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第十幕
神災(四)
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猛威を振るう滝夜叉姫は自分の命が尽きるまでもって残り後10分しかなかった。
自分の命を代償にして呪怨の種火を使い今の力を手に入れたのだ。
時間切れで命を落とす前に何としてでも草壁正輝を倒したいのだ。
全然反撃してこない正輝に滝夜叉姫は口から火炎放射を吐いたり巨大の双剣を振り回して猛攻撃したり、目から熱光線を出したりとジワジワと正輝を追い込んだ。
正輝は聖炎で火炎放射をカバーして防ぐ以外は、反撃もせずただ走ってかわしたりしながら彼女の周りをウロチョロしている。
滝夜叉姫にとっては自分の周りを動き回っている正輝が目障りで仕方がない。
でも、鬼と化した滝夜叉姫は図体がデカいわりにはすごい身軽だ。
簡単に高くジャンプすることができるし攻撃のスピードも速い。
しかし、正輝も負けてはいられない。
正輝が天帝主に聖炎を纏わせ隙を伺っていた。
滝夜叉姫は彼が何を企んでいるのかは知っていた。しかし、今は一刻を争う。
彼女も命が尽きまるまでのタイムリミットはだんだん迫っていた。
すると、正輝の足が止まった。
目の前に立っている正輝を見て諦めたかと思った滝夜叉姫は巨大な双剣を揃えて同時に振り下ろした。
頭上に降りかかってくる巨大な双剣を目の当たりした正輝は落ち着いた表情を見せる。
迫り来る双剣に正輝は彼女の動きを見計らいながら接触するギリギリで滝夜叉姫の股の間を潜り抜けて後ろへ回り込んだのだ。
振り下ろしてきた巨大な双剣は空振りで床に減り込み滝夜叉姫が振り向いた時には、正輝は背後からジャンプしていて天帝主に聖炎を纏わせていた。
天帝主を纏っている聖炎はとても大きく強く輝き燃え盛っていた。
正輝は気合いを入れて亀裂が入っている身体を狙いながら聖炎を纏っている天帝主を振り下ろした。
しかし、そうはうまくいかない。
滝夜叉姫が瞬時に巨大な双剣で正輝の攻撃を受け止めたのだ。
「そうはさせん!!」
そう言い滝夜叉姫は攻撃を仕掛けた正輝を押し返した。
押し返された正輝は宙を舞い身動きが取れない状態になっていた。
滝夜叉姫の身体の亀裂はだんだん広がり限界が来ようとしている。しかも、亀裂の隙間から微かに体内に入っている褐色の炎が漏れ出しそうになっていた。
残り時間あと5分。
滝夜叉姫は、口を大き開けて宙に舞っている正輝に狙いを定めた。
口から赤い炎が見えると正輝は天帝主の刃を滝夜叉姫の方に向けた。
天帝主から聖炎が燃え盛り正輝の手を包む。
正輝の狙いは、亀裂が入っている滝夜叉姫の身体。
彼は、滝夜叉姫の身体に生じる亀裂を利用する為に天帝主を投げようとしているのだ。
敵の身体を狙うという事は、正輝は彼女の火炎放射を防ぐつもりはないのだ。
滝夜叉姫は自分の身体が正輝に狙われているのをまだ気づいていない。
口から火炎放射が出ようとした瞬間、正輝は聖炎を纏っている天帝主を思いっきり投げた。
天帝主は勢いよく滝夜叉姫の身体の方へ突っ込むと同時に滝夜叉姫の火炎放射が発射し正輝を襲った。
正輝は火炎放射の炎に包まれ滝夜叉姫は天帝主に刺された。
刺された時、天帝主の勢いが強かったせいか滝夜叉姫の身体に生じる亀裂がますます大きくなりヒビが入るスピードが速くなってきた。
火炎放射を浴びた正輝は痛みを感じるほどの熱さに耐え落下し倒れた。
聖炎は刺さっている天帝主から使って滝夜叉姫の体内に流れ込むと亀裂の隙間から炎が漏れだしてきた。
そして、金色に輝く聖炎が体内に燃えている褐色の炎と混合すると色が変わり耐え難くなったか身体の破片がボロボロと落ちていた。
滝夜叉姫は天帝主を抜こうとしたが、身体を深く刺しこんでいて抜けなかった。
