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わたしは聖女じゃない
しおりを挟む「わたしは聖女じゃない」
この言葉を何千、何万と呟いてきた少女は、それが誰にも届かないことを知っていた。
「ああ、聖女様。どうかこの子にご加護を」
「聖女様、泉を浄化してくださりありがとうございます」
「息子の病が治りました。聖女さま、ありがとうございます」
レース越しに訴えてくる人々の声を、少女は耳に入れながら、しかし何も思うことはない。何一つ、心に響いてくることはなかった。
彼らの言葉は別の者に向けられるはずだったものだ。それを己が一身にうけていることが、少女は気持ち悪くて仕方なかった。
「わたしは聖女じゃない」
これは呪文だ。自分が何者であるかの証明だ。どうあっても少女を聖女にしたい者たちから、己を守るために手段だ。
「聖女様。いつものように、祈りを」
低い声は大きな強制力をもって少女を雁字搦めに捕らえて離さない。まるで蜘蛛の巣のように、絡みつかれたら、逃れることができない。
少女は震える手で祈りを捧げる振りをする。
人々がどよめき、喜ぶその頭上に、黄金の光が降り注いだ。
怪我をした者が、病を推してやってきた者が、盲目の者が、喜び歓声をあげる。
冷めた目でそれを見下ろして、少女はため息をついた。
そして小さな声でつぶやく。
「わたしは、聖女じゃない」
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