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第五話 Welcome! To Edens Recreation Haven
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・・・・・虹。・・・虹。
誰かがぼくを呼んでいる。ぼくは目を瞑っていて辺りは真っ暗で何も見えなかった。
閉じた瞼をゆっくり開けると光が見えた。光の先にぼくの顔を覗く人の影が見えた。
その影の正体が分かった時、ぼくは驚いた。
「よっ。虹」
ぼくの顔を覗いているのは、死んだ兄ちゃんだった。とても優しそうな顔でぼくを見て笑っていた。
いつの間にか、ぼくは東京の実家にいてリビングにあるソファの上で寝そべりながら眠っていたみたいだ。目を開けた時、ぼくはかつて住んでいた実家の懐かしさを感じた。でも、分かっている。死んだ兄ちゃんが生きてるわけない。
そうだ。これは〝夢〟だ。
ぼくは態勢を戻し普通に座ると兄ちゃんがぼくの隣に腰を下ろした。兄ちゃんは軍服の姿をしていた。
すると、兄ちゃんはぼくを見て言った。
「大きくなったな。いくつになったんだい?」
兄ちゃんの質問にぼくは「10歳」と答えた。兄ちゃんは嬉しそうにぼくの頭を優しく撫でた。兄ちゃんの手はとても温かくて優しい。歳が離れてもぼくと兄ちゃんは共に過ごし仲良く暮らしていた。時には一緒に遊んでくれたり一緒に歌を歌ったりして楽しかった。撫で終わると兄ちゃんは優しく訊ねてくる。
「おじいちゃんとおばあちゃんは元気にしてるか?」
ぼくは頷いた。
「うん。二人共、元気だよ」
兄ちゃんは「そうか」と安心したかのように軽く頷いた。
「正直、心配してたんだ。宮古島は無事なのか」
心配してくれたことを知ったぼくは宮古島は無事だったよと伝えると兄ちゃんは安心したのかホッとしていた。死んだ後もぼくや宮古島の無地を祈ってくれていたんだと思うと感極まってしまう。それに、例え夢でもこうして兄ちゃんとお話ができるなんてぼくにとってはすごい嬉しい。この思い出の家で兄ちゃんとお話するのがぼくの日常だったから。兄ちゃんの軍服姿は一度だけ見たことがある。兄ちゃんが帰ることができない戦地へ送られると分かった後、市役所の人が持って来たのだ。市役所の人が帰った後、兄ちゃんは一度だけ軍服に着替えてぼくに見せてくれたことがある。あの頃のぼくは兄ちゃんを戦地へ行くのを猛反対しながら軍服を掴んで縋(すが)りながら大泣きしていた。兄ちゃんは、国の為に戦えるなら本望だの何だの言ってたが、ぼくは全く理解できなく兄ちゃんから離れないで夜通し泣いたものだ。
今、改めて軍服姿の兄ちゃんを見てみるとかっこいいなと思えた。
すると、兄ちゃんはぼくの手を取りながら申し訳なさそうな顔をした。
「虹。君には寂しい思いをさせてしまって申し訳なかった。でも、行くしかなかったんだ。もし、召集令状を受け取るのを断ったら反逆罪として俺は警察に捕まり君は罪人扱いされてしまうおそれがあったんだ。だから、俺は─」
言いかけた時にぼくは言った。
「分かってる。ぼくを守る為に・・・でしょ?」
大泣きしていた時、兄ちゃんが言っていた。ぼくを守る為に召集令状を受け取らなければいけなかったと。3年経った今のぼくなら分かる。兄ちゃん大切な弟でもあり唯一の家族でもあるぼくを反逆者の子供と呼ばれないよう召集命令に従ったのだ。
お母さんも赤十字隊の一人に選ばれた時に召集命令を背くことはできないと言っていたのを思い出した。もし、ぼくが兄ちゃんの立場で幼い弟がいたら召集令状を受け取って命令に従っていたに違いない。大きくなった今は兄ちゃんの気持ちが分かる。だから、兄ちゃんが謝る必要はない。
「確かに、兄ちゃんが死ぬって分かった時はすごく悲しかったけど、今は分かる。兄ちゃんがぼくを守ろうとしたことやお母さんとお父さんがぼく達を命懸けで守る為に死んでいったのか。ぼくのことを想ってくれてありがとう」
それを聞いた兄ちゃんは笑った。気のせいか兄ちゃんの目頭が熱く見えたような気がした。それほど、自分を責めていたのかとぼくは思った。そして、ぼくは話を変えた。
「実は、ぼく。兄ちゃんが死んでから音楽と歌が嫌いになっていたんだ。音楽と歌を聞くと兄ちゃんとお母さんと過ごした記憶が甦って頭が急に痛くなったり気持ち悪くなって吐いたりしたんだ。それ以来、音楽の授業だけは受けなかったんだ。でも、昨日までは音楽の授業を受けられるようになったしキジムナー達と神馬くんのおかげで歌を歌えるようになって音楽も聴けるようになった。もう、体調崩すことはないと思う。それとね。ガジュマルの木で歌ったんだ。そしたら、キジムナー達が草笛で演奏してくれたんだよ!」
嬉しそうに話すぼくを見て兄ちゃんはとても嬉しそうだった。澄んだ瞳に優しい目でこちらを見る兄ちゃんはぼくの話をちゃんと聞いてくれた。
「まさか、あんな声を出せるようになるなんて信じられないぐらいびっくりしたよ。もうちょっと、子供っぽい歌声が出るんじゃないかと思っちゃった。あんまり普通の声とは変わらないはずなのに」
笑いながら自分の歌声に驚いたことを兄ちゃんに話したその時、兄ちゃんが回した手でぼくの肩を乗せた。
「虹。君のその歌声は、神様からの贈り物だ。君には歌手になれる素質がある」
突然何を言い出すのやらぼくは笑いながら何を言ってるんだと思った。しかし、兄ちゃんの目は本気だった。
こんな真剣な目をする兄ちゃんを見るのは生れて初めてだ。
「昔、俺と一緒に歌っていた時、君は将来いい歌手になれると思ってたんだ。君は低音と高音ボイスを巧みに使いこなせるし裏声だってうまくできる。でも、それだけじゃない。虹の最大の武器は、子供とは思えない並外れた歌声を持っていることだ。成長に連れて声色が変わっても更に進化し続けられる。君が再び音楽と歌が好きになったのは正解だ。君は、音楽に愛されている」
ぼくは何も言えなかった。ただ呆然としているだけだった。
自分はそんなにすごい奴だなんて全く自覚していなかったので信じ難い。でも、兄ちゃんにすごく褒められて俄然自信がついて来た。ぼくは兄ちゃんの言葉を信じることにした。
そして、兄ちゃんはぼくを強く抱きしめてくれた。夢とはいえ抱きしめられた時、温もりと安心感が兄ちゃんの胸から伝わってくる。懐かしさを感じながらもぼくは兄ちゃんの腕に包まれながらギュッと抱きつく。
「これでやっと、思い残すことはない。安心して、父さんと母さんの元へ戻れる」
それを聞いた時、ぼくは分かった。そろそろ別れの時間が来たのだ。
「立派に成長した虹のことを話したらきっと、喜んでくれるはずだ」
ぼくは兄ちゃんの腕の中におさまりながら言った。
「喜んでくれるかな?」
「ああ。喜ぶよ」
それを聞いてぼくは嬉しかった。
しばらく抱き合ってから数分経った時、兄ちゃんはぼくを抱き寄せた手を解き顔を見つめながら優しくぼくの頬を擦った。
「いいか。虹。この先どんなに辛いことがあっても決して挫けず何があっても負けるな。君はこれから様々な人と出会いそしていろんな困難が待ち受けているはずだ。苦しい困難があったとしても、決してめげず立ち向かい前へ進むんだ。自分が挑みたいものがあったら挑めばいい。逃げたい時は逃げるのも生きていく意味にもなる。どんな嵐が来ても諦めず抗うんだ。君は人と生き物を愛し相手の気持ちを理解できる優しい子だ。そして、君の歌は人に幸せと喜びを与えてくれる。そして、君の未来は君の手の中にある。君の未来を決めるのは君自身だ。だから、もっと自信持って元気よくそして、しっかり生きてくれ。それが、兄ちゃんのお願いだ」
ぼくは兄ちゃんの顔をじっと見た。兄ちゃんはぼくが現実の世界でしっかりと生き抜いてくれることを信じているのだ。そして、死んだ自分と母さんと父さんの分と一緒に人生を楽しんでほしいと。そう願ってぼくに伝えたのだ。
死んだらもう人生は終わって二度と取り戻すことができない。だから、ぼくが〝現実〟という世界でしっかりと人生を送る責務がある。
ぼくはもう悲しみに囚われた哀れな自分から現実を見て体験し未来へ進む自分に生まれ変わったのだ。だから、もう兄ちゃんやお父さんとお母さん、現実世界に生きるおじいちゃんとおばあちゃんに心配かけさせないと決めたんだから。
「大丈夫。ぼくなら大丈夫。どんなことがあってもぼくは負けない。だから、もう心配しないで」
それを聞いて兄ちゃんは安心したかのように微笑み可愛い弟のぼくの頭をわしゃわしゃと撫でた。
そして、兄ちゃんは腰を上げた。
「おじいちゃんとおばあちゃんをよろしく頼むぞ」
座ったままのぼくは強く頷いた。
「うん。父さんと母さんにも伝えといて。ぼくは大丈夫だから心配しないでって」
兄ちゃんは頷いた。
「ああ。しっかり伝えておく」
そう言い兄ちゃんは最後にぼくの頭に手を置いた。
「虹。俺の弟になってくれてありがとう。いつまでも元気でね」
兄ちゃんはそう言い残し「さようなら」と告げ背を向けた。ソファに座ったままのぼくは去って行く兄ちゃんを見送りながら彼の背を見つめていた。これが、兄ちゃんの最後の姿。もしかすると、二度と会えないかもしれない。そう思うとぼくから何か最後にかける言葉はないか探していると一つだけ見つけた。
「兄ちゃん!」
ぼくの大きな声が兄ちゃんの足を止めた。
兄ちゃんが振り返ってこちらを見た時、ぼくは最後の言葉を彼に送った。
「ぼくの名前を付けてくれて、ありがとう!!ぼくのお兄ちゃんになってくれてありがとう!!」
感謝を表した言葉を贈ると兄ちゃんはとても嬉しそうな顔をしていた。そして、玄関のドアを開けると白い光が兄ちゃんと実家の部屋を大きく包み込んだ。ぼくは白い光の包まれながら姿が消えて行く兄ちゃんを見届けた。
目を開けるとそこに映ったのは、ぼくの部屋だった。
部屋は暗かったが微かに明るかった。
ベッドから起き上がったぼくはカーテンを開けて明るい日差しの光を浴びた。
窓から見える明るい景色を見てぼくは夢の中で見た兄ちゃんとの最後の別れを思い出した。兄ちゃんはとても嬉しそうな顔をしていた。ぼく一人でしっかり生きていけると知って安心していたようにも見えた。
ぼくは眠そうな目を擦り明るい景色を見て微笑んだ。こんな清々しい朝を迎えたのはいつ以来だろう。
今日から生まれ変わった新しいぼくの日常が始まる!
