いたくても買えない。一応、小さい冷蔵庫は常備しているが中はお茶と貰い物のお菓子しかない。夜中にお菓子を食べるのも何だか抵抗があるので簡単に手が伸ばせない。
それにしても、道具屋は東京中を周りながら呪いの道具を売りさばいてるみたいだ。もしかすると、東京の外まで奴の被害者が続出するのではないかと思うと身の毛がよだつ。それだけは絶対に阻止しなければ!疲労が激しくて家に帰る気にもなれない。ただぐったりと倒れるぐらいしかない。その時だ。ドアのノック音が響いた。
こんな真夜中に何だろうと思った一郎は疲れが溜まった体を起こしてドアの方へ向かった。
「はーい」
ドアを開けた先には相談所の大家で映画館ピオラ座のオーナーである多田映蔵がいた。
「こんばんは。夜分遅くにすまいね。さっきまで人がすごかったけど仕事の方は無事片付いたのかい?」
「はい。お陰様で何とか解決できました」
笑みを浮かべて話す一郎にどことなく疲れが溜まっている様子が見えた多田はお鍋を手に持っていた。
「これ。差し入れを持ってきたからよかったら食べて。急に忙しくなって夜ご飯食べる暇もないんじゃないかと思ったので妻に頼んで君達の分を作ってもらったんだ」
優しい心遣いに一郎は歓喜した。お腹ペコペコで夜ご飯を食べ損ねていたのでとても喜び多田を相談所の中へ案内し差し入れを持ってきてくれたことを燎平に知らせた。


誰もが寝静まっている頃、夜の町は静寂に包まれ人の影すらなかった。
夜空は厚い雲に覆われ月が隠れているうえ光も通らない。暗雲の夜で唯一、闇に包まれた町を灯すのは街灯だけ。静かな町の中では野良猫の鳴き声が響き渡り暗い闇の世界が広がっていた。
そんな暗がりの町の一角にある狭い路地裏に二人の人影が映った。
「どうだ。うまくやっているか?」
暗がりの路地裏から声が聞こえる。狭い路地裏で何をしているのかは知らないが、声をかけた人物はどうやら男のようだ。しかし、路地裏が暗すぎてその男の姿が見えずらい。男の問いかけに対し足元に荷物を置いた人物が嬉しそうに笑っていた。
「お陰様でこのとおり、ぼろ儲けだ。俺が呪具を売っているとも知らずにてっきり幸運を呼んでくれると思い込んで買う一世界人は本当に馬鹿な連中だ。「幸運」という欲に目が眩んで俺が売っている品物が呪具だと気づかず幸せを呼ぶラッキーアイテムなどとインチキを信じ込む一世界人は騙しやすくてマジで笑える。遅かれ早かれ奴らは今頃、偽者だと気づいて呪具を買った自分の愚かさに気づいて後悔していると思うぜ。それに、俺が売りさばいている呪具は一世界の下等陰陽師では簡単に祓うこともできない代物。一世界人が嫌というほど自分の無知さを知らせる絶好な商品だ」
とても満足そうに笑う男は和洋折衷を着ていた。そう。こいつは川村リン子を騙して呪いのフランス人形を買わせた道具屋本人だったのだ。一世界人を不幸にさせるのがこいつの役目で口八丁手八丁のうまい話を乗せて二世界から取り寄せた呪具を売り出す。「あたいがふー」という店の名前を出して。
道具屋は懐から札束を出した。
「これを見ろよ。今日もガッポリ手に入れたんだ。これで俺は貧乏暮らしから卒業して裕福に暮らせる」
自慢げに話す道具屋に対し男は何も言わなかった。ほくほくと満足げになりながら嬉しそうに親指を舐めて素早く札束を捲る。札束を捲る音がとても心地よくて酔いしれてしまうぐらい莞爾たる笑顔を見せる道具屋は札束を眺める。すると、男が幸せそうな顔を浮かべている道具屋に水を差すかのよう言い出した。
「悪いが、お前が手に入れた全ての売上金は我々が受け取る。その金は我ら組織の資金に回す」
それを聞いた道具屋は嫌そうな顔をして札束を渡そうとはしなかった。
「じょ、冗談じゃない!そんなの聞いてないぞ」
「それが我々の掟だ。お前も我らの仲間であれば協力すべきだ」
「この金は俺のだ。確かにこの仕事をくれたのはあんただ。あんたには感謝している。だが、分け前っていうのがあるだろう?9割は俺で1割はあんらに渡すってのはどうだ?」
道具屋の提案に男はため息を漏らした。そのため息は呆れているからなのか馬鹿馬鹿しいと思っているのか。どちらでもありそうだが男は道具屋のしょうもない条件に飲むつもりは微塵もなかった。
「・・・・ガキみたいな条件を飲む俺達じゃねぇんだ。いいから全額寄こせ」
「ま、待ってくれ!」
条件を飲まない相手に道具屋はまだ抵抗する。
「もう少し。もう少しだけ待ってくれ。ここで商売したら今度は東北に行って金を稼ぐつもりだ。あっちでたんまり金稼げたらちゃんと全額渡すから。俺だって一世界を手に入れたい。その為にはもっと倍以上の金を集めておけば組織は更に大きくなって一歩支配に近づけるかもしれない。もう少し。もう少し時間をくれ」
男は沈黙した。道具屋の慌てようは何か別の目的を隠しているようにも見えるがそこは黙っておこう。真剣な目でこちらを見る彼に男はもう何も言うまいと金を受け取るのを諦めたのか引き下がった。
「・・・・分かった。仲間には俺が伝える。だが、これだけは忘れるな。お前の違法商売に気づいたあちら側の警察を俺が」
