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「え? 別の方と婚約? どなたですか?」
しおりを挟む呟いてから口を抑えて、失言でした。というポーズをとってみる。
そうして反応を見てみると、国王はひどく難しい顔をしており、目の前のアルスは首を傾げそうな勢いで、何を言っているのだろう。という顔をしていた。
憐れみを覚える程度には、アルスの能天気さが伺えた。
そしてどうやらアリーシャの予想通り、アルスの真実の愛の相手は、王妃になる資格、あるいは素質がないらしい。少なくとも国王を困らせる程度にはないのだろう。
「何を言っているのだ」
「ええ、婚約破棄に関しましてはよくわかりました。謹んでお受けしたしますわ」
「まて、そう言うことではない。王位云々と今そなたが……」
「はい、ええ……いいえ、婚約者が変わったからと言って、王位継承権がなくなるわけではございませんし。問題はないのかとは思うのですが……。しかし殿下、その愛するお方がもしこれから王妃としての教育をお受けになるのでしたら、それはそれは大変な道になるかと存じます。そうなりますと、王位をお継ぎになられた時、きっと殿下はとても苦労なさるでしょう。そのことを思いますと、殿下とその愛するお方がとても、その不憫と申しますか……」
アリーシャは頬に片手を添えて、思った通りのことを言ってみた。不敬にも程がある気はしたが、王も殿下もそれどころではなさそうである。
アルスはといえば顔色悪くして後ずさっている。何も考えていなかったのだろうか。とアリーシャは呆れるばかりだ。国王はといえば、そうなんだよなぁ。と言うような様子で視線をあらぬ方へやっていた。
しばらくの沈黙のあと、アルスが王に助けを求めるように振り仰いだ。
その視線を受けて、王は答える。
「うむ。アルスの愛する者を想う心がなによりも強いことは重々理解しておる。しかしアリーシャの言う通り、このままではどちらも苦労するに違いない。それはひいては王としての役割を担うことに大きな問題があるということでもあろう。であるから、こうするのはどうだろうか」
言って、王はすっと右手を上げると、掌を上に向けてから横に向けた。
アルス、アリーシャ、貴族院の者たち、そしてそのばにいた数人の騎士がその手に視線を誘導されて顔を動かした。
王座のある壇上の袖口から、1人の男が現れた。
「あら」
思わずアリーシャは呟く。
一瞬男と視線が交わった。そしてふっと笑を浮かべる。
アルスよりすこし濃い色のプラチナブロンドがふわふわと揺れ、肩にかけたマントも大きく揺らめいていた。とてつもない存在感を放つその男は、王の隣に立つとふわりと笑う。
「アルスよ」
「は、はい父上」
「うむ。私も今すぐに王位を退くつもりは毛頭ないが、歳が歳だ。いずれはその時が来るであろう。そのときもし、お前たちに準備ができていなければ……」
王が言葉を区切る。
視線がアリーシャに向いていた。
アリーシャは得心が言って頷く。それを見届けて、王は再びアルスに視線を戻した。
「その時は、お前の兄である、このレイズに王位を与えようと思う」
「え」
それはある意味、次期国王の指名。
国王みずから行った、次王の確定宣言。
国の政治を司る貴族院や護衛騎士、そして衛兵のいる前で行われた、第一王位継承権の所在地の変更。
呆然とするアルスの前で、レイズがふわりと笑う。
まだ若さが目立つ、つまり幼さのあるアルスとは違う、大人の笑顔だ。そしてその笑を浮かべたまま壇上から階下へ降りてくる。
アルスの横をとおり、そしてアリーシャの目の前に立つと、柔和な笑顔を浮かべながら、わずかに眉を寄せた。
「アリーシャ嬢。ということで、婚約の破棄に続いて慌ただしく申し訳ないのだが」
「いいえ。殿下。わたくし理解しておりますのよ。それにこのような結末もまた……」
一度瞼を伏せて、アリーシャは満面の笑みを浮かべてレイズを見上げた。
「心より感謝申し上げます。これでわたくし、これまでの努力を無駄にせずに済みますわ」
「そうか」
困ったようにレイズは笑うと、アリーシャの肩に手を回した。
これには流石のアリーシャも驚いてレイズの顔を凝視するが、レイズの視線はすでにアルスに向いている。そして国王に。
「それでは父上、いいえ、国王陛下」
「うむ」
「え?」
呆けたままのアルスを置いて話はすすむ。
「アリーシャ嬢とレイズの婚約をここに発表する」
「謹んでお受けいたします、陛下」
アリーシャはニッコリと微笑んだ。
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