「こーちゃん。今日は明るいわね。何かあったの?」
おばあちゃんは、朝食を取っている孫が今日はいつもと違って明るく見えたのだろう。おじいちゃんもそれに気づいたようだ。
しかし、ぼくは「何もないよ」と言いながら朝食に出た目玉焼きを一口でたいらげた。
家を出ると神馬くんが来ていて一緒にバス停へ向かった。神馬くんが通っている中学校はぼくの学校から近い所にあるので通学路が同じなのだ。バス停へ向かう途中、ぼくは神馬くんと会話しながら歩いた。神馬くんに昨日歌えたことを教えると「よかったじゃん」と言って笑った。そして、昼休みにぼくがガジュマルの木の側でキジムナー達に聴かせた『カイト』をボイスメッセージに録って送ると伝えた。今日は、とても清々しくて体は全然重くない。足もいつもより軽くなった気がして途中からスキップしたくなり心が弾んでいた。でも、学校ではいつも通りの過ごし方をしようと思っている。例え一人でも心が弾んで楽しければそれでいい。
そう思っていた矢先、いつも使っている与那覇のバス停が見えてきた。
バスに乗っている時、車窓から見える見慣れた景色がいつもより綺麗に見えた気がした。バスに揺られながら次の停留場を知らせるアナウンスが流れる仲、神馬くんと会話し続けた。
洲鎌バス停に着くと学校へ行く子達がたくさんいた。バスを降りたぼく達は学校へ向かう子達の中に混ざり歩いた。友達と挨拶したり話が盛り上がったりふざけ合ったりしてとても楽しそうな声が飛び交っていた。子供達の元気な声を聞くとなんだか楽しくなってくる。今までは何ともなかったが、今はとても楽しい。今日は楽しい一日になりそうでちょっとワクワクしていた。学校に行くのが楽しくなるなんていつぶりだろうか。ぼくは、神馬くんと別れいつも通っている小学校へ向かった。
授業を受けている時もぼくはしっかりと先生の話を聞きノートに書き写したりした。先生はチョークを持って黒板に書いたりしてちゃんと教えている。名指しされた時は、ぼくは席を立ち出された問題を答えた。内気で大人しい性格を持ちながらも今まで暗めでいたが、今回はいつもより少しだけ穏やか態度を見せた。体育の授業では長距離走があった。ぼくはあんまり足は速くないが、深く呼吸をしながら走ると何人か追い抜くことができた。走ると疲れが出てペースが落ちてしまうが、今日は調子いいのかいつもよりペースが上がった気がしてそんなに苦しくはなかった。むしろ、気持ちいい。走るってこんなに楽しかったけと思いぼくは前にいる子を追いついたり後ろにいる子に追い抜かれたりしながらゴールへ目掛けて走った。走った後、体育の先生にいつもよりペースが上がったなと褒められた。すると、何人かクラスの子達に声をかけられた。
給食の時は一人で黙々と食べていたけど、珍しくおかわりもした。おかわりをした時、担任の福原先生が珍しそうにぼくを見たのでちょっと恥ずかしかった。
昼休み、ぼくは校舎裏に来て昨日歌った曲をボイスメッセージに録音し神馬くんに送ろうとした。
あまり大きな声を出すと誰かに見つかってしまうので声を少し低くしてスマホに吹き込んだ。昨日みたいに気持ち良く歌えるか少々不安だったがそんなに不安する必要はなかった。歌う時、ぼくは気持ちを込めて吹き込んでいたので自分で思うのもなんだけどまあまあ良いんじゃないかと思った。吹き込んだ後、神馬くんにボイスメッセージを送った。今の時間ならきっと神馬くんが通っている中学校も昼休みだからLINEを見てくれていると思う。目的を果たしたぼくは校舎裏を出て教室に戻った。
教室に戻った時には神馬くんから返信が着た。彼の返事はこうだ。
『めっちゃうまいじゃん!!これ、小学生レベルの歌声じゃないぞ!おれの言ったとおり、君は歌手になれるよ』
大げさなとぼくは鼻で笑った。すると、次のメッセージが着た。
『今の君ならアレに参加して注目視されるの間違いなし!放課後、うちの学校の校門前に合流しようぜ』
アレ?アレとはなんだ?
そう疑問に思いながらも昼休み終了のチャイムが鳴りだした。ぼくは神馬くんに『了解。校門で会おう』と入力し送信した。すると、神馬くんからOKスタンプが着た。
放課後、帰りのホームルームが終わるとぼくはランドセルを背負い真っ先に1階へ降りた。
下駄箱で上履きから靴に履き替え校舎を出て待ち合わせの場所へ向かった。ここから神馬くんがいる中学校まではそんなに時間はかからない。
中学校の校門前に来ると半袖ワイシャツの制服姿をしている神馬くんの姿が見えた。ぼくが呼ぶと神馬くんはこちらに振り返り手を振り来てくれた。
通学路を通りながらぼくは神馬くんとLINEメッセージで言っていた〝アレ〟について話した。
「神馬くん。昼休み、メッセージに書いてあったアレってなに?」
訊ねると神馬くんがポケットからスマホを取り出し弄り始めた。そして、ぼくにスマホ画面に映っているアプリを見せてくれた。
そのアプリのアイコンに「ERH」という文字が出ている。
「ERH?」
アイコンの書かれてある文字を読み上げると神馬くんは教えてくれた。
「 Edens Recreation Haven。通称ERH(アース)。いろんな種類のコンテンツが凝縮し外国人や各地方の人と交流したりタイムラインやチャットにブログ、映画・ドラマ・アニメを観たりゲームや買い物ができたりエンタメ関連の情報やライブやイベントなど様々なジャンルが詰まっている大規模エンターテインメント・ネットワークなんだ。中にはERH(アース)ならではの有名人もいる。エイベックスとユニバーサルミュージックにポニーキャニオン、マーベラスや東京製綱にモリトジャパンなどの日本だけではなく海外の大手企業が集結し開発されたんだ。このERH(アース)には世界中の有名なエンタメ会社と連携しているんだ。20年前から配信されていて5億人の人がこのアプリを使ってるんだ」
そんなビッグなアプリがあったとは全く知らなかった。それに、エンタメ系アプリの略称ERH(アース)は日本語で地球という意味なのでちょっとおもしろい。でも、あまり興味はなかった。外国人と全国の地方に住む知らない人と交流できるなんて、ぼくから見れば別世界のようなもの。英語は喋れないし同じ日本人でも知らいない人と話すのは苦手だ。それに、ネットで買い物はしたこともない。
しかし、神馬くん本人はぼくをERH(アース)を始めないか勧誘しているかのように話を持ちあげて来た。
「おれもERH(アース)をやってるんだ。君の歌なら絶対、日本中、いや世界中認めてくれると思う。まずはチャレンジしてみたらどうだい?おれ、虹くんの為なら何だってしてあげる!」
押し気味で攻めてくる神馬くんの勢いにぼくは言葉が見つからなかった。このままじゃ、押されてしまう。
何とか抵抗しようと考えた。
「で、でも、そのアプリって有料なんでしょ?月いくら払わなくちゃいけないとか」
「実はこれ、完全無料なんだ。アプリ内のコンテンツも全て無料」
「だけど、ぼく、素顔を見せたまま人前で歌うのはちょっと・・・・」
「大丈夫。自分の姿を他人に見せたくない場合はアバターをつくればいいから。好きな時にアバターと素顔を自由に切り替えられるから心配する必要はないよ」
そこまで知っているとは。かなりやりこんでいるなと思いながらもどうしようか悩んだ。素顔を隠せる方法があるなら安心できるが、ぼくの歌に賞賛してくれる人はいるのか心配だった。
音楽の世界はそんなに甘くはない。きっと、批判や中傷的なコメントが来ると思うと怖くて仕方がない。でも、ぼくは決めたんだ。今日から生まれ変わったんだって。ちゃんと現実と向き合いながら生きるって夢の中で誓ったんだ。ぼくは自分に言い聞かせながら勇気を持つんだと強く決心しようとした。
「素顔を隠せるなら、ぼくもやってみよっかな」
少し不安は残っているが挑戦してみる価値はありそうだ。
それを聞いて神馬くんはとても嬉しそうに言った。
「じゃあ、後でダウンロードしてみて。そうそう。ERH(アース)を始める時は専用イヤホンがないと中に入れないからね」
「専用イヤホン?」
「ERH(アース)専用のデバイスイヤホンがあるんだ。あれさえあれば音声が拾えたり聞こえたりすることができる」
「いくらぐらいするの?」
「15000円はするね」
それを聞いてぼくは驚いた。高いじゃないか!