「分かってます。十分分かってます。ありがとうございます」
安直なお礼を述べる道具屋に男はもう一つだけ警告をした。
「それと。相談所 東都立日ノ守会談館には気をつけろ」
何の事やらさっぱり分からなかった道具屋はキョトンとした顔を見せた。
「今、その施設が警察に代わってお前を捜していると聞く。なんでも一世界で起きた怪奇事件の依頼を引き受けているそうだ。きっと、お前の呪具についても調べているはず」
聞いたこともない施設の名前に道具屋の顔が少しだけ歪んだ。
「相談所の主の名は鐸木燎平。かつて二世界大戦で〝英雄〟と呼ばれた男だ」

差し入れで頂いた鍋を美味しそうに食べる二人。お鍋に入っていたのはナラタケと鶏の炊き込みご飯だった。あまりにもお腹が空いていたので二人は夢中になってパクパクと食べる。そんな彼らを横で見ている多田は一郎に淹れてもらったお茶を啜っていた。多田の奥さんが作ってくれた料理を食べるなんて久しぶりなもんだから燎平と一郎は食べてはお代わりして食べてはお代わりしての繰り返しをしていた。
「じゃあ、その道具屋が呪具という呪われた品物を売って客を騙してたということだね?」
器とスプーンを片手に持って咀嚼しながら燎平は「そうです」と頷いた。
「それで、心当たりはあるのかい?」
燎平は口の中に入れていた炊き込みご飯を飲み込んだ後、コップを手に取った。
「いいえ。まだ手がかりは掴めていないんです。なんでも、「あたいがふー」という道具屋から購入したとか」
それを聞いた多田は呟くように言った
「あたいがふー。沖縄の方言で「幸運」か」
器に入れた炊き込みご飯を綺麗に平らげた一郎は振り向いた。
「沖縄の方言を知ってるんですか?」
一郎に訊ねられ多田は頷いた。
「私の母親が沖縄出身だったので聞いた事があるんだ」
燎平はソファに寄りかかり気難しそうな表情を浮かべた。彼が難しい顔をしているのは悩んでいる証拠だ。夕方に相談所に押しかけて来た人達は川村リン子と同じく道具屋に騙されて呪われた品物に被害を受けた依頼人だった。全員口を揃えて「あたいがふー」という道具屋で買ったと証言していたが彼らが観かけた場所にはきっといないだろうしどうやって捜せばいいのだろうか皆目見当がつかない。尻尾を掴めず手がかりさえない道具屋を相手にどう見つけ出そうか。
「やっぱり。もっと情報を集めるしかないのかなー」
燎平がそう呟き一郎はお鍋にまだ残っている炊き込みご飯を器に移してお代わりした。掴み所がない犯人の情報を手に入れるとすればかなり骨が折りそうだ。メフィストフェレスのように「幸運」を利用して客を惑わし呪具を買わせる汚い手口を使う道具屋をこれ以上、野放しさせるわけにはいかない。奴がまだこの東京都内にいる間に何としてでも見つけらなければ。弟の平太郎と約束したし早くリン子に知らせて安心させなければならない。
お茶を啜った多田は湯呑をテーブルの上に置いて席に立った。
「それじゃあ。僕はそろそろ失礼させてもらうよ」
そろそろ帰ろうとする彼に一郎と燎平も立ち上がってお見送りをした。
「差し入れありがとうございました。お鍋は洗って明日お返しします。炊き込みご飯。美味しかったと奥様によろしくお伝えください」
お礼を述べる燎平に多田は笑顔で軽く手を振って一階へ降り立った。
帰宅する大家さんを見送った燎平と一郎は部屋に戻り再びソファに座った。二人は食べかけの炊き込みご飯を食べるのを再開し鍋が空っぽになるまで食べ続けた。はてさてどうするか。どうやって道具屋を見つけ出すか燎平が悩んでいると一郎が咀嚼しながらこんな事を言い出した。
「リョーさん。ぼく、思ったんだけどさ。警察小説だとさ事件に関与している組織の情報を警察に教える人がいるじゃん。情報提供者っていう。あれって情報屋みたいな感じじゃん?ほら。情報屋って何でも知っているし」
情報屋。情報。その言葉に燎平は何か心当たりがありそうな気がして考えた。すると、何か気づいたのかソファから立ち上がった燎平が「それだ!でかしたぞ一郎!」と喜びを見せた。


陰陽札が光り出して煙が噴き出した。回転する煙の中から出てきたのはおはしょりを着た黒い長髪で小顔の女性が姿を現した。花柄の赤いおはしょりを着こなし黒い革のブーツを履いていて見た目はとてもおしとやかそうな人物だ。クリッとした目と小さい顔で笑顔を見せる可愛らしい女性が気前の明るさを見せた。
「ご無沙汰しております。ご主人様」
早速、燎平は陰陽札で召還した女性に用件を話した。
「久しぶりだね。千文流記姫(せんもんりゅうきひめ)。元気にしてたか?」
「はい。お陰様でこの通り。一郎くんもお元気そうで。久方ぶりにご主人様にお呼ばれされるなんてこの千文流記姫。すごく嬉しゅうございます」
可愛らしい笑顔を見せる彼女に燎平は笑った。
さっき燎平の口から出た千文流記姫というのは彼女の名前だ。彼女は燎平に仕える式神で「記録」という情報関連に詳しいスペシャリストだ。彼女は過去の時代から現在まで全て記録した書物を管理していて別名〝書物の精〟とも呼ばれている。千文流記姫の記録書「記の書」は正確で相手が名前や性別、特徴が分からない人物でも書に記された情報だけでヒントを与えてくれる。彼女を召還するのは約4年振りである。
