JAPAN・WIZARD

左藤 友大

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Historia Ⅰ

凶影(6)

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夕刻の黄昏時は徐々に暗くなり始めていて夜が訪れようとしている。
黄金色の夕焼けは太陽が西へ沈んでいき暗い夜が空を覆うよう広まろうとしていた。歩道にはほとんどしか人がおらずみんな家へ帰る中、ユータ、シン、そして美樹はとある自宅の前に立っていた。表札には「NUMATA」と書かれていてここが三十木達に非道で卑劣ないじめの被害を受けた沼田少年が住んでいるのだ。少年は二階建ての質素な家に住んでいる。そこで共働きをしている両親と中学生の妹と四人で暮らしているのだ。
美樹がインターホンを鳴らすと女性らしき声が聞こえた。しばらくして、ドアが開くと顔を出したのは沼田少年の妹だった。長い髪をゴム紐で束ねた少女は連絡を受けた美樹達に家の中へ招き入れた。
「お兄ちゃんの部屋は二階の左側にあります」
妹は階段の先の二階の方を見て教えた。階段の先は薄暗く電気は点いていなかった。
「ごめんなさい。突然、押しかけてしまって」
美樹は突然、連絡してしまったことを詫びた。しかし、妹は気にしていないかのように首を横に振った。
「いいえ。急にお兄ちゃんが学校行かなくなっちゃってどうしてなのか分からなかったんです。両親は共働きなので家に帰って来るのはいつも遅いしお兄ちゃんと二人で過ごす時の方が多くて。お友達が来てくれたならきっと喜ぶと思います」
兄思いの優しい妹は五ヶ月前の校長が死んだ日の前日に突然、不登校になってしまった沼田少年が心配で何度か声をかけていたらしい。不登校になってからずっと部屋に籠りっきりで最近だとあまり顔も合わせていないみたいだ。殻に籠った状態で今どうしているのか妹すらも知らない。
「わたし、これから塾へ行かなくちゃいけないので失礼します」
シン達が来た時には、妹は塾へ行く時間だった。彼女が塾へ行く準備をしていた時に連絡が着たので家を出る前にこうして三人を迎えたのだ。
「ありがとうございます。後はあたし達が」
妹はお願いしますと一礼をして塾のカバンを持ち玄関を出ようとした時だ。ドアノブに触れていた手が一瞬だけ止まり妹は振り向いた。
「あの」
シン達は何だろうと妹の顔を見た。妹は何だか不安げで何か怖がっているような様子が見られた。
「あたしが言うのもなんですけど・・・。その。最近のお兄ちゃん、何だか怖くて・・・。気をつけてくださいね」
そう言い残して妹は玄関を出た。最近の沼田少年が怖い。なぜ怖いのかその理由は教えてくれなかったが、この目で確かめた方が早い。三人は階段を上り二階の左側にある部屋の前に立った。そして、美樹は軽くドアをノックし呼びかけた。
「沼田くん?あの、あたし美樹。その、あなたとお話したくて」
一度は相談を断った相手にこうして再び会うのは何だかドキドキしている美樹。自分を見捨てた相手が家に来たとなると本人はどんな心境を持つのだろうか。きっと複雑な気持ちになるかもしれない。でも、それでも美樹は沼田に会いたかった。会って相談も聞かず見捨てたことをどうしても謝りたい。申し訳なさと罪悪感を抱いている美樹は勇気を持って声をかけた。
「あたし、あなたに謝りたいの。三十木くん達にいじめられていて相談に乗らずあなたを冷たくしまったことを」
すると、美樹の声かけに応えたのか部屋の奥から声が聞こえた。しかし、その声は人とはかけ離れた奇妙な声だった。
「・・・シン」
静かに彼女の後ろに立っていたユータはその奇妙で野太い声を聞いた瞬間、隣にいた助手に声をかけた。助手のシンもその声を聞いて小さく頷く。