ぼくの小遣いでは買えない値段だ。
「でも、大丈夫。おれが買ってあげるよ」
「えっ、そんな!ダメだよ。子供にそんな高いのを買わせるなんて」
「大丈夫。ERH(アース)には購入商品の割引きができるポイントがあるんだ。集めたポイントで好きな割引き数値を設定して使えば通常価格より安く買えるんだ。もちろん。イベントやレジャーチケットもポイントが使える」
神馬くんは小さな声で言った。
「ちなみに俺は396ポイントを持ってる。15000円を9割引きにすると?」
ぼくはスマホを取り出し電卓を使って計算した。
「1500円になる」
すると、神馬くんは明るい声でピンポーン、と言った。
「だから、遠慮するな。ERH(アース)デビューの記念品として受け取ってくれ。あっ、お金は返さなくていいから」
このまま断り続けてもきっと神馬くんは納得いかないだろうなと思いぼくは彼のお言葉に甘えてERH(アース)のデバイスを買ってもらうことにした。ただし、おじいちゃんとおばあちゃんには内緒で。神馬くんに買って貰ったなんて話したら叱られそうだから。
神馬くんからERH(アース)を紹介してもらってから一週間経った。
6月はもうすぐ終わろうとしている。一週間後になればいよいよ7月、夏本番に入る。学校では今年の夏休みは何するとかもう話し始めている。まだ、夏休みはしばらく先なのに気が早い。
ぼくは机に座りながらスマホ画面を見ていた。画面に映っているのは、AppleStoreで検索したERH(アース)の評価とレビューを読んでいた。
『めっちゃ使いやすい』
『行きたかったライブチケットをポイントで安くできるなんて最高!!』
『英語ができないから外国人からのメッセージを自動的に翻訳してくれるなんて嬉しい』
などなど、高評価なコメントが連なっている。
もうすぐ、ぼくがこのEHR(アース)で歌を歌うなんて思ったこともないし想像もしなかった。ネットの世界は広い。日本だけではなく世界中の人達がぼくの歌を聴いてくれるのだ。でも、数々の批判する声も出てくるかもしれないけど物は試し。初めてから考えればいい。ぼくには神馬くんという曲作りだけではなく機械弄りが得意とする心強い味方がいる。
EHR(アース)のアプリはもう既にインストールしている。後は、デバイスが届くまでだ。
登録の仕方は、デバイスが届いた当日に神馬くんがレクチャーしてくれる。ぼくの部屋に昔、兄ちゃんが使っていたMacbook proがある。登録する時は、Macbookかパソコンでやった方がやりやすいと一週間前、神馬くんに教えてもらった。
初めてEHR(アース)という別世界に踏み入れるとなるとドキドキしている。
スマホを眺めていると隣からぼくを呼ぶ声が聞こえた。
「羽藤くん」
声をかけてきた瞬間、ぼくはスマホの電源を消し振り向いた。
クラスメイトの男の子だ。
「昼休みヒマ?」
ぼくの机に寄りかかりながら話しかけてくれる。ここのところ、ぼくの雰囲気が変わったのかたまにクラスの子から声をかけられるようになった。ぼくと話している男の子はどうやら昼休みぼくと遊びたいそうだ。
「昼休み、体育館でバトミントンするんだけど羽藤くんもよかったら一緒にやらない?」
ぼくは後ろから視線を感じチラッと見た。後ろ黒板近くにいる3人組がこちらを見ている。どうやら、あの子達は彼と一緒にバトミントンをやる仲間みたいだ。誘ってくれる男の子にぼくは答えた。
「いいよ。でも、ぼくバトミントンのラケット持ってないけど」
「大丈夫。うちのクラブが使っているラケットを貸してあげる」
「バトミントンのクラブに入ってるの?」
男の子は頷いた。
「下手かもしれないけど、それでいいなら」
あまり自信はなかった。でも、せっかく誘ってもらってるので断るわけにもいかない。ぼくはもう昔のぼくじゃないのだから。
男の子は昼休み声かけるからと言い残し友達の元へ戻った。
友達はいらない。ぼくはそう思い友達を作るのを否定していたが今は違う。やっぱり、友達を作るのはいい事だなと思えるようになった。すると、ふと思った。友達といえば、東京の学校で仲良くしていた彼らは今元気だろうか?彼のLINEアカウントを持っていながらも2年前から連絡を取り合っていない。
放課後、学校が終わり昼休み一緒にバトミントンした子達と一緒に話し合いながら下校した。
ぼくは楽しそうに話す彼らを見守りながら歩いた。中学生の人達に交じりながらバス停へ向かう途中、神馬くんと遭遇した。
バス停近くに着くと友達と別れ神馬くんと一緒にバスに乗った。バスに揺られながらAEH(アース)のことを話した。そろそろデバイスが内に届くはずだ、と神馬くんが言うとぼくはMacbook proを持って来ると伝えた。
うちの前に着いた時、神馬くんと一旦別れたぼくは階段に上って自分の部屋に入った。
ぼくの机の引き出しは三段重ねになっていてMacbook proは一番下、三段目の大きい引き出しに入ってる。ここんところ、13インチのMacbook proを使っていなかったのでバッテリーはどのくらい残っているか憶えていない。確認の為、ぼくはMacbook proの電源を点けた。
Macbook proの電源が入りデスクトップ画面が映り出すとぼくはタッチパッドで指を動かすと共にカーソルも動く。カーソルをスタートボタンに移動させて押すとメニュー画面が開きその中にある設定をクリックした。設定の「システム」を開き「バッテリー」を開くと現在のバッテリー残量がいくつか表示が出ていた。現在のバッテリー残量は88%だった。十分の残っていることを知りこれぐらいなら保てると思っていた時にポケットからバイブ音の振動を感じた。スマホを見ると神馬くんからLINEメッセージが着ていた。メッセージをスワイプしLINEを開くと神馬くんのメッセージに『虹くんのデバイスが届いた。約束通り、レクチャーするからうちに来てくれ』と書いてあった。
ぼくのデバイスが届いたのだ。連絡を受け取ったぼくは可愛い犬がビシッと敬礼している了解スタンプを送りMacbook proを手に持って1階へ降りリビングにいるおばあちゃんに神馬くんの家に行くことを伝え玄関を出た。
神馬くんの家に着いた時、彼のお母さん 裕子さんが迎えてくれた。後から制服姿の神馬くんが来て自分の部屋へ案内した。
彼の部屋に入り机を借りて持ってきた自分のMacbook proを開いた。
神馬くんはぼくのMacbook proを見て言った。
「2075ver.のMacbook proか。君のお兄さん、なかなか古い物持ってたんだな」
「あまり詳しくないけど、昔、兄ちゃんが曲を作る時に使っていたのを見た事があるんだ」
神馬くんは前のめりになってデスクトップ画像を覗いた。
「あっ。「SONG ROAD」がある」
「曲作りの時に使ってたっぽい」
SONG ROADというのは、20年前からある曲作り専用アプリだ。でも、4年前にサービスが終わり開くとエラーばかりが出る。
もう使えないから削除しようと思ったが兄ちゃんが使っていたやつだと思うとなかなか捨てがたくなり結果、放置するかたちになってしまった。話を切り替えてぼくはGoogleを開きMacbook proにもEHR(アース)のアプリをインストールした。
インストールが完了すると神馬くんから小さな箱を受け取った。箱を開けるとイヤホン型デバイスが入っていた。ぼくはデバイスを耳に付けEHR(アース)のアプリを開いた。すると、デスクトップから切り替わると画面が一気に暗くなった。
すると、真っ暗な画面に「EHR-Edens Recreation Haven-」の文字が浮き出てきた。そして、タイトルが消えると「デバイス受信の確認をしています」という案内が表示出た。グルグルと回るループを眺めていると「デバイス受信完了しました。ホームへ映ります」と案内が出ると一気に真っ暗だった画面が明るくなった。白一色の画面にEHR(アース)のタイトルの下にNameとPassword入力欄が出た。
神馬くんはNameとPassword入力欄の下にある初心者登録ボタンを押すよう指示した。ぼくは神馬くんの指示通り、初心者登録ボタンをクリックした。すると、再びEHR(アース)のタイトルが現れた共にデバイスからアナウンスが聞こえた。アナウンスの声は男性だった。男性の良い声がぼくの耳に入ってくる。
「ようこそ。Edens Recreation Heavenへ。私は、初めてご利用されるユーザー様の登録作業の対応とEdens Recreation Heaven 通称AEH(アース)へのご案内、そしてアナウンスを担当しているAdamと申します」
すると、タイトルから説明画面へと切り替わった。
「Edens Recreation Heavenは、いくつもの大手企業会社が連携し開発した高性能大型ネットワークです。音楽や映画などあなた様が楽しめる全てのエンターテインメントコンテンツが凝縮しタイムラインやブログにチャット、LIVEやイベントなど様々なお楽しみを堪能できるようになっております。また、世界中の外国人と交流し自動翻訳にてメッセージや通話ができたり商品の買い物もできます。このアプリは世界中の人々が仲良く楽しめるような〝楽園〟または〝天国〟にする為、当アプリが創られました。そして、使用者の皆様が安心安全にご利用いただけるよう、皆様の個人情報は高性能セキュリティによって厳重に守られ管理していますので漏洩する恐れは全くありません。設定や使用方法などの詳細は後程、ご説明致します」
説明画面が消えると「YES」か「NO」の二択ボタンと内容が出現した。
「Edens Recreation Heavenのへご案内する前にまずは、初期設定を行います。初めにあなた様のプロフィール写真について質問します。あなた様の素顔写真を世界に公開しますか?YESかNOどちらか選択してください」
ぼくはタッチパッドに人差し指を置いてカーソルを動かした。
初めから素顔は後悔しないと決まっていたので「NO」を選択した。ボタンをクリックすると効果音が鳴った。
「素顔写真の公開をNOに選んだあなた様には、これからアバターを作らせていただきます。アバターは素顔を隠したいと望んでいる方だけが使用できるようになっております。アバターの方はこちらで作成し準備いたしますので、カメラ画面枠に顔を入れてください」
すると、カメラ画面枠が出てきてぼくは顔を枠の中に入った。
「それでは、撮影をします」
カシャ
シャッター音が聞こえた。
「ただいま、アバターを作成しています。しばらくお待ちください」