「久々の再会を喜んでいるところ申し訳ないが、折り入って君に調べて欲しいことがあるんだ」
燎平は再会を果たした千文流記姫に呪具を売っている道具屋のことについて話した。奴の呪具で苦しんでいる人がいた事や尻尾が掴めず今どこにいるのかも分からず困っていたことなど詳しく説明をした。千文流記姫はとても真面目そうに主人の話に耳を傾け解釈した。
「つまり、私(わたくし)の記の書でその道具屋の居場所を見つけて欲しいと」
燎平は頷く。
「犯人の本名は分からないが性別は男で和洋折衷を着ていると聞いた。「あたいがふー」という道具屋の名で商売している」
「調べてみましょう」
千文流記姫が指を鳴らすと紐で閉じた厚い本が出てきた。自動的に本が開きペラペラとページを捲る。どうやら、「あたいがふー」という名前で道具屋をしている男の情報を検索しているみたいだ。燎平と一郎は記の書で道具屋の情報が見つかるまで待っていた。すると、本のページを捲るスピードが落ちて止まった。どうやら見つけたようだ。
「確かに。この書に書かれた記録によれば「あたいがふー」と名乗る道具屋は二ヶ月前に活動し呪具を使って次々と一世界人の命を奪っているようですね」
「それで、道具屋は今どこにいる?」
燎平が知りたいのは道具屋の居場所。現在はどこにいるのか分かればこっちのものだ。
「最近記録された情報によりますと例の道具屋は都の内なる仁丹ある町に潜伏しているみらいです」
一郎は腕を組みながら小首を傾げる。
「仁丹ってあの仁丹だよね?確か、仁丹は大阪発祥。もしかして、道具屋は大阪に?」
どうやら助手は大阪に道具屋がいるんじゃないかと考えていた。が、その考えは違うと燎平がすぐに否定された。
「いや。千文流記姫は都の内と言っていた。都内ということは奴はまだ東京にいる」
すると千文流記姫が訊ねた。
「ここに書かれてある仁丹ある町というのは?」
燎平は顎に指を当てながら足を動かした。室内をウロウロしながら思い耽るように思考を巡らせ「記の書」が記したヒントとなる場所を探った。東京都内のどこかにある仁丹ある町。一郎も一緒に考えてみたが何の事だかさっぱり分からなかった。しばらくすると、燎平の頭の中で電球が光った。その光は閃きの合図といっても過言ではない。
燎平は一郎と千文流記姫の方へ振り向いた。
「分かったぞ。奴がどこにいるのか!」


一夜明けた次の朝。
燎平と一郎は浅草に来ていた。浅草の雷門に飾られている大きな提灯がすごい迫力があって朝にも関わらず多くの人が雷門を潜りその先にある仲見世通り更に奥の浅草寺へと赴いていた。二人も浅草をあちこち見て回りたいが今はそんな余裕はない。昨夜、千文流記姫が調べてくれた道具屋がいる場所がここ浅草だと判明し朝早々足を運んだのだ。そして、記の書に書いてあったとされる「仁丹がある町」というヒントがどう意味か分かったと燎平が言っていた。燎平が出した答えは目の前にある。二人の前に映ったのは浅草の街並みに立つ広告塔。広告塔の側面には「東京名物浅草十二階仁丹広告塔」と記されていた。燎平が解明した「仁丹がある町」というのは、浅草の仁丹塔のことだったのだ。記の書は浅草の仁丹塔を示していたのだ。しかし、仁丹塔には道具屋らしき人がいない。どうやら、記の書は浅草内に道具屋がいることから仁丹塔をヒントに示したのかもしれない。千文流記姫から聞いた話では記の書はその日に起きた出来事を自動的に書いているらしい。もちろん。千文流記姫も自ら手書きで書くこともあるらしいがほとんどは記の書が自動的に書き足してくれることが多いと聞いた。
仁丹塔を目の前にして燎平と一郎はこれからどうするか話し合っていた。
「仁丹塔に着いたのはいいけど、これからどうする?」
一郎は隣にいる主に訊ねた。ここからどうやって道具屋を捜すかはまだ決まっていない。
「手分けして捜すしかないかもな」
燎平がそう考えているとグ~ッと高い音が鳴った。もしかして、自分のお腹が鳴ったのではと思ったが犯人は一郎だった。自分のお腹が鳴ったことで気恥ずかしそうにお腹を擦っている一郎の姿が見えた。
「そういうえば。朝ご飯まだだったからお腹空いちゃった」
二人は昨夜、家に帰らず相談所で寝泊まりしそのまま浅草へ来たのだ。事務所の冷蔵庫にはろくなものしか入っていないので朝食を抜いて直接来たのだ。でも、確かに腹減ったなと燎平は思っていた。道具屋が潜伏するこの町でもし、戦闘態勢に入ったら空腹が原因で逃がしてしまうかやられてしまうかもしれない。腹が減っては戦はできぬ。一旦、どこかの店で朝食を取る必要があるなと燎平と一郎は一旦、道具屋捜しは朝食を取ってからすることにした。
二人が行った先は、仲見世通りから少し離れた喫茶店「アポロ」。外見はパーソナルカラーで色鮮やかさを見せた店で店内は明るい色に塗りつぶされていて気分が晴れるような雰囲気があった。朝と昼に合いそうな色使いで中には二人の他にもお客さんが朝の一時を楽しんでいた。二人席についた二人はすぐ注文した。注文したのはライスカレー。店員がカウンターへ行った時、二人はお冷としてもらった水を一口だけ飲んでから道具屋をどう捜すか話し合った。