例え抜いても彼女の死は免れない。しかし、制限時間まで4分早く変貌し強化された身体が崩れ出し亀裂の隙間から出てきた炎の光が強まり遂に体内で混合していた金褐色の炎が亀裂の隙間から勢いよく飛び出したのだ。
滝夜叉姫は断末魔に近い雄叫びを上げた。
雄叫びが広間に響き渡り同時に揺れ始めた。
大地震が来たかのような激しい揺れに正輝はうつ伏せになったまましがみついた。
ガラスのようにできていた滝夜叉姫の身体は崩壊し体内に燃えていた金褐色の炎に飲み込まれやがて大爆発を起こした。
大爆発による爆風はとても強力で床にしがみついていた正輝を吹き飛ばした。
怨念の炎による大きな壁は爆風に煽られても簡単には消えなかった。
吹き荒れる爆風と共に熱風が遮り跡形もなく吹き飛んだかのように滝夜叉姫の姿は見えなかった。
しばらくして、激しい爆風が落ち着き黒煙が晴れると人影の姿が見えた。
その人影の姿は、元の姿に戻った滝夜叉姫だ。
滝夜叉姫は天帝主に身体を貫かれながら立っていた。
口から血を流し目が霞んでいて弱っていた。
すると、天帝主は独りでに貫いた滝夜叉姫の身体から離れ正輝の元へ戻った。
火炎放射でほとんど火傷を負った正輝は立ち上がり自分の近くで広間の床に刺さっている天帝主を抜いた。
仰向けに倒れている滝夜叉姫は、意識が朦朧としながらもゆっくり息を吸って吐いたりした。が、呼吸は既に弱まっていた。
正輝は天帝主を手に持ちながら倒れている滝夜叉姫の方へ近づいた。
滝夜叉姫は近づいてきた正輝を睨んだが反撃する程の体力は持っていなかった。
衰弱していく滝夜叉姫に正輝は見下ろすかのようにその様子を眺めた。
「殺すなら殺せ」
弱り切った声で滝夜叉姫は覚悟を決めたかのように強気な態度を見せようとした。
滝夜叉姫の腹部は天帝主に貫かれた事によって負傷し血が流れている。
そして、呪怨の火種を使った代償で命の灯が消えようとしているのだ。
こいつは、川丸と貉を悪霊化させそのうえ、多くの妖怪達を傷つけた。そして、東京を破壊し人間達を追い詰め傷つけそして殺した。
彼女が取った行動はとても許されないことだ。
滝夜叉姫をここで止めを刺せば彼女との戦いは終止符を打てる。
彼女に対する憎しみは正輝にもあった。
しかし、正輝は止めを刺そうとはしなかった。
「どうした?なぜ、止めを刺さない」
訊ねてくる彼女に正輝は答えた。
「僕は、この手で人を殺したくない。それだけさ」
相当ひどい目に遭ったのに正輝は一切、殺したいという気持ちは持っていなかった。
弱り切っている滝夜叉姫の姿を見て正輝は落ち着いた態度で話す。
「あんたが悪人だろうと僕は自分の手を汚したくない。人殺しだろうと何だろうと自分の手で息の根を止めるなんてできないよ。僕があんたを殺したら、殺人犯になってしまう」
その言葉を聞いて滝夜叉姫は嘲笑った。
「私を殺せば貴様が殺人者になると?この期に及んでなんと、バカバカしい言い訳だ。私を討ち取れば、お前は勝利を掴み取れる。でなければ、私がお前を殺しかねない」
「嘘つけ。もう身体は動けないくせに。それに、もうそろそろ死ぬんだろ?」
滝夜叉姫は笑わなくなった。
「気づいていたのか?」
正輝は頷く。
「お前が鬼になった時、身体にヒビが入っていたからね。時間が経つとヒビが広がっていたから」
そして、正輝はもう一つ付け加えた。
「それに、急いでいるようにも見えたし。人間の姿の時と比べて勢いさが違う気が・・・。あの姿は、お前にとって最初で最後の技だったんだろ?諸刃の剣ってやつ」
「そこまで知っていたか・・・」
滝夜叉姫は天井を見て呟いた。
あの激戦の中、自分が死へ向かっている事を気づいていたとは思ってもみなかった。