画面に『アバター作成中です。しばらくお待ちください』とループが回っている。
しばらく待つとピロリン♪と鳴った。
「あなた様のアバターが完成しました」
映り出たのは、自分のアバターだ。その姿を見てぼくは唖然とした。顔立ちが良く目がキラキラで明るいイケメン男子の姿をしたアバターが現れたのだ。Adamが作ってくれた自分のアバターを見てこれが、ぼく?と呟くと神馬くんが「おおっ、似てるじゃん」と言い出した。
「こちらのアバターは作り直すことはできません。ただし、こちらのアバター画像から素顔写真の画像に変更することは可能です」
Adamは完成したアバターを後にして次の段階へ進んだ。次の段階に進んだ時、えっ?二択選択無いの?と言うと隣にいる神馬くんが
「アバターを完成した後はAdamが勝手に決めて先へ進めちゃうんだ。おれは素顔写真を使っているからアバターを作る必要はないけど」
アバター作成後は、Nameの入力欄が画面に表示出た。
「続いては、あなた様のNameを記入し登録してください」
神馬くんが画面に映っているNameの入力欄を見て言った。
「ニックネームでもいいしフルネームでも自分が付けたい好きな名前でもいいんだぜ。それに、後で書き換えることもできるよ」
Name。そういえば、まだ考えていなかった。
どんな名前にしようか。ぼくは腕を組んでどうするか悩み考えた。神馬くんからは何もアドバイスはしてくれなかった。これは、ぼくが考えて付けなくちゃいけない名前なので口出しするのはよくないと判断したんだろう。
一先(ひとま)ず、ぼくはキーボードに手を乗せて動かした。入力欄に『羽藤 虹』と打った。でも、本名で名前を設定するのは気が引けBack spaceキーを押して入力した自分の本名を消した。そして、もう一度入力欄に名前を入れた。
今度はぼくの下の名前を入力した。『虹』という字が入力欄に映る。でも、他の人がこの名前を見ると「こう」ではなく「にじ」と勘違いして読んでしまう。にじ・・・・。そういえば、神馬くんが言っていたのを思い出した。
虹は幸運の前兆や運気がアップしたり明るい未来があるという意味でもある。そして、兄ちゃんが虹という漢字にしたのは、明るい未来で幸せに過ごしてほしいという願いがあったから虹(にじ)を同じ漢字で「虹(こう)」にしたのだ。
ぼくは虹という漢字を消して大文字ローマ字で『NIJI』と入力し登録ボタンをクリックした。
「次はPasswordを入力してください」
Password入力欄に切り替わりぼくは覚えやすい方にしようと決め入力した。
そして、最終段階に入った。
「最後に生年月日、年齢、性別を入れてください」
ぼくは生年月日の空欄に『2077/06/09』、年齢『10』、性別『男』と入れ完了ボタンをクリックした。
すると、さっきAdamが作ってくれたぼくのアバター画像と一緒に確認画面を見せてくれた。
「こちらで宜しいですか?」
ぼくはYESのボタンをクリックした。
「登録完了しました。あなた様は16歳未満のユーザーである為、16歳以上まで参加・入ることができるコンテンツだけは自動ロックさせていただきます。それ以外のコンテンツは自由に使えます。NIJI様が16歳を迎えましたら、こちらからロック中のコンテンツが使用可能になったことをダイレクトメールにてお知らせします。宜しいでしょうか?」
確かに、小学生や中学生にはまだ早いコンテンツがいろいろあるかもしれない。だとすれば、16歳以上参加できるコンテンツをロックしてくれたら助かる。ぼくはYESボタンをクリックしやっと初期設定が完了した。
「これにて、初期設定の作業は以上となります。お疲れさまでした。この後は、Edens Recreation Heavenのホーム画面へと移ります。素敵な一時をぜひ、楽しんでください」
Adamのアナウンスが終わるとERH(アース)のホーム画面に切り替わった。
ホーム画面にはAdamが作ってくれたぼくのアバター画像やDM、リモート、録音、動画、編集、設定モードがあった。そして、アバター画像の下には「0follow」と「0follower」と書いてある。これは、Twitterと同じでフォローとフォロワーの数を表示するやつだ。アバター画像の右上に三本線の合同記号はおそらくERH(アース)にある様々なコンテンツが入っているメニュー一覧だろう。
「よし。それじゃあ、ERH(アース)についていろいろレクチャーするぞ」
ぼくは頷きERH(アース)の使い方を教えてくれる神馬くんに耳を傾けた。
神馬くんからERH(アース)の使い方、操作方法を教わってから3時間経過し外はもう日が沈んでいた。
ぼくは自分のMacbook proを持って家へ帰る途中だった。これで、ぼくもERH(アース)デビューを果たした。後は、歌を録音して神馬くんに作曲の編集をやってもらえば完成だ。でも、せっかくERH(アース)で歌えるようになったんだから何か一曲歌ってみたい気もした。
ぼくしか誰もいない道の真ん中で足を止めて何を歌おうか考えると一つだけ思い出した。兄ちゃんが好きだったアーティストの歌。特にあの曲が好きだった憶えがある。でも、タイトルは覚えていてもメロディと歌詞を忘れてしまった。思い出す為にもぼくは、デバイスを耳に付けスマホでERH(アース)を開いた。
NameとPasswordを入力しホーム画面に映ったらメニュー一覧にある『ミュージック・コンテンツ』を開いた。
ミュージック・コンテンツを開くといろんな音楽のジャンルやカバー動画や音声、人気アーティストのMVなどが出てきた。ぼくはジャンル検索の欄にアーティスト名を入力した。すると、探していたアーティストのプラットフォームを見つけた。アーティスト名はGReeeN。
ぼくはすぐGReeeNのプラットフォームを開きお目当ての曲を探した。そして、やっと見つけた。ぼくはその曲を再生し音楽を聴いた。しばらく聴いてリズムと曲の流れを理解し覚えたらすぐホーム画面に戻って録音モードを押した。
ぼくはゆっくり息を吸い吐いて心の準備が整った。今、ここで兄ちゃんが好きだったあの曲を歌う。さっき聴いて覚えたメロディと歌詞が川のように流れ出てくる。そして、気持ちを込めながら手に持っているMacbook proを落とさないよう歌った。
♪ この世界が暗闇に飲み込まれても
君がいるから
Don’t cry もう泣かなくていい
毎回 君に救われてきた
何百回 永久に永久に
君は僕の世界守るヒーロー
Yes or No 鐘鳴らし勇気出して
Don't stop 次々に進めよ
今日だって 過ぎ去って
Everything's gonna be alright Yeah!
Everything is 喰らう sick
涙がプラスチックみたに 無味無臭な現代人
あっちの方から こっちの方に
聞こえる誰かのリアルな story
Everything's gonna be alright
そういうものに 私はなりたい
今現在と過去と未来
Show you 輝く命とプライド
Let me here say
Don't cry もう泣かなくていい
毎回 君に救われてきた
何百回 永久に永久に
君はぼくの世界守るヒーロー
Yes or No 鐘鳴らし勇気出して
Don't stop 次々に進めよ
今日だって 過ぎ去って
Everything's gonna be alright Yeah!
Hu ララランド 一緒に歌って
Hu 時を感じていこうよ
Hu 僕ら二人そろえば
なんだって 描き代わって 暗闇を光へ
難しいことも 楽しいこともあるさ
もう諦めないで
あなたはあなたでいていいんだからね
Don't cry もう泣かなくていい
毎回 君に救われてきた
何百回 永久に永久に
君はぼくの世界守るヒーロー
Yes or No 鐘鳴らし勇気出して
Don't stop 次々に進めよ
今日だって 過ぎ去って
Everything's gonna be alright Yeah!
You're my HERO ♪
歌い終えると録音ボタンを押して停止させた。歌った後、深く深呼吸した。
今日もまた歌えた。そう思うと何だか嬉しくなった。そして、この曲を歌っている時、兄ちゃんと過ごした思い出が蘇り危うく泣きそうになった。でも、幸いに泣かないでちゃんと最後まで歌い上げたのでよかった。
神馬くんに教わったとおりの手順でアカペラで録音した歌のタイトルを入力してミュージック・コンテンツへ投稿した。すると、1秒経たないうちに『録音データを投稿しました』と完了メッセージが着た。これで、録音したぼくの歌がミュージック・コンテンツにアップロードができた。
問題は他の人達がぼくの歌にどう反応するかだ。もしかすると、批判のコメントがたくさん来るかもしれない。
それでも、構わない。嫌いだった歌がこうして再び好きになれたことでぼくは幸せだと思っている。歌い上げたおかげなのか何だかとても気分がいい。ぼくはデバイスをケースに入れた後、沈んでいく日の光に照らされながらさっき歌った曲を次は鼻歌で唄いながら歩いた。
家に帰りお風呂入って夕食が終えるとぼくは自分の部屋でERH(アース)を見ながら弄った。
まだ、フォロワーは1。この1は、神馬くんがフォローしてくれた数字だ。どうやら、神馬くんは録音したぼくの歌を聴いたみたいで「いいね」ボタンを押してくれたのだ。その後、彼からDMメッセージが届いた。
『最&高!!👍マジのマジでめっちゃ素晴らしい!!楽曲を作ってほしいと思ったらいつでも声かけて!おれ、虹くんの為ならなんでもやる!!』
とても嬉しかった。「カイト」を歌った時と同じくぼくの歌を褒めてくれたことに嬉しさが隠しきれなかった。褒めてくれる人は1人しかいないのにも関わらずにやにやしてしまう。
ぼくはにやにやと笑いながらDMで神馬くんへメッセージを返信した。
それに、フォロワーが少ないのは仕方がないことだ。ぼくはまだERH(アース)を始めてからまだ一日も経っていない。最初は少なくて当然だ。Twitterを始めた時もそうだ。全く同じだ。
ぼくはERH(アース)を閉じて残り僅かのバッテリーを持つスマホに充電器を付けた。そして、明日も学校なので部屋の電気を消しベッドに入って寝た。ベッドで寝ているぼくは体を仰向けにして暗い部屋の天井を見た。今までのことを思い返してみるとぼくがこうして歌えるようになったのは神馬くんとキジムナー達のおかげだ。神馬くんとキジムナーはぼくのことを考えて前へ進めるよう説得してくれた。もし、神馬くんとキジムナーに会えなかったらぼくはずっと過去を引きずりながら暗くて重い生活を送っていたのかもしれない。