「それで、どうする?」
一郎が話し始めると燎平は自分が考えた提案を助手に教えた。
「やっぱり。手分けして捜そうと思う。浅草は広いから二人で捜すより手分けして捜した方が手っ取り早いと思う」
陰陽師である主の提案に助手は「それ賛成」と言った。
「それに、君には並外れた「偶然力」がある。もしかすと、君が道具屋と遭遇する可能性があるかもしれない。もし、道具屋を見つけたら」
「分かってる。見つけたらすぐ連絡するようにでしょ?」
主が言いたい事をすぐに分かっている一郎は頷いた。過去に何度か手分けして人捜しをした経験があるからもう慣れている。確かに、一緒に探すより一旦分かれて道具屋を捜した方が早いという意見に一郎は納得している。
「ああ。奴はきっと抵抗して攻撃を仕掛けてくるかもしれない。連絡してくれたらすぐ駆けつけるから一郎はできるだけ道具屋を見失わないよう追いかけてくれ」
燎平の指示に一郎は強く頷いた。


朝食を終えお腹が膨れた二人は喫茶店を後にしてすぐ二手に分かれた。
一郎は喫茶店から少し離れている仲見世通りに着ていた。アーチ門を潜ると平日に関わらず仲見世通りは大多数の人達が行き来していた。仲見世通りを一列に並ぶ商店はお土産屋が多くお菓子や着物、扇子や雑貨などが売り出されている。本当ならゆっくり見ていき買い物したいが今は道具屋を見つけるのが最優先である。一郎がこの仲見世通りに足を運んだ理由はたくさんの人が行き交っているこの商店街なら商売するのにうってつけだと考えたからだ。道具屋は呪具を売って金儲けしているから地元の人だけではなく観光に来た人達に買ってもらえれば多額のお金を手に入れることができる。でも、もしかするとここではない違う場所にいるかもと思いつつも一郎は人混みの中、仲見世通りを通りながら道具屋らしき人物を探す。リン子や呪具に被害を受けた他の人達から聞いた話では道具屋には多くの人が立ち寄っていたと言っていた。とすると、大勢の人が一点に集まっている場所を見つければいい。商店街で働く店員達が仲見世通りを通る人達に客寄せする声があちこち聞こえる。活気溢れている音や声を聞くと何だか楽しくなってくる。銀座とは少し違う喧騒さが伝わってくる。この仲見世通りを真っ直ぐに行くと浅草寺という大きなお寺がある。みんなはそれを目的の一つとしてここ浅草に足を運んでいるのだ。一郎もこのまま浅草寺へ行ってお参りぐらいしようと思っていたが燎平の指示を裏切るとはできなかった。お参りはまた今度、休みとかの日に行けばいいと一郎は右左見ながら道具屋を捜した。すると、とてもいい香りが一郎の前に漂った。犬みたいに鼻をヒクヒクさせて視線の先には堅焼きせんべいを焼いているお店があった。あまじょっぱい醤油たれを付けて網で焼く香ばしい匂いが一郎を誘おうとする。匂いが鼻に届くとお腹が鳴りそうで足が勝手に動いてせんべい屋に向かいそうになる。
ダメだダメだ!と一郎は首を振る。今は美味しそうに見ている場合ではない。道具屋を探すのが先だと自分の心に言い聞かせながらせんべいを焼く匂いを遮るように先へ進んだ。
仲見世通りに来てから15分は経っているのだろう。お店が一列に連なっているので道具屋が商売できる隙はどこにも無さそうだ。もしかしたら、道具屋の奴は仲見世通りにはいないのだろうか。そう思った矢先、仲見世通りから右に曲がった道に人だかりが見えた。人々は背中を向けて何やら見ているようだ。なんだろうと思った一郎は仲見世通りを抜けて人が集まっている場所へ向かう。「すみません」と言いながら集う人々の間を縫って前に出ると足元には敷き藁を広げてその上に珍しい品物が出揃っていた。
「寄ってらっしゃい。見てらっしゃい。道具屋「あたいがふー」にだけしか手に入れない幸運を呼ぶ品物を出してるよー!恋愛運を上げたい方にはこの「恋情の瓶」!好きな人に渡せば恋が実るよ!こちらの茶碗はただの茶碗じゃない。お湯を注げば人の運命を占い幸福を運んでくれる!的中率はなんと百百分率!!「福を呼ぶ幸せ茶碗」たったの30円!そこの坊や。いかがかな?」
男が一郎に訊いた。その男は和洋折衷を着ていて痩せている。そして今、男の口から「あたいがふー」と言っていた。こいつだ!と一郎は思った。どうやら一郎の勘は当たったようだ。いや。彼が持っている偶然力のおかげかもしれない。周りは大人ばかりで物珍しそうに品物を眺めている。すると、一郎の隣にいた女性が一つの人形を手に持っていた。リン子が持っていたフランス人形ではなく、着物を着た女の子の人形だ。一目で日本で作られた人形だと分かる。道具屋は女性が持っている人形を見て説明した。
「お姉さん。お目が高い!それは「福童(ふくわらし)」と言って部屋に飾るとお姉さんの運気が上がるうえ災難から守る厄除け効果があるんです。こちらの商品をお買い上げになったお客さんもいらっしゃいまして中にはお金持ちになったり好きだった人と結ばれたという人が大勢いて皆さんからとても評判を呼んでいるんですよ」