呪怨の火種を使い自ら強化して正輝を攻めていたが、正輝は身体に生じた亀裂を見た時に滝夜叉姫が死へ向かっている事に気づいていた。そして、あの亀裂が呪怨の火種を使った滝夜叉姫の弱点だと見抜き天帝主を投げた。
あの亀裂は反って正輝に知らせるようなものだった。
すると、滝夜叉姫の身体が塵となって崩れ始めた。
滝夜叉姫は徐々に塵となって消えようとしている。
「口惜しい・・・。せっかく、黑緋神之命(こくひじんのみこと)様が地獄にいた私をお救いくださって、父上と母上の仇を取る機会を作ってくださったのに、また貴様に敗けるなんて何という屈辱」
悔しそうに表情を歪ませる滝夜叉姫に正輝は言った。
「だから、僕は過去にお前と平貞盛と戦った憶えはないって。君と戦ったのは、今回が初めてだ」
「分かっている。だが、私からすれば貴様と戦ったのは、今回で二度目。貴様が憶えていなくても私はちゃんと憶えている・・・」
藤原秀郷から転生した草壁正輝と滝夜叉姫の因果関係はこの戦いで全て終わった。
正輝が憶えていなくても滝夜叉姫はしっかりと憶えている。彼女にとっては、正輝は宿敵でありながらも親の仇でもあった。
二人は長い長い因縁があり藤原秀郷が死に生まれ変わってもその因縁を断ち切る事はできなかった。
「貴船明神から妖術を授かり、手下共を集め朝廷に赴いたが平貞盛と藤原秀郷に邪魔されたあげく敗北と化してしまった・・・。私は死後、朝廷を襲い物の怪共を嗾け妖術を使った罪で地獄へ落とされた。私は、ただ父上の無念と母上と一族の哀しみを晴らす為にやった事だけなのに・・・・なぜ、私はこうも不幸にならなければならんのだ・・・!やっと、やっと、地獄を抜け出し私達を追い込んだ貴様と平貞盛を復讐するチャンスができたというのに・・・・。だからこそ、私はあのお方から新たな力を受け取り両親一族の仇討ちを果たす為、強くなれたのになぜ、なぜ一度ならず二度までも貴様に敗けなければならない。ただの非力な人の子に生まれ変わった貴様がなぜ、そこまで力をつけたのか理解し難い」
滝夜叉姫は、普通の人間として生まれ変わった藤原秀郷なら簡単に捻り潰せると思っていた。
しかし、烏天狗の里で藤原秀郷の生まれ変わりである正輝に遭遇した。
最初はそこまで、覇気は強化なかったがここで再戦した時は前回と比べて強い覇気を感じたのだ。
ごく普通の人間がここまで強い覇気を持つのはそう簡単にはいない。
滝夜叉姫は、なぜ藤原秀郷の生まれ変わりである正輝がこんなにも強くなったのか理解できなかった。
彼女が発した言葉に正輝は答えるかのよう話した。
「僕には妹や友達、お母さんや爺ちゃんという守りたい人がいるんだ。守りたい人がいるから危険を冒してでも戦わなくちゃいけないんだ」
「・・・・世界よりそんなに家族や仲間が大事か?」
「世界だって大事さ。世界があるからこそ、生きとし生ける全ての生き物が精一杯生きているんだ。動物や魚、虫に自然、人間だって。あんただって、一族と親の仇を取る為に最後まで必死に生きたんだろ?それに、僕には同じ聖戦士で鬼神を倒したご先祖様の血が流れている。多分、そのご先祖様の血があるから強くなったんだと思う」
正輝は落ち着いた表情を浮かべながら話を続ける。
「始めは、猩々達と初めて大山の中で会っていきなり世界を救ってくれと言われて時はすごく戸惑ったうえ不安だったんだ。サッカーはともかく剣を持って怪物と戦うなんてゲームの世界じゃあるまいし、正直嫌だった。一度も剣を振るった事ないし悪霊という怪物とは戦った事もないから怖くて断ったんだ。でも、猩々達から日本や世界が滅ぶと聞いた時は、最初は信じられなくてどんな事を言わても断固拒否しようと思ったけど、断れなかった」
あの時、闇夜が深い大山の中で猩々達にお願いされても彼を見捨てて逃げ出すチャンスはあった。
ゲームでもない本物の戦いに参加するのはどうしても嫌だった。
なぜあの時、あの場から逃げ出そうと思わなかったのか?