神馬くんがERH(アース)を紹介してくれた時、最初はちょっと抵抗していたが今思うとERH(アース)を初めてよかったかもと思えるようになった。これから先はどうなるのか分からないが、きっと神馬くんやキジムナー達みたいにぼくの歌を受け入れてくれる人がこの世界のどこかにいるかもしれない。きっと、いると信じよう。そう思いぼくは瞼をゆっくりと閉じて眠った。
誰かがぼくを呼んでいる。ぼくは目を瞑っていて辺りは真っ暗で何も見えなかった。
閉じた瞼をゆっくり開けると光が見えた。光の先にぼくの顔を覗く人の影が見えた。
その影の正体が分かった時、ぼくは驚いた。
「よっ。虹」
ぼくの顔を覗いているのは、死んだ兄ちゃんだった。とても優しそうな顔でぼくを見て笑っていた。
いつの間にか、ぼくは東京の実家にいてリビングにあるソファの上で寝そべりながら眠っていたみたいだ。目を開けた時、ぼくはかつて住んでいた実家の懐かしさを感じた。でも、分かっている。死んだ兄ちゃんが生きてるわけない。
そうだ。これは〝夢〟だ。
ぼくは態勢を戻し普通に座ると兄ちゃんがぼくの隣に腰を下ろした。兄ちゃんは軍服の姿をしていた。
すると、兄ちゃんはぼくを見て言った。
「大きくなったな。いくつになったんだい?」
兄ちゃんの質問にぼくは「10歳」と答えた。兄ちゃんは嬉しそうにぼくの頭を優しく撫でた。兄ちゃんの手はとても温かくて優しい。歳が離れてもぼくと兄ちゃんは共に過ごし仲良く暮らしていた。時には一緒に遊んでくれたり一緒に歌を歌ったりして楽しかった。撫で終わると兄ちゃんは優しく訊ねてくる。
「おじいちゃんとおばあちゃんは元気にしてるか?」
ぼくは頷いた。
「うん。二人共、元気だよ」
兄ちゃんは「そうか」と安心したかのように軽く頷いた。
「正直、心配してたんだ。宮古島は無事なのか」
心配してくれたことを知ったぼくは宮古島は無事だったよと伝えると兄ちゃんは安心したのかホッとしていた。死んだ後もぼくや宮古島の無地を祈ってくれていたんだと思うと感極まってしまう。それに、例え夢でもこうして兄ちゃんとお話ができるなんてぼくにとってはすごい嬉しい。この思い出の家で兄ちゃんとお話するのがぼくの日常だったから。兄ちゃんの軍服姿は一度だけ見たことがある。兄ちゃんが帰ることができない戦地へ送られると分かった後、市役所の人が持って来たのだ。市役所の人が帰った後、兄ちゃんは一度だけ軍服に着替えてぼくに見せてくれたことがある。あの頃のぼくは兄ちゃんを戦地へ行くのを猛反対しながら軍服を掴んで縋(すが)りながら大泣きしていた。兄ちゃんは、国の為に戦えるなら本望だの何だの言ってたが、ぼくは全く理解できなく兄ちゃんから離れないで夜通し泣いたものだ。
今、改めて軍服姿の兄ちゃんを見てみるとかっこいいなと思えた。
すると、兄ちゃんはぼくの手を取りながら申し訳なさそうな顔をした。
「虹。君には寂しい思いをさせてしまって申し訳なかった。でも、行くしかなかったんだ。もし、召集令状を受け取るのを断ったら反逆罪として俺は警察に捕まり君は罪人扱いされてしまうおそれがあったんだ。だから、俺は─」
言いかけた時にぼくは言った。
「分かってる。ぼくを守る為に・・・でしょ?」
大泣きしていた時、兄ちゃんが言っていた。ぼくを守る為に召集令状を受け取らなければいけなかったと。3年経った今のぼくなら分かる。兄ちゃん大切な弟でもあり唯一の家族でもあるぼくを反逆者の子供と呼ばれないよう召集命令に従ったのだ。
お母さんも赤十字隊の一人に選ばれた時に召集命令を背くことはできないと言っていたのを思い出した。もし、ぼくが兄ちゃんの立場で幼い弟がいたら召集令状を受け取って命令に従っていたに違いない。大きくなった今は兄ちゃんの気持ちが分かる。だから、兄ちゃんが謝る必要はない。
「確かに、兄ちゃんが死ぬって分かった時はすごく悲しかったけど、今は分かる。兄ちゃんがぼくを守ろうとしたことやお母さんとお父さんがぼく達を命懸けで守る為に死んでいったのか。ぼくのことを想ってくれてありがとう」
それを聞いた兄ちゃんは笑った。気のせいか兄ちゃんの目頭が熱く見えたような気がした。それほど、自分を責めていたのかとぼくは思った。そして、ぼくは話を変えた。
「実は、ぼく。兄ちゃんが死んでから音楽と歌が嫌いになっていたんだ。音楽と歌を聞くと兄ちゃんとお母さんと過ごした記憶が甦って頭が急に痛くなったり気持ち悪くなって吐いたりしたんだ。それ以来、音楽の授業だけは受けなかったんだ。でも、昨日までは音楽の授業を受けられるようになったしキジムナー達と神馬くんのおかげで歌を歌えるようになって音楽も聴けるようになった。もう、体調崩すことはないと思う。それとね。ガジュマルの木で歌ったんだ。そしたら、キジムナー達が草笛で演奏してくれたんだよ!」
嬉しそうに話すぼくを見て兄ちゃんはとても嬉しそうだった。澄んだ瞳に優しい目でこちらを見る兄ちゃんはぼくの話をちゃんと聞いてくれた。
「まさか、あんな声を出せるようになるなんて信じられないぐらいびっくりしたよ。もうちょっと、子供っぽい歌声が出るんじゃないかと思っちゃった。あんまり普通の声とは変わらないはずなのに」
笑いながら自分の歌声に驚いたことを兄ちゃんに話したその時、兄ちゃんが回した手でぼくの肩を乗せた。
「虹。君のその歌声は、神様からの贈り物だ。君には歌手になれる素質がある」
突然何を言い出すのやらぼくは笑いながら何を言ってるんだと思った。しかし、兄ちゃんの目は本気だった。
こんな真剣な目をする兄ちゃんを見るのは生れて初めてだ。
「昔、俺と一緒に歌っていた時、君は将来いい歌手になれると思ってたんだ。君は低音と高音ボイスを巧みに使いこなせるし裏声だってうまくできる。でも、それだけじゃない。虹の最大の武器は、子供とは思えない並外れた歌声を持っていることだ。成長に連れて声色が変わっても更に進化し続けられる。君が再び音楽と歌が好きになったのは正解だ。君は、音楽に愛されている」
ぼくは何も言えなかった。ただ呆然としているだけだった。
自分はそんなにすごい奴だなんて全く自覚していなかったので信じ難い。でも、兄ちゃんにすごく褒められて俄然自信がついて来た。ぼくは兄ちゃんの言葉を信じることにした。
そして、兄ちゃんはぼくを強く抱きしめてくれた。夢とはいえ抱きしめられた時、温もりと安心感が兄ちゃんの胸から伝わってくる。懐かしさを感じながらもぼくは兄ちゃんの腕に包まれながらギュッと抱きつく。
「これでやっと、思い残すことはない。安心して、父さんと母さんの元へ戻れる」
それを聞いた時、ぼくは分かった。そろそろ別れの時間が来たのだ。
「立派に成長した虹のことを話したらきっと、喜んでくれるはずだ」
ぼくは兄ちゃんの腕の中におさまりながら言った。
「喜んでくれるかな?」
「ああ。喜ぶよ」
それを聞いてぼくは嬉しかった。
しばらく抱き合ってから数分経った時、兄ちゃんはぼくを抱き寄せた手を解き顔を見つめながら優しくぼくの頬を擦った。
「いいか。虹。この先どんなに辛いことがあっても決して挫けず何があっても負けるな。君はこれから様々な人と出会いそしていろんな困難が待ち受けているはずだ。苦しい困難があったとしても、決してめげず立ち向かい前へ進むんだ。自分が挑みたいものがあったら挑めばいい。逃げたい時は逃げるのも生きていく意味にもなる。どんな嵐が来ても諦めず抗うんだ。君は人と生き物を愛し相手の気持ちを理解できる優しい子だ。そして、君の歌は人に幸せと喜びを与えてくれる。そして、君の未来は君の手の中にある。君の未来を決めるのは君自身だ。だから、もっと自信持って元気よくそして、しっかり生きてくれ。それが、兄ちゃんのお願いだ」
ぼくは兄ちゃんの顔をじっと見た。兄ちゃんはぼくが現実の世界でしっかりと生き抜いてくれることを信じているのだ。そして、死んだ自分と母さんと父さんの分と一緒に人生を楽しんでほしいと。そう願ってぼくに伝えたのだ。
死んだらもう人生は終わって二度と取り戻すことができない。だから、ぼくが〝現実〟という世界でしっかりと人生を送る責務がある。
ぼくはもう悲しみに囚われた哀れな自分から現実を見て体験し未来へ進む自分に生まれ変わったのだ。だから、もう兄ちゃんやお父さんとお母さん、現実世界に生きるおじいちゃんとおばあちゃんに心配かけさせないと決めたんだから。
「大丈夫。ぼくなら大丈夫。どんなことがあってもぼくは負けない。だから、もう心配しないで」
それを聞いて兄ちゃんは安心したかのように微笑み可愛い弟のぼくの頭をわしゃわしゃと撫でた。
そして、兄ちゃんは腰を上げた。
「おじいちゃんとおばあちゃんをよろしく頼むぞ」
座ったままのぼくは強く頷いた。
「うん。父さんと母さんにも伝えといて。ぼくは大丈夫だから心配しないでって」
兄ちゃんは頷いた。
「ああ。しっかり伝えておく」
そう言い兄ちゃんは最後にぼくの頭に手を置いた。
「虹。俺の弟になってくれてありがとう。いつまでも元気でね」
兄ちゃんはそう言い残し「さようなら」と告げ背を向けた。ソファに座ったままのぼくは去って行く兄ちゃんを見送りながら彼の背を見つめていた。これが、兄ちゃんの最後の姿。もしかすると、二度と会えないかもしれない。そう思うとぼくから何か最後にかける言葉はないか探していると一つだけ見つけた。
「兄ちゃん!」
ぼくの大きな声が兄ちゃんの足を止めた。
兄ちゃんが振り返ってこちらを見た時、ぼくは最後の言葉を彼に送った。
「ぼくの名前を付けてくれて、ありがとう!!ぼくのお兄ちゃんになってくれてありがとう!!」
感謝を表した言葉を贈ると兄ちゃんはとても嬉しそうな顔をしていた。そして、玄関のドアを開けると白い光が兄ちゃんと実家の部屋を大きく包み込んだ。ぼくは白い光の包まれながら姿が消えて行く兄ちゃんを見届けた。
目を開けるとそこに映ったのは、ぼくの部屋だった。
部屋は暗かったが微かに明るかった。
ベッドから起き上がったぼくはカーテンを開けて明るい日差しの光を浴びた。
窓から見える明るい景色を見てぼくは夢の中で見た兄ちゃんとの最後の別れを思い出した。兄ちゃんはとても嬉しそうな顔をしていた。ぼく一人でしっかり生きていけると知って安心していたようにも見えた。
ぼくは眠そうな目を擦り明るい景色を見て微笑んだ。こんな清々しい朝を迎えたのはいつ以来だろう。
今日から生まれ変わった新しいぼくの日常が始まる!