それを聞いたお姉さんは目を輝かせると「これ買います」と人形を購入する気になった。
「まいど!100円です!」
道具屋は笑顔で人形の代金を受け取ろうとした。その時だ。
「おじさん。この品物全部、本当に幸運を呼ぶの?」
一郎が道具屋に話しかけた。道具屋は一郎の方を見てそうだぞと答えた。
「ここに出ている品物はぜ~んぶ人を幸運にしてくれる不思議で神秘的な力が宿っているんだ。坊やの願いもきっと叶えてくれるよ」
どうやらこの道具屋はお客さんを呪具を買う気にさせようと姑息な手を使っている違いない。口が達者なこいつにとっては今ここにいる客は絶好のカモだ。一郎は何とか本性を暴いてやろうかと思い何も知らない道具屋に一つ仕掛けてみた。
「へ~すごいな。ぼくでも幸せになれるの?」
「もちろん。気になった物とかあるかい?」
「どれも気になるな~。あっ。でも、もし幸運を手に入れたら逆に不幸になるという反動は来ないよね?」
すると、道具屋は眉を上げて「というと?」と小首を傾げた。
「この品物全部、幸運を手に入れたらその後、不幸になるんじゃないかってこと。それって幸運になった分、不幸が束になって来ないんだよね?」
一郎がそう話していると周りにいる客達の顔が少し変わった。子供が何を言うと思っているかのように道具屋は高笑いをした。
「坊や。面白い嘘をつくね。そんなことはないと。今までに幸福を手に入れてから不幸になったという話は聞いてないよ。この品物全ては正真正銘、幸せを呼び起こす物。この品物に〝呪い〟さえかかっていなければ問題ないよ。これが呪具だなんて有り得ない」
すると、一郎が「おじさん」と呼びかけた。そして、彼の一言に決定的な言葉が出るのであった。
「なんで、「呪具」っていう言葉を知ってるの?それに何でその品物に呪いがかかっていないって分かったの?」
それを訊かれた時、一瞬だが道具屋がちょっとだけ動揺する様子が見られた。そして、一郎に視線を逸らした。
「た、たままたまだよ。たまたま」
人前で誤魔化そうとする道具屋に一郎は更に攻めた。
「たまたまなんだ。じゃあさ、おじさん。どこで「呪具」っていう言葉を知ったの?確か、呪具って〝陰陽師〟だけしか知らない言葉だよね?」
そして付け加えるかのように「あっち側の」と言った。それを言われた時、道具屋の表情が曇り始めた。淡々としゃべり続ける子供に道具屋は黙って聞くしかできなかった。
「このお茶碗。とても怪しい気配がするのは気のせいかな?お姉さんが買ったその人形も何だか氣のようなモヤモヤを感じる。あっ。ぼくこう見えて霊感がいいんだよね。それに」
一郎はある人形を手にした。その人形はリン子が持っていた同じフランス人形だった。
「このフランス人形も知ってる。胸のブローチにホープダイヤモンドという呪いの宝石があるし前にこの人形に殺されかけた人がいたんだ。確か、二週間前の銀座で買ったという人が─」
一郎が言いかけた途端、突然道具屋が鞄を持って品物を置いたまま走り出した。どうやら、一郎が何者なのか感づいたらしい。逃げ出す道具屋に「待て!!」とフランス人形を投げ捨てて走り出した。
「皆さん!絶対に触らないでください!!後で、回収するので!」
そう言い残して道具屋の後を追った。お客さん達は何のことやらと思っているのかキョトンとした顔をしていた。
逃げ出す道具屋は手に持っている鞄を揺らしながら必死に走る。
「あのガキ。二世界人だったのかよ!」
そう呟くと後ろから「待て―!」という声が聞こえた。一郎が後から追って来る。
一郎は走りながら主と連絡が繋げる人の形に切り抜いた式札を手に取り道具屋を追いながら知らせた。
「リョーさん!道具屋を見つけた!今、追いかけているからすぐに来て!」
そう伝えると式札から燎平の声が聞こえた。
『了解。あまり無茶するなよ』
道具屋の後を追い一郎は道を通る人を避けながら走る。大人の走りは子供より速いが決して諦めなかった。この5年間、犯人や妖怪、幽霊等と何度も追いかけっこしているから脚力はそれなりに強くなっているはず。道具屋が右に曲がると一郎も右を曲がり左に曲がれば左に曲がる。まるでネズミと猫の追いかけっこみたいにあっちこっち回りながら網の目のように進む。でも、さすがは大人。本気で走ると子供より素早い。長年走り回った経験がある一郎でもさすがに追いつけないか?しかし、一郎は意外にも執念深いところもあるので簡単には諦めなかった。燎平が来るまでの時間稼ぎ。何とか追い詰めるだけ追い詰めなくちゃ。
しばらく追いかけると道具屋が町角の路地へ入った。一郎も後を追って角を曲がる。その時だ。急に道具屋が振り返って掌を下に向けた。突然振り返ったので一郎が足を止めた途端、地面から氷の壁が突如現れた。なぜ、5月の季節に氷が?突然の氷の壁に一郎は驚いた。氷の壁に手をつけるとヒンヤリと冷たい感触が掌の皮に伝ってきた。一郎はすぐさま手に持っていた連絡用の式札に声をかけた。
「リョーさん。ごめん。逃がしちゃった。なんでか知らないけどいきなり、氷の壁が出てきたんだ」