そして、なぜ世界や日本が滅ぶと聞いた時は胡散臭い話だと強く疑わなかったのか?
烏天狗の里へ向かう途中で承諾ない方がよかったのではないかと悩んだ時もあった。
「天帝主(あまのみかどぬし)が抜けなかった時も内心どこかで安心したような気がしたんだ。戦わなくて済むって。でも、お前が烏天狗の里に現れた時、天帝主を捨てでも逃げようと思ったけど大三郎や長老がやられた姿を見た時、みんなを見捨てて逃げる事はできなかった。このまま逃げていいのか?って。妖怪達がお前達に襲われているのを見て分かったんだ。みんなは、一人の聖戦士である僕に希望を託したんだって。みんなは、僕を必要としているんだって。気づいたんだ。僕はみんなの〝希望の星〟だって。僕がここまで来れたのは、どうしても守りたい人達の存在と一緒に戦ってくれる仲間がいるからだ」
自分の命を代償にして呪怨の種火を使い今の力を手に入れたのだ。
時間切れで命を落とす前に何としてでも草壁正輝を倒したいのだ。
全然反撃してこない正輝に滝夜叉姫は口から火炎放射を吐いたり巨大の双剣を振り回して猛攻撃したり、目から熱光線を出したりとジワジワと正輝を追い込んだ。
正輝は聖炎で火炎放射をカバーして防ぐ以外は、反撃もせずただ走ってかわしたりしながら彼女の周りをウロチョロしている。
滝夜叉姫にとっては自分の周りを動き回っている正輝が目障りで仕方がない。
でも、鬼と化した滝夜叉姫は図体がデカいわりにはすごい身軽だ。
簡単に高くジャンプすることができるし攻撃のスピードも速い。
しかし、正輝も負けてはいられない。
正輝が天帝主に聖炎を纏わせ隙を伺っていた。
滝夜叉姫は彼が何を企んでいるのかは知っていた。しかし、今は一刻を争う。
彼女も命が尽きまるまでのタイムリミットはだんだん迫っていた。
すると、正輝の足が止まった。
目の前に立っている正輝を見て諦めたかと思った滝夜叉姫は巨大な双剣を揃えて同時に振り下ろした。
頭上に降りかかってくる巨大な双剣を目の当たりした正輝は落ち着いた表情を見せる。
迫り来る双剣に正輝は彼女の動きを見計らいながら接触するギリギリで滝夜叉姫の股の間を潜り抜けて後ろへ回り込んだのだ。
振り下ろしてきた巨大な双剣は空振りで床に減り込み滝夜叉姫が振り向いた時には、正輝は背後からジャンプしていて天帝主に聖炎を纏わせていた。
天帝主を纏っている聖炎はとても大きく強く輝き燃え盛っていた。
正輝は気合いを入れて亀裂が入っている身体を狙いながら聖炎を纏っている天帝主を振り下ろした。
しかし、そうはうまくいかない。
滝夜叉姫が瞬時に巨大な双剣で正輝の攻撃を受け止めたのだ。
「そうはさせん!!」
そう言い滝夜叉姫は攻撃を仕掛けた正輝を押し返した。
押し返された正輝は宙を舞い身動きが取れない状態になっていた。
滝夜叉姫の身体の亀裂はだんだん広がり限界が来ようとしている。しかも、亀裂の隙間から微かに体内に入っている褐色の炎が漏れ出しそうになっていた。
残り時間あと5分。
滝夜叉姫は、口を大き開けて宙に舞っている正輝に狙いを定めた。
口から赤い炎が見えると正輝は天帝主の刃を滝夜叉姫の方に向けた。
天帝主から聖炎が燃え盛り正輝の手を包む。
正輝の狙いは、亀裂が入っている滝夜叉姫の身体。
彼は、滝夜叉姫の身体に生じる亀裂を利用する為に天帝主を投げようとしているのだ。
敵の身体を狙うという事は、正輝は彼女の火炎放射を防ぐつもりはないのだ。
滝夜叉姫は自分の身体が正輝に狙われているのをまだ気づいていない。
口から火炎放射が出ようとした瞬間、正輝は聖炎を纏っている天帝主を思いっきり投げた。