「こーちゃん。今日は明るいわね。何かあったの?」
おばあちゃんは、朝食を取っている孫が今日はいつもと違って明るく見えたのだろう。おじいちゃんもそれに気づいたようだ。
しかし、ぼくは「何もないよ」と言いながら朝食に出た目玉焼きを一口でたいらげた。
家を出ると神馬くんが来ていて一緒にバス停へ向かった。神馬くんが通っている中学校はぼくの学校から近い所にあるので通学路が同じなのだ。バス停へ向かう途中、ぼくは神馬くんと会話しながら歩いた。神馬くんに昨日歌えたことを教えると「よかったじゃん」と言って笑った。そして、昼休みにぼくがガジュマルの木の側でキジムナー達に聴かせた『カイト』をボイスメッセージに録って送ると伝えた。今日は、とても清々しくて体は全然重くない。足もいつもより軽くなった気がして途中からスキップしたくなり心が弾んでいた。でも、学校ではいつも通りの過ごし方をしようと思っている。例え一人でも心が弾んで楽しければそれでいい。
そう思っていた矢先、いつも使っている与那覇のバス停が見えてきた。
バスに乗っている時、車窓から見える見慣れた景色がいつもより綺麗に見えた気がした。バスに揺られながら次の停留場を知らせるアナウンスが流れる仲、神馬くんと会話し続けた。
洲鎌バス停に着くと学校へ行く子達がたくさんいた。バスを降りたぼく達は学校へ向かう子達の中に混ざり歩いた。友達と挨拶したり話が盛り上がったりふざけ合ったりしてとても楽しそうな声が飛び交っていた。子供達の元気な声を聞くとなんだか楽しくなってくる。今までは何ともなかったが、今はとても楽しい。今日は楽しい一日になりそうでちょっとワクワクしていた。学校に行くのが楽しくなるなんていつぶりだろうか。ぼくは、神馬くんと別れいつも通っている小学校へ向かった。
授業を受けている時もぼくはしっかりと先生の話を聞きノートに書き写したりした。先生はチョークを持って黒板に書いたりしてちゃんと教えている。名指しされた時は、ぼくは席を立ち出された問題を答えた。内気で大人しい性格を持ちながらも今まで暗めでいたが、今回はいつもより少しだけ穏やか態度を見せた。体育の授業では長距離走があった。ぼくはあんまり足は速くないが、深く呼吸をしながら走ると何人か追い抜くことができた。走ると疲れが出てペースが落ちてしまうが、今日は調子いいのかいつもよりペースが上がった気がしてそんなに苦しくはなかった。むしろ、気持ちいい。走るってこんなに楽しかったけと思いぼくは前にいる子を追いついたり後ろにいる子に追い抜かれたりしながらゴールへ目掛けて走った。走った後、体育の先生にいつもよりペースが上がったなと褒められた。すると、何人かクラスの子達に声をかけられた。
給食の時は一人で黙々と食べていたけど、珍しくおかわりもした。おかわりをした時、担任の福原先生が珍しそうにぼくを見たのでちょっと恥ずかしかった。
昼休み、ぼくは校舎裏に来て昨日歌った曲をボイスメッセージに録音し神馬くんに送ろうとした。
あまり大きな声を出すと誰かに見つかってしまうので声を少し低くしてスマホに吹き込んだ。昨日みたいに気持ち良く歌えるか少々不安だったがそんなに不安する必要はなかった。歌う時、ぼくは気持ちを込めて吹き込んでいたので自分で思うのもなんだけどまあまあ良いんじゃないかと思った。吹き込んだ後、神馬くんにボイスメッセージを送った。今の時間ならきっと神馬くんが通っている中学校も昼休みだからLINEを見てくれていると思う。目的を果たしたぼくは校舎裏を出て教室に戻った。
教室に戻った時には神馬くんから返信が着た。彼の返事はこうだ。
『めっちゃうまいじゃん!!これ、小学生レベルの歌声じゃないぞ!おれの言ったとおり、君は歌手になれるよ』
大げさなとぼくは鼻で笑った。すると、次のメッセージが着た。
『今の君ならアレに参加して注目視されるの間違いなし!放課後、うちの学校の校門前に合流しようぜ』
アレ?アレとはなんだ?
そう疑問に思いながらも昼休み終了のチャイムが鳴りだした。ぼくは神馬くんに『了解。校門で会おう』と入力し送信した。すると、神馬くんからOKスタンプが着た。
放課後、帰りのホームルームが終わるとぼくはランドセルを背負い真っ先に1階へ降りた。
下駄箱で上履きから靴に履き替え校舎を出て待ち合わせの場所へ向かった。ここから神馬くんがいる中学校まではそんなに時間はかからない。
中学校の校門前に来ると半袖ワイシャツの制服姿をしている神馬くんの姿が見えた。ぼくが呼ぶと神馬くんはこちらに振り返り手を振り来てくれた。
通学路を通りながらぼくは神馬くんとLINEメッセージで言っていた〝アレ〟について話した。
「神馬くん。昼休み、メッセージに書いてあったアレってなに?」
訊ねると神馬くんがポケットからスマホを取り出し弄り始めた。そして、ぼくにスマホ画面に映っているアプリを見せてくれた。
そのアプリのアイコンに「ERH」という文字が出ている。
「ERH?」
アイコンの書かれてある文字を読み上げると神馬くんは教えてくれた。
「 Edens Recreation Haven。通称ERH(アース)。いろんな種類のコンテンツが凝縮し外国人や各地方の人と交流したりタイムラインやチャットにブログ、映画・ドラマ・アニメを観たりゲームや買い物ができたりエンタメ関連の情報やライブやイベントなど様々なジャンルが詰まっている大規模エンターテインメント・ネットワークなんだ。中にはERH(アース)ならではの有名人もいる。エイベックスとユニバーサルミュージックにポニーキャニオン、マーベラスや東京製綱にモリトジャパンなどの日本だけではなく海外の大手企業が集結し開発されたんだ。このERH(アース)には世界中の有名なエンタメ会社と連携しているんだ。20年前から配信されていて5億人の人がこのアプリを使ってるんだ」
そんなビッグなアプリがあったとは全く知らなかった。それに、エンタメ系アプリの略称ERH(アース)は日本語で地球という意味なのでちょっとおもしろい。でも、あまり興味はなかった。外国人と全国の地方に住む知らない人と交流できるなんて、ぼくから見れば別世界のようなもの。英語は喋れないし同じ日本人でも知らいない人と話すのは苦手だ。それに、ネットで買い物はしたこともない。
しかし、神馬くん本人はぼくをERH(アース)を始めないか勧誘しているかのように話を持ちあげて来た。
「おれもERH(アース)をやってるんだ。君の歌なら絶対、日本中、いや世界中認めてくれると思う。まずはチャレンジしてみたらどうだい?おれ、虹くんの為なら何だってしてあげる!」
押し気味で攻めてくる神馬くんの勢いにぼくは言葉が見つからなかった。このままじゃ、押されてしまう。
何とか抵抗しようと考えた。
「で、でも、そのアプリって有料なんでしょ?月いくら払わなくちゃいけないとか」
「実はこれ、完全無料なんだ。アプリ内のコンテンツも全て無料」
「だけど、ぼく、素顔を見せたまま人前で歌うのはちょっと・・・・」
「大丈夫。自分の姿を他人に見せたくない場合はアバターをつくればいいから。好きな時にアバターと素顔を自由に切り替えられるから心配する必要はないよ」
そこまで知っているとは。かなりやりこんでいるなと思いながらもどうしようか悩んだ。素顔を隠せる方法があるなら安心できるが、ぼくの歌に賞賛してくれる人はいるのか心配だった。
音楽の世界はそんなに甘くはない。きっと、批判や中傷的なコメントが来ると思うと怖くて仕方がない。でも、ぼくは決めたんだ。今日から生まれ変わったんだって。ちゃんと現実と向き合いながら生きるって夢の中で誓ったんだ。ぼくは自分に言い聞かせながら勇気を持つんだと強く決心しようとした。
「素顔を隠せるなら、ぼくもやってみよっかな」
少し不安は残っているが挑戦してみる価値はありそうだ。
それを聞いて神馬くんはとても嬉しそうに言った。
「じゃあ、後でダウンロードしてみて。そうそう。ERH(アース)を始める時は専用イヤホンがないと中に入れないからね」
「専用イヤホン?」
「ERH(アース)専用のデバイスイヤホンがあるんだ。あれさえあれば音声が拾えたり聞こえたりすることができる」
「いくらぐらいするの?」
「15000円はするね」
それを聞いてぼくは驚いた。高いじゃないか!