葛飾区にある荒川の土手。長く伸びる生い茂った草むらに土埃が舞う土手。ここは、浅草寺から離れた所にあって平日の朝とはいえあまり人は多くない。そこで現れたのが道具屋の男。道具屋は「空間移動術」という頭の中で思ったことを心の中で言うと超空間の入り口が開き本人が思った行きたい所へ連れてってくれる。とても難易度が高い陰陽術なのだ。なぜ、道具屋が平凡な地に来たのか。初めて一世界に来た時に異世界への門を潜って辿り着いた最初の場所だからだ。何とか逃げ切ったと思った道具屋は一息ついた。ここならさすがの一郎でも分からないだろうと安心していた矢先だ。後ろから魔力を感じた。振り向いてみると目の前に立っているのはスーツベストを着こなした高身長で清潔感のある男だった。燎平だ。
道具屋はまさかの展開に燎平を見て後退りをした。
「ガキの次は本物さんかよ。何でここにいると分かった?」
燎平は当然のように話した。
「うちの式神が教えてくれたんだ」
そうだ。燎平がここに達する事ができたのは文流記姫の記の書に書かれたヒントのおかげで辿り着いたのだ。
「それに、ここは仕事関係で立ち寄ったことがあるんだ。確か地縛霊による事件だったな」
過去に挑んだ事件を思い出しながらも燎平は道具屋を更に追い詰めるかのように話し出す。
「お前だな?呪いのフランス人形や他の呪具を売り飛ばしていた奴は?呪具の持ち込み、売買は厳しく禁じられているはず」
迫ろうとする燎平に道具屋は険しい表情で訊ねた。
「お前もあのガキと同じ二世界人だな?!何者だ!」
「俺の名は鐸木燎平。東都立日ノ守会談館の主で二世界から来た陰陽師だ」
その名を聞いた時、道具屋は反応した。
「お前が鐸木燎平・・・?そうか。あの人が気をつけろと言っていたのはこの事だったのか・・・!」
今気付いたかのように呟く道具屋は鞄を投げ捨てた。そして、掌から氷の剣が出てきた瞬間、道具屋の突然の奇襲が来た。降り下りてくる氷剣に燎平は素早くかわした。そして、道具屋が左手を地面につけるとまた氷が出た。今度は地面から出た氷の刃がすごい勢いで燎平を襲う。燎平は瞬時に守護術の陰陽札で身を守った。氷の刃がバリアを囲うと道具屋が氷剣を大きく振りかざしバリアに目掛けて振り下ろした。バリアが氷剣の刃に衝突して光り出すと燎平は紅色に染まった攻撃用の陰陽札を守護術で身を守っているバリアに貼った。すると、バリアの中から爆発による衝撃波が起きて周りを囲んでいた氷の刃と道具屋を吹き飛ばした。爆発の衝撃で道具屋の体は空中に待ったが見事着地した。立ち昇る白い煙が燎平の姿を隠す。さっきの爆発に巻き込まれて吹っ飛んだんじゃないのかと思っていた道具屋だが突然、白い煙が竜巻のように回り出した弾き飛んだ。煙の奥から現れたのは三つ編みに編まれた長い髪に大人の風貌を感じる和洋折衷を着た狐面の女が登場した。燎平の式神 白夜親王だ。
「あいつか?共に倒してほしいという人間は」
白夜親王の後ろにいる燎平は頷いた。
「ああ。奴は呪具で一世界人を苦しめた元凶なんだ。捕らえて平太郎に引き渡さなくちゃいけない」
二人を警戒するかのように氷の刃をむき出しにして身構える道具屋。
「あいつ。氷の特殊数珠のブレスレットを持っているのか」
「ああ。氷の特殊術は厄介だ。俺が奴の攻撃を防いでカバーするからお前は本体を攻めてくれ。そしたら俺は奴の背後に回り込んで「金縛りの陣」で拘束する。できるだけ早めに終わらせるぞ。平日の朝で人が少ないとはいえ誰かに見られたら厄介だ」
燎平の指示に白夜親王は「心得た」と言った瞬間、地面を蹴り勢いよく道具屋の方へ接近した。道具屋は来たと氷の刃を白夜親王に目掛けて放った。氷の刃は伸びてこちらに向かって来る狐面の女を狙って襲う。しかし、道具屋の攻撃は届かなかった。狙った途端、燎平が攻撃用の陰陽札で相殺されてしまったのだ。白夜親王は刀を抜かず鞘の内で攻撃を仕掛けようとする。すると、道具屋は再び氷の壁を作って白夜親王の攻撃を防ぐ。厚い氷の壁なので狐面の女の攻撃は届かない。
「小賢しい」
そう言って氷の壁に手をつけると崩れた。白夜親王の神通力で壁を破壊したのだ。彼女があまりにも強力な魔力を持っている為、道具屋は接近戦を選び氷剣を二つ作った。二刀流となった道具屋は白夜親王を襲うが彼女は決して怯みはしなかった。一本の鞘で二刀流を受け流す。彼女の動きには無駄がなく剣捌きならぬ鞘捌きで巧みに相手の攻撃を撃ち返している。一方、道具屋の方は分かりやすく言うと剣の扱いがイマイチだ。二刀流とはいえ奴はただ氷剣を振っているだけだ。彼らの戦う姿から見ると剣の腕は道具屋なんかよりも白夜親王の方が一番上だ。道具屋の剣の扱いが悪かったのか二本の氷剣は白夜親王の攻撃によって砕かれてしまった。
「燎平!今だ!」
そのかけ声に道具屋が振り向くと自身の後ろに燎平がいて地面には露草色の陰陽札が置かれていた。彼は印を結びながら「金縛りの陣!」と叫んだ。すると、露草色の陰陽札の先から文字らしき光が現れ一本の線を引くかのように道具屋の方へ一直線に流れた。そして、奴の周りを円陣で囲み緑色の光が放たれると道具屋は身動きが取れなくなった。金縛りにあって手足が動かなくなったのだ。これでも逃げられない。