天帝主は勢いよく滝夜叉姫の身体の方へ突っ込むと同時に滝夜叉姫の火炎放射が発射し正輝を襲った。
正輝は火炎放射の炎に包まれ滝夜叉姫は天帝主に刺された。
刺された時、天帝主の勢いが強かったせいか滝夜叉姫の身体に生じる亀裂がますます大きくなりヒビが入るスピードが速くなってきた。
火炎放射を浴びた正輝は痛みを感じるほどの熱さに耐え落下し倒れた。
聖炎は刺さっている天帝主から使って滝夜叉姫の体内に流れ込むと亀裂の隙間から炎が漏れだしてきた。
そして、金色に輝く聖炎が体内に燃えている褐色の炎と混合すると色が変わり耐え難くなったか身体の破片がボロボロと落ちていた。
滝夜叉姫は天帝主を抜こうとしたが、身体を深く刺しこんでいて抜けなかった。
例え抜いても彼女の死は免れない。しかし、制限時間まで4分早く変貌し強化された身体が崩れ出し亀裂の隙間から出てきた炎の光が強まり遂に体内で混合していた金褐色の炎が亀裂の隙間から勢いよく飛び出したのだ。
滝夜叉姫は断末魔に近い雄叫びを上げた。
雄叫びが広間に響き渡り同時に揺れ始めた。
大地震が来たかのような激しい揺れに正輝はうつ伏せになったまましがみついた。
ガラスのようにできていた滝夜叉姫の身体は崩壊し体内に燃えていた金褐色の炎に飲み込まれやがて大爆発を起こした。
大爆発による爆風はとても強力で床にしがみついていた正輝を吹き飛ばした。
怨念の炎による大きな壁は爆風に煽られても簡単には消えなかった。
吹き荒れる爆風と共に熱風が遮り跡形もなく吹き飛んだかのように滝夜叉姫の姿は見えなかった。
しばらくして、激しい爆風が落ち着き黒煙が晴れると人影の姿が見えた。
その人影の姿は、元の姿に戻った滝夜叉姫だ。
滝夜叉姫は天帝主に身体を貫かれながら立っていた。
口から血を流し目が霞んでいて弱っていた。
すると、天帝主は独りでに貫いた滝夜叉姫の身体から離れ正輝の元へ戻った。
火炎放射でほとんど火傷を負った正輝は立ち上がり自分の近くで広間の床に刺さっている天帝主を抜いた。
仰向けに倒れている滝夜叉姫は、意識が朦朧としながらもゆっくり息を吸って吐いたりした。が、呼吸は既に弱まっていた。
正輝は天帝主を手に持ちながら倒れている滝夜叉姫の方へ近づいた。
滝夜叉姫は近づいてきた正輝を睨んだが反撃する程の体力は持っていなかった。
衰弱していく滝夜叉姫に正輝は見下ろすかのようにその様子を眺めた。
「殺すなら殺せ」
弱り切った声で滝夜叉姫は覚悟を決めたかのように強気な態度を見せようとした。
滝夜叉姫の腹部は天帝主に貫かれた事によって負傷し血が流れている。
そして、呪怨の火種を使った代償で命の灯が消えようとしているのだ。
こいつは、川丸と貉を悪霊化させそのうえ、多くの妖怪達を傷つけた。そして、東京を破壊し人間達を追い詰め傷つけそして殺した。
彼女が取った行動はとても許されないことだ。
滝夜叉姫をここで止めを刺せば彼女との戦いは終止符を打てる。
彼女に対する憎しみは正輝にもあった。
しかし、正輝は止めを刺そうとはしなかった。
「どうした?なぜ、止めを刺さない」
訊ねてくる彼女に正輝は答えた。
「僕は、この手で人を殺したくない。それだけさ」
相当ひどい目に遭ったのに正輝は一切、殺したいという気持ちは持っていなかった。
弱り切っている滝夜叉姫の姿を見て正輝は落ち着いた態度で話す。
「あんたが悪人だろうと僕は自分の手を汚したくない。人殺しだろうと何だろうと自分の手で息の根を止めるなんてできないよ。僕があんたを殺したら、殺人犯になってしまう」
その言葉を聞いて滝夜叉姫は嘲笑った。