ぼくの小遣いでは買えない値段だ。
「でも、大丈夫。おれが買ってあげるよ」
「えっ、そんな!ダメだよ。子供にそんな高いのを買わせるなんて」
「大丈夫。ERH(アース)には購入商品の割引きができるポイントがあるんだ。集めたポイントで好きな割引き数値を設定して使えば通常価格より安く買えるんだ。もちろん。イベントやレジャーチケットもポイントが使える」
神馬くんは小さな声で言った。
「ちなみに俺は396ポイントを持ってる。15000円を9割引きにすると?」
ぼくはスマホを取り出し電卓を使って計算した。
「1500円になる」
すると、神馬くんは明るい声でピンポーン、と言った。
「だから、遠慮するな。ERH(アース)デビューの記念品として受け取ってくれ。あっ、お金は返さなくていいから」
このまま断り続けてもきっと神馬くんは納得いかないだろうなと思いぼくは彼のお言葉に甘えてERH(アース)のデバイスを買ってもらうことにした。ただし、おじいちゃんとおばあちゃんには内緒で。神馬くんに買って貰ったなんて話したら叱られそうだから。
神馬くんからERH(アース)を紹介してもらってから一週間経った。
6月はもうすぐ終わろうとしている。一週間後になればいよいよ7月、夏本番に入る。学校では今年の夏休みは何するとかもう話し始めている。まだ、夏休みはしばらく先なのに気が早い。
ぼくは机に座りながらスマホ画面を見ていた。画面に映っているのは、AppleStoreで検索したERH(アース)の評価とレビューを読んでいた。
『めっちゃ使いやすい』
『行きたかったライブチケットをポイントで安くできるなんて最高!!』
『英語ができないから外国人からのメッセージを自動的に翻訳してくれるなんて嬉しい』
などなど、高評価なコメントが連なっている。
もうすぐ、ぼくがこのEHR(アース)で歌を歌うなんて思ったこともないし想像もしなかった。ネットの世界は広い。日本だけではなく世界中の人達がぼくの歌を聴いてくれるのだ。でも、数々の批判する声も出てくるかもしれないけど物は試し。初めてから考えればいい。ぼくには神馬くんという曲作りだけではなく機械弄りが得意とする心強い味方がいる。
EHR(アース)のアプリはもう既にインストールしている。後は、デバイスが届くまでだ。
登録の仕方は、デバイスが届いた当日に神馬くんがレクチャーしてくれる。ぼくの部屋に昔、兄ちゃんが使っていたMacbook proがある。登録する時は、Macbookかパソコンでやった方がやりやすいと一週間前、神馬くんに教えてもらった。
初めてEHR(アース)という別世界に踏み入れるとなるとドキドキしている。
スマホを眺めていると隣からぼくを呼ぶ声が聞こえた。
「羽藤くん」
声をかけてきた瞬間、ぼくはスマホの電源を消し振り向いた。
クラスメイトの男の子だ。
「昼休みヒマ?」
ぼくの机に寄りかかりながら話しかけてくれる。ここのところ、ぼくの雰囲気が変わったのかたまにクラスの子から声をかけられるようになった。ぼくと話している男の子はどうやら昼休みぼくと遊びたいそうだ。
「昼休み、体育館でバトミントンするんだけど羽藤くんもよかったら一緒にやらない?」
ぼくは後ろから視線を感じチラッと見た。後ろ黒板近くにいる3人組がこちらを見ている。どうやら、あの子達は彼と一緒にバトミントンをやる仲間みたいだ。誘ってくれる男の子にぼくは答えた。
「いいよ。でも、ぼくバトミントンのラケット持ってないけど」
「大丈夫。うちのクラブが使っているラケットを貸してあげる」
「バトミントンのクラブに入ってるの?」
男の子は頷いた。
「下手かもしれないけど、それでいいなら」
あまり自信はなかった。でも、せっかく誘ってもらってるので断るわけにもいかない。ぼくはもう昔のぼくじゃないのだから。
男の子は昼休み声かけるからと言い残し友達の元へ戻った。
友達はいらない。ぼくはそう思い友達を作るのを否定していたが今は違う。やっぱり、友達を作るのはいい事だなと思えるようになった。すると、ふと思った。友達といえば、東京の学校で仲良くしていた彼らは今元気だろうか?彼のLINEアカウントを持っていながらも2年前から連絡を取り合っていない。
放課後、学校が終わり昼休み一緒にバトミントンした子達と一緒に話し合いながら下校した。
ぼくは楽しそうに話す彼らを見守りながら歩いた。中学生の人達に交じりながらバス停へ向かう途中、神馬くんと遭遇した。
バス停近くに着くと友達と別れ神馬くんと一緒にバスに乗った。バスに揺られながらAEH(アース)のことを話した。そろそろデバイスが内に届くはずだ、と神馬くんが言うとぼくはMacbook proを持って来ると伝えた。
うちの前に着いた時、神馬くんと一旦別れたぼくは階段に上って自分の部屋に入った。
ぼくの机の引き出しは三段重ねになっていてMacbook proは一番下、三段目の大きい引き出しに入ってる。ここんところ、13インチのMacbook proを使っていなかったのでバッテリーはどのくらい残っているか憶えていない。確認の為、ぼくはMacbook proの電源を点けた。
Macbook proの電源が入りデスクトップ画面が映り出すとぼくはタッチパッドで指を動かすと共にカーソルも動く。カーソルをスタートボタンに移動させて押すとメニュー画面が開きその中にある設定をクリックした。設定の「システム」を開き「バッテリー」を開くと現在のバッテリー残量がいくつか表示が出ていた。現在のバッテリー残量は88%だった。十分の残っていることを知りこれぐらいなら保てると思っていた時にポケットからバイブ音の振動を感じた。スマホを見ると神馬くんからLINEメッセージが着ていた。メッセージをスワイプしLINEを開くと神馬くんのメッセージに『虹くんのデバイスが届いた。約束通り、レクチャーするからうちに来てくれ』と書いてあった。
ぼくのデバイスが届いたのだ。連絡を受け取ったぼくは可愛い犬がビシッと敬礼している了解スタンプを送りMacbook proを手に持って1階へ降りリビングにいるおばあちゃんに神馬くんの家に行くことを伝え玄関を出た。
神馬くんの家に着いた時、彼のお母さん 裕子さんが迎えてくれた。後から制服姿の神馬くんが来て自分の部屋へ案内した。
彼の部屋に入り机を借りて持ってきた自分のMacbook proを開いた。
神馬くんはぼくのMacbook proを見て言った。
「2075ver.のMacbook proか。君のお兄さん、なかなか古い物持ってたんだな」
「あまり詳しくないけど、昔、兄ちゃんが曲を作る時に使っていたのを見た事があるんだ」
神馬くんは前のめりになってデスクトップ画像を覗いた。
「あっ。「SONG ROAD」がある」
「曲作りの時に使ってたっぽい」
SONG ROADというのは、20年前からある曲作り専用アプリだ。でも、4年前にサービスが終わり開くとエラーばかりが出る。
もう使えないから削除しようと思ったが兄ちゃんが使っていたやつだと思うとなかなか捨てがたくなり結果、放置するかたちになってしまった。話を切り替えてぼくはGoogleを開きMacbook proにもEHR(アース)のアプリをインストールした。
インストールが完了すると神馬くんから小さな箱を受け取った。箱を開けるとイヤホン型デバイスが入っていた。ぼくはデバイスを耳に付けEHR(アース)のアプリを開いた。すると、デスクトップから切り替わると画面が一気に暗くなった。
すると、真っ暗な画面に「EHR-Edens Recreation Haven-」の文字が浮き出てきた。そして、タイトルが消えると「デバイス受信の確認をしています」という案内が表示出た。グルグルと回るループを眺めていると「デバイス受信完了しました。ホームへ映ります」と案内が出ると一気に真っ暗だった画面が明るくなった。白一色の画面にEHR(アース)のタイトルの下にNameとPassword入力欄が出た。
神馬くんはNameとPassword入力欄の下にある初心者登録ボタンを押すよう指示した。ぼくは神馬くんの指示通り、初心者登録ボタンをクリックした。すると、再びEHR(アース)のタイトルが現れた共にデバイスからアナウンスが聞こえた。アナウンスの声は男性だった。男性の良い声がぼくの耳に入ってくる。
「ようこそ。Edens Recreation Heavenへ。私は、初めてご利用されるユーザー様の登録作業の対応とEdens Recreation Heaven 通称AEH(アース)へのご案内、そしてアナウンスを担当しているAdamと申します」
すると、タイトルから説明画面へと切り替わった。
「Edens Recreation Heavenは、いくつもの大手企業会社が連携し開発した高性能大型ネットワークです。音楽や映画などあなた様が楽しめる全てのエンターテインメントコンテンツが凝縮しタイムラインやブログにチャット、LIVEやイベントなど様々なお楽しみを堪能できるようになっております。また、世界中の外国人と交流し自動翻訳にてメッセージや通話ができたり商品の買い物もできます。このアプリは世界中の人々が仲良く楽しめるような〝楽園〟または〝天国〟にする為、当アプリが創られました。そして、使用者の皆様が安心安全にご利用いただけるよう、皆様の個人情報は高性能セキュリティによって厳重に守られ管理していますので漏洩する恐れは全くありません。設定や使用方法などの詳細は後程、ご説明致します」
説明画面が消えると「YES」か「NO」の二択ボタンと内容が出現した。
「Edens Recreation Heavenのへご案内する前にまずは、初期設定を行います。初めにあなた様のプロフィール写真について質問します。あなた様の素顔写真を世界に公開しますか?YESかNOどちらか選択してください」
ぼくはタッチパッドに人差し指を置いてカーソルを動かした。
初めから素顔は後悔しないと決まっていたので「NO」を選択した。ボタンをクリックすると効果音が鳴った。
「素顔写真の公開をNOに選んだあなた様には、これからアバターを作らせていただきます。アバターは素顔を隠したいと望んでいる方だけが使用できるようになっております。アバターの方はこちらで作成し準備いたしますので、カメラ画面枠に顔を入れてください」
すると、カメラ画面枠が出てきてぼくは顔を枠の中に入った。
「それでは、撮影をします」
カシャ
シャッター音が聞こえた。
「ただいま、アバターを作成しています。しばらくお待ちください」
画面に『アバター作成中です。しばらくお待ちください』とループが回っている。
しばらく待つとピロリン♪と鳴った。
「あなた様のアバターが完成しました」