「お前。刀の扱い方がド素人だな。戦った経験ないだろう?」
彼女の手厳しい一言に返す言葉ができない道具屋であった。


しばらくして、二世界の陰陽国際警察が現場に来た。
金縛りの陣で拘束された道具屋は逮捕され奴が持っていた鞄は没収することになった。
「捜査及び逮捕の協力、感謝する」
道具屋の捜査に協力した燎平に礼を述べたのは二本陰陽国際政府警察の警視正 大台 甚平(おおだいじんべい)。厳格なうえ無愛想な顔をしているおじさんで、警察内の仕事に関してすっごく厳しいが、人望が厚く部下達からとても尊敬されている。
「相変わらず、かなり活躍しているそうだな」
ぶっきらぼうな表情を浮かべたまま喋る大台を相手に燎平は普通の態度を見せる。
「滅相もない。大台警視正ほどではありません」
「貴様があの一世界の小僧を拾わなければ更にもっと活躍の幅が広がると思い期待していたのが、今思うと誠に残念に思う」
謙遜する彼に向かって愚痴をこぼすかのように大台は無愛想な態度を取りながらため息を出した。申し訳なさそうに「すみません」と謝る燎平だが「でも、後悔はしていません」と正直に答えた。大台は手錠を掛けている道具屋を蔑むような目で見た。手錠を掛けられ周りには警察に囲まれて抵抗する様子がなく悔しそうな顔を浮かべている彼の様子が見受けられる。大台はスリーピーススーツの懐から葉巻を出しマッチで火をつけて口の中でふかした。
「大台警視正。奴は、道具屋は一体、どこで禁呪を手に入れたのでしょうか?確か、呪具は「黒死呪言」という黒陰陽術によって生み出された禁呪文。私の記憶だと黒陰陽術に関する書物は全て二世界大戦が開幕した数日後に処分されたと聞きました」
黒陰陽術。それはとても強力かつ簡単に人を殺すことができる殺人的な脅威を持つ陰陽術。当時、二世界大戦が始まって激しい戦闘を繰り広げられた頃、一人の陰陽師が強大な黒陰陽術を使って敵国の兵士を一掃させた。しかし、その力はあまりにも強力すぎて敵だけでなく味方にも甚大な被害を受けた。そして、国を一つ滅ぼすほどの力を利用したことで黒陰師となり敵味方も関係なしに襲うようになった。政府はその危険性を見込みその黒陰師を捕らえたあげく黒陰陽術の恐ろしさを身に染みたこと殺人的、いや世界を滅ぼしかねぬ黒陰陽術に関与する書物全てを永久に葬ったのだ。黒陰陽術を記述された書物は何千年も前に存在していて作者は不明だったが大体の黒陰師は黒陰陽術を使うことで犯罪を犯してきたので黒陰陽術をこの世から消せば犯罪に使う必要がなくなるだろうと政府が考えたのだろう。とにかく、黒陰陽術は神に背く決して使用する事は許されない禁呪なのだ。
「さあな。正直、俺も黒陰陽術は撲滅されたと思っていたがまさか扱える奴がいたとは全く知らなかった。まぁ、本署に戻ったら尋問するがな」
口に葉巻を加えてふかす大台はどことなくダンディな感じが出ている。この人は厳つい顔をしていてキツイ言葉を使ってくることが多いが根は良い人だと燎平は分かっている。56歳とは思えぬ筋力ある体つき、声が渋く濃い印象を与える顔。刑事時代の時とあまり変わっていない姿だ。すると、「兄貴ー」という声が聞こえて燎平は振り向いた。弟である平太郎が姿を現したのだ。その弟の後ろには一郎がいる。弟の手には革の鞄があった。
「鐸木。呪具は?」
大台は相変わらずの愛想がない表情で訊ねると平太郎は手に持っている革の鞄を前に出して見せる。
「この鞄の中です。私(わたくし)が現場に来るまで一郎くんが管理してくれていました」
その話を聞きいた大台は冷たい目で一郎の方を見る。視線の先には平太郎の後ろに隠れている一郎の姿が見えた。弟の陰に隠れながら臆病そうに警視正の顔を見る一郎はまるで大台警視正が苦手のようだ。子供に怖がられているにも関わらず全く気にしていないかのように大台は現場にいる刑事達に声をかけた。
「お前達。二世界へ帰るぞ」
その一言に刑事達は頷いた。すると、刑事の一人が異世界への扉を召還させた。大きな門が立ちはだかる異世界への扉を前に大台は捜査協力をしてくれた相談所の主に別れの挨拶を交わす。
「世話になったな」
とても短いお別れの言葉だったがそれだけでも十分に嬉しかった燎平であった。門が開くと大台は他の刑事と道具屋を引き連れて扉の中へ入った。それを後を追うかのように平太郎も扉へ向かい別れ際に捜査協力してくれた了解に感謝し門の中へ入った。
「兄貴。一郎くん。オラ達の代わりに道具屋を捕まえてくれえてありがとう。報酬は後で渡しに行くからそのつもりで。そんじゃ」
別れ際に今回の依頼を引き受けてくれた兄にお礼を言うとすぐに平太郎も門を潜り大台達政府警察と共に故郷である二世界へ帰って行った。燎平と一緒に彼らを見送った一郎は警視正が取った冷たい態度を気にしているかのように思い悩む表情を浮かべていた。
「あの警視正さん。また、軽蔑しているみたいな目で見られた」