美樹はノックして部屋にいる彼を呼ぶのに夢中だ。ユータは申し訳なさそうに心の中でごめんと呟き懐から杖を出して「ペトリフィカス・トタルス」と呟いた。すると、美樹は石のように固まり倒れた。極力、人間界で魔法を使用するのは控えているが人間が目の前で魔法を見られなければ問題はない。ユータが使った〝ペトリフィカス・トタルス〟は全身の金縛りや凍結呪文として知られている相手を石のようにしてしまう魔法で使用方法はとても簡単なのだ。ちょっとやり方が荒っぽかったが魔法関連の事件を人間に見られるわけにはいかないのだ。シンは石みたいに固まった美樹は沼田の妹の部屋に移動させた。そして、ユータは杖を片手にドアノブに触る。どうやら鍵はかかっていないようだ。緊張が走り一滴の冷や汗が頬を伝うとユータはゆっくりとドアを開けた。開くドアにユータは緊張気味で表情が強張っているが後ろにいるシンは涼しい顔をしていた。開いたドアの奥は真っ暗で電気の明かりすらなかった。ここから先は沼田のテリトリーだ。まずは本人がいるか確認をする為、ユータは沼田の部屋に踏み入れた。部屋の中は綺麗で片付けられている。そして異常な冷たさを感じる。秋の寒さとは全く別の冷たさが肌に感じる。どんよりとして不穏な空気に背筋が寒くなるような奇妙な冷たさがこの部屋一帯に充満している。そして、視線を感じた。誰かに睨まれているような不気味な視線がユータに伝わった。
視線の先には一人の男の子がいた。男の子はベッドの上に突っ立ったまま動かない。
「沼田くん?」
ユータの目先にいるのは五ヶ月前からずっと不登校している沼田少年本人だった。やっと会えたと思いきや何やら様子がおかしい。ベッドの上に突っ立っている沼田にユータは近づこうとした。
「君、沼田くんだね?」
ゆっくりと声をかけたユータが近づいた瞬間、沼田が呻き声を上げ身体を激しく揺らした。まるで、糸あやつり人形みたいな奇妙な動きをしていると姿が変貌し異様な形をした物体生物が現れたのだ。血に染まったような赤い眼。漆黒を纏う影のような巨体に人間離れした不気味で未知数の姿形。人としての自我すらない完璧な怪物だ。突然変異によってもう沼田の姿や形は消えていた。突然の変化にユータは慌てて部屋を飛び出す。彼が飛び出したことで怪物はユータの後を追うかのように部屋の外へ走り出した。後を追ってくる怪物にユータは振り返り「デパルソ!」と唱えた。杖先から爆風が生まれ強い勢いで怪物を襲う。しかし、怪物には攻撃は効かなかった。手ごたえあったはずの攻撃が通用しない怪物にユータは驚きが隠せず一瞬、戸惑いを見せてしまった。すると、怪物は大きな口を開けて妹の部屋の前に立っているユータを喰らおうとしたその時だ。二人の間に赤い閃光が迸った。怪物は横切った閃光の方を見てみるとその先にはシンの姿が映った。シンは怪物を誘い込んでユータを助けようとしたのだ。すると、怪物はターゲットをユータからシンに切り替え襲いかかる。
その光景を見かねたユータはシンの名を叫んだ。
襲い来る怪物にシンはタイミングを見計らい自身の杖を構える。猪突猛進に怪物はシンに向かって突進しようとする。怪物は呻き声を出しながら勢いあるスピードで襲いかかると突如、シンの姿がパッと消えた。突進してきた怪物は奥の壁にぶつかるシンがいない事に気づき振り向くといつの間にか本人は自分の後ろにいた。シンは瞬間移動魔法「姿くらまし・姿現し」で怪物の攻撃を避けたのだ。それに気づいた怪物は再びシンだけでなくユータもまとめて襲おうとする。ユータとシンは通常の攻撃魔法で応戦するも怪物にはダメージは届かない。
「あいつ。やっぱり攻撃が効いてない?」
苦戦しているユータは少し焦りを感じた。通常攻撃はもちろんデパルソまで効かない無敵状態の怪物にこれはもうお手上げムードになりそうだとユータは苦い表情を浮かべていると隣にいたシンは諦めるなと相棒に言った。
「効かないはずはない。あいつが幽体じゃない限り魔法は効いているはずだ」
ここで引き下がるわけにはいかないとシンは心を強くして怪物に挑み続ける。
「こうなったら。白魔術で」
その一言を聞いたユータは振り向いて白魔術を使おうとするシンを止めた。