「私を殺せば貴様が殺人者になると?この期に及んでなんと、バカバカしい言い訳だ。私を討ち取れば、お前は勝利を掴み取れる。でなければ、私がお前を殺しかねない」
「嘘つけ。もう身体は動けないくせに。それに、もうそろそろ死ぬんだろ?」
滝夜叉姫は笑わなくなった。
「気づいていたのか?」
正輝は頷く。
「お前が鬼になった時、身体にヒビが入っていたからね。時間が経つとヒビが広がっていたから」
そして、正輝はもう一つ付け加えた。
「それに、急いでいるようにも見えたし。人間の姿の時と比べて勢いさが違う気が・・・。あの姿は、お前にとって最初で最後の技だったんだろ?諸刃の剣ってやつ」
「そこまで知っていたか・・・」
滝夜叉姫は天井を見て呟いた。
あの激戦の中、自分が死へ向かっている事を気づいていたとは思ってもみなかった。
呪怨の火種を使い自ら強化して正輝を攻めていたが、正輝は身体に生じた亀裂を見た時に滝夜叉姫が死へ向かっている事に気づいていた。そして、あの亀裂が呪怨の火種を使った滝夜叉姫の弱点だと見抜き天帝主を投げた。
あの亀裂は反って正輝に知らせるようなものだった。
すると、滝夜叉姫の身体が塵となって崩れ始めた。
滝夜叉姫は徐々に塵となって消えようとしている。
「口惜しい・・・。せっかく、黑緋神之命(こくひじんのみこと)様が地獄にいた私をお救いくださって、父上と母上の仇を取る機会を作ってくださったのに、また貴様に敗けるなんて何という屈辱」
悔しそうに表情を歪ませる滝夜叉姫に正輝は言った。
「だから、僕は過去にお前と平貞盛と戦った憶えはないって。君と戦ったのは、今回が初めてだ」
「分かっている。だが、私からすれば貴様と戦ったのは、今回で二度目。貴様が憶えていなくても私はちゃんと憶えている・・・」
藤原秀郷から転生した草壁正輝と滝夜叉姫の因果関係はこの戦いで全て終わった。
正輝が憶えていなくても滝夜叉姫はしっかりと憶えている。彼女にとっては、正輝は宿敵でありながらも親の仇でもあった。
二人は長い長い因縁があり藤原秀郷が死に生まれ変わってもその因縁を断ち切る事はできなかった。
「貴船明神から妖術を授かり、手下共を集め朝廷に赴いたが平貞盛と藤原秀郷に邪魔されたあげく敗北と化してしまった・・・。私は死後、朝廷を襲い物の怪共を嗾け妖術を使った罪で地獄へ落とされた。私は、ただ父上の無念と母上と一族の哀しみを晴らす為にやった事だけなのに・・・・なぜ、私はこうも不幸にならなければならんのだ・・・!やっと、やっと、地獄を抜け出し私達を追い込んだ貴様と平貞盛を復讐するチャンスができたというのに・・・・。だからこそ、私はあのお方から新たな力を受け取り両親一族の仇討ちを果たす為、強くなれたのになぜ、なぜ一度ならず二度までも貴様に敗けなければならない。ただの非力な人の子に生まれ変わった貴様がなぜ、そこまで力をつけたのか理解し難い」
滝夜叉姫は、普通の人間として生まれ変わった藤原秀郷なら簡単に捻り潰せると思っていた。
しかし、烏天狗の里で藤原秀郷の生まれ変わりである正輝に遭遇した。
最初はそこまで、覇気は強化なかったがここで再戦した時は前回と比べて強い覇気を感じたのだ。
ごく普通の人間がここまで強い覇気を持つのはそう簡単にはいない。
滝夜叉姫は、なぜ藤原秀郷の生まれ変わりである正輝がこんなにも強くなったのか理解できなかった。
彼女が発した言葉に正輝は答えるかのよう話した。
「僕には妹や友達、お母さんや爺ちゃんという守りたい人がいるんだ。守りたい人がいるから危険を冒してでも戦わなくちゃいけないんだ」