大台が取った態度に思い悩める一郎は何だか心の中も頭の中もモヤモヤしていてあまり気分よくない。過去にも同じ事があってたまたま大台と遭遇すると一郎を見て蔑んだ態度を取ったり冷たい目を向けながら皮肉な事を言ったり憎まれ口を叩いたりして毛嫌いする様子を表してくるから一郎から見れば大台はあんまり良い印象を持っていない嫌な奴だと思っている。一郎は子供相手に自分を見下して馬鹿にする警視正が大の苦手。
嫌な印象だけしかない大台が取った今日の態度を気にするも燎平は「あんまり気にするな」と思い悩む助手の頭に手を乗せて優しく彼の頭を撫でた。


メフィストフェレスのような道具屋の男による呪具販売事件が解決してから四日後。
相談所には平太郎が来ていて兄が淹れてくれた紅茶を頂いていた。今日、平太郎が来たのは自分達の代わりに道具屋の捜査と捕縛をしてくれた燎平達に報酬を渡しに来たのだ。そのついでに、茶を一杯頂いているところだ。
今、この空間には兄弟二人しかいなくて一郎は買い出しに出掛け席を外していた。香ばしい匂いが鼻にかすめて上品な紅茶の味が喉を潤す。
「あの道具屋、今どうなってる?」
燎平はこの前捕らえた道具屋のその後はどうなっているのか弟に訊ねた。
「今も尋問が続いている。どこで黒死呪言を覚えたのか?どうやって呪具を手に入れたのかいろいろ訊きだしているけど、あいつは「忘れた」としか言わん」
顔をしかめて道具屋の誤魔化しに呆れ返る平太郎。
「どんなに知らんふりしたってそのうち口が割れる。呪具の件でこっちの世界の警察はどう捉えてるんだろう」
「多分、ただの自殺か事故死とかにして片付いてるかもな。今朝も新聞読んだが、それらしい記事はなかった。犯人は黒陰師だなんて誰も思っていないだろう」
「呪具で被害を遭った人達は?」
「みんな解決済み。一昨日は呪いのフランス人形に憑いていた悪霊に悩まされていた依頼人が報酬を渡しに来てくれたんだ」
三日前、道具屋で売られていた呪いのフランス人形に散々苦しめられていた川村リン子が事務所を訪れ人形に憑いていた悪霊から助けてもらった報酬を払いに来てくれたのだ。初めて事務所に来た時と比べて三日前の彼女はとても明るくて生き生きしていた。悪霊が起こした怪奇現象からやっと解放されたかのように満面な笑みを零していたのを今でもよく憶えている。平太郎は紅茶を啜りながらかゆっくり革製ソファに寛ぐ。
「そういえばさ」
燎平が言いかけた時、平太郎は顔を向ける。
「前にお前が言っていた警視正から捜査司令、あれどうなったんだ?」
「二世界で一世界を出入りする怪しい奴らがいたというあの?」
燎平は頷いた。弟から聞いた内容だと近年、二世界の東葉港町という所で一世界を出入りする怪しい連中を見たとの目撃情報が出たという。目撃者は警察官でその人の話によればその連中は組織的な何かの可能性が高いと言っていたらしい。なので、捜査五課と共にその不審者達とアジトらしき建物はないか合同捜査すると聞いたのを憶えている。
平太郎はティーカップをソーサーの上に置いて兄ならと語る。
「捜査はしたんだがこれといった証拠が無くて結果、捜査は中断になった。目撃したその警察官が勘違いしたんじゃないかとみんなは思っている」
「じゃあ、その警官は勘違いしてんじゃないのか?」
「でも、勘違いじゃないって否定はしていた。オラから見たらあの警察官、妙に嘘をついているとは思えない気がするんだよな」
腕を組んで首を傾げる弟に燎平は察した。
「おい。まさか、その警官の目撃情報が嘘か本当か調べてくれなんて言わないよな?」
燎平は眉間にシワを寄せて根も葉もない無茶な依頼を出すんじゃあるまいなとそんな気がした。そんなノーヒントな依頼を出して来たら断固して断る。無茶な依頼を出さないか疑うように見てくる兄に平太郎は笑った。
「んなわけあるかい!そんな証拠も手がかりもない依頼、頼むわけないでしょ」
だよね~と心の中で思い訝しげだった表情が元に戻り安心した兄 燎平。
「道具屋もその警官が見たという怪しい連中の仲間なのか?」
「それはまだ分からない。道具屋に関しては今後も尋問するつもりだ。でも、気をつけろよ。警察官が見た謎の連中を含めて他の黒陰師も一世界のどこかに潜んでいるかもしれない。くれぐれも無茶だけはするなよ。後、一郎くんをちゃんと守るんだぞ」
弟からの忠告に頷く燎平。
「そんじゃ。オラ、そろそろ戻るわ。紅茶ごちそうさん」
そう言って平太郎は立ち上がり異世界への扉を発動させた。最期に平太郎は「一郎くんによろしくな」と伝え光と共に姿を消した。
二世界へ帰った弟を見送った後、燎平は一人で「怪しい連中・・・・。道具屋の男・・・・。黒陰陽術・・・・。組織的な何か・・・」と呟いた。
二世界の警察官が東葉港町で目撃したという謎の怪しい連中と呪具で商売していた道具屋の男と何か関係があるのかと思考を巡らせて推理しようとしたが結果、何にも思い浮かばず特に気になる点は無いなと思い考えるのを止めた。ソファに座り飲みかけの紅茶を飲んでいた時、買い出しに行っていた一郎が帰って来た。
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