映り出たのは、自分のアバターだ。その姿を見てぼくは唖然とした。顔立ちが良く目がキラキラで明るいイケメン男子の姿をしたアバターが現れたのだ。Adamが作ってくれた自分のアバターを見てこれが、ぼく?と呟くと神馬くんが「おおっ、似てるじゃん」と言い出した。
「こちらのアバターは作り直すことはできません。ただし、こちらのアバター画像から素顔写真の画像に変更することは可能です」
Adamは完成したアバターを後にして次の段階へ進んだ。次の段階に進んだ時、えっ?二択選択無いの?と言うと隣にいる神馬くんが
「アバターを完成した後はAdamが勝手に決めて先へ進めちゃうんだ。おれは素顔写真を使っているからアバターを作る必要はないけど」
アバター作成後は、Nameの入力欄が画面に表示出た。
「続いては、あなた様のNameを記入し登録してください」
神馬くんが画面に映っているNameの入力欄を見て言った。
「ニックネームでもいいしフルネームでも自分が付けたい好きな名前でもいいんだぜ。それに、後で書き換えることもできるよ」
Name。そういえば、まだ考えていなかった。
どんな名前にしようか。ぼくは腕を組んでどうするか悩み考えた。神馬くんからは何もアドバイスはしてくれなかった。これは、ぼくが考えて付けなくちゃいけない名前なので口出しするのはよくないと判断したんだろう。
一先(ひとま)ず、ぼくはキーボードに手を乗せて動かした。入力欄に『羽藤 虹』と打った。でも、本名で名前を設定するのは気が引けBack spaceキーを押して入力した自分の本名を消した。そして、もう一度入力欄に名前を入れた。
今度はぼくの下の名前を入力した。『虹』という字が入力欄に映る。でも、他の人がこの名前を見ると「こう」ではなく「にじ」と勘違いして読んでしまう。にじ・・・・。そういえば、神馬くんが言っていたのを思い出した。
虹は幸運の前兆や運気がアップしたり明るい未来があるという意味でもある。そして、兄ちゃんが虹という漢字にしたのは、明るい未来で幸せに過ごしてほしいという願いがあったから虹(にじ)を同じ漢字で「虹(こう)」にしたのだ。
ぼくは虹という漢字を消して大文字ローマ字で『NIJI』と入力し登録ボタンをクリックした。
「次はPasswordを入力してください」
Password入力欄に切り替わりぼくは覚えやすい方にしようと決め入力した。
そして、最終段階に入った。
「最後に生年月日、年齢、性別を入れてください」
ぼくは生年月日の空欄に『2077/06/09』、年齢『10』、性別『男』と入れ完了ボタンをクリックした。
すると、さっきAdamが作ってくれたぼくのアバター画像と一緒に確認画面を見せてくれた。
「こちらで宜しいですか?」
ぼくはYESのボタンをクリックした。
「登録完了しました。あなた様は16歳未満のユーザーである為、16歳以上まで参加・入ることができるコンテンツだけは自動ロックさせていただきます。それ以外のコンテンツは自由に使えます。NIJI様が16歳を迎えましたら、こちらからロック中のコンテンツが使用可能になったことをダイレクトメールにてお知らせします。宜しいでしょうか?」
確かに、小学生や中学生にはまだ早いコンテンツがいろいろあるかもしれない。だとすれば、16歳以上参加できるコンテンツをロックしてくれたら助かる。ぼくはYESボタンをクリックしやっと初期設定が完了した。
「これにて、初期設定の作業は以上となります。お疲れさまでした。この後は、Edens Recreation Heavenのホーム画面へと移ります。素敵な一時をぜひ、楽しんでください」
Adamのアナウンスが終わるとERH(アース)のホーム画面に切り替わった。
ホーム画面にはAdamが作ってくれたぼくのアバター画像やDM、リモート、録音、動画、編集、設定モードがあった。そして、アバター画像の下には「0follow」と「0follower」と書いてある。これは、Twitterと同じでフォローとフォロワーの数を表示するやつだ。アバター画像の右上に三本線の合同記号はおそらくERH(アース)にある様々なコンテンツが入っているメニュー一覧だろう。
「よし。それじゃあ、ERH(アース)についていろいろレクチャーするぞ」
ぼくは頷きERH(アース)の使い方を教えてくれる神馬くんに耳を傾けた。
神馬くんからERH(アース)の使い方、操作方法を教わってから3時間経過し外はもう日が沈んでいた。
ぼくは自分のMacbook proを持って家へ帰る途中だった。これで、ぼくもERH(アース)デビューを果たした。後は、歌を録音して神馬くんに作曲の編集をやってもらえば完成だ。でも、せっかくERH(アース)で歌えるようになったんだから何か一曲歌ってみたい気もした。
ぼくしか誰もいない道の真ん中で足を止めて何を歌おうか考えると一つだけ思い出した。兄ちゃんが好きだったアーティストの歌。特にあの曲が好きだった憶えがある。でも、タイトルは覚えていてもメロディと歌詞を忘れてしまった。思い出す為にもぼくは、デバイスを耳に付けスマホでERH(アース)を開いた。
NameとPasswordを入力しホーム画面に映ったらメニュー一覧にある『ミュージック・コンテンツ』を開いた。
ミュージック・コンテンツを開くといろんな音楽のジャンルやカバー動画や音声、人気アーティストのMVなどが出てきた。ぼくはジャンル検索の欄にアーティスト名を入力した。すると、探していたアーティストのプラットフォームを見つけた。アーティスト名はGReeeN。
ぼくはすぐGReeeNのプラットフォームを開きお目当ての曲を探した。そして、やっと見つけた。ぼくはその曲を再生し音楽を聴いた。しばらく聴いてリズムと曲の流れを理解し覚えたらすぐホーム画面に戻って録音モードを押した。
ぼくはゆっくり息を吸い吐いて心の準備が整った。今、ここで兄ちゃんが好きだったあの曲を歌う。さっき聴いて覚えたメロディと歌詞が川のように流れ出てくる。そして、気持ちを込めながら手に持っているMacbook proを落とさないよう歌った。
♪ この世界が暗闇に飲み込まれても
君がいるから
Don’t cry もう泣かなくていい
毎回 君に救われてきた
何百回 永久に永久に
君は僕の世界守るヒーロー
Yes or No 鐘鳴らし勇気出して
Don't stop 次々に進めよ
今日だって 過ぎ去って
Everything's gonna be alright Yeah!
Everything is 喰らう sick
涙がプラスチックみたに 無味無臭な現代人
あっちの方から こっちの方に
聞こえる誰かのリアルな story
Everything's gonna be alright
そういうものに 私はなりたい
今現在と過去と未来
Show you 輝く命とプライド
Let me here say
Don't cry もう泣かなくていい
毎回 君に救われてきた
何百回 永久に永久に
君はぼくの世界守るヒーロー
Yes or No 鐘鳴らし勇気出して
Don't stop 次々に進めよ
今日だって 過ぎ去って
Everything's gonna be alright Yeah!
Hu ララランド 一緒に歌って
Hu 時を感じていこうよ
Hu 僕ら二人そろえば
なんだって 描き代わって 暗闇を光へ
難しいことも 楽しいこともあるさ
もう諦めないで
あなたはあなたでいていいんだからね
Don't cry もう泣かなくていい
毎回 君に救われてきた
何百回 永久に永久に
君はぼくの世界守るヒーロー
Yes or No 鐘鳴らし勇気出して
Don't stop 次々に進めよ
今日だって 過ぎ去って
Everything's gonna be alright Yeah!
You're my HERO ♪
歌い終えると録音ボタンを押して停止させた。歌った後、深く深呼吸した。
今日もまた歌えた。そう思うと何だか嬉しくなった。そして、この曲を歌っている時、兄ちゃんと過ごした思い出が蘇り危うく泣きそうになった。でも、幸いに泣かないでちゃんと最後まで歌い上げたのでよかった。
神馬くんに教わったとおりの手順でアカペラで録音した歌のタイトルを入力してミュージック・コンテンツへ投稿した。すると、1秒経たないうちに『録音データを投稿しました』と完了メッセージが着た。これで、録音したぼくの歌がミュージック・コンテンツにアップロードができた。
問題は他の人達がぼくの歌にどう反応するかだ。もしかすると、批判のコメントがたくさん来るかもしれない。
それでも、構わない。嫌いだった歌がこうして再び好きになれたことでぼくは幸せだと思っている。歌い上げたおかげなのか何だかとても気分がいい。ぼくはデバイスをケースに入れた後、沈んでいく日の光に照らされながらさっき歌った曲を次は鼻歌で唄いながら歩いた。
家に帰りお風呂入って夕食が終えるとぼくは自分の部屋でERH(アース)を見ながら弄った。
まだ、フォロワーは1。この1は、神馬くんがフォローしてくれた数字だ。どうやら、神馬くんは録音したぼくの歌を聴いたみたいで「いいね」ボタンを押してくれたのだ。その後、彼からDMメッセージが届いた。
『最&高!!👍マジのマジでめっちゃ素晴らしい!!楽曲を作ってほしいと思ったらいつでも声かけて!おれ、虹くんの為ならなんでもやる!!』
とても嬉しかった。「カイト」を歌った時と同じくぼくの歌を褒めてくれたことに嬉しさが隠しきれなかった。褒めてくれる人は1人しかいないのにも関わらずにやにやしてしまう。
ぼくはにやにやと笑いながらDMで神馬くんへメッセージを返信した。
それに、フォロワーが少ないのは仕方がないことだ。ぼくはまだERH(アース)を始めてからまだ一日も経っていない。最初は少なくて当然だ。Twitterを始めた時もそうだ。全く同じだ。
ぼくはERH(アース)を閉じて残り僅かのバッテリーを持つスマホに充電器を付けた。そして、明日も学校なので部屋の電気を消しベッドに入って寝た。ベッドで寝ているぼくは体を仰向けにして暗い部屋の天井を見た。今までのことを思い返してみるとぼくがこうして歌えるようになったのは神馬くんとキジムナー達のおかげだ。神馬くんとキジムナーはぼくのことを考えて前へ進めるよう説得してくれた。もし、神馬くんとキジムナーに会えなかったらぼくはずっと過去を引きずりながら暗くて重い生活を送っていたのかもしれない。
神馬くんがERH(アース)を紹介してくれた時、最初はちょっと抵抗していたが今思うとERH(アース)を初めてよかったかもと思えるようになった。これから先はどうなるのか分からないが、きっと神馬くんやキジムナー達みたいにぼくの歌を受け入れてくれる人がこの世界のどこかにいるかもしれない。きっと、いると信じよう。そう思いぼくは瞼をゆっくりと閉じて眠った。
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