「・・・・世界よりそんなに家族や仲間が大事か?」
「世界だって大事さ。世界があるからこそ、生きとし生ける全ての生き物が精一杯生きているんだ。動物や魚、虫に自然、人間だって。あんただって、一族と親の仇を取る為に最後まで必死に生きたんだろ?それに、僕には同じ聖戦士で鬼神を倒したご先祖様の血が流れている。多分、そのご先祖様の血があるから強くなったんだと思う」
正輝は落ち着いた表情を浮かべながら話を続ける。
「始めは、猩々達と初めて大山の中で会っていきなり世界を救ってくれと言われて時はすごく戸惑ったうえ不安だったんだ。サッカーはともかく剣を持って怪物と戦うなんてゲームの世界じゃあるまいし、正直嫌だった。一度も剣を振るった事ないし悪霊という怪物とは戦った事もないから怖くて断ったんだ。でも、猩々達から日本や世界が滅ぶと聞いた時は、最初は信じられなくてどんな事を言わても断固拒否しようと思ったけど、断れなかった」
あの時、闇夜が深い大山の中で猩々達にお願いされても彼を見捨てて逃げ出すチャンスはあった。
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なぜあの時、あの場から逃げ出そうと思わなかったのか?
そして、なぜ世界や日本が滅ぶと聞いた時は胡散臭い話だと強く疑わなかったのか?
烏天狗の里へ向かう途中で承諾ない方がよかったのではないかと悩んだ時もあった。
「天帝主(あまのみかどぬし)が抜けなかった時も内心どこかで安心したような気がしたんだ。戦わなくて済むって。でも、お前が烏天狗の里に現れた時、天帝主を捨てでも逃げようと思ったけど大三郎や長老がやられた姿を見た時、みんなを見捨てて逃げる事はできなかった。このまま逃げていいのか?って。妖怪達がお前達に襲われているのを見て分かったんだ。みんなは、一人の聖戦士である僕に希望を託したんだって。みんなは、僕を必要としているんだって。気づいたんだ。僕はみんなの〝希望の星〟だって。僕がここまで来れたのは、どうしても守りたい人達の存在と一緒に戦ってくれる仲間がいるからだ」
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*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています
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【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避
【2章】王国発展・vs.ヒロイン
【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。
※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。
※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差)
イラストブログ https://tenseioujo.blogspot.com/
Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/
※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。
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