「ダメだ!これ以上、お前が白魔術を使ったら次はどんな代償を払わなくちゃいけないのか。今度こそ死ぬかもしれないぞ?!」
白魔術はとても強力で使えば怪物なんて一撃で倒せる。でも、ここで使ったら再び代償を払わなくちゃいけない。三年前の千年王国事件でもシンは白魔術を使いこなしたせいで白髪になっただけでなく成長が止まり以前より魔力が弱くなってしまった。あの事件以降、シンはもう二度と白魔術を使わないと固く誓ったはずがこうしてまた使おうとした。死より魔力の弱体化と成長停止の方がまだマシなのに更に白魔術を使うとなると今度こそ命を落としかねないかもしれない。そうこうしている内に怪物が再び猪突猛進的に襲いかかり大きな口を開け始めた。シンは咄嗟に杖を前に出して「プロテゴ!!」と叫んだ。二人の前に目には見えない盾が怪物の猛攻を防ぐ。
「ユータ!」
シンは攻撃しろという意味で相棒の名を叫ぶ。怪物の大きな口はシンが仕掛けたプロテゴで身を守っているが今の彼の魔力ではそう長くは保てない。さっき発動したばかりのシンのプロテゴは急にだんだん威力が落ちてきて消えかけそうになりシンはこの獰猛な怪物に押されかけている。ユータはシンの指示通りに攻撃を仕掛けようと最大粉砕呪文「ボンバーダ・マキシマ!」と唱えた。すると、怪物の目の前でとても強力な大爆発が起こった。それにより大爆発の勢いでシンとユータも吹っ飛ばされて倒れた。
「危ないだろ。間近で最大粉砕呪文を使う奴がいるか!」
「し、仕方がないだろ!」
「せめてコンㇷリンゴとか普通のボンバーダを使えよ!それと、家の中で使うな!ここ人んちだぞ?!」
「だって、あいつ攻撃通用しないもん。通用しなければ勢いでやればいいだろ?」
「ていうかお前、いつから最大上級魔法を使えるようになった?!まだ馴染んでいなかったように見えたけど?」
自分達の目の前で最大爆発呪文 ボンバーダ・マキシマが炸裂したことで衝撃を受けた二人は急に口論し始めた。ボンバーダ・マキシマは通常の粉砕呪文〝ボンバーダ〟の強化バージョンで一定の距離を取ってから使う魔法だ。ユータは魔法生物学以外の授業は苦手で特に呪文学は課題の中で二番目に苦戦していた。シンと学生時代の親友達が手助けしてくれたおかげで大概の魔法は覚えるようになった。でも、〝マキシマ〟という最大上級魔法だけは習得できなかった。だが今回、ユータが覚えているはずもない攻撃系の最上級魔法を使っていた。実は陰でこっそり練習していたみたいで今ここで実戦に使うチャンスが来たと思っていたのだ。独学で習っていたので生憎、最大上級魔法はまだ使いこなせていなく結果、怪物諸共シンまで巻き込んでしまった。怪物に押されかけたところを救えたからいいじゃないかとか慣れていない呪文を使うなとか様々な言い方で二人は口論し続けていると爆発によって発生した煙から怪物が姿を見せた。顔面に最大粉砕呪文を受けたはずが痛がる様子もなく何もなかったかのようにピンピンしている。多少は体勢崩していたがそんなに大きな影響は受けていなかった。立ち上がる怪物は目の前にいる魔法使い二人を見て雄叫びを上げだした。耳の奥までビリビリと感じる振動に睨み合っていた二人は怪物の方を向き口喧嘩している場合じゃないと気づいたがもう怪物の身体から無数の手が現れシンとユータの目の前に迫ってきた。どす黒い無数の鋭い爪が早いスピードで二人を襲いかかる。反撃にかかろうとするも間に合わないと諦めかけていた途端、白い壁が絶体絶命の二人の前に突然現れたのだ。襲い来る怪物の鋭い爪は白い壁に妨害されて動きが取れなかった。この白い壁は盾の呪文でしかもプロテゴの強化版だ。お互い魔法は使っていない。一体誰がと思った矢先、自分達の背後に何者かがいることに気づいた。盾の呪文でシンとユータを怪物の脅威から守ったのは彼らと同じ魔法使いだった。
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